(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十六章 食事 二

2010-08-07 20:44:51 | 新転地はお化け屋敷
 さて店内。これが栞さんと二人だけだったなら、目的の買い物以外にもぶらぶらと歩き回ったりしていたのでしょうが、今回それは控えておくべきでしょう。外で待たせている人達のことはもちろん、サンデーを抱っこしている栞さんの腕の持久力も考えるに。ナタリーさんは首に引っ掛かってるだけなので、それで疲れるということはあまりなさそうですけど。
「サンデー、ジョンがモフモフで猫さんがすべすべって言ってたけど、サンデーの身体もふわふわしてて気持ちいいよ」
「そう? だったら嬉しいな。ご飯の材料を買いに来たんだよね? 何を買うの?」
 唐突に質問されてしまいましたが、しかしまだ昼食を何にするか決めていないので、ならば当然何を買うかもまだ決まっていません。
 もちろん買い出しに来ているからと言って家の冷蔵庫が空というわけではなく、昼食は冷蔵庫の中身だけで済ませてそれ以降の食事の材料を買うというのも有りなんですけど。それをどうするかも含めて、食材を見繕いながら決めようと考えていたのです。
 ――というような返事を僕がサンデーにするよりも早く、「あ、あの……」と弱々しい声が。
「私は、私はどうでしょうか? 毛は、生えてないんですけど」
 そういえば、サンデーがジョンと猫さんの毛並みに言及していた時にも触れられなかったナタリーさん。二度も同じことが続くとさすがに堪え切れなかったか、自分から直接尋ねてくるのでした。
「ナタリー? もちろん気持ちいいよ。ツルツルしてて」
 そのツルツル感を現在進行形で感じている筈の栞さんは、ナタリーさんの身体を撫でつつ言いました。ちょっとだけ、僕もやってみたいような気がします。
 そしてその一方、サンデーからはこんな意見。
「気持ちいいだけじゃなくて、見た目もシュッとしてて綺麗だよね、ナタリーさん。毛が生えてるとモコモコふわふわになっちゃうもの、やっぱり」
 モコモコふわふわだと綺麗ではない、というふうにも聞こえなくもありませんが、まあそれは極論ではあるのでしょう。それにサンデー自身がモコモコふわふわであることを考えると、自分を持ち上げるようなイメージは持ちにくいんでしょうし。
 そんなふうに言われるとナタリーさんは「えへへ」と嬉しそうに笑うわけですが、しかしナタリーさんに限らず動物さん方の毛並みの話って、割と頻繁になされているような気がします。まあ、飽きるとかそういう種類の話ではないので、いくらやっても不自然ではないんでしょうけど。今回がそうだったように、僕だってこれまで何度か「じゃあ僕も触りたい」なんて思わされてますし。
 ところで買い物の話に戻りますが、何をどれだけ買うか決まっていないのはさっき思った通りなので、買い物籠はもちろん、カートも持っていくことにしました。
「腕が疲れたりしたら、サンデーにはここに座ってもらって」
「あ、うん。まだ暫くは大丈夫だと思うけどね」
 お子さん連れの買い物客のために、カートには子どもを座らせるための座席が付いています。付いていないカートだと籠を置く場所の下の段に子どもが座っている光景が見れたりもするのですが、最近はあまり見ないような気もします。座席付きのカートが増えているんでしょうか、やっぱり。
「それで、さっきもサンデーが言ってたけど、お昼ご飯はどうするの?」
「どうしましょうかねえ。まだ決めてないんですけど――」
 というのはさっきサンデーに言われた時と同じなのですが、あまり長々と考えるのも困りものです。買い物が終わった後にブラブラ出来ない理由と同じく、外に待たせている人達がいるわけですし。
 ……ん? そうだ、こういうのはどうだろう。
「みんなで食べませんか? お昼」
「あっ、それいいね。沢山作るなら私も手伝えるし」
 まるで手伝えることが「それいいね」の理由に含まれているような言い方でしたが、そういうことでも問題はありませんし、事実そういうことなんでしょう。
