(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十六章 ちょっとそこまで 一

2008-06-21 21:00:54 | 新転地はお化け屋敷
 丸一日「暇」というものがなかった火曜日が過ぎ、今日もまた何かありそうな水曜日。おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 一限だけとは言え今日も大学はあるわけで、蛇さんはどうしてるかなと気になりつつも所定の教室でシャーペンをシャカシャカとノートの上に走らせます。この講義は筆記量がそれ程でもないからまだいいけど、狭い教室なので栞さんが一緒に入れないのはやや残念。――と、それはともかく。
 本日は水曜日という事で、昨日我等があまくに荘にやって来た蛇さんのお相手をしているであろう人物はペンギンのウェンズデー。ちょっと人見知りしがちなところがある彼だけど、上手くやってるかな? まあ、清さんもいるだろうし……あ、そうそう。それに、もしかしたら家守さんも102号室にいるかもしれないしね。あの相談事の件で。
 よし、気掛かりが解消されたところで。
「明くん、起きて起きて」
「んお」


「ウェンズデーっ。あーさーだーよーっ」
「うむ……む? あれ、楓殿? えーと、えー、いらっしゃいであります」
「うん、お邪魔してます。蛇ちゃんも、おはよう」
「おはようございます」
「……はわっ! そそ、そうでありました! お、おはようございますでありますナタリー殿。自分がウェンズデーであります」
「はは、はい。初めまして。……じゃ、ないんでしたっけ。えっと」
「せーさん、今ウェンズデー、ナタリーって?」
「んっふっふ、動物園にいらした時の名前なんだそうです。昨晩チューズデーが訊き出してくれたんですよ」
「へー。ナタリーかあ、格好良いねえ」
「あの、それで楓殿? 今日は仕事は? どうしてここに?」
「あはは、例の如く臨時休業。それで今日は、ウェンズデー達とナタリーちゃんにちょっと相談があってね」
「自分達に、でありますか?」
「私にも?」
「うん。――それにしてもナタリーかあ。『なっちゃん』だと被るしなあ」
「なっちゃん?」
「あだ名、もしくは愛称というやつですねえ。『なっちゃん』は哀沢成美さんの『成美』から付けられたもので、私なら『清一郎』ですから『清さん』、とこんな感じのものです」
「じ……自分達は、せっかく貰った名前なのでそのまま呼んでもらっているであります」


「お疲れ様ー」
「また明日、日永さん」
「一限だけでお疲れ様だってのも情けないけどな。明日の長丁場の事も考えると……まあ、考えないようにするか」
 時間にすれば僅か九十分。ただし体感上では、僅かどころではなくとてもとても長い九十分。そんな本日のお勤めを終えて、僕と栞さんは三人の中で一番お疲れの色を濃く湛えている友人とのお別れの言葉を告げる。
 僕と同じく一限からぶっ通しで四限まで続くという明日の時間割へちょっとだけうんざりした表情を見せた明くんは、
「そんじゃまた明日。お二人さん」
 そう言って校門まで手で押してきた自転車に跨ると、なんとなーく気だるそうにダラダラとしたスピードで去っていきました。
「……寝てた?」
「寝てました」
 そんな彼の様子を見て、栞さんのそんな予想。大当たりです。
 と、言ってもまあ。もし毎回何の根拠も理由もなく適当に「寝てた?」と言ったとして、しかしそれでもこれまでの傾向からして七割がたは正解になってしまうので、あまり驚きもしませんが。
「孝一くんは眠たくならないの?」
