(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十六章 ちょっとそこまで 二

2008-06-26 21:17:27 | 新転地はお化け屋敷
「って事でお爺さんお婆さんの話だけど、さっきも言った通りウェンズデー達とナタリーからオッケーが出たので、お昼ご飯食べた後くらいにでも呼びに行ってきます。特にアタシから何か言っておくような事とかは無いけど――」
 そこまで言って、家守さんは自分の隣にいるナタリーさんと栞さんの膝の上にいるウェンズデーに、それぞれ一回ずつ目配せ。
「ウェンズデー達とナタリーは、話したい事とかあったら今のうちに気持ちを整理しておいてね。お爺さんお婆さんがこっちにいられるのは二時間だけだし、あわあわしてたらあっと言う間に過ぎちゃうから」
「は、はい」
「分かりましたであります」
 二人とも、やや緊張を交えた声で返事をする。当人である二人にとっては、殆ど脅かしのような言葉になってしまうんだろう。
 ――恐らく、それはもう家守さんにとって、今まで何度となく言ってきた台詞なんだろと思う。「あっと言う間に過ぎちゃう」人が実際にいたりしたからそういう忠告をしなければならなくなったとか、そういう事なんだと。
 どうしてそう思うのかと問われれば、それはやっぱり「家守さんがそれを仕事にしているから」という事になるだろう。毎日毎日仕事で出かけているんだから、今回と同じような場面に立ち合った事も相当ある筈。だとするならやっぱり、いわゆる「余計なお世話」と「しなければならないお世話」の区別ははっきりしているだろうから。
 ……と、こんな事を考えてしまうのはちょっとばかし偉そうなんじゃないかな、なんて自己評価が頭をよぎったところで。
「それじゃあ、アタシからの報告は終了です。アタシとこーちゃんがお昼ご飯食べた頃にまた集合ねー」
「はーい」
 全体へ向けての報告に、返事をしたのは栞さんだけ。だからどうしたって話なんですけどね。
 で、じゃあいったん解散なのかと言うとそうでもなく、
「誰も動かないねえ」
 そうでもないみんなを見渡して家守さんが呟く。そして当然のように、その本人も立ち上がる素振りすら見せていない。
「動きませんねー」
 続いて楽しそうに相槌を打つのはやっぱり栞さん。こちらも動く素振りはなし――と思ったら、ウェンズデーを床に降ろしてすっと立ち上がる。どこへ行くんだろう、と思うとほぼ同時に、思い当たる結論が一つ。
「庭のお掃除、行ってきますね」
 やっぱり。
 ちなみに、昼ご飯を食べたら再集合な割に僕と家守さんが動かないのはまだ暫らく時間があるからです。と言ってここで初めて時計を確認してみれば、現在十一時をちょっと過ぎたところ。うん、やっぱりまだ暫らくある。
「ご苦労様です」
「あはは、好きでやってるようなものだしね」
 時間があるという事で、自分は動かずお見送り。栞さんがその仕事を苦だと思っていないのは今更聞き直すまでもなく承知している事柄ではあるけど、まあ定型的な挨拶という事で。
「ん? こーちゃんは行かないの?」
「いや、昼ご飯までまだ時間が」
「じゃなくてえ。……キシシ、わっかんないかなぁ」
 その台詞が誰の口からもたらされてるかを考えれば、分からないほうが変なんですけどね。成美さんの件といい今回はご機嫌だなあ家守さん。
「もう、楓さぁん」
 これは、意地張ってここに居座り続けても良い事はなさそうだ。もちろんそれが家守さんの狙いなんだとしても。……うーむ、相変わらず手も足も出ない。いや、部屋からは出るんですけどね。
「分かりましたよ家守さん」
 上手いこと言ったつもりになって敗北感を紛らわせつつ、おもむろに立ち上がる。そりゃまあ外に出たくないわけでも無いですし――って、これも負け惜しみなのかな。
 まあいいや。
「行ってらっしゃいであります、孝一殿」
「お仕事、頑張ってください。喜坂さん」
「行ってきます、ウェンズデー」
