(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三章 曜日軍団七変化 二

2007-06-24 21:04:41 | 新転地はお化け屋敷
「では大吾さん、孝一さん。よろしくお願いします」
「あいよ」
「じっとしててね、ジョン」
「ワフッ」
 清さんにのんびりと眺められながら、動物の世話初体験。過去二日は喋ったり一緒に歩き回ったりしただけだからね。
 これから何をされるのかちゃんと理解しているらしく、ジョンは実に大人しくしてくれていた。なのでペットを飼った経験のない僕でも慌てるような事態は起こらず、むしろ楽しんで作業に取り組む事ができた。お利口さんだね、ジョン。
「ふう……やっぱり落ち着きますわねぇ。また一層お上手になりましたわよ? 大吾さん」
 隣ではマンデーさんがマッサージを受けている人の如くうっとりしていた。ただ毛を梳くだけの作業でも、やはり年季が入ると違うものらしい。侮り難し、ブラシがけ。
「あたりめーだろ全部オレ一人でやってんだからよ」
「それも嫌々ではなく好きでやってるんですからねえ。んっふっふっふ」
 せっかく憎まれ口で返したのに間髪入れず清さんのフォロー、と言うかこの場合はツッコミ? が入って格好がつかない大吾。ぐぅ、と低くうめくとそのまま黙ってしまった。
 それを間近で捉えたマンデーさんは、
「うふふ、大吾さんが何と言おうとわたくし達を大事にしてくださってるのはみんな充分に分かってますわ。サタデーがみんなにお礼を言おうと呼びかけたのだって、冷やかしじゃあないんですもの」
「う、う、うるせえな…………ほれ、終わったからさっさと行っちまえ」
「これからもよろしくお願いしますわね。それじゃあジョンさん、行きましょうか」
 マンデーさんに呼ばれると、ジョンは尻尾をぱたぱたさせながら彼女のもとへ歩み寄った。ブラシがけの止めどころが掴めずにただただ撫で続けていた僕の仕事は、それでようやく終わりを迎える。
 で、行くってどこへ? 「行ってらっしゃい」と手を振る清さんにその事を尋ねてみると、
「散歩ですよ」
 との事。
 散歩ですか? ならそこであぐらをかいてぶすっとしてらっしゃる御仁は?
「大吾は行かないの?」
「ああ、こいつはな」
 何か理由があるらしく、直接尋ねてみても大吾は動こうとしない。そしてその事についての説明をしようとしたらしいが、その上から嗜めるような声が覆い被さる。
「嫌ですわ孝一さん。デートの時くらい二人っきりにしてほしいものですわね。ね、ジョンさん」
「ワンッ!」
 なるほどね。
 お二方は視線を交わすと、寄り添うようにして窓から外へ踊り出る。僕はその背中に向けて、
「行ってらっしゃい」
「行ってまいりますわ」
「ワンワン!」
 そのまま二つの尻尾が窓から窺える範囲を過ぎ去るまで見送ったあと部屋の内部を振り返ると、大吾は照れ隠しの不機嫌モードを解除して出されていた麦茶を一口。
「んじゃ後片付けだな」
 そう言われて改めて床を見てみると結構な量の毛が散乱していた。ブラシに引っかかった分はちょくちょくむしり取ってゴミ箱に捨ててたけど、それ以外でもかなり抜けるものなんだな。禿げちゃわないのかな? そんな訳ないのは分かってるけど、なんとなくね。
