(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十六章 食事 一

2010-08-01 20:51:00 | 新転地はお化け屋敷
 その時は大真面目に話しているつもりでも、暫く時間が経った後に振り返ってみると顔から火が出そうになるということはありませんでしょうか。おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 休日だった昨日は、いろいろありました。植物園に行ったり、猫さんが雨宿りに来たり、栞さんといま言った大真面目な話をしたり。……いろいろあったも何も、最後の一つはもはや恒例行事になってるような気もしますけど。
 そして今日も休日、日曜日です。今のところは何の予定も立っておらず、ならば立っていない予定に急かされるようなことはなく、ただただ気持ちのいい朝だということになります。
 何の予定もないまま一日を終えるというのもそう珍しいことではないのですが、さて今日はどうなるでしょうか。何もなかったとしても、それはそれで良かったりするんですけどね。
 ――そんなことを考えている僕の視界に、いま入っているもの。それは本棚にしても引き出しにしても空きだらけな勉強机の上に配置されている無闇にリアルな熊の置物と、その隣に並べられているふさふさしたキリンの人形です。他に何も見るべきものがないというなら、これもそう可笑しな行動ではないのでしょうが。
「おはよう、こうくん」
 机に向かって仁王立ちしているその背後から、声が掛かりました。その呼び方からして……というかそれ以前に、この時間帯のこの状況でこの場所に居ることが不自然でない人間が誰かということを考えれば、それは当然ながら栞さんです。
 別に、だから何々があったとかそういうわけではないのですが、昨晩は真面目な話をしていたもので、じゃあもうこのまま泊まっていきませんかという流れが出来上がってしまったのでした。……ああ、出来上がって「しまった」というのは変なんですけど。
 そして繰り返しますが、だから何々があったとかそういうわけではありません。布団も別ですし。って、それじゃあ何のことを言ってるのか白状してるようなものですが。いやそもそも、「それ」があったからといって何か問題があるというわけではないんですけどね別に。そういう関係ではあるんですし。
 誰に対する何のための言い訳かといえば、自分に対して「それ」に関する未練や妄想を取り払うためのものなんでしょう。朝っぱらからずっとそんなこと考え続けてるっていうのもいろいろアレですし。
 とにもかくにもそんな思考を経てから、まだ布団から上体を起こしただけの栞さんへ朝の挨拶を返します。
「あ、おはようございます」
「何してたの?」
「いや、特に何をしてたってわけでもないんですけど」
 置物と人形を眺めてました、というのはちょっと言い辛いような気がしたので、そういうことにしておきました。
 実際のところは置物と人形をガッツリ眺めて予定がどうだの考えていたわけですが、どうしてそんなことをしていたのかというと、まあ「それ」がどうだの「アレ」がどうだのの話です。別に置物と人形でなくても良かったのですが、とにかく一時的に栞さんから視線を外したかったのです。……詳しく語ったところで、実にしょうもないことなのは変わらないんですけど。
 仕方ないじゃないですか、男なんですから。いや、男だけに限った話なのかどうかは知りませんけど。
「大事にしてくれてるみたいだね、熊」
 布団から起き上がり、僕の隣に並んだ栞さんは、僕と同じものへ視線を向けてそう言いました。
「そりゃあ貰い物だから大事にはしてますけど、見て分かるものなんですか?」
「ただ置きっぱなしなだけだったら、うっすらとでも埃が積もってたりするだろうしね」
 そういうところへ目が向くとは、さすが掃除好きな栞さん。と思ったらその直後、寝起き直後の気持ちよさそうな笑顔にちょっとだけ苦笑が混じります。
「――って、さすがに今のはちょっと口煩いかな。ちょっとの埃くらい、別に積もってても変じゃないだろうし」
「まあ確かに、まめに拭いたりしてるってわけじゃないんですけどね。暇な時なんかに触ったりすることがあるだけで」
 触った拍子に埃が落ちると、そういうことなのでしょう。
 なんせ物が少ない部屋なので、その少ない物の一つ一つに目が向きやすいわけです。キリンの人形との位置関係を微調整してみたりとか、目が向いた結果することといえば全く意味のないことなわけですが。
「意識の隅っこにでも残ってるんならそれでいいよ。完全に意識の外だったら、たまに触るってことすらないだろうし」
 物が少ない部屋なので、という理由はなんだか使い辛くなってしまいました。物が多かったら意識の外になっていたかもしれない、ということになりかねませんし。
「まあ、全く触られてなかったらじゃあ意識の外なのかって言ったら、それはまた違うんだろうけどね。置物なんだし、だったら置かれてるのが普通だしね」
「今の話が全部無駄になりませんか、その結論」
「そう? あはは、あんまりよく考えずに喋っちゃってるからなあ。朝だし、起きたばっかりだし」
「おはようございます」
「おはようございます――いやいや、起きてることは起きてるよ? 半分寝てるかもしれないけど」
 でしょうね、微笑みがいつもよりふやけてますし。それはそれで……なんて言っちゃうとまた気持ちのいい起床時間に相応しくない流れになっちゃいそうなので、言わないでおきますけど。

