(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第六章 月と太陽 一

2007-09-09 21:00:39 | 新転地はお化け屋敷
 やっぱりできるだけ急ごう。
 あの日のこの言葉を反復する度、自分の不甲斐なさを嘆く次第です。おはようございます204号室住人日向孝一です。
 あれから二日経ちました。あれからというのはもちろん、あの花見の日からです。その次の朝に「できるだけ急ごう」と決意して、そして………ご想像通り、未だ何もできていません。昨日は日曜日だったのに。ずっと家にいたのに。ちょっと外に出れば栞さんが庭掃除をしていただろうに、顔を会わせる事すらなく………不甲斐ない。そして顔を会わせていないのですからもちろん何も進展はしていなくて、何も進展していないのですからもちろん夜の恒例行事に栞さんは顔を出しませんでした。花見の日、そして次の日曜と二日連続で。


「だぁからゆっくりでいいんだってー。二日くらいどって事ないよ。しぃちゃんだって落ち着いたら元通りになるだろうしさ」
 慣れた手つきで酢の物用の野菜を切りながら家守さんはそう言ってくれた。けど僕はグリルの魚が焼きあがるまでの間、壁にもたれた上に殆ど溜息で返事をしていた。まあ、後から考えればうざったい事この上ない態度だったと思う。
 しかし家守さんは包丁をまな板に置いてちょっと動けばキスしてしまいそうなくらいこちらにギリギリまで顔を近付けると、僕の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で始めた。乱暴過ぎて、正直痛い。
「いしししし。そーいうアンニュイなのも今だけは歓迎してあげるよ。でもしぃちゃんと上手くいったら、慰める役目もしぃちゃんに譲るからね」
 いろいろな意味で顔を背けたくなるくらいアップになった家守さんの嫌な笑顔だったが、自らへの戒めのためにもまっすぐに睨み合った。笑顔と睨み合うってのも変な話だけど。
「だからそれまでこーちゃんの格好悪いところはアタシが引き受けるからさ、精々しぃちゃんには格好いいところだけ見せてあげなよ? あ、でもあんまりそれが長くなるとそのうちアタシが恋人みたいになっちゃうかもね。そうならないように頑張ってね~。結婚もまだなのに不倫なんて嫌だよアタシ~」