 ちなみに大吾や成美さんがいないこの場で決めてしまったのですが、まあ呼んだけど来てもらえなかった、ということにはならないでしょう、恐らくは。こちらから期待するようなことではないのですが、幽霊には予定というものがあんまりない、ですし。
「まあ、肝心の献立をどうするかがまだ決まってないんですけどね」
「でも、みんなで食べるってなったらいくらか絞れるんじゃない? 大きなお皿で出して、取りたいだけ取って食べるような料理とか」
 例を挙げるなら鍋料理でしょうか、そういう考え方は確かにあります。
 みんなで食べると言っても実際に料理を食べるのは僕と栞さん、それに大吾と成美さんの四人なので、人数だけならいつもの夕食と変わらないわけですが、まあちょっとしたパーティー気分ということになるでしょうし。
「そうですね、それも参考にしてみます」
 どのみち売り物を見て回りながら考えるというのは、既に売り場に入り込んでいるこのタイミングだと変わりません。しかし、候補を絞れるというのは割と大きいです。
「料理に関することで私から孝一くんにアドバイスなんて、どうしよう。今すっごいドキドキしてる」
「そ、そこまでのことですか? でも、ありがとうございます」
 そのアドバイスがなくても多分僕は同じように考えてたんでしょうけど――というのは大人げないので言わないでおきますし、考えないでおきます。
 むしろここは、生徒の成長を喜んでおくべきなのでしょう。以前は卵焼きとスクランブルエッグを勘違いするような人だったんですから。……いくら今朝その話題になったからって、あまりそれを引っ張るのも可哀想かもしれませんが。
 実際にその話をしたわけではないというのに、栞さんへ向ける表情が引きつったものになってしまいます。とはいえまあ、卵焼きとスクランブルエッグ云々の話を抜きにしてもこういう表情になっておかしくはない流れではあったので、幸いにも栞さんから不審がられることはなく。
 が、しかし。それよりもっときっつい問題が発生していたことに気付いてしまいました。
 ――鶏であるサンデーの前で卵焼きとかスクランブルエッグとか、えらく残酷な話になってしまうのではないだろうか?
 という。
 もちろん僕は毎日毎日料理をしているわけですから、こういった展開が今回で必ずしも初めてだということはないのでしょう。しかし、だからといってこれまでの日曜日の献立が何だったかを一つ一つ思い出せるわけもなく。
 いや、思い出せないから気にしないというわけではなく、むしろ逆に思い出せないから焦る場面ではあるわけですが。もし自分でも気付かないうちに、サンデーの前で卵料理を披露していたら?……ああ、不安がずんずんと。
「ん? 孝一くん、どうかしたの?」
 不安がずんずんと、という表情に栞さんが感付き、声を掛けてきました。そりゃそうですよね、タイミング的には僕が栞さんにお礼を言った直後ということになりますし。たとえこの表情とそのお礼に関連がないにしても。
「ああいえいえ、別に何でも」
 適当に他のことを持ち出して誤魔化せればよかったのですが、なかなかそうもいきません。不安が大き過ぎて他の何かを思い付けなかった、ということなのでしょう。
「そう?」
 まあしかしそれ以上の追及も来ないようなので、結果だけ見れば問題はなく。ならばこのまま、食材を吟味しつつ献立を考える作業に戻りましょう。
 まず現在、僕達が位置しているのは食材コーナーの中でも野菜が扱われている一角。ならばここで買い求めるのは当然ながら野菜なのですが、これまでの経験からして、さっき栞さんが言っていた「大皿から自分で食べたいものを食べたいだけ取る」というようなスタイルだと、大吾なんかは肉にばかり手を付けて野菜はあまり食べません。しかしだからと言って、軽視するわけにもいかないでしょう。
 ……とはいえ、野菜と肉のどちらがメインになるかと言われれば、そこはやはり肉だということになるでしょうが。
 野菜についても「食べたいだけ取る」だと大吾が野菜を全然食べないでしょうし、ならばそっちについては通常通り、一人一品ということにしたほうがいいでしょうか。――なんてことを考えるのは、少々おばちゃん臭かったりするでしょうか?