「ありがとうね、ナタリー」
 ぺたぺたするすると部屋の入口まで見送りに来てくれた足元の二人へ視線を下ろして挨拶を返し、ついでに他のみんなへも会釈をしておいて、お掃除係さんとその付き添いは102号室の外へ向かう。
 自意識過剰なような気もするけど、家守さんに大敗を喫した事に後ろ指を差すような人がいなくてちょっとだけ安心。まあ、みんなが視界から外れているこの瞬間にそこがどうなっているのかは分からないけど。

「えっとあの、家守さん」
「ん? 何かな、ナタリー」
「喜坂さんと日向さんって、つがいなんですよね?」
「つがっ!?」
「あ、あれ? 違いましたっけ? 確かそんなふうな事を昨日――うう、みんなそうじゃないって顔してますね……」
「あいやや、まあ、間違いって程でもねえ? うーん、でも『つがい候補』って辺りがしっくりくるのかな? だいちゃん、どう思う?」
「なんでオレに訊くんだよ」
「あっちの二人と似たような境遇だし。今の言い方でしっくりくるのかなーって」
「んな事言ったらオマエだってそうじゃねーか。まだ結婚はしてねえんだし」
「ありゃ、言われてみればそりゃそうだ。――あ、じゃあ、だいちゃん的にはつがいって言うと結婚した後の事を指すんだ?」
「なんじゃねーの? 多分だけど」
「とすると、この中でつがいなのは清一郎殿だけという事になるでありますね」
「んっふっふ、そうなりますねえ」
「えーと、あの、結婚っていうのは……?」
「あー、なんて言うかな、人間のつがいって『私達は一緒に暮らしていく事にしました』ってのを周りに向けてハッキリさせなきゃならないんだよ。それの事を結婚するって言うんだよね。ぶっちゃけ面倒だけど」
「へ、へえ……。じゃあ、屋敷のお爺さんお婆さんも?」
「もちろんそうだったであります。自分達が屋敷に住むようになるより、ずっと昔の話ではありましょうが」
「人間の場合、そうなった二人はずっと一緒にいる事になるんだよな……」
「ん? 何だよ成美、急に暗い声出して。そうだって言ってんだろ?」
「キシシ、そういうのは『暗い』じゃなくて、『感慨にふける』って言うんだよだいちゃん」
「んーむ、結婚ですかあ。哀沢さんの様子を見ていると、ついつい昔の自分達を重ねたくなりますねえ。まだまだ若くてその段階ではないにしてもふとした事で意識しちゃって悩んでみたり恥ずかしがってみたり時には真剣に相談してみたり」
「その辺りで止めてくれ楽。話が長くなる前にな」
「んっふっふ」
「なんでちょっとイラついてる感じなんだよ? 別に今の、変な話じゃなかっただろ? 止めるのはまあいつもの事だけど」
「アタシはそろそろ本気で怒られそうだから止めとこっと」
「そうしてくれると助かるな」


「それじゃ、今日も始めまーす」
 くぐり抜けたドアが音を立てて閉じた後、階段横の物置に向かいながら、そんな感じでおどけた調子の栞さん。「せっかく一緒に出てきたんだから、どうせなら手伝いましょうか?」と言いたくなるような状況だけど、それがやんわり断られるのは経験済みなので言わないでおく。
 いつも通りならこの掃除は表の庭から始まるので、物置に向かう栞さんの背中を見送ってそのまま待機。そして程なく、ガコンガコンと立て付けの悪い開閉音がした後に戻ってくる栞さんは、片手に箒ともう片手に塵取りを携えている。それらが似合う――というわけじゃないんだけど、なんとなく心が安らぐと言うか、とにかくゆったりできるんだよね。栞さんが掃除してる姿を見てると。
「ごめんね、待ってもらっちゃって」
「いえいえ、僕が不甲斐無かった結果ですから」
 とだけ言ってみたところ、何がどう不甲斐無かったかは把握されているらしく、くすくすと微笑まれる。腰を屈めてちりとりを地面に接地させながら(普通ならぽいっと地面に投げ落としそうなものですが)そんな表情を形作る栞さんになら、笑われたって悪い気は微塵も浮かび上がってこなかった。