 この際もう家守さんが恋人で……なんて洒落にならない冗談は身震いがするので中断した上その記憶も消去。で、確かにずっとイジイジウネウネしてるわけにもいかない。でもまずは、学校に行かないと。今日は平日だし。……とは言うものの、まだ講義には入らないんだよね。今日は身体測定だとかでやっぱり午前だけ。
 今更身長も体重も変わってないだろうからあんまり面白みもないだろうなー、なんて考えながらドアを開け、外へ。
「あれ?」
 ドアをくぐって進むべき廊下の先に目をやると、一番階段に近いドア、つまり201号室のドアが開いてそれより向こう側が見えない状態になっていた。
「成美さーん、早いですねー」
 ドアに鍵を掛けつつ、向こうのドアの陰から現れたそこの住人に声をかける。一つの部屋がそれほど広くないとは言え、そこは三部屋向こう分。少々声が大きくなるくらいの距離はある。
「あー。目が覚めて暇だったのでなー。朝の散歩だー」
 そしてポケットに鍵を突っ込みながら同じく鍵を掛ける成美さんにすたすたと近付き、改めてご挨拶。
「おはようございます」
「おはよう。これから大学か?」
「はい。と言っても身体測定だけですけどね」
 今日の予定に学業は全く含まれてないんだけど、大学に行くのは変わりない。カバンも一応持ってはいるが、多分使う機会はないんだろう。中身も筆箱と学生証くらいしか入ってないし。
「そうか。ふむ」
 小さな体の細くて短い腕を組み、何やら思案する成美さん。性格的には似合うんだけど、体格的には似合わないなあ。このポーズ。
「どうかしましたか?」
「む? いや、お前に着いて行こうかと思ってな。どうせ散歩に目的地などないのだし」
「来ても面白い事何もないと思いますけど……」
 今日唯一の行事、身体測定を受ける僕にとってですら面白くなさそうなのに、それすらない人にとってはもう面白くないを通り越してつまらない場所だろう。
 しかし成美さんはそれを聞いて腕組みを解き、少しだけ笑う。
「ふ。そんなのはどこでも一緒さ。それが散歩というものだよ」
「はあ」
 そうなんだろうか? まあ確かに何かあったら散歩じゃなくて「それをしに出かけた」って事になるのかな。買い物とか。
 などとどうでもよさげな言葉遊びをたしなんでいると、背後から「おい」と誰かに呼びかけられた。振り返るとそこには、お隣の202号室の台所の窓から飛び出た大吾の顔が。
「あ、おはよう大吾」
「おはよう怒橋」
「おう」
 構造的に窓の向こう側はすぐキッチンだから、全部見えるところまで顔を出せるのは身長がある大吾くらいだろう。僕がやったら……眉毛の上までくらいかな、外に出せるの。
 で、そんな感じで長身を見せ付ける大吾くんが何を言い出したかと言うと、
「んでよ、オレも暇だし付いてっていいか?」
 成美さんと同じ事でした。
「別に構わないよ」
「乗り物としてなら歓迎してやるぞ」
「してもしなくてもどーせ乗るだろがクソガキ。んじゃ、ちょっと待っててくれな」
 前半を成美さんに向けて、後半を僕に向けて言った後、窓から顔を引っ込めてがらがらぴしゃりと戸締りを。
 そして大吾が出てくるまでの待ち時間。
「喜坂と喧嘩でもしたのか? 昨日はあいつ、珍しく塞ぎ込んでいたが」
 手擦りにその軽そうな体を預けると同時に話し掛けてくる成美さん。ああ、きっついなあ。
「喧嘩って言うか、僕にも何が何やらで……って、それだけでなんで僕が出てくるんですか?」
 まさか、上手い事乗せられちゃった? とも一瞬思ったけど、どうやらそうではない様子。してやったりと微笑むでもなく、ただ素の表情で話を続ける。
「いや、あいつが塞ぎ込むなんてのは本当に珍しくてな。誰に聞いても知らんと言うし、そんな日に限ってお前は部屋にこもって出てこんし。日向は普段、用事がなくても外で喜坂と話くらいはしているだろう? 何かあると思ったのさ」
 この猫娘さん、推理が達者でいらしゃる。
「あ~……すいません………」
 分からないとは言っても、やっぱり僕が原因なんだろうなぁ。今みたいになる直前にあんな事があったんだし。でもあの時点ではどうしようもなかったよなぁ………
 もしあそこで大吾が現れてなくて、栞さんが話を最後まで続けていたら。そうしたらやっぱりこうはならなかったんだろうか?
「ふふん。塞ぎ込ませられるほど喜坂に気に入られているようだなお前は。いい事じゃないか」
 それはちょっと好意的に解釈しすぎじゃないでしょうか? 塞ぎこまれるほどの事をしちゃった、と言うほうが正しいような。
「喧嘩なんてのは案外すぐにケリがつくものさ。その程度の事なのだよ」
 しつこいようですが喧嘩ではないと思うんですよね。思うんですけど、
「成美さんが言うと説得力ありますね」
「………それはどういう意味だ? ん?」
 え。いや、だってしょっちゅう―――自分で言ったのに怒りますか? 火の玉しまってください危ないですから。………あ、そう言えば結局火の玉三つってまだ見た事ないよなあ。まあ見たら無事では済まなそうだし、見てみたいとも思わないけど。
 何もない空中から突如出現するそれにももう慣れてきたのか、反射的に半歩ほど後ずさりするだけで頭の中は至って冷静。今となっては青い火の玉よりも、怒ってる成美さん自身のほうが怖いくらいなのでした。
 そんな事を考えてるうちに目の前の部屋からの足音が響いた後、ドアが開く。
「んじゃ行くか。ってなんだおい、またご機嫌斜めかよ? 迷惑すんだから勘弁しろよ」
 腰元。誇張表現一切抜きで腰元の高さに浮かぶ火の玉を確認し、それとほぼ同じ高さにある頭に上から話し掛ける大吾。この二人が一緒にいる場合は大概おんぶの状態だから、立って並んでるところって案外見ないんだよね。いやー、さすがの身長差。
 対する腰元さんはまだ機嫌が悪いようで、
「五月蝿い。いいからさっさと乗せろ馬鹿者」
 大吾は別に間違ってはいないのに何故か語尾に馬鹿者と付け加える。と、同時に火の玉も消滅。おんぶで機嫌が直るという事だろうか?
「馬鹿ってなんだよ馬鹿ってよ」
 ぶつぶつ文句は言いながらも、やっぱり律儀に腰を屈める。そして乗る側も、罵った割には背中で腕を組んでふんぞり返ったりするのではなく、両肩から腕を回して抱きつくようにする。そして乗られた側が立ち上がって出発準備完了、なんだけど。
「前から気になってたんですけど」
『なんだ?』
 返事か被って気まずそうに顔を背けるお二人。
 問い掛ける口調からも成美さんに話し掛けたつもり満々だったんだけど、いかんせん二人の顔が同じ高さかつ至近距離にあるものだから、どちらとも取れないような感じになってしまったらしい。
 でもまあそれは置いといて。
「背中に乗る時わざわざ大吾が屈まなくても、ジャンプして飛び乗ったりとかできないんですか? 猫的な運動能力とかで」
『…………』
 二人、ただでさえ近い顔で見詰め合う。そして成美さんがおもむろに大吾の背から後ろ向きに飛び降りると、そのままの姿勢で「ではいくぞ」と垂直に跳躍。そして着地。
 その結果は「ちょっといい記録かなー」くらいのもので、あくまで常識の範囲内。つまり、背中にはぜんぜん届きませんでした。そもそも垂直飛びで、更にその手がワンピースのスカート部分を押さえていた事から、最初から届かない事は知っていたんでしょう。
「分かったか? 今のこの体は人間なのさ。十一歳のな。それ以上の事はできやしないよ」
「よく分かりました」
 するとその跳躍の様子を背中越しに眺めていた大吾は、
「前押さえたところでオマエ、ハナっから見えるわけねーだろ。オレも孝一もオマエより遥かに身長高えんだしよ」
 ……いやまあ、仰る通りなんだろうけど。身長の問題もあるしスカートの裾も短くはないし、それこそ地に這うくらい姿勢低くしないと見えやしないんだろうけど。
「そういう問題じゃなかろうがこの阿呆!」
 ですよね。