「僕がやるよ」
「そうか? 悪いな」
 掃除機に手を伸ばそうと立ち上がりかけた大吾は再び着席。代わりに僕が掃除機のコンセントを伸ばす。戻す時に一発でしゅるるっと戻るように余分には出さないようにしてっと。
「いっつもマンデーさんとジョンだけで出かけてるんですか?」
 掃除機の音がうるさい中、清さんのほうを振り返る。すると清さんは部屋の隅に立てかけられていた釣竿を持ち出して、何やら弄っていた。糸車から糸を紡ぎ出すようにして釣り糸をリールに巻きつけている。糸の補充、それか糸の交換って事でいいのかな? 釣りの経験はないから見たまんまの事しか言えないけど。
「ええ。どちらも賢いですから心配しなくてもちゃんと帰ってきますよ」
「いえ心配だなんて、そんな事は」
 見事に見透かされていた。


「あ、孝一くん大吾くん。ちょっと前にジョンとマンデーが仲良く出かけて行ったよ。お仕事ご苦労様~」
 清さんの部屋で暫らくくつろがせてもらったのち、裏から出て表に回ると栞さんが庭掃除中でした。そちらこそご苦労様です。
「散歩がある土日に比べりゃそんなに苦労って程でもないけどな。それに今日はこいつに手伝ってもらったしよ」
 と、背中を軽く叩かれる。
 ん? 散歩がある土日? って事は、
「土日以外は散歩しないの?」
 意外に思ったのでお世話担当に訊いてみた。しかし、彼が答えるより早くお掃除担当さんが僕と同じく意外そうな顔で尋ね返してくる。
「あれ? 孝一くん、他の子の話はまだ聞いてなかったんだ」
 なるほど、実際に会った事はないにせよ話ぐらいはもう聞いてると思ってたって事ですね。三日連続で会ってればそういった話になってもおかしくはないだろうとは僕も思います。なりませんでしたけど。
 手をぱん、と合わせて「じゃあ教えてあげよっか」と勧めてくれる栞さんだったけど大吾がそれを制して、
「サタデーがな、初めて会った時のお楽しみにしとくんだと。だから今んとこ秘密にしてるって訳だ」
「ああそっかー。じゃあつい口が滑らないように気をつけないとね。マンデーとかとお話ししてる時とか」
「オレはどうでもいいんだけどな」
 じゃあ教えてよ。って言っても駄目なんだろうけどね。ケチ。
 と思ってたらここで大吾は改めて栞さんのほうを向き、
「ところで喜坂よぉ。オマエこいつに料理教えてもらってるんだったよな?」
「あ、うん。そうだよ。楓さんも一緒にね」
 素直に認める栞さん。いいんですか? おお、昨晩の悲しい記憶が蘇る…………
「やってみてどうだったんだ? 孝一。あ、まだ一回もやってなかったりすんのかな」
 僕の微妙な表情を読み取って、結果「まだ一度も料理教室を開いてないのではないか」との推論を導き出す大吾の頭。うん、そのほうが断然マシだね。ね? 栞さん?
「あ、あの大吾くん。あんまりその事訊いて欲しくないかなー……なんて」
 苦し紛れにえへへ、と笑うも、それは口だけで顔が完全には笑えていない。まるで悪戯がばれて、笑って誤魔化そうとする子どものように。
 大吾はその栞さんの表情と僕の表情を読み取って何を思うのか?