 しかしそんなお惚気状態のこちらの事などこれから仕事に入ろうとしている栞さんの視界には入っておらず、屈めた腰を元に戻して再び視界に納まる頃には、
「ところでさ、孝一くん」
 次の話題へ。
「なんですか?」
「大吾くんが言ってた『付き合うようになったら色々変わる』って、何がどう変わったんだと思う?」
「ああ、そう言えば言いそびれてましたねそんな事」
 当人のいない所で話を広げるのは、あの時大吾を止めに入った成美さんに悪いような気もしますが。なんて思いはしつつも、一見何もゴミなんて落ちてない場所に箒を往復させ始める栞さんへ返事は返す。きっちりと。
「そりゃまあやっぱり、お互い素直になった、ってのに尽きるんじゃないですかね? あの二人の場合は」
「やっぱりそこかあ。大吾くんは特に、成美ちゃんが好きだって事を隠さなくなったよね。それで成美ちゃんが困っちゃうのも、ふふ、結構あっちゃうんだけど」
「隠しても隠さなくても困らせるっていうのは、なかなかに凄い事ですよね」
 隠さなくなって、その「隠そうとしない台詞」を聞いた成美さんが困ってしまうのは分かる。でも隠していた頃は隠していた頃なりに、大吾が成美さんの機嫌を損なわせる事はしょっちゅうあった。どっちにしたってそうなってしまうのに、ああいう関係になれてしまうのはなんとも面白い――と言うか、ああいう関係になれるような二人だからこそ前々から言い合いなんかが発生していたって事になるのかな。
 告白間際に一悶着あったとは言え。出会ってから今までが割とすんなりしていた自分と目の前の女性の事を考えると、改めて「あの二人は面白いな」と。
「成美ちゃんもほら、最近は怒っちゃっても火の玉出さなくなったでしょ? そういうところでもやっぱり、何か変わったんだろうね。大吾くんに対して」
「そう、ですねえ。あんまり深く考えると、今にでも火の玉が出てきそうで怖いですけど」
 冗談口調ではあったものの、もしこの話を聞かれていたとしたら、と本気で怖くなったのです。という事で、もちろん今ここにはいないわけだけど、なんとなく気になって現在成美さんがいる102号室へと目を遣
「何の話だ?」
『うわあっ!』
 動かした視線が102号室のドアを捉えるより早く、と言うか僕と栞さんのすぐ傍に、成美さんが立っていました。全然気付いてなかったのは言うまでもありません。栞さんの箒が止まったのも、言うまでもありません。
「その反応、あまり宜しくない内容らしいな。……なんだなんだ、家守に続いてお前達までか」
 その小さな肩を落として、しょんぼりと自らの扱いを嘆き始める成美さん。するとなんとも、こちらが居た堪れなくなってくる。たった今この人を怖がってた自分はどこへやら。
「ご、ごめんね成美ちゃん。でもその、悪口言ってたとかじゃないから」
「それはそうだろうが、じゃあ何の話だったんだ?」
「えっと……」
 俯かせた顔からじろりと睨み付けてくる上目遣いに、しゅんと言葉を詰まらせる栞さん。悪口でなかったとは言っても、やっぱり悪いのは全面的にこちらなんですよね。
 しかしこうなっては答えないわけにもいかない。栞さんは、改めて成美さんを真っ直ぐ正面に捉える。
「えっと、大吾くんが言ってた『付き合うようになったら変わる』って話、何がどう変わったのかなって」
「またそんな……いや、まあいいか」
 案の定な話にひたすら脱力、かと思いきや次の瞬間には嘘のようにすっきりとした声でそう言ってのける成美さん。その一瞬の間にどんな心境の変化があったのかは分かりませんが――
「家守はともかく、お前達は別にからかうだとかそういう意味で話しているのではなさそうだしな。――もっとも、それが行き過ぎるとあの馬鹿者と同じになってしまうのだが」
 という事なんだそうで。つまりそれって、僕達はそういう悪意を持たないだろう、と思ってもらってるって事なんでしょうか? しかし、栞さんはともかく僕は……どうなんだろう。あんまり自信を持って「はい」とは言えなさそうな。
 しかしそれはそれとして、成美さん?