「でよ、喜坂は呼ばなくてよかったのか? どうせアイツだって暇だぜ?」
 訊きたくなるのはまあ分かるけど、それなら出発する前に訊こうよ大吾。
 と言う訳で、大学までの五分の道のりを三人で進む。と言っても一人は背中に乗ってるだけなので、「進んでる」のは二人だけとも言えなくはないけど。そしてその進んでないお方が、さも呆れたような口調でこう返す。
「いくらお前でも喜坂の機嫌が悪い事ぐらい気付いているだろう? だからだよ」
 しかし、彼女の意見にこの男が賛成する場面など殆ど見た事がない。そしてそれは今回も例外ではなく。
「そういうもんか? オレなら一人だ退けられてるみてーで余計腹立つけどな」
 それもそうかもしれないんだけどね。………とは思うものの、既に声を掛けずに置いてきてしまった以上頷いてしまうのも気が引けた。なので、
「なんだ、意外と寂しがり屋なんだなお前は。ならお前の時はちゃんと呼んでやるよ」
「誰かさんのせいでイラつくのには慣れちまったけどな」
「ほう? なら平常心を鍛えてやったという事で礼の一つでも言ってもらおうか?」
「毎日毎日ものの見事にイラつかせてくださって有難う御座いますクソガキ様」
「それが礼になるとでも思ってるのか貴様は!」
「本気で礼なんぞ言うわけねーだろボケ!」
 黙して二人の喧嘩を眺めている事にした。
 ああ、こういう分かりやすい喧嘩だったらどれだけマシだったか………でも、大学に着くまでには収まってね二人とも。