「時々なりはしますけど、今のところはなんとか寝た事無しです。栞さんがいない場合だと、僕が寝ちゃったら起こす人がいなくなりますし」
「あはは、頑張ってねー」
 頑張ります、と答えようとしてその直前、「別に頑張るような事じゃないんじゃない?」と頭に浮かぶ。それはもちろん寝てしまおうという睡魔への降伏宣言ではなく、頑張る以前にそれが当たり前なんじゃないだろうか、という睡魔への常勝宣言なのでした。
 眠い眠い言ってる場合でも一限だ四限だ一喜一憂している場合でもなく、学生である以上はさっさとそれに慣れないといけないんだろう。……まだ暫らく無理そうだけど。
「栞さんは? 講義に混ざってて、眠たくなったりとか」
「んー、ならないかなあ。勝手に混ざってるだけだから、つまらなそうだったら出ていけるし」
 と言って、少なくとも僕と同じ教室にいる時に栞さんが出ていった事は一度もないんですけどね。――ううむ、やっぱりこういうのは意識の問題なんだろうか。自分から進んで参加するのと単位の為にという名目の元に参加するのでは、やはり心的な負担の度合いに差がありそうなそうでないような。
「ところで、蛇さん周辺は今頃どうなってるでしょうね」
 なんとも不毛な上に気が滅入るような話になりつつあるので、脈絡もなく別の話へ。
「あ、そうだね。もしかしたら栞達を待ってるかもだし、ちょっと急いで帰ろっか」
 今ホットな話題なだけあって、あっさり話に乗ってくれる栞さん。そしてその口が言う「待ってるかも」とは、昨晩家守さんが言っていた「明日の大学はどれくらいで終わるのか」という質問があってのものなんだろう。
 その質問の大元、お爺さんお婆さんをこっちに呼ぶ、という作業に準備があったりするのかどうか、そしてそれについて行われたであろうウェンズデー達との相談がどうなったのかは分からない。だけど、「後は僕達の帰宅を待つだけ」という状況になっているというのは充分に考えられる。
 しかし、だからと言って。
「急いでも急がなくてもあんまり変わりませんけどね」
「あー……えへへ、まあ、そうなんだけどね」
 あまくに荘は、ここから徒歩で五分の距離なのです。


 結局のところ普段と変わらない歩行速度で家路についた僕と栞さんは、普段と変わらない五分というタイムで我が家に到着。
「清さんの部屋かな、やっぱり」
「だと思いますよ、多分」
 何が清さんの部屋なのかは、言うまでもなく。そしてそう言うからには栞さん、清さんの部屋に行きたいんだろう。速足を提案した事もあるし。
「じゃあ、僕は一回部屋に戻りますね」
 手提げのカバンを肩ぐらいの高さまで持ち上げ、「荷物を置いてきます」とジェスチャーのみで伝える。
「あ、うん。すぐ来るんだよね?」
「そのつもりです。まだ昼ご飯には早いですから」
 現在、十時半をやや過ぎた辺り。まだまだ朝だと言えるこんな時間に他所様の部屋へ上がりこむのはちょっとばかり気が咎めるところもあるにはあるけど、かと言ってあちらがこちらを待っているかもしれないという状況上、行かなければなりますまい。


 さて。そういうわけで清さんの部屋、102号室。宣言通りに荷物を部屋に置き、ついでに麦茶を一杯飲んできた僕は、これから入るべき部屋の呼び鈴のボタンを押す。部屋内へ向けて鳴り響くその軽快な音がドアの外へも僅かに漏れ出し、そしてその余韻が消え去る程度の僅かな時間が経過すると、変わるようにしてドアのすぐ向こう側から聞こえてきたのは聞き覚えがあり過ぎる笑い声。即ち、この部屋の主人のいつものあれ。
 そして、ドアが開く。
「いらっしゃいませ、日向君」
「お邪魔します」
 こういう展開となると、やっぱりいつものようにみんな揃ってたりするのかな?