「馬鹿者って言いながら、顔が笑ってるよ?」
「え」
 部屋の中で今のような話になった時は嫌そうな顔をしていたのに、今はどうしてだか嬉しそうな顔。はてさてそれは家守さんがいないからなのか、はたまた大吾がいないからなのか。
「……ま、まったく。嫌になってくるないい加減」
 はてさてそれは大吾の事なのか、はたまた成美さん自身の事なのか。
 腕を組み、ぷいとそっぽを向く成美さんを前に、栞さんの口から楽しげな息が漏れる。それを耳にした成美さんが栞さんに向ける横目は、なんともバツが悪そうだった。
「それで成美ちゃん、お買い物か何か頼まれたの? みんなはまだ清さんの部屋にいるんだよね?」
「ああ、それがな」
 話題が変わった事によって、好きな料理が突然目の前に現れたように成美さんの機嫌が摩り替わる。
「ナタリーがわたしの、実体化した時の姿を見てみたいと言い出してな。それでいったん部屋に戻るところだ」
「あ、じゃああんまり引き留めてちゃ悪いね」
「そういう事だ。まあ、お前も引き続き掃除を頑張っておいてくれ」
 途中でついつい笑顔を作っていたとは言え、面子というものがあるんだろう。突き放すようにそう言って、成美さんは二階への階段へ向かう。「毎度毎度服を変えなければならないというのはどうにも面倒だな、やはり」という独り事をこちらの耳に届かせながら。
 そしてその背中が壁の向こうに隠れてしまってから、僕は気付く。成美さんと会話したのが栞さんだけで、僕自身は一言も口を開いていない事に。いやそりゃ、「うわあっ!」とは言いましたけど。
「びっくりしたね」
 程なく成美さんが現れるであろう二階の廊下を見上げながら、箒掛けを再会させ始めた栞さんが小さく呟く。何が「びっくりした」なのかと言うとそれは当然、今考えた「うわあっ!」の事なんだろう。なんせ他に当て嵌まるものがないですし。
「ですね」
 同じく小さな呟きで返す頃、二階の廊下、その格子状の手擦りの向こうに成美さんが現れ、こちらを見下ろす。そうして栞さんと目が合うと、成美さんはその視線をぷいっと、すぐ目の前にある自分の部屋、201号室のドアへ向けた。
「もう一回後でちゃんと謝った……ら、逆効果になっちゃうかな」
「本気で怒ってるわけでもないでしょうし、まあ、いいんじゃないでしょうか?」
 当然「お前が言うな」という話なんですけどね。機嫌を損ねさせた本人なんですし。
「でもやっぱり、後でまたここ通るだろうし、その時にちょっとだけでも」
「……そうですねえ。くどくならない程度になら、やっぱり謝るべきなんでしょうね」
 キイと小さな音を立てて開き、成美さんを飲み込んで再び閉じるドアを見上げながら、そんな小さな反省会。


 そんなわけで、
「さっきはごめんね、成美ちゃん」
「ごめんなさい」
 程なくして通り掛かる、丈以外は何一つ変わらない着替えを済ませた「大きい成美さん」に軽く――と言ったら何だか感じが悪い響きだけど、とにかく軽く、頭を下げる。
 成美さん、外出予定が無いからか、帽子を被らずに猫耳型の髪の毛を露出させていた。
「別にいいと言っただろうに。――お人好し過ぎるのも、それはそれで困ったものだな。しかもそれが二人揃ってというのだから」
 そう言いながら、やれやれと困り半分に笑ってみせる成美さん。そんな事を言われてしまうと、こちらとしても苦笑いを返すしかない。よって、お互いに中途半端な笑みを浮かべ合うという、なんとも生温い状況に。
「ああ、そうか」
 すると突然、何の前触れもなく、成美さんが何かを閃いたような爽やかな顔に。