 てな訳でさっさと大学到着。その頃にはさっきの喧嘩がまるでなかった事のように、付き添いの二人は揃って落ち着いた顔。是非見習いたいものです。
「で、もうそろそろ講義とか始まんのか?」
「ううん、今日は身体測定だけ。講義は明日からやっとだよ」
 初日、水曜日。入学式。
 二日目、木曜日。明くんと知り合う。
 三日目、金曜日。センさん、深道さん、霧原さんと知り合う。
 殆ど休みに近かったそんな午前だけの大学生活も、今日の四日目でようやく終了。明日からは生活パターンががらりと変わるだろうから、ちょっと気合入れとかないと。
「そんならすぐ終わりそうだな」
 でもまだいいや。
「だろうね」
 そんなやり取りの後ふと見てみれば、門をくぐってすぐの場所に小さな人だまりがあり、その向こうには身体測定案内の看板が。それによると、まずは講堂前で受付から測定カードなる物を受け取るらしい。では早速。
 講堂前に到着してみれば、受付は長蛇の列の大混雑。受付と言っても学校の運動会でよく見る屋根だけのテントが二つ並んでいるだけなので、窓口の数が不足しているのは明らかだった。一つのテントに窓口二つで、計四つ。対する生徒は……並んでいる人達だけでも数えるのが面倒なほどの数。でも並ぶしかないですよね。
 あーあ、こんな事なら予定時刻よりちょっと早めに来ればよかったなあ。
「じゃ、オレら適当に歩き回ってるわ」
「しっかりな日向」
 探さなければそれがどこにあるかすら分からない列の最後尾につくと、人ごみを気にしなくていいお連れ様二人は人を掻き分けもせずにズブズブめり込みながらさっさとどこかへ行ってしまいました。大層、大っ層羨ましい。どれだけ待つのこれ?


「なあ」
「なんだ?」
「あん時の孝一じゃねえけどよ、オマエ元は猫だろ? 下着なんか見られて恥ずかしいもんなのか? 猫なんて言ってみりゃ全裸じゃねーか」
「お前な………どうして真面目にそういう事が言えるのだ? 少しは自分で考えようとは思わんのか?」
「分かんねーから――いや、どーせまた変な事言ってんだなオレ。もういい、答えなくて」
「馬鹿者が」
「悪かったよ」
「………馬鹿者が」
「二回も言うんじゃねえよ謝ってるだろが」
「何回だって言ってやるさ。それがわたしの役目だからな。ふふ」
「そこで笑うなよ気色わりいな」
「お前が馬鹿だから笑うんだよ」
「へいへいそーですか」
「馬鹿といると楽しいな」
「いいかげん振り落とすぞ」


 見た目には長かった行列も、先頭の一人が行う事といえば学生である事の証明―――つまりは学生証の提示をして測定カードを受け取るだけなので、自分の番が来るまで案外時間は掛からなかった。それでも五分くらいは待ったけど、まあ長い間待たされたって程の事でもないだろう。
「学生証を」
「はい」
「……はい、ではこのマルが付いている所をお回りください」
「はい」
 受付の白衣の女性と、そんな短いやり取り。受付だけやるのに白衣である必要はあるんだろうか? なんて考えながら受け取った測定カード……と言うよりA4サイズの測定結果記入表と言ったほうがしっくりくるだろうか? とにかくそれを見てみると、
「胸部X線? こんなのまであるんだ」
 身長・体重・視力等のよくある検査の名前にマルがついている中、一際目立つ感じとアルファベット交じりのその名称。なんか面倒臭そうだなあこれ。
 まずは受付のすぐ横に並べられた鉛筆備え付きの長テーブルで表に名前を記入。で、まず一番近くでやってる検査は……あのドアの付き方がバスっぽいワゴン車かな。人並んでるし。で、あの中では何を? と車の隣に立てられた看板を見てみる。
 ああ、あれがX線なのか。
 と言う訳で、これまた受付のすぐ横に二台ほど並んでいるその検査カーから列の短そうなほうに並んでみる。今度はどれくらい待つのかなー……


「この部屋は………身長・体重だってよ」
「嫌な予感がするな」
「入ってみよーぜ」
「やっぱりか……で、何故そうなる。こっそり混じって測ったところで、わたし達はもう成長なんぞしていないだろうが」
「いーじゃねえか暇なんだしよ。廊下でぼけーっとしててもなんにもならねえだろ。それにどーせ、幽霊であろうとなかろうとこんなとこに来るような年じゃあ誰も成長なんぞしてねーよ」
「分かった分かった好きにしろ。あ、ドアは開けるなよ。驚かれるからな」
「わーってるよ」
「全く………ん!?」
「あれ」
「な、ななな何をしてる! 早く出ろ馬鹿者!」


