(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十二章 過去形 七

2013-02-17 20:48:28 | 新転地はお化け屋敷
 事情を把握したところで周囲へ視線を散らすことを控え始める成美さんでしたが、しかしそうして自分を含む集団内に気を回す余裕ができたところ、「ん?」と。
「異原、どうかしたのか?」
 というわけで異原さんなのですが、俯き加減で浮かない表情をしているのでした。どうかしたのか、と言われればこれもまた成美さんがいない間に起こったことになるのですが、
「霊感がすげえことになってるみたいで」
 その異原さんの向かい側から口宮さんが説明を。その口調はこれまでと打って変わって心配さを前面に出していたりもしたのですが、しかしそれを聞いた異原さんはというと、作り笑顔を浮かべてこう返すのでした。
「いやまあ、体調がどうのってわけじゃないんで、慣れるまでの問題なんですけどね」
 というわけで、霊感の話です。異原さんはそれについて一度家守さんを尋ねていたりするのですが、そこで行われた処置というのは「幽霊が見えるようにすること」であって、霊感それ自体にはノータッチだったのです。
 で、今のこの状況。基本的には幽霊を相手としているこの旅館のこと、言うまでもなく僕達以外は全員幽霊なわけで、ならばこれまた言うまでもなく、そんな人数を一度に感知してしまうのは、異原さんにとって初めての体験になるわけです。
「そういう話だったらここの者に頼めば――なんてことはまあ、既に誰か言っているのだろうが」
「あはは、はい。ご心配をお掛けしちゃいまして」
 成美さんのご想像通り、その話は既に出ているのでした。無理はしていないとのこだったので、ならば霊感というものが具体的にどんな感覚なのか分かる人が他にいない以上、誰一人としてそれ以上強くは言えずにこの現状があるわけですが。
「異原サン、オレと席代わりましょうか。こっちのほうがいいでしょうし」
 ここでそんな提案をした大吾の席というのは、口宮さんの隣。
「それだったらぁ、異原さんが動くより私と口宮さんのほうがぁ」
「あー、栞サンは孝一に面倒見てもらわないとですから」
「あらー」
 あらーじゃなくてね栞。
「成美もいいよな?」
「うむ、もちろん構わんぞ。もしかしたらわたしも日向と同じことになるかもしれんが、まあそうなったらそうなった時にどうにかすればいいだろう」
「……そ、そういうことだったらお言葉に甘えて……」
 返事をするよりも前に成美さんへの確認を済まされてしまい、逃げ場を塞がれた形になってしまう異原さんなのでした。かといって大吾は別にそれを狙ったわけでは――いや? 成美さんが戻ってきて初めてその話をしたってことは、案外そういうことだったりするんでしょうか?
 ともあれ、そういうことで大吾と異原さんが席を交代。数席毎に隙間が取られてるから良かったけど、列の端まで隙間なく並んでたら凄い大回りをしてたところだよなあ、なんて、気だるそうに移動する異原さんを見ているとついついそんなふうに。
「ありがとな」
「いいよ別にこんくらい」
 手を差し伸べたりして異原さんを気遣いつつも、向かい側に座り込んだ大吾に礼を言う口宮さん。当たり前といえば当たり前の行動ではあるのかもしれませんが、まあしかし、胸をほっこりさせられるものもなくはない光景なのでした。

 で、それから暫くののち。
「んー、美味しーい!」
「わざとでもいいからもうちょい弱っとけよお前」
「そんなこと言われてもー」
 というわけでついに料理が運ばれて来、ならばこれまたついにお食事タイムに突入したわけですが、それを口にした途端に復活してみせる異原さんなのでした。席まで変えたというのにこうもあっさり、ということについては口宮さんと意見を同じくするところではありますが、でもまあここの料理を食べちゃったらそれくらいはね、なんてふうにも。