 なんて思いながらドアをくぐり、清さんの後ろに続いて自分の部屋と同じ造りな短い廊下をさっと通り抜ける。
「いらっしゃいであります孝一殿」
「おはようこーちゃん。大学、お疲れ様」
「ワウ」
 みんないるかと思っていたその居間にはウェンズデーと家守さんとジョン、それに先に到着していた栞さんと、
「お、おはようございます」
 蛇さんがいました。どうやら、大吾と成美さんはまだのようです。
「おはようございます」
 昨日と同じく、一度こちらを見れば後はもう微動だにしない。そんなどっしりした装いに反して、どこか頼りなさそうな若い女の子の声。昨日山の向こうの屋敷でこの方に戦々恐々だったのは何だったのかというくらい、声とそこから察せられる人柄を知ってしまうと何でもない女の子なのでした。
「早速なんだけどさこーちゃん」
「はい?」
 部屋に入って、挨拶を交わした直後。まだ座ってもいない段階――当然、と言ってはなんですが栞さんの隣に――だというのに、家守さんから早々のお願いが。
「だいちゃんとなっちゃん、呼んできてもらえる?」
「はい」
 もし「家守さんは僕が帰ってくるのを待っていた」という事なのなら、僕が来ると同時にまだ来ていない人を呼びに行く事になるのは当然で、だとするならまだ床に腰を落ち着けていない僕がその役目を命ぜられるのも分からないではない。
「ごめんねー」
 とは言え、顔が嫌な感じに笑ってしまうのはどうにも抑えられなかったのでした。まあ、いいんですけど。


 そんなわけで、大吾と成美さんを呼んで再び102号室。
「お、おはようございます」
 僕に対しての時と全く同じ調子で、新しく入ってきた二人に蛇さんが挨拶。それに対して二人はそれぞれ、
「おう」
「おはよう、蛇」
 大吾の素っ気無さは今更まあいいとして――成美さん、もうちょっと呼び方何とかなりませんかね。間違ってはないんですけど。
 まるで悪気なんてなさそうに、軽く微笑みさえしながら挨拶を返す成美さんにそんな事を思ったところで、
「よし。それじゃあ全員揃った事だし、発表しちゃおうかね」
 家守さんが今入ってきたばかりの僕たち三人へ向けてそんな発言。それを受け、取り敢えず各々適当な場所を見付けて、着席。自然に二人組が二つあるような配置になってしまうのは、まあ、ね。とは言っても、ウェンズデーが栞さんの膝の上にいるから正確に言うとこっちは三人組なんだけど。
 ところでそれより何より、発表ってのは何なんでしょうか? と言っても、状況から考えたら予想は付くんですけどね。ここはやっぱりお爺さんお婆さんの呼び出しについて――
「蛇ちゃんの名前が判明しました! ナタリーちゃんでーす!」
 ――あれ、違った。
 予想外の発表内容に困惑を隠せず咄嗟に反応ができない僕は、半ば助けを求めるような心境で隣の栞さんに目を向けてみる。すると同じくこちらを向いていた栞さんは、そんな僕の表情が可笑しいのかくすくすと音を立ててしまう口を、軽く手で押さえていた。
「ナタリー、か。どちらかというとわたしよりウェンズデー達に近そうな名前だな」
「あれ、でも爺さん婆さんって、名前付けたりしなかったんだよな? ……って事はそれ、動物園にいた時の名前って事か?」
 咄嗟の反応ができず、その上栞さんに笑われた事で余計に口を開くのが億劫になった僕とは違い、あちらの二人はそんな反応。
「さすがはだいちゃん。動物の事に関してだけは鋭いね」
「うっせえな。……うっせえよ」
 普段妙な言動をしては周囲から突っ込みを入れられる大吾なだけに、家守さんの仰る事もごもっとも。ちなみに大吾が二度「うるさい」と言ったのは、隣の成美さんが笑ったからです。お互い、異性として付き合っている女性の笑顔にはお手上げなのですな。
「えっとあの、そういうわけなので、改めてよろしくお願いします」
 蛇さん、もといナタリーさんの挨拶に引き続き、やや声量を落として栞さんが言う。
「栞は先に聞いてたんだけどね」