 受付とは逆に、列はさほど長くないのだがその先にあるのが検査という事で待ち時間が長い。十分ほど待ってようやく車に入るまであと前に二人、という状況。入った人と出てくる人が違う辺り、車の中でも数人待つ形になっているのだろう。
 そしてまた車から一人出てきて、それと入れ替わるように一人車の中へ。
「ん? よう、孝一」
 車に入る際は上着は一枚だけとの事なので上着を一枚もそもそと脱いでいると、その背後から声が掛かった。
「あれ、明くん?」
 脱ぐ作業を続行しながらも振り返ると、そこには先日知り合ったばかりの彼が肌寒そうな格好で立っていた。どうやら今車から出てきたのが明くんだったらしい。
「おはよう」
「おはよう。寒そうだね」
「ああ寒いな。と言う事で、そこの緑色のやつ取ってくれ。あとその下のカバンも」
 明くんが指差すのは、僕を挟んで反対側の脱いだ服と荷物置き場。と言ってもさっきのと同じ長テーブルが置いてあるだけなんだけど。
「これ?」
「そう、それ」
 自分の服とカバンを置いてから、緑色のシャツと、言っちゃあ悪いけど安物そうなカバンを手渡す。
「はい」
「ありがとな」
 渡したカバンを足元に置き、服を羽織る明くん。これで服を着てる者と着てない者が逆転したわけだ。だからなんだって話だけど寒っ。
「検査、一緒に周らないか? 俺ここで待っとくからさ」
 服を脱いだ事による予想以上の体感気温の変化に左の二の腕をさすりさすりしていると、明くんが提案してきた。もちろん断る理由などどこにもないので、素直に受け入れる。
「あ、そうしよっか。明くんあとどれだけ残ってる?」
「いや、ここが最初」
「そうなの? 僕もそうだよ」
「なら都合がいいな。じゃ、待ってるよ」
「うん」


「よく読まんか阿呆! 身長・体重の上のこれは何だ!?」
「女子」
「……まさかお前、わざとじゃあるまいな?」
「んなわけねえだろアホ」
「はぁ。誰にも気付かれなかったとは言え、全くこの助平は……」
「なあ」
「なんだ助平」
「…………当たりめーだけどよ、大学生ってやっぱ大人なんだな」
「……なんだそれは」
「ん? いや、男としてはやっぱ仕方ねえだろこういう感想も」
「それは……それは、わたしへの当て付けか!?」
「は?」
「ああそうさ! わたしはお子様さ! 色気の欠片もありゃしないさ! いつまで経ってもこのままさ!」
「お、おい?」
「そりゃあお前だって男だからな! こんな貧相な体よりは出るとこ出てるほうがありがたいんだろうさ!」
「おい火ぃ出てんぞ! 落ち着けって!」
「どうせ! どうせお前はわたしなんかーーーーっ!」
「やっべええええええええ!」