「怒橋のあれも、そんな感じのものなのかもな。行き過ぎる事もあるが普段は悪い事でもないという。あいつは元々、言いたい事をはっきり言ってのける奴だし……。そうだそうだ、そもそもわたしがあいつをす――」
 とまで言ったところで、やや上方の空宙を漂っていた視線がくいっと僕の方を向いた。そして成美さんは一瞬、体全体を硬直させる。
「――あ、いや悪い、独り事だ」
 それは確かにその通り、独り事だったんだろう。見るからに、いや、見るまでもなくその口ぶりからして、たった今成美さんの世界には僕も栞さんも入っていなかった。だとするならそれは、見栄も面子も関係無い、成美さんの本音だったんだろう。そして今、成美さんが言い損ねた言葉は――
「ふ、深く考えようとするな日向。今のは決して、何でもないんだぞ」
 これはいい突っ込みどころだったけど、先程頭を下げたばかりだという事もあって控えておく。成美さんが止めたのは僕だけだったけど、栞さんもその微笑みからして僕と同じような考えらしい。
「それじゃあ成美ちゃん、みんな待ってるだろうから」
「あ、ああ。そうだな」
 突っ込みを抑え、だったらもうこれくらいしか言う事なんてないじゃないか、という事になるのかどうかはともかく、行き帰り合わせてそこそこお時間を頂戴している成美さんに戻る事を勧める栞さん。そして、
「ありがとう」
 何に対してのものなのか、にっこりと微笑みながらお礼を言う栞さん。それは「許してくれた事に対して」なんだろうな、と同じ立場の僕は考える。そしてそう考えたから、栞さんの笑顔に続いて頭を下げた。すると、
「こちらこそだな。おかげで面白い事に気が付けたよ」
 同じくにっこりとお礼返し。違う立場という事で栞さんの時ほど確信は持てないけど、それは多分、さっき言い掛けた言葉についての話なんだろう。
「また後でな、二人とも。掃除を中断させて悪かった」
 いえいえそれはこっちこそ。
 ――というような台詞を返したかったけど、成美さんはそれを待ってくれなかった。気付いた何かにうきうきしているといった様子で、そしてもしかしたらそれを今すぐ確認したいのか、返事を待たずにこちらに背を向けてそそくさと102号室を目指し始めてしまう。もちろん後ろからでも声は掛けられるわけだけど、なんとなく……せっかくの興を削いでしまうような気がして、それは控えておいた。
 そして、庭には二人だけ。
「意外な展開」
「ですね」


「おかえりなさいであります、成美殿。……なんだか、嬉しそうでありますね?」
「そうか? いやまあ、外の二人とちょっと話をしていてな」
「話てたったってオマエ、ニヤケ続けてるのっては気味悪くねーか?」
「五月蝿い。良い気分でいる時くらい良い気分でいさせろ」
「ってのをまたニヤケたまま言うってなあ……」
「んっふっふ。それでナタリーさん――ああ、ナタリーのほうが良かったんでしたよね」
「あっ、いえあの、どうぞ呼びやすいほうで」
「それでは今暫らく『ナタリーさん』で。それで、どうです? 耳が生えて大人になった哀沢さんは」
「えっと……同じ方、なんですよね? さっきまでここにいた哀沢さんと」
「そりゃもう。なんせアタシがそうしちゃったんだし」
「してしまったとは言うがな、別に不自由はしていないぞ。着替えが面倒な程度で」
「は、はあ。その、疑うとかいうわけじゃないんですけど、頭が追いつかないと言うか」
「自分でだって最初は驚いたのだ、無理もないさ。まあそれ以前に、猫から人間になった事のほうが今思うとよっぽどなのだが」
「あの……それなんですけど、どうして人間の姿に?」
「ん? まあ、生きている頃人間に助けてもらった事があってな。それで礼が言いたくて、人間の言葉と、人間の姿と、生きている人間からでも見る事のできる体をもらったのだよ。そこの、少々お節介の過ぎる霊能者にな」