 ただし、そんなことを言っている僕はまだ一口も手を付けておらず、異原さんにしたって誰よりも素早く動いたとはいえまだ一口だけ。ということはつまり、機を見てそういう振りをし始めた、というところではあるんでしょうけどね、やっぱり。
「刺身かあ。これはナタリー達に持ってってやろうかな」
「そういえば前に食べていたっけな。うむ、わたしもそうしよう」
 異原さんと口宮さんが楽しそうにしている隣なり向かい側なりでは、大吾と成美さんがそんな相談を。こんな大広間だとはさすがに思っていませんでしたが、それでも他の客と部屋を同じくするかも、という予想くらいは事前に立てられたので、ジョン達は部屋でお留守番をしてもらっているのです。
「あ、そんな沢山はいらねえから他のみんなは別にいいぞ、食ってくれて」
 気が利くことで。
「それはともかく大吾よ。この茶が無くなったら酒に手を付けることになるわけだが、その後のことはくれぐれも頼むぞ」
「初めからそれが目的だって言っちまってるくせにな」
「ははは」
 できれば酒に手を付けるのは食べ終わってからのほうが、というのは栞と同じくべろんべろんになって食べるどころじゃなくなることを危惧してのことではあるのですが、成美さんの場合はもう一つ、そうなった時の世話役である大吾と席が離れているのもあってのことなのでした。隣だったらどうとでもなりますけど、そうでない以上は大吾まで食べる暇無くなっちゃいますしね。
 ……で。
「ぅおいひい~」
 さっきの異原さんと同じ反応の筈なのにずっこけそうになる感想を漏らしたのは、言うまでもなく栞ですとも。ああ、なんて幸せそうなお顔なのでしょうか。
「先に言っとくけど、あーんとかそういうの無しだからね? するのもされるのも」
「あー、ふふふ、先越されちゃったあ」
 やっぱり。
 二人きり、そうでなくとも最低限知り合いだけで食べているならまだいいとしても、今のこの状況でそれはちょっと無理があろうというものです。これだけ人が多ければ逆に誰も僕達を気にしたりはしないだろう、というのはそりゃああるのでしょうが、それでもやっぱり。
「まあいいけどねぇ。孝さんの顔見ながら美味しいもの食べてるだけでぇ、すっごい幸せだしぃ」
「…………」
 ま、まあ、これくらいならなんとか。
 とは思いつつもやっぱり周囲の反応は気になってしまうわけで、ならばその周囲の反応を窺ってもみるわけですが、しかし今更ということなのでしょう、特にこれといったものは見受けられないのでした。
 ただし、気になった点が一つ。
 同じ反応なしにしても異原さん口宮さん、あと大吾と成美さんはそれぞれで賑やかにやっているのですが、音無さんと同森さんについては、静かにかつ黙々と、目の前の料理を口に運んでいるのでした。
 それはそれでお行儀がいいということにはなるのでしょうが、けれど食事を共にしたことはこれまでにも何度かあるわけで、じゃあそれらの時はどうだったかと考えると――ええ、別にそう静かということもなかったような。
「どうですか? お味のほうは」
 というわけで、そう尋ねてみました。もし本当に静かに食べるつもりであっても、まあこれくらいは許されるだろう、というか。それにしたって作った側の台詞なんですけどね、これ。
「あ……はい、凄く美味しいです……」
「文句の付けようがないの。と言ってもワシら素人じゃし、付けどころなんて初めから知らんわけじゃが」
 お二人ともにっこりと。なるほどなるほど、それは良かった。
 と思ったら音無さん、そのにっこり具合をすぐにかき消してしまいます。
「ただ……やっぱり、考えちゃうっていうか……」
「じゃの」
 はて。凄く美味しいと評したものを食べて考えることとは一体、なんなのでしょうか?