 検査の結果、流れ作業的に問題なく「異常なし」にマルを付けられて第一検査終了。機械の前で息を吸って吐くだけの作業だったにも関わらず、外で待ってくれいてた明くんが「お疲れさん」と軽口を叩く。それに軽く笑って返し、微かな風に小さく震えながら服を着る。すると、服自体が外気で冷やされていて余計寒かった。最初のうちだけだけど。
「次、どこ行く?」
 同じく「異常なし」にマルの付いた自分の記入表を見ながら言う明くん。だけども、冷えたせいかどうかは知らないけどちょっと行きたい場所がありまして。
「その前にちょっとトイレ行っていいかな」
「ん、ああ。どうぞどうぞ」
「講堂の中にあったよね? 確か」
「あったと思うぞ」
 てなわけで、講堂へ。その入口前に立てられた案内板によると、二階から上は女子の検査場になってるとかで入れないらしい。けどまあ、一階だけなら大丈夫だろう。
 ガラス扉から一応他の男性が中にいる事を確認して、いざ内部へ。トイレは入ってすぐ右側……なんだけど。
「ん? どうしたんだあの子? て言うか、すげえ髪の毛だな」
 明くんが男子トイレの前にしゃがみ込んでめそめそ泣いている白髪の女の子に気が付いた。もちろん僕も気が付いて、その子の前で足を止める。
「ど、どうしたんですか成美さん?」
「わたしは………わたしは、どうせ子どもさ………ひくっ。こんな事で、ムキになって……」
 返事になってるようななってないような。それにしたって、今更泣くほどの事でもないでしょうに。散々家守さん辺りに言われてきたんですから。
「孝一、この子と知り合いなのか?」
「いやその、知り合いは知り合いなんだけど子どもじゃなくて……」
「ああ、って事は幽霊さんなのか」
 察しがよくて助かるよ。
「大吾と喧嘩でもしたんですか? いないみたいですけど」
 この場に家守さんがいない以上、残る容疑者は大吾しかいない。それもいないとなれば、あんまり酷い事言われてこうなっちゃった、としか考えられなかった。
「あいつは……うくっ、あいつは、この中でぇ………」
「なあ孝一、トイレの中からなんかゴンゴン音がしてないか?」
 成美さんがトイレを指差すと同時に、明くんが異常を察知する。意識を成美さんの上ずり声から離してみれば確かに、低くて鈍い音がドアの向こうから聞こえてくる。
 この向こうに大吾がいて、この音は大吾が出してる? 何をしたらこんな、壁を殴りつけてるような音がするんだろうか?
 とにかく黙って音を聞いてる場合じゃなさそうだ。ここに来た本来の目的も、中で何かをしてる大吾の事も、中に入らなきゃ始まらない。
「明くん、ここで待ってて」
「まあ俺はもよおしてねえからな」
 ドアを開けると、音が一層大きくなった。不気味なくらい一定のリズムで、ゴン・ゴン・ゴン・ゴン。腹に響くようなその音の発生源は、どうやら一番奥の個室らしい。
「大吾……? な、何してるの………?」
 閉められたドアを挟んで、中の人物に問い掛ける。もしこの向こうにいるのが大吾じゃなくて別人だったら、なんて考える余裕はこの時全く無かった。
 そして音が止まる。
「うる……うるせえな。うるせえよ。孝一か? ほっといてくれよ。頼むよ」
 大吾の声だった。が、まるで大きく年を取ったような、そんな弱々しい声。大吾の声を知らない人が聞いたら本当に中にいるのが年寄りなんじゃないかと思いかねないほど、震えた声。
「なな、なん、なんなんだよここは。何もねえじゃねえかよおい。こんな所でどうやって死ねって? こここんな、めちゃくちゃい痛えやり方しか思いつかなかったじゃねえかよ。もう嫌だ。もう嫌だ。もっと楽に終わらせられねえもんなのか?」
 あまりの事態に、足がぐらついた。本来の目的がどうとかふざけてる場合じゃない。
 何? 死ぬって。痛いって。中で何やってるの? まさか、成美さんが――
「大吾! ストーーップぅうわっ!?」
 咄嗟にドアに体当たりしたが最初から鍵は掛けられていなかったようで、何の抵抗もせずに開くドア。そしてそれを超えて尚、その勢いのまま突っ込んでしまった。中にいた大吾の背中に。
「い痛えよ痛えな。なんだよ、お前がオレを死なすってか? まだなのか? まだ、どれだけ、続けなくちゃならねえんだ? ああ痛えな。疲れるな」
 背中にぶつかった僕を上から見下ろす大吾の額からは血が一筋、流れていた。
「大吾! 血! 血が出てるよ!」
 そしてその血抜きにしても、明らかに顔色が悪い。まるで本物……いや、「幽霊がいるとすればこんなものだと思い込んでいた頃の」幽霊像そのままに。
「だ、だ出すためにやってんだよ。ほっとけよ入ってくんなよ頼むから」


4 コメント

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Unknown (Unknown)
2007-09-12 21:15:29
wktk
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Unknown (代表取り締まられ役)
2007-09-13 21:08:08
我が校の夏休みも今日で丁度残り一週間。現実とは向き合いたくないですねえ。

そんなわけで、夏休みの間に行けるとこまで行ってしまおうと現在かなりのペースで書きまくっております。
尻痛え。
せめて夏休み中にこの章の終わりまで……かなりの確率で無理ですが、一応それを目標にしてみます。

あー現実恐ろしいなー。
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Unknown (Unknown)
2007-09-14 22:34:24
ガン(・∀・)ガレ
返信する
Unknown (代表取り締まられ役)
2007-09-15 21:14:04
はい。頑張らせてもらいます。
目標は一日五千字投下、執筆はそれ以上! ……という事で。
具体的に数字を決めてしまえばいくらかはやりやすい気がしますねぇ。まあ、実際は何も変わってないんですけど。
さあ夏休みの残りは五日! 一日五千字で合計二万五千字! 記事数にして二つと半!
………多分、夏休み中に六章完結は無理ですね。ひぃ。
じゃあせめて一日五千だけでもやり遂げますかね。
とか言って今日まだ三千しか書いてないですけど。
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