(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十六章 ちょっとそこまで 三

2008-07-01 20:58:44 | 新転地はお化け屋敷
「どうでしょうねえ。正直、みんながどんな気分なのか想像もできないです」
 身近な人と死別した経験が一度もない身としては、どうにもこうにも。両親はもちろんの事、親戚や祖父、祖母に至るまで、およそ親族に納まる人達はみんな元気だし。
「やっぱりそうだよね。訊いておいてなんだけど、栞も上手く想像できないなあ」
 だからと言って、誰かと死別した経験があれば、というわけでもないらしい。全ての人と一度死別した経験のある栞さんは、眉を情けなく八の字にしていた。
 ……あまり、長引かせないほうがいい話なのかもしれない。
「むしろ、僕達はどんな感じでお爺さんお婆さんを迎えるべきなんでしょうね」
「え? 普段誰かが来た時と同じでいいと思うけどなあ。何かある?」
「いえ、まあ、なんとなく訊いてみただけなんですが」
 後先を考えない単なる思い付きな話題は、空回り。そりゃ栞さんの言う通りで、普段と同じでいい、で済む話だ。むしろそれ以外にどうしろと? という事にすらなってしまう。誰にとっても初体面な人達ならそれなりに対応が変わってくるところもあるかもしれないけど、今回やってくるお客さんはウェンズデー達とナタリーさんがとてもよく知っている人達だ。あまり余所余所しく迎えるのも妙な話だろう。
「よーし。表の庭、一通りおしまいっ」
「見事に空のままですね、ちりとり」
「大体いつもこんな感じだけどねー。さ、裏庭裏庭」
 その事に疑問を持たないのは、中々凄い事なのかもしれない。でも、そのおかげでここの庭がいつも綺麗なのもまた事実。「ゴミがないのは栞さんのおかげで、でもゴミがないせいで栞さんの仕事に手応えがなくて」という妙な循環の中で、僕は栞さんの仕事をどう評価したらいいんだろう? と栞さんの左手が掴んでいる余分な重みの一切無いちりとりを見下ろしながら考えていると、
「表は――なんて言うか、箒で足跡を消すのがメインみたいになっちゃってるかな? 雨の日とか以外だとそんなに目立たないけど、やっぱりよく見たらあるんだよね」
 職人魂に通ずるようなものを見せ付けられ、密かに悔い改める事となりました。
 まさかそんなところまで掃除の内に入っているなんて、今まで思いもしませんでしたよ。
「でも裏はこれだから、ゴミが落ちてないか見回るだけー」
 あまくに荘の側面を回り込み、表の庭から裏庭へ。そこは土が剥き出しの表とは違い、どこぞの自然公園のように一面青々とした草で覆われていて、そのまま寝転がって昼寝すらできそうな装いなのです。
 ここの住人であるジョンは昼寝の時、律儀に小屋の中で、ですけどね。その小屋も今は空っぽですが。
 という事で足跡なんぞあっても見える筈が無く、そもそも箒を掛けるような環境ですらなく、掃除係さんの言葉通り、ここでの仕事は本当に見回るだけ。
「今日もないね、やっぱり」
 そしていつものようにゴミは無し。
 途中、窓越しに窺える102号室内部へ軽く手を振ってみたりしながら進行した裏庭掃除はあっと言う間に終了。
「これでお仕事完了ですか?」
「えっと、そうだね。今日はこれでおしまい」
 日によっては103、104号室の中だとか階段と二階の廊下だとかを掃除する事もあるけど、今日は表裏の庭だけだそうで。
「お付き合いありがとうございました」
「いえいえこちらこそ」
 掃除用具の片付けに再び階段横の物置に向かう最中、うやうやしく頭を下げてきた栞さんへ同じようにして頭を下げ返す。さてこれから……とポケットの携帯で時間を確認してみると、庭掃除の内容があんな感じだった事もあってまだ十一時半をちょっと過ぎたくらい。外に出てから三十分しか経っていない。とは言っても、「もう三十分経ってたのか」と思うところも無きにしも非ず。
「まだお昼ご飯にはちょっと早いかな?」