 布団を畳むなり服を着替えるなり顔を洗うなりの「朝すべきこと」を栞さんと一緒にだらだらと済ませ、そしてその「朝すべきこと」の、恐らくは最後の一つに到達しました。何だと言われれば、朝食です。まあ、食べる前に作らなくちゃいけないわけですが。
「待っててもらっても良かったんですけど」
「待つメリットがないもん。一人だけで居間に座っててもねえ」
 というわけで、栞さんが料理を手伝ってくれることになりました。
 確かに二人しかいない状況で別々になっても、暇になりこそすれそっちのほうが楽しいということはないのでしょう。それにそもそも毎晩の様子からして、栞さんは料理を楽しんでくれているみたいですし。喜ばしいことに。
「じゃあ、味噌汁をお願いします」
「はーい」
 さすがにもう「味噌汁が得意料理だけど、他はちょっと不安」というレベルは脱却している栞さんですが、しかし味噌汁が得意料理だということは変わりません。――正確に言えば、得意料理というよりはその味が僕の好みだというだけの話なんですけどね。先生の立場でそんなふうに言ったもんだから、栞さん自身の認識としても「得意」ということになってるみたいですけど。
 まあそれはともかく、栞さんに行動に移ってもらったなら、僕も行動しなければなりません。いつもだったらトースト一枚で済ませることもある朝食ですが、お客さんがいるうえ、そのお客さんと一緒に準備をするわけですから、もうちょっとしっかりしたものを出したいところです。
 ……と言っても、朝からそんなに気張った料理というのは作るにしても食べるにしてもしんどいですし、だったらまあ結局はシンプルなものが候補に挙がってくるわけです。
 栞さんに作ってもらっている味噌汁と、焼き魚と、生野菜のサラダ。そこに卵焼きを加えるかどうかは作りながら考えるとして、取り敢えずは魚を捌き始めることにしました。
 栞さんと二人だけで料理をしたのはこれが初めてでなく、なので今回だけでなく今回までの数回を踏まえての感想なのですが、家守さんも一緒の時と比べると、やっぱりちょっと会話は少なくなります。もちろんずっと喋り続けていたいなんてことを思っているわけでなく――というか、刃物だ火だ何だといった安全面を考慮するなら喋らないほうが良かったりもするんですが――会話が減ったことで、入れ替わるように目立ち始めたものがあるのです。
 それは、料理をする際に鳴る様々な音。材料を取り出すために開閉される冷蔵庫の音や、お湯が煮える音、煮えたお湯に具材が落とされる音や、おたまで鍋をかき回す音。今回の献立の中でお湯や鍋を使う料理が味噌汁だけである以上、栞さんが発する音ばかりが気になっているのは否定できませんが、つまりはそういうことです。今更ながら、「こういうのっていいなあ」と。
 ……まあ先にも言った通り二人だけで料理をしたのは初めてではなく、なのでそんなことを考えたのも、今回が初めてではないんですけどね。