「孝一。もしかして酷かったのか?」
 小さな声でぼそりと結論を呟く。大正解です。小声になったのは栞さんに聞かれないための配慮ではなく単純に引いたからなのだろう。音量小とは言え、この近距離なら栞さんにも充分聞こえるくらいの大きさだし。
「いーもんいーもーん。できないから教えてもらってるんだし、だから最初が酷くたってそれは仕方ない事なんだもんねーだ」
 ほら聞こえてた。しかもいじけた。うつむいた栞さんは同じ所を何度も何度も竹箒で掃く。もちろんとっくにゴミなど無い。竹箒はただ薄い土埃を舞わせるだけ。
「ま、まあオレだって人の事言えそうにねえからあんまり突っ込みゃしねえけど」
 栞さんのそんな様子に話を振ったことへ後ろめたさを感じたのか、あるいは同情したのか、はたまた言葉通りに自分を省みてよそうと思ったのか、大吾は気まずそうに話題を終結させる。そしてそれにより、間が生じる。
「じゃ、オマエも仕事頑張れよ」
 その間に居心地を悪く思ったらしく、大吾はそう言って僕と栞さんに背を向けると逃げるように階段のほうへと歩き出した。
「あ、うん」
 栞さんもそれに返事をする。しかし既に聞こえる距離ではないのかそれともあえて無視しているのか、大吾はそのまま壁の向こうに姿を消してしまった。すると栞さん、今度は僕へと顔を向け、大吾への返事から流れを保ったままで続ける。
「って言っても、頑張るって言うよりは好きでやってるんだけどねー」
 ついさっきまでいじけていたのは忘れたとでも言うように、いつものにこにこ顔。そして少しずつ場所を移動しながら箒を左右にさっさと動かす。
 好きでやってる、か。こまめに掃除するほどゴミも出ないここの庭でも毎日きちんとやってる辺り、本当にそうなんだろうな。
「好きな事が仕事になるって、いいですよね」
「孝一くんは? 料理得意だけど、やっぱり好きなの?」
「ええまあ。最初はなんとなくお腹が空いた時とかに適当にやってただけなんですけど、だんだん凝ってきちゃいまして」
 一番熱が入ってた頃なんて、一日四食になっちゃってたからなあ。三時のおやつ代わりにいろいろ作って。そう言えば三時のおやつ代わりなのになんで菓子類を作ってみようと思わなかったんだろう? ケーキとかクッキーとか。自分の事ながらよく分からないや。別にそういうのが嫌いだった訳でもないんだけどなあ?
 そうだ、ケーキと言えば。
「栞さんは自分でケーキを作ってみたりしたいなんて思った事あります? 好きなんですよね? ケーキ」
 しかし栞さんは不意を突かれたかのように「ほえ?」と訊いたこっちの気が抜けるような声を漏らす。まあ気を張ってる訳でもないので全然オッケーですけどね。
 栞さんは照れ笑いを浮かべながら、
「あはは、恥ずかしながら食べる事ばっかりで、自分で作ろうなんてそんなの全然考えた事なかったよ」
「ああいえ、普通はそんなものだと思いますよ。みんながみんな自分で作ってたらケーキ屋……と言うか調理済みの食べ物売ってる所は全部、商売あがったりですから」
「だ、だよねー。あぁ良かった。でもそうだなぁ、言われてみたら作ってみたい気もするかも」
「僕はケーキ作った事ないから教えられませんよ?」
 まだ何も言われてないけどなんとなく先に言っておく。
「うーん、そっか。じゃあ自分でやってみるしかないよね。成美ちゃんにそういう本買ってきてもらおうかな?」
 栞さん、結構本気らしい。でも昨晩の有様を省みるに…………いやいや、ケーキは包丁あんまり使わないだろうからね。イチゴのへた取るくらいかな? うん、だから多分大丈夫。卵の殻が混ざっちゃったりスポンジが全然膨らまないでガッチガチのケーキができたりするかもしれないけど、ってこれじゃ大丈夫じゃなさそうだね。失礼しました。
「作れるようになったらご馳走になりに行きますよ。頑張ってくださいね」
「どれだけ先のことになるか分からないけどね~」
 別れの挨拶の代わりにそんな事を言い合って、大吾と同じく階段のほうへ向かおうと栞さんに背を向ける。
「あっ」