「あはは、ごめんごめん」
「へええ。それでその、助けてくれた人間っていうのが怒橋さんなんでしょうか?」
「お? いやいや、それはオレじゃなくて」
「全然別の人間だよ。少し前に無事礼も伝えられたが――どうしてそう思った?」
「いえあの、特別仲が好いみたいですし。つがい……ではない、って話だったですけど」
「……まあ、そういう特別な事がなくてもこうなってしまうようだな。考えてみれば、毎日近くにいただけだし」
「近くにいただけって、よく言うよな。外に出るたんびに背負わされるほうの身にもなれっての。チビで軽いからまだ良かったけどよ」
「ふ。本当に遠慮も容赦もないなお前は」
「あの、成美殿、自分が思うにそこは笑うところではないような? まあ、だからって怒られても困るのでありますが」
「それがな、笑うところなんだよウェンズデー。今さっき気付いた……いや、思い出したのか? まあ、どっちでもいいのだが」
「気色悪いな」
「限度はあるのだぞ馬鹿者」
「んっふっふ」


「ああ、それはどうなんでしょうねえ。自分ではあんまり、そうだとは感じませんけど」
「そうじゃなきゃ駄目だってわけでもないんだけど、ちょっと気になって」
 成美さんが意気揚揚と102号室に戻った後。栞さんの仕事の進行に合わせて徐々に位置を変えながら、会話は続く。現在の話題は、「大吾と成美さんが変わった」という先の話題に乗っかった「だったら僕達は?」というもの。そしてそれに対する答えが、たった今のそれ。
 ついでに現在の掃除場所は104号室前。僕の部屋の真下、という事になる。非常にどうでもいいけど。
「栞さんはどうですか?」
「ん? えーと」
 質問されたらそれを相手に訊き返したくなるだろう、というとてもありがちな思考から、そんな質問を投げ掛けてみた。すると栞さん、箒を動かす手は止めないまま、視線も足元の箒の先端に落としたまま、やや返答に時間を要する。やっぱり僕と同じく思い当たる事が無いのかな、と予想してみたところ、
「栞の場合は付き合って変わったって言うより、変わってやっと付き合えるようになった、って言うか」
 視線を足元からこちらへ上げた栞さんは、若干はにかみながらそう答える。
「あ、ああ」
 もう何度話題にしてきた事かも分からないので、今更深くは掘り下げますまい。だけど、それがあった事だけは忘れないでおこう。
 と、自身の質問からこの話を連想できなかった自分に言い聞かせる。深くは掘り下げず簡単に言うなら、あれは大事な思い出だから。
 ――栞さんも長々と話すつもりは無いようで、せっかくこちらを向いた視線は再び足元へ。そこでは、相変わらずゴミが一切見当たらない砂土の表面を箒がガサガサと往復している。ここまでの掃除の成果として、塵取りにはまだ空のままだ。
「それで、話は変わるんだけど」
「なんですか?」
 少しだけ余韻に浸るためのような間があってから、顔は下に向けたままで、栞さんが再び尋ねてくる。
「お爺さんお婆さんが来たら、ウェンズデー達とナタリーはどんな話をするんだろうね? 楓さんが『言いたい事は整理しておいて』って言ってたけど」
 そう言えば、そうだった。この後の予定を考えればその話題で持ちきりになってもおかしくなかったのに、どうして今まで全然関係無いあんな話を?
 と考えて、浮かんだのは長い黒髪のあのお方。あの人の茶々のおかげで――いや、全く。上手い具合に手の平の上だなあ。


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