(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三章 曜日軍団七変化 一

2007-06-22 20:52:21 | 新転地はお化け屋敷
 皆様おはようございます。204号室住人日向孝
「クォクェクォックォーーーーーーーーー!!」
 なるほどそう来ましたか。そうですかそうですか。
 そんな訳で今回は、あの七色生命体を追いかけた僕の一週間の奮闘をお送りしたいと思います。いや、追いかけたって言うよりはただ会いに行ってるだけなんですけどね。世話係りくんに連れられて。別に奮闘もしてないし。
 今日は日曜日。そしてさっきのけたたましい鳴き声から推察するに日曜担当はニワトリって事でまあまず間違いはないでしょう。そして昨日サタデーに会った時に聞いたこのニワトリさんの情報がこちら。
 七匹の中で一番の馬鹿。
 気になりますねえ。まあ大吾が呼びに来るまでのお楽しみってことで。また昨日みたいに昼過ぎくらいになるのかな?
 まだ見ぬサンデーさんは一鳴きしたら落ち着いたのか、初めの一発以降鳴き声は発しなかったそこそこ平和な朝を迎えることができた。
 ああ、鳴いてくれたのが僕が起きてからで良かった。自分で起きるのと誰かに起こされるんじゃ目覚めの気持ちよさが段違いだもんね。さあ、顔洗って朝ご飯朝ご飯。
 それが済んだら、せっかくのいい天気だけどやることもないので部屋でのんびりごろごろ。大吾がいつ来るか分からないしね、なんて「自分が暇なだけ」という最大の理由から目を逸らしつつ小さな小さなテレビを眺める。
 だんだん大型化し、それでいて高画質になってきている最近の技術革新から逆行してはいるけど一人で暇潰し程度に眺めるのならこれでも充分さ。ブラウン管が平面になったからってなんだってんだい。テレビで綺麗な風景が見たいんなら実際にそこに行けばいいじゃないか。最新式のテレビ買っちゃう人なんてどうせお金持ちでしょ? え? そんなことない? ですよねー。


 特記事項も無いような無駄にごろついただけの午前は過ぎ去り、あっと言う間にお昼時。そろそろ大吾来るかな? でもその前に昼ご飯っと。でもごろごろしてただけで全然動かなかったからまだお腹空いてないなぁ。どうしよう。
 何も食べないのもなんなので、取り敢えずカップラーメンを食べようとお湯を沸かす。引越ししたては何かと忙しいだろうという事で実家から結構な量が送られてきたのだ。実際忙しい事――荷解きなんかはすぐに済ませちゃたけど、ありがとう父さん母さん。大量にある割に全部同じ種類の同じ味だけどもありがとう。醤油YES。YES醤油。
 お湯を注いだカップヌードルの上に同型のカップヌードルが逆さまに乗っかる事二分。ミリ単位で爆進中の壁時計の秒針を、まだかまだかと凝視する。普段三分なんてあっという間の筈なのにこの三分って長いよね。三分であるが故に暇潰しをする気にすらならないんだけど、何もしないとなると手持ち無沙汰というね。あと四十秒。
 とその時、来客を知らせる小気味のいい音が部屋に鳴り響く。
「はーい」
 ドアの向こうに誰がいるのかは言うまでも無いですね。
「行くぞ」
 と親指で階段のほうを指し示してるんだけど、
「ちょっと待って。今カップヌードルができるとこだから」
「ん、そうなのか。そらしゃーねえな」
「って事で、上がって待っててよ。なんなら大吾も食べる?」
「そーだな。昨日の刺身の代わりって事で貰っとくか」
 まだ根に持ってたんだ。しかもどう考えても代わりに成り得ないし。繋がりが皆無だし。
 二個目を作るにはちょっとお湯が足りなさそうだったのでヤカンに水を足し、再度ガスコンロに火を点け、玄関で喋ってる間に出来上がった一つ目を大吾に譲る。
「別に今作ってるほうでもいいぞ?」
「いいっていいって。どうせ全部おんなじ味だし」
 容姿に似合わぬ意外な律儀さを見せる大吾に箸をお出しすると、彼は半開きだったふたを剥がして手を合わせた。
「じゃ、いただきます」
 何て言うか、結構そういう事はきっちりするのね。昨日のパーティーの時には刺身にばっかり目が行ってて気がつかなかったけど。
「ごゆっくり」
 お湯に水をちょっと足しただけだったので、コンロにかけたヤカンからは比較的あっさりと水蒸気が立ち昇る。さあまた三分待ちますよ。世界で一番長い三分を。あ、でも話し相手がいるから今回はそうでもないかな? という事で、
「今回は何か聞いておいたほうがいいって事ある? 昨日の『いきなりくすぐり地獄』はこたえたからねえ」
 実際はこたえたどころか、彼流に言うならK・Oされちゃったんだけどね。笑い死にって死因は呼吸困難って事になるのかな? 笑い死にってそのまま書かれたら相当嫌だしなあ。死にかけた本人としては。
 すると大吾は箸で持ち上げた麺の束をふーふーしながら、
「朝、気付かなかったか? 鳴き声」
 それだけ僕に質問すると、麺をズルズルと口の中へご案内。食欲が無いにしても美味しそうだなあ、なんて思いながら顔は苦笑い。しっかり気付いたからね、お尋ねの件は。
「ニワトリだって事は分かった」
「それで正解だ。あと言っとく事はだな、腹立っても堪えろ」
「それ、どゆこと?」
「会ったらすぐ分かる」
 ぞろろろー。いや、ラーメンすすった音ですね。はい。
 ……さて、僕のもそろそろ食べ頃かな。いただきます。


「あ、大吾だ。ねえねえ大吾大吾、サタデーが言ってたよ。お礼言っとけって」
 会ってみれば当たり前のように日本語を喋るニワトリさん。でもそれは想定内だったので特に驚かずに聞き流す。
 ここは102号室なのでもちろん清さんがいるんだけど、いつもの笑みを浮かべたままで静観中。そしてこの後お礼を言われるであろう大吾は、
「そんなんいいってのに」
 と、照れ隠し。しかし構わずサタデーが言った通りに……と思ったんだけど、何故かそのまんまるおめめは僕のほうに向けられた。
「キミが孝一くんかな? うん、孝一くんだね。そっかそっか、キミが孝一くんか。ボクはサンデーだよ。サタデーが寝ぼすけで月曜まで寝てたりしてなければね」
 え。僕は確かに孝一だけど、大吾にお礼言うって流れじゃなかったの?