 するとその時、背後から栞さんの小さな呟きが聞こえた。何かあったのかと振り返ると栞さんは正面入口のほうを見たまま動きを止めている。彼女の背中越しに自分もそちらを覗いてみると、入口側の道路上に中年女性らしき人影が二つ。どうやらこのアパートを見上げたりしながら何か会話しているようだった。もちろん遠すぎて何を言ってるかは全く聞こえないが。
「あの人達がどうかしたんですか? 知ってる人だったりとか?」
 見つけただけで声を上げたり、そのまま遠くから眺め続けたりするほどの意味をあのおばさん二人に見出せず、今も眺め続けている本人に尋ねてみた。するとその本人は僕がもう行ってしまったと思っていたのか少々驚いた顔をしつつも、
「え? あ、う、ううん。知らない人だよ」
 じゃあ一体何が? ともう一度道路の中年女性二人組を見てみると、その内の一人と目が合った。気がした。距離がある上に一瞬の事だったからはっきりとはしないけど。
 そして栞さんの話が再開されると、僕の視線は再び彼女へ。
「あのほら、ここってお化け屋敷なんて呼ばれちゃってるからあんまり良くないふうに思ってる人もいるの。気味悪いー、とかさ。仕方ないんだけどね。本当の事だし」
「ああ」
 そういう事か。
「まあ………仕方ないと言えば仕方ないですね」
 初日に脱走しようとした事を考えるとフォローする側に回れない。それどころかぐさぁりぐさぁりと胸が痛む。あちらの二人のように遠くでひそひそどころか、近くで絶叫でしたから。他人の事言えない、どころの騒ぎじゃねえですハイ。
 さっき目が合ったかもしれないって事も考えると、あの二人は今僕の話をしてるのかな。「お化け屋敷に好き好んで住んでる変な若者」ってタイトルでもついてそうな内容の話。なんてまあどうでもいいしどうしようもないんだけどね。最低でも四年は住むんだし。
 それに、いい所だしね。
 一度や二度の事ではないのであろう。今更特に嫌な顔をするでもない栞さんと並んでおばさん二人をただなんとなく眺めていると、そのおばさん二人組の辺り、塀の向こう側で犬が吼えた。急に吼えられた二人組は驚いたらしくすごすごと歩き去っていき、代わりに塀の影から現れたのはここの住人二名様。
「ただいま戻りましたわ。栞さん、お掃除中でした?」
「お帰りー。うん、掃除中だったんだけど休憩して孝一くんとお喋りしてたところ」
「ワン!」
「お帰り、ジョン」
 挨拶と、あの二人を追い払ってくれたお礼も込めて頭を撫でてやる。するとジョンは気持ち良さそうに目を閉じて尻尾をぱたぱたさせるのだった。思えば、まだここに来て一週間も経ってない僕によくここまで懐いてくれたもんだ。愛いやつめ。うりうり。
「まったく、頭に来ますわね。見えもしないくせにわたくし達の事をグチグチと」
 一方、誰もいなくなった正面入口を振り返って不満爆発なマンデーさん。栞さんとは随分違う反応だけど、そう思うのもまた当然な訳で。全然知らない他人から陰口叩かれてるんだからね。しかも見えないが故に、場合によってはすぐ近くで。
「まあまあ、気にしないほうがいいよ。あのおばさん達だって悪気があるわけじゃないんだしさ」
「ワフッ」
「ま、まあお二人がそう言うんでしたら…………」
 あ、お二人なんだ。やっぱり犬にも言葉ってあるみたいだな。栞さんと同じような考えらしいけど、たったあれだけでジョンは何て言ったんだろう? 「そうだよ」とか?
「ジョンさんは大人ですわねえ。わたくし、自分が恥ずかしいですわ。すぐ頭に血が上っちゃって」
 マンデーさんはジョンの言葉に感心した様子だった。って事は、もっと何かいい事を言ったんだろうか。
「ジョンは何て言ったんですか?」
「あ、今のは栞さんに同意なされただけなんですけどね」
 なんだ、やっぱりそうなんですか。
 しかしマンデーさんの話は続き、それに僕と栞さんはマンデーさんと同じく感心することになる。
「さっきあの二人を追い払った時に『文句なんか言ったって、言われた側はもちろんその言ってる本人達もいい気分はしないだろうから』って仰られまして」
 なんと相手側の事も考えての行動だったとは。これはおみそれしました。
 でもそれだけ喋る時ってどんな吼え方になるんだろう?