 ああなるほど、それで余裕を持って笑ったというわけですね。――というのはさておき。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ん」
「ああ、よろしくな」
 三者三様によろしく返しをし、やや緊張気味なナタリーさん(なんだと思う。ピクリとも動かないのはともかく、声からして)を快く迎え入れる体勢へ。まあ、迎え入れる事自体は昨日の段階から決定しているようなものですが。
「それでその、怒橋さん、でしたよね?」
「オレ?」
 ナタリーさんの首が、と言ってもどこからどこまでが首なのかはよく分からないけど、とにかく首がその角度を僅かにずらして対象を僕達三人から大吾一人へ。大吾はと言うと、自分個人が名指しされた事が意外らしく、一瞬すっとぼけた顔に。
「怒橋で合ってっけど、何だ?」
「あ、いえ、何ってわけじゃないんですけど」
 とは言え名前を呼んだ以上、何でもないわけでもなく。
「昨日、チューズデーさんに教えてもらったんです。困った事があったら怒橋さんに相談するようにって。だからあの、もし何かあったら、その時はよろしくお願いします」
「……お、おう。まあ、そういうのがオレの仕事だしな」
 急な話に驚いたのかそれともただ照れ臭いだけなのか、大吾の目が左右に泳ぐ。
 しかしそれはそれとして、チューズデーさんが「大吾を頼るといい」だなんて。人となり――もとい、猫となりを考慮するにちょっと違和感が生じる組み合わせではあったけど、それだけ大吾が信頼されている、という事になるんだろうか? まあ、普段の言動はともかくとして、仕事に対する姿勢は「真面目だねと褒めてもばちは当たらない」と言ってしまえるものなので、チューズデーさんの言い分を否定するつもりもありはしませんが。
 なんて思ったところ、栞さんの膝の上から。
「あ、あの、ナタリー殿。チューズデーがちょっと怒ってしまったであります」
 あらら。
「え? あ、ごめんなさい。私、何か気に障るような事を?」
 謝りはするものの、その内容がいまいち分かっていない様子のナタリーさん。そりゃ、昨日ここへ来たばかりなところへその辺の事情を理解しろと言うのも無理がある。
「気にしなくてもいいさ。どうせ照れているだけだと思うぞ、チューズデーは」
 ふっと笑いながら端的かつ的確に事態の説明を為したのは、あなたがそれを言いますかと指摘したくなる人物、つまり、つい最近まで似たような境遇だった女性である成美さん。
「ワンッ!」
 成美さんの楽しそうな顔を見て、釣られたジョンがお座りの姿勢のまま一吠え。そして、その尻尾を左右へぱたぱた。あの動きを見る度に触りたくなるんだけど……それは今、置いといて。
「おお? さすが、今となっては相思相愛。なっちゃんの口からそんな台詞が聞けるなんてねぇ」
 僕ですら指摘したくなるんだから、この人が指摘しない筈がない。
「なっ!? な、何を言うか家守。わたしは今の台詞だけで指を差されるような振舞いは」
「しまくってただろ」
 釣れないと言うか、むしろ乗りがいいと言うべきか。説得力に欠ける反論をいとも容易く握り潰したのは、他ならぬ相思相愛のもう一方。
 彼らしい言葉で言うなら「つまんねー意地張ってんじゃねーよ」とでもいうのだろうか。呆れたような顔に腕組みという、成美さんの立場で考えればそれだけで責められているように受け取れそうなその格好からは、そんな意思がひしひしと。
 大吾を身代わりに据えた僕の考えでは、ないですよ? 多分。
「……こういう時くらい、助け舟を出してくれてもいいのではないか?」
 不快感、と言うよりはいっそ悲しそうに、成美さんが隣の赤タンクトップくんへ弱々しく抗議の声を上げる。
「ヤモリ相手に下手な事したら話が長引くのは分かり切ってるだろがよ。さっさと終わらせりゃ良いんだよ話自体」
 それはなるほど、確かにその通り。今の成美さんにとっては納得しかねる話だろうけど、ちょくちょく同じような境遇に立たされる身としては意図せず首が縦に動いてしまうほどきちんと筋の通った論なのでした。
「んっふっふ、これは手強そうですねえ? 家守さん」