 しかし大吾は特に気にも留めない様子で、
「寝過ごしてたらオマエが出てくる訳ねえだろ。んな事になったらマンデーどうすんだよ」
「そっかそっかそうだよね。大吾頭いいねー。何言ってんの? それでさ、ありがとういっつも来てくれて。サタデーが言っとけって」
 大吾の話が理解できたのかできてないのか不明な上に、後半の話は最初にしたよね? 自分で話し振っといてほったらかしかと思ったら何だろうこの時間差話法。
「だからいいってのに」
 と言いつつ、まんざらでもなく嬉しそうな大吾。そう思うのも分からないでもないけど、多分僕が大吾だったら嬉しく思う以前に話の展開についていけないよ。さすが世話係、慣れてるね。
「それでは挨拶も済んだところで、中にお上がりください。んっふっふっふ」
「あ、そうだね。入るといいよ。立ってたら疲れるもんね。ってことで、初めまして孝一くん。ボクが日曜担当のサンデーだよ。オスだから卵は産まないよ。残念でした」
「は、はあ……」
 思わず返事にためらいが生じるが中に入れと勧めてくれている事には変わりないので、ここはありがたく誘いをうける事にしよう。悪いやつではなさそうだし。
『お邪魔します』
 僕よりちょっと大きい清さんと、僕の膝くらいの大きさしかないサンデーの背中を追って昨日と同じく部屋の中へ。まあ、サンデーの場合は背中と言うより尻を追うって言ったほうが正解かもしれないけど。体形的に。ふりふり。
「孝一くんって料理できるんだよね。大吾と違って偉いね。今日もいい天気だけどお散歩行かない? 大吾」
「オマエさっき疲れるから中に入れって言ったばっかりだろ」
 返事しようとしたらそれよりも早く、鳥特有の緩いロボットダンスみたいな動きで大吾へと目を移し次の話題へ。中途半端に開きかけた口を気まずい思いとともに閉じると清さんにそれを察知された。思いの他恥ずかしい。
「んっふっふっふ。まあ気を悪くしないでくださいね。慣れてくれば可愛いものですよ」
「清一郎さん、それボクの事? ボクの事? 可愛いの? オスだよボク。どうしたの孝一くん疲れたの? お茶飲む?」
 可愛いと言われて嬉しかったのか気味悪く思ったのか、羽をバサバサさせるニワトリさん。そして当然の如く話題は変更される。
 きみのほうこそよく疲れないね。そんなにせわしなく話題と首の向きを入れ替えて。さっきから話と関係ない方向にもあっちこっち向いてるし。
「そんなことないよ。お茶は……清さん、一杯貰ってもいいですか?」
 つぶらと言うか無表情と言うか、そんなサンデーの目に見詰められると精神的に追い詰められていくような気がするのは僕が変なんだろうか。
 僕が苦し紛れにお茶を頼むと清さんはゆっくりと立ち上がりつつ、
「ええ、持ってきましょう。怒橋君もいかがです?」
「あ、頂きます」
 大吾って清さんにだけ言葉使いが丁寧だよなあ、と今更な事を考えてなおもサンデーの眼差しから逃れようと試みる。しかしその目は、てこてこ歩いて逸らした視線の先へと入ってきた。
「孝一くんも一緒に行かない? お散歩。他のみんなも誘おうよ」
 首を斜め四十五度くらいに傾けながら、今回は話題が転換される事もなく。普通に会話できれば可愛い――かもしれない。ま、そこは慣れかな。
「オマエそんなに散歩したいのか? 分かった分かった、茶ぁ貰ったら行ってやるよ。全員来れるかどうかは知らねえけどな」
 こんなふうに。
「わーい」


「もちろんついて行くよ!」
「む? 買い物は昨日行ったばかりだし、そうだな。わたしも行かせてもらおうか」
 そんな訳で、四人と一匹と一羽で出発。残念ながら家守さんは今日もお仕事でいませんでした。日曜だと言うのに大変ですね。そして清さんはと言うと、
「いやあ二日連続で遊びに出かけるのは年寄りには辛いですねえ。主に腰が。んっふっふっふ。なのでおじさんは今日はダウンです。若者同士、楽しんできてください」