「野菜のほうは簡単なサラダとかにして、ドレッシングを手作りにするってのはどうですか?」
「あ、いいね。面白そう」
 どうして僕がそんなことをわざわざ栞さんに尋ね、そして栞さんがそんなふうに返してきたかというと、栞さんが食べることだけでなく料理をする過程をも楽しみにしてくれているからです。
 ……ところで、さっきのサンデーと卵料理の話からすると、野菜を食べることについてサタデーやサーズデイさんを思い起こしたほうが自然なのでしょうか。ううむ、こっちはサンデーと卵ほど直接的な関係ではないんですけど。
 しかしまあ、無理に関連付けて自分から自己嫌悪に陥ろうとするのも馬鹿らしい話です。献立が決まったならそのために必要なものを買い物籠に放り込み、さっさと次へ参りましょう。
 というわけで。野菜コーナーからある一線を境にがらりと品揃えが変わり、肉売り場。近くにある冷凍食品コーナーへ行けばレンジで温めるだけのお手軽なものが多数置いてあるのですが、そちらはもちろんスルーです。まず料理をすることが大前提ですし。そして野菜の時と同じく、何を買うか決める前に献立をどうするかを考えなければなりません。
「栞さん、何か希望とかあります?」
 自分でも考えてはいますが、それはともかく栞さんに意見を求めてみます。僕の「何がいいだろうか」よりは、栞さんの「これがいい」のほうが優先順位は高いですしね、そりゃ。まあもちろん、そんな希望があったらの話ですけど。
「うーん、そうだなあ……」
 しかし結局、今すぐにこれだと言える案を持っているわけではなさそうな栞さん。僕と同じく「何がいいだろうか」というような雰囲気です。
「喜坂さん、楽しそうですね」
 栞さんの首にその細長い身体を引っ掛け、ネックレスのように垂れ下がっていたナタリーさんが、首を持ち上げて栞さんと鼻先で向かい合いながらそう言いました。それだけ近くで眺めると、さぞ表情も読み取り易いのでしょう。
「『楽しそう』っていうか、単に『楽しい』だね。私もすっかり料理好きみたいだしね、誰かの影響で」
 誰かったって一人しかいないじゃないですか、なんてそのまんまな突っ込みをしたらむしろ負けでしょうか。多分、そうなのでしょう。
「誰かって、孝一くんだよね? じゃあ孝一くんも、喜坂さんに影響されてお庭の掃除が好きになってたりするの?」
 負けがどうだの考えていた僕からすると、そんなことこれっぽっちも気にしていないそのサンデーの意見にはこれまた負けた気分にさせられます。が、それは非常にどうでもいいことで。
「いやあ、なかなかそうはいってないかなあ。掃除をしてる栞さんは好きだけど」
「朝ご飯の時にも同じこと言ってたよね、孝一くん」
 分かってて言ったんですよ栞さん。とまあ、あまりしつこいのもどうなんだって話になるでしょうから、これ以上は言いませんけど。
 これ以上は言わないということで、栞さんの反論を放置するような形でそのままサンデーへの返事を。
「掃除を好きになったらなったで、それもまたちょっと困ったことになるかもしれないけどね。なんせ栞さん、掃除は絶対に手伝わせてくれないし。まあそれは僕に限った話じゃないんだけど」
「あー、そうみたいだねー。でもボク、そういうのって格好良いと思うけどなあ」
「それは僕もそう思ってるんだけどね」
 さっき言った掃除をしている栞さんが好きだというのは、それも含んでの話だしね。言わないけど。
「……喜坂さん、あまり喜んではいないようですよ? その話」
 ナタリーさんが呟くように発したその言葉に栞さんの顔色を確認してみると、笑ってはいたのですが、口の端の持ち上がり方が不自然なのでした。ナタリーさんでも妙だと思えるくらい、という判断基準が果たして正当なものなのかどうかは定かではありませんが、まあ取り敢えずはナタリーさんでも妙だと思えるくらいに、です。