 横から携帯を覗き込んだ栞さんが言う。
「清さんの部屋に戻ろっか」
「そうですね」
 ガラガラと物置が開く音と一緒に、今後の行動が決定。わざわざ決定させるほどのものでもないですけどね。そしてピシャリと、やや騒々しく閉まる音。


「そろそろ戻ってくる頃だと思っていましたよ。んっふっふ、ではもう一度、いらっしゃいませ」
『お邪魔します』
 清さん以外の履物が三人分。僕と栞さんも含めて五人分。そんな窮屈な玄関口を経て、靴の数以上に頭数の多い部屋の中。総勢九名が一堂に会するにはややスペースが不足がちないんじゃないだろうかと思えてしまう、しかし誰の部屋でも同じ広さの部屋へ、再度進入。当然、まだ全員揃ってます。
「お疲れ様、しぃちゃん。相変わらず良いお手際で」
「お手際って言うか、ゴミがないんですもん。すぐ終わるのも当たり前ですよ」
「そりゃまあなあ。ゴミ出せって言われても出しようがねーし」
「間違ってはいないが、誰が言うんだそんな事」
 しかしゴミがなくても、栞さんの仕事には意味がある。それが例え、言われなきゃ気付かないような意味でも。
 こんな事で偉ぶったって何にもならないんだけど、それにもしかしたら他のみんなはとっくに知ってる事なのかもしれないけど、とにかく今回初めて知った情報に酔いしれてみる。するとそこへ、
「行ったり帰ったり大変そうでありますね、孝一殿」
「それに、また暫らくしたら昼食を食べに自分の部屋へ戻らなくちゃですからねえ。んっふっふ」
「あの、えっと、じゃあ、お疲れ様です。日向さん」
「ワウ」
 大学へ行き、部屋に戻り、ここへ来て、すぐに大吾と成美さんを呼びに行き、そしてまたここへ戻り、次に栞さんと一緒になるよう外へ追い出され、三たびここへ来て、この後また自室へ戻る。
 言われてみればそりゃそうだ、となんだか疲れてしまいそうになる。いや、実際にも疲れてるのかもしれないけど。


「それじゃ、また後でねー」
「お邪魔しました」
 時間なんて人と一緒にいればあっと言う間に過ぎるもので、「そろそろお昼ご飯かねえ」と家守さんが呟いた瞬間、僕が頭に浮かべたのは「え、もう?」という感想。もちろん夜と違って一緒に食べるわけでもなく、昼食の時間を家守さんと合わせる必要は全く無いんだけど、一人その時間を遅らせる意味もまた無いので家守さんに合わせる事に。
「うう、緊張してきたであります」
「わ、私もです……」
 清さんと一緒に玄関まで見送りに来てくれたウェンズデ―とナタリーさんが、体をピンと固くする。と言ってもナタリーさんは一度首を持ち上げたらまるで動かないから、体だけで言うなら元々固い印象だけど。
 まあとにかく、この二人がそうなるのも無理はないだろう。なんせ今度昼食を終えた家守さんが戻ってきたら、その時は――
「んふふ、そういう時は散歩でもして気を紛らわせるといいんじゃないでしょうか? 幸い本日、怒橋君のお仕事はまだですからねえ」
「あ、そう言えばそうでありました」
 そんな清さんとウェンズデーの応答へ、ナタリーさんが首を向ける。
「えーっと、怒橋さんのお仕事と言うと、ウェンズデ―さん達とジョンさんのお世話だったですっけ?」
「はいであります。その中にジョン殿の散歩も入ってるのでありまして、それが今日はまだなので、ナタリー殿もご一緒しませんかであります。ジョン殿の背中の上は気持ち良いであります」
「あ、……じゃあ、はい。是非。このままじっとしてたら息が詰まりそうです」
 本人の知らないところで頼りにされている大吾でしたが、かと言ってその本人が行うのはいつも通りの散歩なので、伝えなくてもまあ問題はないでしょう。多分。
「んじゃ、お昼ご飯食べたらまた来るね」
 ペンギンくんと蛇さんの話がついたところで、靴を履き終えドアをくぐった家守さんが片手を挙げながら言う。続いて靴に足を通しながら、「じゃあ僕もまたここに来ればいいんだな」と。
「あ、それと散歩するなら『別に急がなくてもいいよ』ってだいちゃんに言っといて」
「了解しましたであります」