「ジョン、かっこいい!」
 仰る通り、確かに格好いい。
「ワンワン!」
 けどこの外見からじゃあとても中身がそんなできた大人には見えないんだよなあ。……大人だよね? ジョンって。
「ではそろそろ失礼しますわ。さあジョンさん、参りましょ」
 お相手の女性がこの大人びたマンデーさんだし、やっぱりジョンも同じくらいの年齢なんだろうな。年の差カップルって感じでもないし。
 出かける時と同じく仲良く寄り添って裏庭へと周るその背中を見て、栞さんが一言。
「動物と普通にお話できたら面白いんだろうなあ。さっきのジョンの話みたいに」
 なるほどそれは面白そうだ。でもそう言えば確か、
「家守さんって幽霊相手なら動物の声も聞けるんですよね?」
「そうだよ。成美ちゃんはそのおかげで人の姿にしてもらったんだし、マンデー達は喋れるようにしてもらえたんだよ。それに合わせてちょっと姿を変えてもらった子もいるし」
 僕が今知ってる範囲内ではサタデーですね。あ、そうだ。マリモに目と口がついてる、だっけ? 木曜日さんは。それでも基礎はマリモなんだよね。サタデーも一見あんなだけどちゃんと植物してるし。
 対して成美さんは実体化した時のあの耳を除けば完全に人間だ。前にデパートへ出かけたときに人の姿でやりたい事があるって言ってたけど、それって何なんだろう?
「どんなふうに聞こえるんだろうね、動物の声って。栞も聞いてみたいなぁ」
「あれ買ってみますか? 何か犬の言ってる事が分かるってやつ」
「あはは。あれって本当に当たってるのかなぁ? ちょっと信じられないよね」
 ちょっと信じられない、と百パーセント信じていない笑いを浮かべながら言う栞さん。もちろん僕も冗談で言ったので、他愛のない会話に相応しい他愛のない笑みを返す。世紀の大発明って言うよりはおもちゃって扱いだしね。世間一般の認識どころか、売り手側の扱いとしても。
「ですね。で、今更なんですけど」
「ん? 何?」
「庭掃除の途中だったんですよね」
「あっ。あ~……すっかり忘れてたよ。えへへ」
 自分がその手に掴んでいる箒を改めて確認し、自身が作業中だった事を思い出す。随分結構な時間忘れてましたね。僕と大吾が清さんの部屋から出てきてずっとですし。
「では思い出したところで、頑張ってくださいね。何なら手伝いましょうか?」
「いいよいいよ。栞のお仕事だし。それにどうせ箒一本しかないしね」
 箒が一本しかなかったというのは想定外だったが断られるのは想定内だったので、特に食い下がるでもなく「そうですか。じゃあ僕はこの辺で」とそのまま自分の部屋へと戻った。


「じゃあ今日は各自で卵焼きと野菜炒めを作ってくださーい」
『おー』
「楓さん、栞が先に卵焼きでいいですか?」
「ん? ああ、アタシはどっちでもいいよ」
「では早速」
「じゃあアタシは野菜を切ってと」
「何かあったら呼んでくださいねー」
――数分後――
「こーちゃーん。ちょっと来てー」
「どうしました?」
「しぃちゃんの卵焼きが完成したんだけど……」
「ほらほら、今回は上手くいったよ~」
「これってさ、スクランブルしてるって言うよね?」
「え~っと、うん。ですね」
「あれ? 何だか不穏な空気?」
「いえ、多分大丈夫だとは思います。これだって確かに卵を焼いたものですから」
「しいちゃん、あの卵をくるくる巻いたやつはなんて言う?」
「卵焼き」
「これは?」
「………卵焼き?」
「日本語って難しいですね」


 火曜日。
「む、来おったか。お初にお目にかかる。言わずもがなだがわたしがチューズデーだ」
「初めまして」
「うむ」
 今日もまた昼過ぎに部屋を訪ねてきた大吾に連れられ清さんの部屋へ向かう。そして清さんに迎え入れられて居間に入ると、テーブルの傍らに黒猫がちょこんと座っていた。そうです彼女がチュ―ズデーさんです。あ、女性っていうのは声から判断してですがね。口調はなんか会社の上司っぽいですが。