「いや、今の話だけだったらもしかしたら喜べたのかもしれないけど、その直前の孝一くんの意地悪がね。今のも意地悪な褒め殺しなのかなって、ついつい思っちゃってね」
「あれ、孝一くん、さっきのって意地悪だったの? 全然分からなかったよボク。それでお肉のほうはどうするの?」
 む、それぞれ違う意味で答え辛い質問が同時に。もちろんその一つ前の栞さんによる耳が痛い話も問題にすべきなのでしょうが、せっかくサンデーが(本人にその気がなくとも)話題を変えてくれたので、それに甘んじて逃げることにします。
 改めて商品棚を見てみますが、一口に肉と言ってもそれが何の肉か、何処の肉か、ということでいろいろと種類があるわけです。ならばそれらを見て思い付く料理も多岐にわたるわけですが、しかしそれら全てを候補として考えるわけではありません。野菜コーナー辺りでも話に上ったことですが、僕達が求めているのは「大皿から食べたいだけ取る」というスタイルに合致した料理なわけです。
 そこで真っ先に浮かんだのは、鶏の唐揚げ――。
「あれ、どうかしたの? 孝一くん」
「いえ……いえ、なんでも……」
 これはさすがにダメージ大です。卵料理でもあんなだったのに鶏の唐揚げって、そりゃあ今ここにいるサンデーそのもの――うわああああ考えるの止め! 止めて止まってお願いだから!
「なんでもって感じじゃなでいすよ、どう見ても」
 ナタリーさんからごもっともかつ痛い突っ込みを賜り、
「こういう時、無理に聞き出そうとするかそっとしておくかって、判断が難しいよねえ」
 栞さんから追い打ちまで。それが同一方向からの責めならまだマシだったのでしょうが、しかし微妙に別角度からのものだったので、より効果的に僕の後ろめたい考えを痛めつけてくる結果になるのでした。
「で、孝一くん。訊いたほうがいい? 訊かないほうがいい?」
「訊かないほうでお願いしたいです、できれば」
「そっか。じゃあ私はそうするよ」
 この事態に対する栞さんの対応はそういったものでしたが、しかし普段からこんな感じだというわけではありません。場合によってはこちらの意見を窺わずに聞き出そうとしてくる場合もありますし、逆にこちらの意見を窺わずにそっとしておかれる場合もあるわけです。
 ではその対応の差が何処から来ているのかというと、僕が「なんでも」と誤魔化した際の周囲の状況や雰囲気なんかもそりゃあ関係するのでしょうが、一番は何と言っても「その時の気分」なのでしょう。……いや、冗談でなく。だって僕が誤魔化そうとしている以上は、栞さんには状況が一切分からないも同然なんですから。
「喜坂さんがそうするって言うなら、じゃあ私もそうしておきます。気にはなりますけど」
 栞さんに続く形で、ナタリーさんはそんなふうに。この言い方だと、もし栞さんがいなければ聞き出そうとしていたというふうに聞こえないでもないですが、しかしそうなったとしてもおかしくはないでしょう。今の僕みたいな返事をされれば気にして当然ですもん、やっぱり。
「うーん、じゃあボクもそうしたほうがいいのかな。孝一くんのことを一番分かってるのは喜坂さんだもんね、やっぱり」
 サンデーもナタリーさんと同じような判断をしたようで、ならば僕は栞さんとナタリーさんの時以上に安堵させられます。だってそりゃあ、考えてしまったことがあんな内容だったなら、最も聞かれることを避けなければならない相手はサンデーですし。
「一番分かってるっていうのはまあ、自分でもそうだろうなって思うけど、だからってみんなとそこまで差があるのかって考えるとなあ。どうなんだろう」
 意識的に僕の話を避けようとしてくれたのか、それとも純粋にサンデーの言葉が引っ掛かったのか。これまでとは別の話題に食い付いた栞さんはしかし、若干ながら照れているご様子なのでした。