『いただきます』
「卵焼きを見ると、前のこと思い出しちゃうなあ」
「前のこと? なんですか?」
「こうくんに卵焼きを作るように言われて、スクランブルエッグを作っちゃったこと」
「そういえばありましたね、そんなこと。まだいろいろ不安だった頃ですねえ」
「うう、まあ、そう言われても仕方ない体たらくではあったんだけどさ」
「ああいえ、そういうことじゃない――というわけでもないんですけど、ほら、僕って別に本当に料理の先生だったりするわけじゃないですから。人に教えることに不安があったっていう話です」
「そう? でもそんなの、ちっとも感じなかったけどなあ。私でもちゃんと覚えられたし、それに面白かったし」
「知り合いの中でやってることですし、そこそこの出来でも満足してもらえるってことなんじゃないでしょうかねえ。いや、覚えてもらったのも楽しんでもらったのも、そりゃあもちろん大満足なんですけど――お金を貰ってやってることなんで、プレッシャーが」
「あー、お金のプレッシャーはあるよね。私の仕事なんかは、やろうと思えば誰でもできることだからまだいいんだろうけど」
「雨の日でもやろうと思えること自体が凄い気がしますけどね、栞さんの場合」
「そこはほら、こうくんが料理好きなのと同じで、掃除好きだし」
「掃除をしてる栞さんは僕も好きですけどね」
「えへへ――って、あれ? 似てるようで全くそういう話じゃなかったような」

『ごちそうさまでした』
 トースト一枚と比べれば手の込んだ献立だったということで、食べ終えるまでの時間もそれなりに長くかかりました。と言っても、あくまでトースト一枚と比較して長いというだけのことですが。
 もちろん、話し相手がいたから長くなったという面もありますが。
「どうしましょうかね、この後」
「どうもしなくていいんじゃないかな」
 即答されてしまいましたが、しかし僕もそうなるだろうとは思っていました。「今日は何も予定がない」と少し前にも思っていながら、その時ですら「じゃあどうしようか」ということは考えなかったのです。つまり、予定がなくても別にいいや、といったスタンスだったわけです。
「そうですね。でもまあ、皿洗いくらいはするわけですけど」
「あ、じゃあそれも手伝おうか?」
「さすがにそれくらいは一人でやりますよ」
 洗い物が溜まっているならお願いしたかもしれませんが、現在洗うべきはいま使った分の食器だけなのです。いくらなんでも、これを二人掛かりでやるというのは少々可笑しな話でしょう。もちろん、一人でやるよりは早く済むんでしょうけど。
「そう?……ああ、そういえばすっかり忘れてた」
「忘れてたって、何をですか?」
「あんまりベッタリしないようにしようっていう。駄目だね、ずっとついていこうとしちゃうよ」
 言いつつ、軽い自嘲の笑みを浮かべる栞さん。
 ああ。……ああ、僕も忘れてました。
 あんまりベッタリしないようにしよう。これはもちろん全ての場合においての「ベッタリ」を禁止するというわけではないのですが、それが常態化するのは避けよう、という目標の下に生まれた決め事です。一時、栞さんが毎朝この部屋を訪れていた時期があったりしたもので。
「でもまあ、今日はずっと一緒にいることになるんじゃないですか? それぞれ特に予定もないわけですし」
「あはは、自分だけの予定なんて元からさっぱりなんだけどね。なんせ私、幽霊ですから」
 そんなことを、むしろ胸を張りながら言う栞さんでした。が、それについて今更多くは語りますまい。会釈の代わりに笑顔を作ってみせ、二人分の食器を抱えて台所へ向かいました。

 単純作業をしている間というのは、なかなかその作業に意識が向かないもので。
 というわけで皿を洗っている最中、「でもよく考えたら予定って、その殆どは家守さんが企画したものだったよなあ」なんて考えたり。大学に行くとか買い物に行くとかも予定と言えば予定ですが、自分で立てた予定は、その程度のものばかりだったような気がします。
 ……そうだ、今日も食材の買い出しに行かないと。