 最後にそんな一言を付け加え、家守さんは「そいじゃね」と手を振るように見せかけて指だけワキワキさせながら、隣の101号室へ方向転換。僕はお見送りの三名に小さく頭を下げてから、ドアを元の枠内へ押し込んだ。
「お昼ご飯、ご一緒にどうかな?」
 バタンと音がし、ドアノブを掴んだ手を通じて振動が伝わってきたその途端、この瞬間を待っていたと言わんばかりのタイミングで、親指をくいくいと101号室に向けながら、家守さんがそんな発言。
「えーと……」
「今回はアタシが作るからさ、こーちゃんは待っててくれるだけでいいよ?」
 急な話に反応できないでいる僕などお構いなく、誘い文句を続ける家守さん。そして誘われているなら、予想外とは言え断るような話でもない。
「じゃあ、お邪魔させてもらいます」
「うんうん」
 栞さんが一緒の時でなく僕一人だけを誘うというのはどういうつもりなんだろう? と不審がってみるのは、やっぱり失礼にあたるだろうか。でも今までが今までだったしなあ。
「そいじゃあ、いらっしゃいませー」
 102号室から101号室への移動なので、本当にあっと言う間。
 部屋へ案内するホテルのボーイのような仰々しい作法でドアを開き、その傍らで腰を屈めた姿勢のままにこにことこちらへ視線を送る家守さん。ここは突っ込みも入れず、大人しくその誘導に従う事にしておいた。
「一名様ごあんなーい」
 動きと台詞が食い違っている気がするけど、やっぱり気にしないでおく。


「んじゃ、ちょっと待っててね。いっちょ頑張ってきまっす」
 女性の割には――と言ってもそれは僕が勝手に持ってる先入観なのかもしれないけど――あんまり派手さが無い家守さんの部屋。もちろん細部は違うけど、ぱっと見に受ける印象は僕の部屋とそんなに変わらない感じ、かな? いやでも、年を考えれば……って、これはさすがにアレだね。うん。
「あ、はい」
 短い返事に家守さんが台所奥へと姿を隠し、さっきまでの賑やかさとは打って変わって独りぽつんとちゃぶ台で待つ事に。どんな料理が出てくるのかな、と気にはなりつつも、目は引き続き部屋内を見渡し続ける。
 ――ぽつん。
 ――あ、そう言えば。
 そうは言っても、成美さんの部屋はここ以上に簡素なんだっけ。それほど何度も上がらせてもらったわけじゃないけど、棚類が全く無かった事は印象に残ってるなあ。私室にタンスがあっただけで。……まあ、あの人の場合は女性がどうとか関係無さそうだけど。
 それなら栞さんは? と考えても、記憶の中の203号室はやっぱりそれほど女の子女の子したような部屋ではなく。まあ、なんのかんので私室に入れてもらった事はまだないわけですが。そう言えば陶器の置物を集めてる、てな話を聞いた事もあったっけ。うーん、一度見てみたいなあ。
 この部屋と、そして今挙げた実例二つをもって、僕が抱いていた女性の部屋というものへのイメージは(少なくとも、あまくに荘内では確実に)間違っていた、と結論付けられました。ピンクのカーペットにキャラクターものの人形だらけって、実際にはあんまりないものっぽいなあ。そうだったらそうだったで「うわあ」とか思っちゃうんだろうけど。


 どうせ待つだけなのにあまりそわそわしても仕方がないか、と女性の部屋についての考察は取り止め、ただただ座してぼけーっと昼食の完成を待つ。するとそこへ、台所から醤油の香りが。台所と居間を区切るふすまが開け放たれたままとは言え、隣の部屋まで香りが漂ってくるとなると、醤油が火に掛かっているという事は想像が付く。まあそもそも、それ以前からじゅうじゅうと何かを焼く音がしているわけですが。まず何かを焼くか炒めるかして、その後にそこへ醤油を投入した、という流れになるだろうか。ではその料理は何だろうと考えても、味付けに醤油を使うものなんて考え出したら切りが無い。「何々の醤油炒め」なんていうそのままな料理名のものだけでも、相当な数が挙げられるだろう。さあさあ家守さん、もとい我が門下生は一体どんな料理を振舞ってくれるんだろうか?