「恋人だってことを考えたら、やっぱり差は大きくなりそうだと思っちゃいますけど……でもそうですよね、日向さん、あんまり裏表ってなさそうですし」
 ナタリーさんのそれは、どちらかといえば褒め言葉にあたるものなのでしょう。なので少々嬉しかったりもするのですが、
「いやナタリー、それはないよ。それはない」
 栞さん、それを二度言ってまで否定するのでした。
「孝一くんが誰にでもあんなだったら、言っちゃ悪いけどみんなから好かれるってことはないと思うよ?」
 なんと酷い話!……なのですが、しかし身に覚えがないというわけでもなく。
「『あんな』っていうのがどんなのかは分かりませんけど、そうなんですか? 日向さん、好かれないような裏があっちゃうんですか?」
 ナタリーさんがそんなふうに尋ね返したところで、サンデーが「あ、ボク分かっちゃったかも」と。しかし栞さんはそれに構わず、サンデーのほうも思い付いた答えを捻じ込んでくるようなことはありませんでした。
「私はその裏も好きだけど、でもそれって、私だけに見せるから好きだっていうのがあるんだよね、やっぱり。――ほら、ナタリーも知ってるでしょ? 私と孝一くんが、時々大喧嘩するのって」
「ああ。そうでしたね、そういえば。喜坂さん以外の人にそうなってるところって見たことないですし」
 もう、何度目になるのか分からないこの話題。恐らくはこの先も言われ続けるのでしょう。もちろんそれで悪い気がするわけじゃなく、むしろ今の栞さんの台詞なんかには、逆に嬉しくさせられるんですけども。
「それで、お肉はどれにするの?」
 気が付かされてみれば、いつの間にやら逸れ過ぎていた話題。それを元に戻してくれたのは、逸れたの何だのを全く意に介さないサンデーなのでした。まあ、誰がそれをやるかってなったらそりゃサンデーですよね、やっぱり。
 僕としては他の誰かに言って欲しいところでしたが、そこまで我儘も言えないでしょう。
「そうだなあ」
 改めて昼の献立を考え始め、ならばそれに合わせて改めて多数の肉が並べてある陳列棚を覗いてみたところ、そんな僕と同じく献立を考えているであろう栞さんが視覚的なヒントを求めてか、ここで初めて僕と同じように商品を覗き込みます。
「……あ、もしかして」
 献立を思い付いたにしては不自然な言葉でしたが、ともかく栞さんは何かを思い付いたようです。
「孝一くんが変な顔してたの、こういうことだったりする?」
 そう言ってくると同時に片方の手が持ち上がり、すると持ち上がったその手は、鶏肉のパックを掴み上げていました。
 もう一方の腕にサンデーを抱きかかえているのは、変わらないままでした。
 あまりの出来事に一瞬何が何だか分からなくなってしまいましたが、しかし起こった出来事それ自体というのは、栞さんが鶏肉のパックを手に取っただけのこと。一時的に何が何だか分からなくなろうと、その後になって把握し直すのにそれほど時間が掛かるようなことではありません。
 というわけで、僕は理解しました。栞さんが、平気な顔をして鶏肉のパックを手に取ったということを。
「普段から料理してるんだもんねえ。逆に、そういう話をする機会が減っちゃったりするものなのかな」
 栞さんが鶏肉のパックを手に取ったことは分かりました。が、その意図とまでなるとどうでしょうか?「変な顔をしていたのはこういうことじゃないか」と問い掛けながらそうしたわけですから、普通に考えれば、サンデーに関して抱いた罪悪感を見抜かれた、ということになるのでしょう。
「『そういう話』っていうのは……」
 見抜かれたことを認めたくない、ということなのかもしれません。直接的にではなくやや遠回りに、栞さんの意図がどういうものなのかを尋ねてみました。
 すると栞さん、一度腕に抱いているサンデーへ視線を落としてから言いました。