「買い物に行きますけど、一緒に来ますか?」
「うん」
 思い付いたのが朝食後の皿洗い中だったというのに、それを口にしたのは数時間後のことでした。朝食の後どころか、そろそろ昼食の時間になってしまいます。
 どうしてこうなったかと言えばまあ、栞さんと二人でだらだらぼーっと過ごしているのがいい気分だったからなんですけど。ああそうそう、その数時間の間、ベッタリはしませんでした。――というか、ベッタリすらしませんでしたと言ったほうが正しいでしょうか。自分の部屋で恋人と暇な時間ができたというなら、そういうことがあっても特に変ではなかったんでしょうけど。真っ昼間から、どころかまだ午前中だとはいえども。
 そういうわけで買い物の準備をするわけですが、準備と称してすることと言えば靴下を履くのと財布をポケットに突っ込むことぐらいです。……ああ、戸締りもしっかりと。
 そんなわけであっという間に準備が完了し、さあ出発、と思ったその時。離れたところからドアを開け閉めする音が聞こえてきました。もちろんこの部屋のものではありませんが、あまくに荘のどこかの部屋ではあるようです。
 家守さんと高次さんは今日も仕事でしょうし、もしかしたら居るかもしれませんが、清さんも高確率で外出しています。となると、ドアの音がする可能性があるのは一部屋のみ。
「大吾達でしょうかね?」
「だろうね。時間からして、散歩じゃないかな」
 そこまで正確な時刻が定められているわけではないものの、まあ大体は昼頃に行われている大吾の仕事。それがその散歩なのですが、このタイミングで来たとなると、僕達が取る行動はこうなります。
「一緒に行かせてもらう?」
「もらいましょう」

 さて、廊下に出てみればそこに大吾と成美さんが居たわけですが、階段へ向かうのではなく栞さんの部屋の呼び鈴を鳴らそうとしているところでした。どうやら、あちらからも僕と栞さんを呼ぼうとしていたようです。
「あれ、孝一んとこにいたのかオマエ」
「うん」
 素直に頷きながらも照れ臭そうな笑みを溢していた栞さんですが、照れるようなことではないというのが実際のところなのでしょう。なんて言いつつ、僕も照れ臭い思いをしているわけですが。
 でもまあ大吾と成美さんからすれば、この状況だけで「栞さんが昨晩僕の部屋に泊まった」ということにはならないでしょうし、なら照れるにしたって「気にしすぎ」で済まされることなんですけどね。
 さてそれはともかく、本日初の顔合わせということで。
「おはよう大吾くん、成美ちゃん」
「おう」
「うむ、おはよう二人とも」
「おはようございます」
 午前中とはいえ十一時くらいになると「おはよう」か「今日は」かで少々迷ったりもしますが、だからと言って答えを出すのに時間を掛けるようなことでもなく。
「どこかに出掛けるところか? 散歩に行くから声を掛けようと思ったんだが」
 そう尋ねてきた成美さん、今日は小さいほうの身体で、既に大吾に背負われていました。
「買い物に行くところだったんですけど――ん、あれ?」
 こっちもお呼ばれするつもりで出てきた、ということを伝える前に、視界の下のほうで何かが動いたのを感じ取りました。ならばそちらへ視線を落としてみるのですが、
「猫さん、昨日はお泊りだったんですか?」
 そこにいたのは白地に灰ぶちな毛色をした猫。確認を取るまでもなく、この猫は「猫さん」なのでしょう。
「うむ。だがまあ、もう話はできんがな。朝に車の音が聞こえたから、家守はもう仕事でいないのだろうし」
 昨日、いつも通り家守さんに頼んで人間の言葉を話せるようにしてもらっていた猫さん。ですがそれは――栞さんが以前、一時的に胸の傷跡を消してもらっていたのと同じく――時間制限を設けたものであって、今はもう猫の言葉でしか話せなくなっているのでした。
 同じく猫であるチューズデーさんがいればそれでもまだ通訳を頼めるのですが、今日は日曜日。サンデーなので、サンデーなのです。ニワトリの彼ですね。
 さて成美さん、しかしそう言った直後に「はは」と笑ってみせました。
「話ができないくらいでどうだというわけでもないんだがな、実際のところ」
 自分の大切な人とそういう状況に陥ったことがない僕としては即座に納得できるような話ではありませんでしたが、しかしこうして話ができないまま一緒に行動できているということは、つまりそういうことになるんでしょう。誰もがそうなれるというわけでもないんでしょうけど。
「それで、どうだ? 一緒に来るか? 散歩」
「あ、はい。というか、そうさせてもらうために出てきたんです。買い物に行こうとしたところに202号室のドアが開く音がして、散歩なんじゃないかって」
「そうだったのか。おい、人気者じゃないか大吾」
「オレじゃなくて散歩がだろ」
 厳密にはそうなのかもしれないけど、でもまあその散歩を取り仕切ってるのは大吾だし、そういうことでいいんじゃないかなあ。と、口にはしませんでしたがそんなふうに思ってみました。
「人気者だから散歩を任されてるんじゃないの?」
「何アホなこと言ってんだ。ほら行くならさっさと行くぞ」
 そういう考え方もあるか、と思わされた栞さんの発言を彼らしく受け流して、大吾はその言葉通りさっさと歩き出してしまいました。猫さんはその隣について歩き、ならば僕と栞さんも、その後ろについていきました。
 大吾の背中から成美さんがこちらを振り返り、声を出さずに笑っていました。