 と疑問を頭に巡らせたのが顔に出てしまったのでしょう、こちらから尋ねるまでもなく、音無さんは再度にっこりしながらこう言いました。
「お昼に頂いた、日向さんと栞さんのお料理と何がどう違うのかなって……」
「特定の誰かを想定してないんじゃよな、今食べてるこっちは」
 ああ、なるほど。いやはや、そういうこと考えてもらえるっていうのは嬉しいものですね。なんせその話をした本人だっていうこともあって。
 するとここで、「いやしかし」と笑ってみせる同森さん。
「正直なところ、何がどう違うのかなんて分からんもんじゃの。言われてみればこっちのほうが食べ易いか、とは思うんじゃが、言われてなかったら全くそうは思ってなかったじゃろうし」
「初めから……何かが違うってことだけ、分かっちゃってるからね……」
 違いが分かるというよりは無理矢理に違いを作りだしてしまう、ということなのでしょう。これが料理の話でなかったらと考えると、僕だってもちろんそうなってしまうことでしょうしね。
「料理好きとしてはそれだけで充分ですよ。正解かどうかはともかく、そんなふうにあれこれ考えてもらえるだけで」
「ははは、そりゃ助かるわい。答えを出すまで帰さん、なんて言われたらどうしようかと」
 まさかそんな、自分から何か教えるとしたらまず作ってもらうところから始めますし。
 と思ったのですがしかし、下手したらそれって答えを出すまで帰さん、よりよっぽど面倒な話だったりするのかもしれません。ある程度料理をしたことがあるならともかく、包丁を握ったことすらない、とかだったら。
 栞を見ます。
 気持ち良くなり過ぎて最早視線が合うだけで喜べるらしく、途端ににまにまし始めるのでした。……ま、まあ、よく付いて来てくれたね、と。
「そういえば日向君」
「あ、はい?」
 ややネガティブではありながらも見惚れていたと言えば見惚れていたと言えなくもなかったので、ちょっと慌て気味な返事になってしまいました。が、あちらは特に気にしたふうでもなかったので、いいとしておきましょう。
 とは言え、栞自身は十中八九気付いたんでしょうけどね。
「高校の時、静音と同じクラスになったことがあるんじゃったよな?」
 栞のことを考えている場合ではありませんでした。もしも口に何か含んでいたらえらいことになってたかもしれません。
「は、はい」
「なんじゃ変な顔して。嫌な思い出でも?」
「いえいえ、そういうわけじゃないです」
 嫌……では、ないよね。前向きな思い出じゃないというのはもちろんだけど。
 同森さん、ならいいんじゃが、とあまり気にすることなく話を続けます。
「日向君が料理上手ってことを静音は最近まで知らんかったようじゃが、調理実習とかなかったんかの? どうやったって目立つじゃろう、あんな」
 料理の話でした。そりゃこの状況から出てくるんじゃあそうなりますよね、と安堵せざるを得ませんでしたとも。
「うーん、一から十まで一人でやるものじゃないですしねえあれ。班に分かれる意味が無くなっちゃいますし」
「そうか、出来上がる頃にはそれなりの味に落ち付いてしまうわけじゃな」
 と言ってしまうと他の班員が足を引っ張ったみたいな感じになってしまうわけですが、しかしもちろんそういうわけでもなく。単純にそのほうが楽しいですもんね、調理実習。
「まあ、班の中でなら感心されたりもしましたけどね。包丁の扱いとかは分かりやすいですし」
「それが班の外まで伝わっとればのう」
 勿体無い、と言わんばかりに溜息すら吐いてみせる同森さん。はて、そうなったとしたらその一瞬だけ僕が周囲から持ち上げられたりはすることになるでしょうが、果たしてそれはそんなに残念に思えるようなことなのでしょうか?