「キキキ、熱心な指導の賜物だね。一層茶化し甲斐があるってもんさあ」
 正直、耳を覆いたくなりました。
「あ、あの……?」
 しかし実際に覆う暇もなく戸惑いの声が聞こえてきたので、僕のみならず部屋内全員の意識がその声の主へ。
 すいませんでした、ほったらかしで。
「あー、えっとあの、つまり家守殿はよくこうやって大吾殿や成美殿を虐めるのであります。それで、さすがに大吾殿が慣れてきた、という話だと思うのであります」
「あ、そうなんですか」
 ナタリーさんが尋ねたのがそういう事だったのかどうかはさておき、やや羨ましい場所に位置するウェンズデーが状況説明。そしてそれに続くのはその「場所」、つまりウェンズデーを膝に乗せて軽く抱きかかえる格好の栞さん。
「喧嘩とかじゃないから、安心してね」
「えっと、はい」
 正確には、喧嘩であって喧嘩でないとでも言うか――あれ、全然正確じゃないな。
 でもまあとにかく、そんな感じのこの状況。見慣れているどころかやられ慣れてもいるので、当事者でもないのに苦い感情が湧いてきてしまったり。もちろん今は自分が「被害者」なわけではないので、対岸の火事的な、それこそ安心を伴った緊張感のない負の感情ではありますが。
「――分かった分かった。じゃあお前の言う通り、この話はここまでだ」
 すっぱりとは切り替えられないのか、一続きの会話としてはかなりの間を置いてようやく成美さんが大吾への返事を、それも渋々といった様子で。そして次には、睨み半分な視線を家守さんへ。
「家守。仕事を休みにしてまで今のような話をしたかったわけではないのだろう?」
「そうだよって言ったらどうする?」
「冗談はもういい。蛇――いや、ナタリーを加えてどこかへ遊びにでも行くのか?」
 そんな応酬の間、成美さんと並んだ大吾も返答を期待するように家守さんを真っ直ぐ見詰めていた。という事はつまり、この二人はまだお爺さんお婆さんがどうのこうのの話を聞いていないという事になるだろうか。今回集合したのはどう考えてもあの件あっての事だろうし。
 というわけで、家守さんの口から出てきたのは想定通りの答え。
「遊びに行くって言うより、遊びに来てもらうってとこかな?」
 ……やや、遠回しではあったけど。
 まさかまさか意図せずそんな言い回しをする筈もなく、腕を組んで首を傾げてわざとらしく「上手い表現が見つからなくて困っている」風を装う家守さんは、やっぱりいつものようにニヤニヤしているのでした。そんな態度をとったらただでさえ顔色の宜しくない成美さんが更に機嫌を損ねるのではないか、と一瞬不安に思ったものの、
「……はあ。で、つまり何なんだ」
 実際には怒るどころか、溜息が出るほどに呆れてしまったご様子。
 ほんの少しとは言え不安を感じた自分を省みて、「だったらナタリーさんは?」と彼女の方を見てみる。しかしそのナタリーさん、成美さんの方を見たまま相変わらず微動だにしないので情報不足。故に、今どう思っているかなんていう判断がつけられよう筈もない。
「爺殿と婆殿をここに呼ぶ、との事なのであります」
 家守さんに代わってウェンズデーが説明をすると成美さんが、そしてついでに大吾も、驚いたように目を丸くした。やっぱりまだ聞いていなかったらしい。
「本当なのかよヤモリ?」
「うん。みんなが来るまでそこんとこについてウェンズデーとナタリーに相談してたんだけど、オッケーって事になったからね」
 相談の結果は前々から気になってたけど、ここに全員が集まった時点でそういう事なんだろうとは思っていた。しかしまあ、実際にそれを聞いたら、胸につっかえていたものが外れるような感覚はやっぱりあるわけですけど。
 ニヤニヤ笑いを止めた家守さんに続いて、ナタリーさんが首をふいっと大吾の方へ。
「と言うより、『そうしてください』ってお願いしたんですけどね」
「……へー」
 返事としては素っ気無い、大吾の相槌。だけど、態度としてはそうではなかった。返事自体には間をを持たせ、その後の沈黙には含みを持たせ、それが何かは分からないまでも確実に何か思うところがあるようで。
「どうかしたか?」