「わーいお散歩だー。今日は猫さん、チューズデーが出てくるのは明後日だよ。チューズデーも楽しみにしてるみたい」
 102号室。思っていた通り清さんは外出していましたが、その清さん以外の住人に散歩に行くことを伝え、すると真っ先に出てきたのはそんな返事でした。その半分以上が返事ではありませんでしたが、まあ気にするようなことではないでしょう。
「済まんなサンデー、今はもう話ができんのだ」
「そうなの? 残念だなあ。じゃあその分、火曜日にはたくさんお話してもらわないとね。ナタリーさん、今日はどうする? ジョンに乗せてもらう?」
「あ、はい。気持ちいいですもんね、ジョンさんの背中って」
「だよね。ボクもそうしようかな。猫さんもどうかな。ああ、そんなに乗ったらジョンが大変かな?」
「ワウ」
 ジョンの返事がどういう意味合いのものだったかは分かりかねますし、サンデーの提案は猫さんに伝わらないわけですが、ともかく結構な勢いでジョンの背中についての話が進みました。
「一緒に乗れたら、もっと気持ちいいだろうなあ」
 言いたいことをさっと言い切り、嬉しそうにゆったりと羽を上下させるサンデーでした。

 というわけで。
「…………」
 相変わらず無駄な口は開かない猫さん。人間の言葉を話せなくなったとはいえ、にゃあとすら仰いません。
「なかなか様になってるじゃないか」
 大吾の背中の上から腕を組みながら猫さんを見下ろし、成美さんは満足そうでした。というのも猫さん、ジョンの背中の上に鎮座しているのです。サンデーの提案通り、そのサンデーとナタリーさんも一緒に。……様になっているというのがどういうことなのか、正直よく分かりませんでしたが。
 もちろんサンデーの提案は猫さんには伝わっておらず、なので猫さんからすれば突然大吾に抱え上げられてジョンの背中に下ろされたということになるのですが、そこでさっきの「にゃあとすら仰いません」です。つまり、特に文句はないようなのでした。
「ジョンも重量オーバーってわけじゃなさそうだし、じゃあこれで行くか」
「うん」
「ワンッ」
 ジョンの一吠えはともかく、僕が代表して返事。別に誰でもいいんですけど、でも敢えて何故僕なのかを説明するなら、ジョンのリードを持っているのが僕だからです。それもまた別に誰でもいいことなんですけど。
 さて、ならば散歩が開始されるわけですが。
「買いもんに行くとこだったんだろ? このまま店まで行くか?」
「みんなが構わないんだったらそうしてもらえると――って、実際に買い物をするのは私じゃなくて孝一くんなんだけどね」
 質問を受けた栞さん、慌てたように笑いました。今回の買い物の目的は食材の調達のみなので、栞さんの言う通りなのです。厳密には栞さんも使うことになる食材ですけど。
「どうするよ孝一? オレ等は別にどっちでもいいけど」
 大吾はそう言ってくれたのですが、
「お買い物、ボクも行きたいな」
 サンデーは更にそう言ってくれたのでした。直後には「ジョンの毛はもふもふだけど、猫さんの毛はすべすべだねー」と、全く関係のない別の話をくっつけてくるのですが。
「あ、す、すいません私、毛がなくて」
 ナタリーさん、それは何か違うような気がします。