 それからほんの少し時間が経った頃、どうやら醤油の投入は仕上げに近いものだったらしく、かちゃかちゃと食器を準備する音が聞こえてきた。
 そして、
「お待ちどう様―」
 開きっぱなしのふすまを越えて、一層強くなる香ばしい香りと共に、家守さんが現れた。両手で掴んだお盆の上に何が乗っているのかは、座っている僕と建っている家守さんという位置関係上、まだ見えない。
「どうぞ召し上がれ。アタシ的には会心の出来だよ」
 その自信と満足感と達成感たっぷりな言葉に合わせてお盆がちゃぶ台の上に降ろされ、そこに見受けられたのは、少々焼き目のついた太い麺と、その付け合わせで細かく切ったネギと薄く切ったちくわだった。本来なら茹でられて麺つゆに浸かっているその麺はしかし、茹でた後に炒めるという本来とは違った調理方法によって、本来とは違った美味しさに。
「焼きうどん、ですか」
「うん」
 お昼時という事で小腹も空いており、ここまで美味しそうな香りを前にしてしまうと少なからず頬が緩む。一方僕の向かい側に座り込む家守さんもどこか嬉しそうにしていて、何とも良い雰囲気が醤油の香りと一緒に辺りを漂い始める。
「調べてみたらさ、焼きうどんの味付けって色々あるんだねー。アタシがよく食べてたのはこの醤油味のやつだったんだけどさ、そのまま麺つゆで味付けるとか、ソースでやっちゃうとか。ぶっつけ本番はあれだから、今回はよく知ってる味付けにしたけどね」
「やっちゃう」と表されたソースベースのものが、焼きうどんの大元だった――と、どこかで聞いた事があるようなないような。まあ、料理ってものは美味しければそれでいいんですけどね。
 という事でソースだ醤油だを気にせず、目の前の非常に美味しそうなそれに向かって手を合わせる。具材の種類が少なめなのも、これはこれで見栄えが良かったりするのかもしれない。あくまでメインはうどんなんだし、麺ってそもそも綺麗だしね。なんて考えつつ、
『いただきます』

「で、どう? 上手く出来てるかな?」
「はい。美味しいですよすっごく」
「そう? そりゃ嬉しいねえ、料理の先生から美味しいって言ってもらえるなんて」
「いつもの晩ご飯だって美味しくできてるじゃないですか。……自分で食べての感想はどうです? よく食べてたっていう味と比べて」
「んー、我ながら遜色ないと思うよー。どうしよっかな、これ『得意料理』って事にしちゃおうかな。自分でもびっくりするぐらい美味しいよ」
「いいんじゃないですか? 実際に美味しいですし」
「あれ、自信過剰だーとかそんな感じで返されるのを期待してたんだけど」
「……………ああ、そうだったんですか? でもあの、人に食べてもらう以上はやっぱり自分でも美味しいと思えるくらいじゃないと、とも思うんですけど」
「あー、なるほどねえ。いいねそういう考え方。そりゃ料理も上手くなるわこーちゃん」
「そうじゃなくても、家守さんだって上手になってるじゃないですか。栞さんだって最近は大きい失敗もなくなってきましたし」
「先生がいいからだと思うけどねー。しぃちゃんにとってなんかは、先生ってだけじゃなくて――」
「あ、あの、本人がいなくてもそんな話ですか?」
「いやいや、こればっかりは真面目な話。アタシだって旦那のために料理覚えようとしたのがきっかけだしね。やっぱり、モチベーションって言うの? 違ってくるじゃん?」
「はあ……まあ、そうかもしれませんね」
「ささ、冷めないうちにどうぞどうぞ。褒めて貰っちゃったから、お話はこれくらいで」
「そうですね。改めまして、いただきます」


 食べるものが美味しいと、次の一口までの感覚が狭くなる。
『ごちそうさまでした』
 という事で、あまり時間も掛けずに家守さんの焼きうどん、完食。いやもう、本当に美味しかった。美味しかったけど、もう全てお腹の中に収まってしまったので次の話へ。