「伝わってたら、どうなってましたかね?」
「その頃から静音と接点があったかも、と思っての」
 …………。
「な、なんでそんなお気遣いを?」
 確かにそうなってはいたかもしれませんが、けれどそれは明らかに、数年経ってから当事者でない人間が気にするようなことではありません。となると、そこに何らか――例えば片想いの恋に進展が見られたとか――の意味を、見出しているということになるわけです。いや、もちろんその、確定とまでは言いませんけど。
「席が離れてたならまだしも、隣同士になったこともあるんじゃろう? じゃというのにこいつ、高校の頃は日向君のことを殆ど意識したことがなかったなんて言うんじゃ。勿体無いじゃろう、今の関係を考えたら」
「ああ、あはは、そうですね。隣の席の人と喋れたら結構違いますもんね、居心地というか何と言うか」
 授業中でも多少の遣り取りはできたりとか。なんて真面目に考えるような状況ではもちろんなくて、ええ、これまで何度か似たようなことを考えてきた話なのでした。そしてそんな話に栞が反応しないわけもなく、肘でこっちをつんつんしてきたりするのでした、
「もしかしたらその頃から料理やろうと思っとったかもしれんし」
「も、もう……あんまり言わないでよ哲くん……ちょっと手遅れ気味なのは痛感してるんだから……」
 一人暮らしを始めてから、というか、最近になって料理に手を出し始めたらしい音無さん。自信を持てるようになった頃にはもう一人暮らしじゃなくなってたりするかもしれませんね、なんて、ちょっと度が過ぎた冗談かもしれませんが。でも親公認ってことならいろいろ進展も早いだろうしなあ、なんて、人のことが言えた義理ではないのですが。
「んー、でもぉ、私としては良かったかなぁ、なんて思わなくもないですねぇ」
「ほう? 日向さん、それはどういう?」
「私と知り合う前にこんな可愛い人と仲良くなってたらぁ」
「わーお!」
 何言いやがるんですか一体! というわけで、微かにアルコール臭漂うその口を反射的に手で塞いでしまう僕なのでした。
 が、後になって考えると、過剰反応だったのではなかろうか、なんて。普通に耳にする限りはただの軽口で済むものなのかもしれませんし、しかもそれが酒に酔った人間の言うことであれば尚のことでしょうし。
「ははは、いやいや」
「ふふ……だったらいいな、とは……思いますけどね……」
 あ、駄目だこれ。いや駄目じゃないですけど、照れすらしてない辺り完全にお世辞か何かだと思われてます間違いなく。今の栞にそんな思考力は恐らくながらないというのに。
「可愛いかどうかはともかく、今のお前なら目には留まってたじゃろうな」
「え……? え、ええと、それって……?」
 口を塞がれていてもお構いなしに何やらモゴモゴ言い続けている栞はともかくとして、同森さんが不穏なことを言い始めました。それの何が不穏なのかと言われたら、今度こそ照れた様子で身をよじった音無さんが、隠したとまでは言いませんが明らかに胸を意識していたからなのですが。
「前髪と格好じゃろ、そりゃあ」
「あ、ああ……」
 あ、ああ。
「高校じゃあもちろんそんな真っ黒じゃなくて制服じゃし、前髪だって伸ばし始めたのは三年になってからじゃろう? 確か、日向君が同じクラスだったっちゅうのは一年の時って聞いてたしの――って、ありゃ?」
 まさしくその通りなのですが、その頃はまだ顔が見えていたからこそではあるんですけどね、なんて自分の立場が危うくなるだけの訂正を頭に浮かべていたところ、不意に首を傾げてみせる同森さんなのでした。
 ちなみに余談としまして、音無さんが「複雑……」と溢していたりもしました。どういう意味なんでしょうね。そういう意味なんでしょうけど。
 とまあ、余談であるならこれくらいにしておきまして同森さんですが、
「どうかしました?」
「いや、変ってほどの話じゃあないんじゃがの。ただ、それこそ三年も前のしかも碌に話をしたこともない相手のことを、日向君はよく覚えとったもんじゃと思って」
 !!