「鶏と友達だけど、鶏を食べることもあるよっていう」
「…………」
 結局、どストレートもいいところなのでした。
 そしてそんな話が声に出して成されると、当たり前ですがサンデーが反応するわけです。
「ああ、そういうことだったの? そういえば孝一くんとそういう話、したことないなあ。でもボク、他のみんなにはもう言ってるけど、そういうこと全然気にしないよ?」
 数学で言うなら途中式をすっ飛ばして答えだけ知ってしまったような展開なのですが、そういうことなんだそうです。そしてどうやら、僕以外のみんな――恐らくこの場合、人間のみんな、ということになるんだろう――には、既に同じような話をしたことがあると。
「というかね、むしろ何がそんなに気になるのか今でも分からないんだけどね。お腹が空いたら食べ物を食べるって、普通のことでしょ? それで喜坂さん、そのお肉買うの?」
 あまりにも普通の調子で最後の一言を口にしたサンデー。そしてそのお肉、つまり鶏肉のパックを手に持ったままな栞さんはサンデーへ返事をする前にこちらを向き、そしてこう尋ねてきました。
「どうする?」
 献立を決定するのは僕なんですから、栞さんがそれを僕に尋ねるのは何もおかしくはないのでしょう。けれどその顔に浮かんでいる微笑には、「何もおかしくはない」だけでは済ませられない意味が表れているような気がしました。
「……買います。取り敢えず、ですけど」
 気にしないと言ったサンデーの手前、僕から一方的に気にしてその鶏肉のパックを陳列棚に戻させるというのは、何となく避けたかったのです。もちろん家の冷蔵庫にはまだ他にも肉類が残っていて、ならばこの後の昼食に必ずしもこの鶏肉を使う、ということにはならないんですけど。
 昼食に使う場合を考えれば一パックだけでは当たり前ながら量が足りず、なのであと必要になりそうな二パックは自分で手に取って買い物籠に放り込み、その後に昼食以外で使いそうな食材を適当に見繕ってから、僕達はレジのほうへ向かうことになりました。
 この間、早くサンデーと話をしたいと気持ちをはやらせていたのは、恐らく僕だけだったのでしょう。飛ばされてしまった途中式の部分、「どうして気にならないのか」ということについて。
 話をするだけなら、別にこの場でしてしまっても良かったのでしょう。しかし何となく――本当になんとなく、話をするならもうちょっと落ち着いて話せる場所のほうがいいな、と思ってしまったのです。そうしたくなるほど深刻な話題だと思っているのが僕だけだということは、分かってはいたんですけど。

「お待たせー」
「おう、お待たされたぞ」
 栞さんが元気に呼び掛け、大吾が嫌味っぽくそれに返事。待たされたと口にするほど暇を持て余していたようには見えず、ならばまあそれは冗談なんでしょうけど。
「すまんな日向、耳を出してくれば手伝ってやれたのだが」
「あ、いえいえ。手伝いが必要なほどの買い物じゃあなかったですし」
 謝ってきた成美さんにそんな返事をしつつ、ビニール袋を少しだけ持ち上げてみせました。二袋で収まる量なので、今言った通りに手伝いが必要なほどの買い物ではなかったのですが――しかしその袋の中には、鶏肉のパックが入っています。
「ん? 言葉の割には暗い顔だな。重いのか? 手伝おうか?」
「あ、すいません。大丈夫です」
 そこで謝ってしまうというのは怪しさ満点なのでしょうし、実際に成美さんは怪訝そうな顔になるのですが、しかし言ってしまってからそんなふうに思っても後の祭りです。しかしもちろん、それだけで成美さんが僕の暗さの理由に気付くというわけでもないので、この会話についてはここで終息することになりました。


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