 先々進むわけではなく、かといって遅れるようなことがあるわけでもなく。こちらのペースに合わせて歩いてくれるのでまったく手応えのないジョンのリードですが、しかしそれは「相変わらず」と形容できてしまうことだったりします。これだけいい子だったら僕も犬を飼ってみたいなあ、なんて――いや、いい子どころか、人間の年齢に換算すれば僕より年上なんでしょうけど。
 ピンと張るわけでなくただゆらゆらと揺れるだけのリードの感触にのほほんとしていると、そうしている間に目的地であるいつものデパートに到着していました。もうそんなに歩いたっけ、という間の抜けた感想をついつい持ってしまいましたが、どうやらもうそんなに歩いたようでした。
「オレここで待ってるな」
「わたしもそうするぞ」
 ここまでジョンのリードを任されていた僕ですが、店内へそのまま入るわけにはいきません。いつも通り入口前のベンチで大吾にジョンを任せることになり、成美さんもその隣に座り込むのでした。そして猫さんは、無言のまま成美さんの膝の上へ。
「ナタリーさんはどうする? ボクもどうしようかなあ」
 サンデー、ゆったりしたリズムでかっくんかっくんと頭を左右に倒しながら考えます。
 少し前には買い物に行きたいと言っていたので、悩むようなこともなくついてくるものだと思っていました。が、それなりの人数になった待機組を前にすると、やっぱり迷いも出てくるのでしょう。
「中は涼しいんですよね、確か。私はお買い物について行かせてもらいたいです」
「ああ、そっか。じゃあボクもそうするよ」
 まあ、そういう理由もアリなのでしょう。
「孝一くんは買い物があるから、私が抱っこするよ」
 栞さんがそう言って腰を下ろし、両手を差し出すと、サンデーとナタリーさんは真っ直ぐそちらへ向かいます。その際、お尻をふりふりするサンデーと身体をくねくねと波打たせるナタリーさんから、ジョンの揺れないリードと同じような感覚を覚えるのでした。栞さんの腕に飛び込むという状況があって、というのもあるのかもしれませんが。


3 コメント

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Unknown (Swing Star)
2010-08-07 22:08:20
どうも、楽しく読ませてもらっております
なぜだかこのページだけTopに表示されないようなので(左側メニューには表示されます)修正しておいたほうが良いかと思います。
気付かずに読み飛ばしてる人がいるかもしれません
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Unknown (代表取り締まられ役)
2010-08-07 23:30:21
ご指摘ありがとうございます。
「Topにだけ表示させない」というような機能がないのでどういうことだろうかと思ったのですが、この記事だけカテゴリが別のものになっていました。
恐らくはこれが原因だろうと思われるので直しておきますが、もしまだ何か変でしたら、その時は申し訳ありませんがまたご一報ください。
返信する
Unknown (Swing Star)
2010-08-08 20:15:52
そういうことでしたか。どうやらちゃんと直ったみたいです。
さて、それじゃ今日の更新分でも読みにいきますか
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