「む、むしろわたしの記憶力が悪いってだけなんじゃあ……席が隣同士になったこともあったんだし……」
「かはは、そりゃあそうかもしれんがの」
 とは言いますがしかし、じゃあ逆に言って席が隣になったクラスメイトの名前と顔を全部覚えてるのかっていう話ですよ。そりゃまあ、その全員と親しくなったって人ならそう難しくもないでしょうし、そういうことができる人っていうのもそんなに珍しくはないんでしょうけどね。僕がそうじゃなかっただけで。
「うう、ちょっとくらい否定してくれたっていいのに……」
「済まん済まん」
 僕の話はともかく、拗ねたふうを装う音無さんと笑みを残したまま頭って見せる同森さんを見て「そういえば」と。
 そういえば同森さんと音無さんがこんなふうにじゃれ合っている様子というのは、これまであまり目にしてこなかったかもしれません。大学のメンバーで考えるならやっぱりどうしたって声も動作も大きくなりがちな異原さんと口宮さんが目立つわけで、そうなると音無さんはあわあわし始めるし同森さんは呆れ始めるしで、じゃれ合うどころじゃなくなっちゃいますしね。
 しかしそんな異原さんと口宮さんは今、美味しい料理に舌鼓を打っているわけで――それが見た通りの状況なのか、それともまだ霊感の影響があるということなのかは分かりませんが――ならば音無さんと同森さんは、ある意味自由に行動できるということではあるのでしょう。美味しい料理のおかげでいっそう話も弾むでしょうし、というのは僕の持論でしかないわけですが。
「仲良しさんですねぇ」
 そういえば口を押さえっ放しだった僕の手を掴んで引き下ろしつつ、実に気持ち良さそうな口調でそんなことを言ったのは当然栞。モゴモゴ言ってた時からそうすればよかったのに、とまあ、そこはそれこそじゃれ合ってたってことなんでしょうけどね。
「そりゃまあこれでも恋人……ん?」
 恋人同士だから。流れからして間違いなくそう言おうとしていたのでしょうが、けれど同森さんはその言葉を途中で区切り、またも首を傾げてみせるのでした。
「こ、今度は何……?」
 さっきはそこから自分の記憶力が悪いという話に繋がってしまった音無さん、身体を硬くしながら尋ねます。
「いやあ、ワシらはこういう場合、恋人同士だからと言うべきなのか付き合いが長いからと言うべきなのか、ちょっと迷っての」
「あー……うーん、どっちなんだろうね……?」
 言われてみれば判断に迷う話なのかもしれませんでした。
 が、でも実際のところはともかく、心情的には「恋人同士だから」を優先したくなるものなんじゃないでしょうか――というのはしかし、二人揃って首を捻っている同森さんと音無さんを見る限り、そうでもないんだろうなと。
 そしてそれはもちろん「恋人同士」が軽いという話ではなく、「長い付き合い」がそれと肩を並べるほど重いものである、ということなのでしょう。
「付き合い始めてから何か変わったこととかは?」
 なんとも興味深い話に「ただ傍観しているだけでは勿体無い」なんて思ったのかそうでないのか、ともかくそう尋ねてみたところ、同森さんと音無さんは顔を見合わせ、揃って「うーん」と唸るのでした。
「そりゃあ付き合い始めたなら付き合い始めたなりの話だ何だはするんじゃが、そこはまあ当たり前じゃからのう。それ以外で何がどうなったかってことになると……」
「特には、だよね……。ふふ、まあ、親はハッスルしてるけど……」
 元から仲が良いのも大変だなあ、なんてついつい思ってしまうのですが、しかし当人方がそれを大変だと感じているかどうかは、よく考えればまだ分からないのでした。困った顔をしているのは、質問に対して明快な回答ができないからってことなのかもしれませんしね。
「そういうの気を付けたほうがいいわよ静音」
 とここで、それこそ大変だと思っていそうな神妙な顔と声で会話に入ってきたのは異原さんでした。
「話だ何だをしてるってことならあたし達みたいなことにはならないだろうけど、『付き合い始めて暫く経ったけどまだ何も変わってない』とか思っちゃったらデカいわよ、ダメージ」