「えーと、それじゃあ清さんの部屋へ?」
「ん? ――あはは、まあまあそう慌てなくても。アタシとしては、もうちょっとだけお話に付き合ってくれると嬉しいなあ」
 空になった皿二つを挟んで、家守さんは顔を綻ばせる。意地悪でなく純粋に笑った顔は、正直に言って魅力的だと思うんだけどなあ。清さんみたいに常に笑ってろとまでは言わないけど。って言うか、意地悪を減らしてください。
 と言うのはまた別の話として、
「まあ、家守さんがそう言うなら」
 家守さんが慌てなくてもいいと言うなら慌てなくてもいいんだろう。会話を断る理由があるわけでもなし、僕は返答と同時に小さく頷いて見せた。すると家守さんはその顔に表れているにこやかさをもうちょっとだけ増量させ、その事でもって「聞き届けた」と伝えてくる。
「お茶でも持ってこよっか」
 二枚の皿を重ねて手にとった家守さんは次に、そう言いながら立ち上がって、こっちの返事も待たずに台所へ。
 カチャカチャという重なった皿がぶつかる音、それらが流しに納められるガチャンという音、そしてちょっと聞こえ辛いけど冷蔵庫を開けるガパンという音、そしてコップを出す音とそれにお茶を注ぐ音――は、さすがに聞こえなかったけど。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも」
 冷えた麦茶。大概の家には常備されているであろうポピュラーな飲み物だけど、暑い時とか疲れたときなんかに飲むととても美味しい一杯。と言って今は暑くもなければ疲れてもいませんが、それはそれ。早速ちびりと一口。うん、冷たくて美味しい。
「それで、話って?」
 もしかしたら特に決まった話題もない時間潰しの談笑をしたかった、という話なのかもしれないけど、一応そこから尋ねてみた。そうであろうがなかろうが、会話はまずきっかけからだしね。
 すると家守さんも麦茶を一口――と思ったら、思いっきり喉を鳴らしながら一気飲み。コップは一瞬ですっからかんに。
「年寄りのお節介ってやつだぁね。度々恒例の」
 手首の甲の側を口に押し当ててぐいっと拭い、すっきりした顔でキッパリハッキリ言い放つ。まるで酒飲みの動きみたいですよ家守さん。飲まないのに。
「お節介、ですか?」
「うん。幽霊さんをあっちからこっちに呼ぶって事について」
 その一言でようやく、ああ、そういう事か、と納得する。すると体がやや緊張を見せ始め、同時に胸の内では期待も膨らんだ。
 有り体に言えば、「真剣な話」。僕達とは違うものとして捉えた時の幽霊の話や――あと、栞さんと付き合う事なんかについて、本人の言うように度々、こういった形で話をする機会があった。思い遣りと優しさに溢れた、と言うとなんだか陳腐な物言いになってしまうけど、とにかくその通りなこれがあるからこそ、家守さんはみんなから文句無く頼りにされているんだろう。話をするという具体的な行為の有無ではなく、そういう考え方ができる、という人柄の面において。
「――よろしくお願いします」
「あはは、そんなに改まらなくても」
 だから僕は、この人が好きだ。普段どんなにからかわれたとしても。


「あ、お帰りみんな」
 昼食とお話を終えて清さんの部屋に戻ってみれば、そこにいたのは「喜坂さんと哀沢さんも散歩についていきましたよ」と笑う清さんが一人だけ。なので家守さんが言う「みんな」とは、大吾とジョンとウェンズデーとナタリーさんと成美さんと栞さんの六名。ぞろぞろと賑やかにお帰りです。
「そっちのが早かったか」
「そりゃまあ、ご飯食べるだけだったしね。――ああ、家守さんの部屋にお邪魔して作ってもらったんだけど」
 栞さんとウェンズデーが家守さんへ「ただいま」を伝える中、その横から声を掛けてきた大吾に、現在胃袋で消化中な焼きうどんの味を思い出しながらお返事。今度あの味を真似させてもらおうかな、なんて思ったりもしていると、