「どうだね大吾。そろそろ礼を言われるのにも飽きてきたのではないかね?」
「あーあーとっくの昔に飽き飽きだ。で、止めろっつったらオマエは止めてくれんのかよ?」
「ふ、愚問だな。そのような事、ある筈が無いではないか」
 既視感のあるそんなやり取りを眺めていると、二人が言い合っている事をよそに清さんが話し掛けてきた。
「チューズデーさんの姿を見て、誰か思い出す人はいませんか?」
 考えるまでもない事だけど、一応念の為もう一度彼女の姿を目に納める。それからちょっと考える。でも考えるまでもない事は考えるまでもない事なのでやっぱり考えるまでもなく答えは変わらず。
「成美さんですか?」
「ご名答です。やはり猫の事はもう聞いてましたか。んっふっふっふ」
 清さんはその事を遠回しに確認したかっただけらしくそれ以上は何も訊いてこなかった。成美さんはこっちが驚く暇もないくらいあっさり教えてくれたけど、やっぱり他人が軽々しく言いふらすような話じゃないって事なんだろうな。
 そのまま暫らく清さんと一緒に目の前で言い合う二人を眺めていたけど、チューズデーさんがうやうやしく大吾に礼を言ったり言われた大吾が理不尽に不機嫌になったりして見ていて飽きない。
 そしてそんな会話が一段落すると、チューズデーさんがこっちを向いた。
「さて、では行くとしようか。孝一君、肩を借りてもよろしいかな?」
 僕のですか? 大吾じゃなくて?
「あ、はい。いいですけど」
 しゃがみ込んでチューズデーさんに手を伸ばすと、器用にも腕の上をとことこ登ってきて肩へと到着。そのまま肩の上に腰を落ち着ける。すると大吾が訝しげに、
「ん? そいつも連れてくのか?」
「わざわざ会いに来てもらっておいて、これだけと言うのも味気なかろう。なんなら大吾も来るか? たまには」
「だぁれが」
「素直じゃないのは変わらんな。いつまで経っても」
 素直って、ああ。成美さんに会いに行くんだろうな。多分。
 あれ? じゃあ大吾の今日のお仕事ってもう終わり? ここでちょっと喋っただけで?
「ふん。休日返上で来てやってんだ。これ以上仕事増やされるのはゴメンだぜ」
 素直じゃないところには今更突っ込まずにおいといて、
「あ、火曜日は休日扱いなんだ」
「隔週でな。二週間に一回シャンプーしてやってんだけど、先週やったから今日は休み」
 するとチューズデーさんは前足の代わりに尻尾で大吾を指しながら、
「孝一君だけここに来させれば良かったのではないかね? わざわざ自分がここに来なくても良いだろうに」
 言われた大吾はテーブルに頬杖をつき、もう一方の手の平に天井を仰がせて帰宅直後のサラリーマンライクな疲れた顔。父さんお元気ですか。
「よく言うぜ。テメエらで毎日来るように仕向けといてよ」
 と言うのは毎日お礼をするって約束された話を指してるんだろうな。
「仕向けられたからと言って大人しく従わなくても良いのではないのかね」
「そうしたらそうしたでまた…………あー、もういいもういい。さっさと行っちまえ」
 話を続けても自分の首を絞める事になるだけだと今更気付いたのか途中で話を強引に終わらせ、しっしっと手を振る。外国では「こっちに来い」って意味に取られたりするかもしれないから気を付けてね。
「大吾はまだここにいるの?」
「オマエらが出てったらすぐに出てくよ」
 そこまで避けなくても。
 突っ張るのも大変だね。突っ張る相手に気に入られてるから余計に。
「では行ってらっしゃい、日向君、チューズデーさん。んっふっふっふ」


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