「いや、まあ、なんつーかな」
 誰もが気付いたであろう大吾のそんな様子に、真っ先に声を掛けたのは成美さん。すぐ隣から座高差によるによる上目遣いを受けて、大吾は即答できない様子だった。言いたい事はあるけど上手く言葉に表せない、というふうに口をやや尖らせている。
 そうして出来上がったのは、気まずそうに口を噤む大吾とその言葉を待つ周囲という静かな状況。
 しかし、十秒ほど経っただろうか、静かなままとは言え一つの動作が現れた。それまで大人しくお座りをしていたジョンが腰を上げてぺたぺたと、その大きくて見るからにふかふかな体を大吾の下へ摺り寄せる。恐らく、困った顔の大吾が心配になったんだろう。
 再びお座りの姿勢になる頃には成美さんと同じように隣に並ぶその彼へ、大吾は表情を少し緩ませ、ただでさえふかふかそうなところにぴんと飛び出た二つの耳がとても触り心地の良さそうなその頭へ、ぽんと手を乗せた。
「んっふっふ」
 そんなふんわりした展開を目にしたところ、誰発かがとても分かりやすい声が。
「もしかして、その辺りの事なんですかね?」
「……………」
 大吾は答えず、他の人は何も言わない。言った本人と言われた本人はともかくとして、少なくとも僕には、話が見えなかった。
 清さんが続ける。
「離れ離れになった後に『会いたい』と思ってもらえるなんて、私でも少しばかり羨ましいですからねえ」
「……まあ、そういう事なんだと思います」
 はっきりしない返事。しかしその割に、はっきりと頷く大吾。あやふやな感じにしたのは照れ隠しという事なんだろうか?
「クウゥ」
 頭に手を乗せられたままのジョンは、気持ち良さそうに尻尾を左右へぱたぱたさせていた。そしていつの間にか、乗っていただけだった大吾の手は、ジョンの頭を優しく撫で始めていた。
「羨ましがらなくても、大吾くんだってみんなにそれくらい好かれてると思うよ?」
「はいはい、そうかよ」
 やっぱり照れ隠しだったらしく、栞さんへの返事が素っ気ないを通り越してぶっきらぼうに。普通だったら「感じが悪い」と捉えかねないそんな態度も事情が分かっていれば可愛らしいもので、見ているこっちがこそばゆくなるような。
「ふふ、そういうところは相変わらずなのだな」
 一番近くでそれを眺めていた成美さんは、そう言いながら肩を小さく上下させる。まるで、少し前まで家守さんに虐められて機嫌を損ねていた事なんてすっかり忘れているようだった。……って、んん?
「成美さん、じゃあそれって、変わったところもあるって事ですか?」
 でなければあんな言い方にはなるまい。と言って大吾に変わったところなんて? という事で、思ったそのまま質問してみた。すると成美さん、「うぐ」と小さくうめいて、目だけはこちらを見たまま顔を若干下へ向ける。
「そりゃオマエ、付き合う事になったってんなら色々変わ」
「わあもうこの馬鹿者! そういうところは変われ! 変わってくれ!」
 何を言ってるんだとでも言わんばかりな大吾に対する成美さんの反応は、とても素早かった。
「あれ、違ったか?」
「合ってる! 合ってるからもう黙れ!」
「なんだよ……」
 大吾、ちょっとしょげる。間違ってはいない以上、少しだけ気の毒ではあるような、やっぱりないような。
「……もういいだろう? それで、屋敷の二人を呼ぶという話はどうなった?」
 一瞬にしてどっと疲れが溜まったように肩を重々しく弛ませ、同じくやや重苦しい声で、家守さんに話題の修正を持ち掛ける。さて、家守さんは素直に求めに応じるんだろうか?
「あ、そうだったそうだった。キシシ、なっちゃんも相変わらずだね」
「だからそれはもういいと言っているだろう」
「ごめんごめん」
 やっぱり応じまいとしたもののさすがにこれ以上は成美さんが許さず、思いっきり睨まれた家守さんはニヤニヤしたままとは言え謝意を示して引き下がる。そりゃ成美さん、ここに来てから殆ど弄られっぱなしだったからなあ。


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