「それにつきましては面目次第もねーことで」
 やっぱり口宮さんの茶々が入ったわけですが、けれどその茶々ですら謝ってみせるのは、実に口宮さんらしからぬというか何と言うか。
 友人を脱し切れずに関係を破綻させてしまった経験がある、異原さんと口宮さん。となれば口宮さんとしては、そうせざるを得なかったということなのでしょう。
「バカ」
 そしてもちろんそれは異原さんだって分かっているようで、反撃に手が出ないどころか言葉のほうすら反撃たり得ないものなのでした。むしろ、それまでの神妙な面持ちを和らげすら。
「うう……だって、哲くん……」
「ふむう。先輩からの忠告ってことになるんじゃろうし、となると軽く見たりはできんかの」
 一方その異原さんの話に、口しか見えない表情を、それでも不安がっていることがありありと伝わってくるほどへの字にする音無さん。対する同森さんもそれと同様、楽観はしていない様子なのでした。
「先輩ってそんな哲郎くん」
「照れるとこじゃねーだろ。反面教師とかそういう、駄目なほうの先輩だぞ俺ら」
「わ、分かってるけどさ。今もまだ頑張ってくれて――んゴェッホッ! なんでもない」
「わざとにしても咳払いの勢い良過ぎだろ。吐血かよ」
 そこまでくるともはや誤魔化すどころか逆に強調して聞こえてしまったりもするのですが、まあつまり、「駄目」な状態を脱却するために口宮さんが頑張ってくれていると、そういう話なのでしょう。
 あまりに分かり易過ぎて誰も突っ込まないでいたところ、するとここで同森さん。
「他のお二組はどうですかな? そういったところというのは」
 他のお二組。
 というのはもちろんのこと、僕と栞、そして大吾と成美さんを指しているのでしょう。
 別に後だ先だという話ではないのですが、先に口を開いたのはあちら側なのでした。
「わたし達はあれだな、付き合い始めてから仲良くなったというか」
「それまで仲悪かったってのも見せ掛けだけだけどな。見せ掛けにもなってなかっただろうけど」
 するとその二人は二人とも、じぃっと僕達を見詰めてくるのでした。というのはもちろん「見せ掛け」についてどう思うかということなのでしょうが、何を言えと。栞はへらへらしてるばっかりだし。
「ま、まあ付き合う前がどうだったにせよ、付き合ったことでより仲が深まったっていうのは間違いないんじゃないですかね。成美さんなんかもうすっかり大吾の膝の上に座ってるのが当たり前みたいになっちゃいましたし」
 いやいやそんなことないよ仲悪かったよ、なんてことは本人たち自身がそうでないと確信している以上言えないとして、その通り最初から仲良かったよ、とも言い難かったりするのでした。だってそれじゃあ、後からどう取り繕ったって大吾と成美さんまで反面教師側っぽくなっちゃうじゃないですか。別にそんなことないのに。
「ふふん、それは確かにそうだな」
「威張るようなことか?」
「誇るようなことではあるだろう?」
「はは、そうだな」
 疑うことなく納得してみせた大吾は、お膳の上に身を乗り出しまでして成美さんの頭をわしわしと。今現在の成美さんは大人の身体、つまりは猫耳を出している状態であって、ならばちょくちょく語っている通りにそこを撫でられるのは気持ちいいのでしょう、酔っている栞に負けないくらいふにゃけた表情になってしまうのでした。
 ううむ、言った傍から、ということでいいんでしょうかね?
「誇る、かあ。格好良いですねえ」
 とても格好良いとは言えない状態の成美さんへ向けて、けれど異原さんは茶化すふうでもなくしみじみと、半ば独り言のようにそう告げるのでした。
「一人で成したことならまだしも、こいつと二人で成したことだからんふふっ……こ、こら大吾もういい、もういいぞ真面目な話をしているんだから」
 離れた席から無理矢理手を伸ばしているだけである以上、成美さんがちょっと身を引けばもう届かないんですけどね。というのは、言いっこなしなんでしょうね。


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