「え? それって、楓さんが一人で全部作って孝一くんと一緒に食べたって事?」
 栞さんが反応。驚いたようにこちらへ顔を向け、そしてまた家守さんを見る。すると家守さん、ここで苦笑い。
「ありゃ、もしかしてマズっちゃったかな?」
 それがどういう意味なのかはよく分からなかったけど、「あ、いや、そういうのは……ちょっとくらいしか、ないです」と同じく苦笑いな栞さん。何が「ちょっとくらいある」のか、そして続けて「ごめんねー」と家守さんが謝るのはどうしてなのか、何から何までよく分からない。
「それはいいんですけど、楓さん、何作ったんですか?」
「焼きうどんだよ。昔親に作ってもらってたのを真似してみてね」
 ここはご馳走になった身として「美味しかったですよ」と感想を一言付け加えたいところだけど、栞さんの何かが引っ掛かったような様子から、なんとなく口を挟むのはためらわれた。そしてそうやってしどろもどろしている間に、隣のグループでも会話が始まる。
「んでオマエ等、ちょっとは落ち着けたのか?」
「あ、はい。一緒に行かせてもらって、ありがとうございました」
「自分ももう落ち着けたであります」
「ジョンの背中の上か。前に猫に戻った時、わたしも乗ってみれば良かったな」
「ワウゥ」
 という会話内容からして、僕と家守さんが部屋を出る前に話していた通りに、ウェンズデーとナタリーさんはジョンの背中に乗っていたんだろう。自分が乗るとまではもちろん言わないけど、見てみたかったなあその様子。
 ちなみに成美さんの耳は出たまま、つまり大きい成美さんなままなので、こっちは背中には乗らなかったんだろう。誰の背中かは言うまでもなく。
「それじゃお腹が膨れてみんなも揃ったところで、仕事に入りますか」
 結局栞さんとの会話の意味が分からないままだけど、とにかく家守さんからそんな宣言。今日一日の主目的でもある事柄なのでそれが最優先って事でいいでしょう。分からないままだけど。
「んじゃ、お爺さんとお婆さんを呼びに行ってきます」
 言いながら立ち上がり、ズボンのポケットに手を突っ込む家守さん。あれだけズボン本体が小さくかつ短いとポケットが占める範囲が大きいなあ、とついつい目が行ってしまう。もちろん丸出しの太ももにも――いやいや。
 そしてそこから取り出されたのは、髪留めのゴムだった。髪留めのゴムであるからには髪留めに使うのであって、家守さんは長い後ろ髪を一纏めに。
「こーちゃんとナタリーは始めて見るだろうけど、まあ寝てるようなもんだから心配しないでね」
 髪を纏め終わると家守さんは少し移動し、部屋の隅へ。そこで壁にもたれるようにしてあぐらをかくと、何をするでも言うでもなく、目を閉じてしまう。それは本人がたった今言った通り、寝てしまったようにしか見えなかった。
 ――と思った次の瞬間、家守さんの身体がずずず、と横に傾き始める。そしてそのまま、それを確認した部屋内の誰かが支えに入るよりも前に、重力に何の抵抗をするでもなく家守さんは倒れてしまう。床との衝突を避けるために両手を伸ばす、という意識どうこうでなく反射的に行ってしまうレベルの動きすら見せずに。
 髪を纏めてからここまで、十秒程度しか経っていないのではないだろうか。場所を変えて座り込むのも目を閉じるのも、そしてこんなふうに倒れてしまうのも、全てが流れるようにして。
「家守さん?」
 声を掛けても返事は無い。無防備に倒れたとは言え事前に纏めたおかげで乱れを見せていない黒髪のせいか、受身を取らない痛々しい接地を見てもなお、ただ眠っていると錯覚してしまいそうだった。
 だからこそ、自分でも驚くぐらいに驚いていなかった。声だけは。


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