 との事。まあ本音は最後の一言なんだろうけどね。しかし成美さんは若者にカウントしてもいいのだろうか? 清さんの部屋を出る前に訊いたから成美さんの耳には入ってないけどね。
 今、大吾の背中の上には成美さんが。そして頭の上にはサンデーが。更に右手にはジョンのリードが。
「えーっと、大吾、大丈夫なの?」
 いろんな意味で可哀想な重装備さに、思わず助け舟を出してあげたくなる。動物三匹……いやいや、二匹と成美さんを一人で面倒見るとは。
 すると大吾は不機嫌そうに、
「うるせえな。いつもこうなんだよ」
 照れちゃってまあ。
「大吾怒った? 怒った?」
「別に怒ってなんか」
「哀沢さん、ボク邪魔じゃない? ジョンに乗ったほうがいい?」
「ぬぐっ」
 大吾でもこれに引っかかる事あるんだね。
 僕も清さんの部屋で同じようになったけど、その道のプロが同じ失敗をしたところに出くわして何故かほっとした。そして他の方々も気まずそうに口を閉ざす大吾の様子に、おかしみの意味を込めてくすっと息を漏らす。すると大吾は笑うなと言わんばかりに閉ざした口を更に歪ませるが、誰もそんな事はお構いなし。
 すると栞さんが人差し指を立てて、
「じゃあさ、栞がジョン、孝一くんがサンデー連れて歩こうよ。そうすればみんなそれぞれ一対一でしょ?」
「ワン!」
「うん、それいいね」
 アニマル陣は賛成を表明。では人間陣は?
「別に大丈夫だっつってんのによ……」
「妙なところで意地を張るな。良いではないか減るもんでなし」
「僕は別に構わないよ?」
 二:一で賛成多数。よってこの法案は可決されました。なのでいそいそと新法案の施行に取り掛かりましょう。いそいそ。ごそごそ。ワンワン。コケコケ。
「もさもさしてる大吾より座りやすいや。ジョンは今日も大きいね。哀沢さん乗れちゃうんじゃないかな」
 話の前半は僕と大吾の髪のボリュームについての話。
「悪かったなもさもさでよ」
 後半は聞いての通りで結構失礼な話。自由だねえ人の頭の上で。ああ、あったかい。ニワトリって人より平均体温高いんだっけ? 鳥類全般かな? 卵暖めるしね。関係ないかな。どうだろ。それより今僕ってかなり間抜けな見た目なんだろうな。頭にニワトリ乗せて。
 まあそれらの事は非常にどうでもいいとしてサンデーの後半の話に対し成美さんは、
「試してみた事はあるがな、五歩でジョンがへばってしまったのだ。あの時は悪かったな、ジョン」
「ワフッ」
 お散歩中で機嫌が良いジョンはあっさりと謝罪受け入れ。
 ……成美さん、試したんだ……
「ジョンはいい子だねー。偉い偉い」
 ジョンが交代したリードの持ち手に頭を撫でられ、更に気分をよくした事が素人の僕でもよく分かる。尻尾振ってるし。
 するとその時僕の頭の上から、
「ボクは体の大きさ的に乗せてもらう側だもんね。誰か乗せてみたいなあ。ねえねえ大吾、哀沢さん乗せてると楽しい? 今日はこのままどこに行くのかなー」
 どちらの質問も大吾宛てのものだったので、隣を歩く大吾の側へ頭を向ける。すると同じく大吾のほうを見ていたであろうサンデーの向きがずれ、頭の上でちょこちょこと方向修正。くすぐったい。
「こんなの乗せてるだけで楽しい訳ねえだろ。それと、適当にこの辺回ったらすぐ家に帰るぞ」
 面倒臭そうに答えるも、即座に頭を平手で叩かれて僅かに前のめりになりつつ小さくうめく大吾。そりゃそうなって当たり前さ。そんな答えじゃね。
「こんなのとは何だこんなのとは。お世辞でもいいから楽しいと答えておけ。気が利かない奴だな」
「んなこと言ったってしゃーねーだろ!? 楽しくないもんは楽しくねえんだからよ!」
 叩かれた事へのささやかながらの仕返しか、大吾の声が大きくなる。でもこの場の誰も慌てやしない。新入りの僕でさえも慌てない。
「だからお世辞で構わんと言っているだろうが。楽しくない事くらいわたしも…………まあいい。それでは逆に訊こう。背中に乗せるものが何だったら楽しいのだ?」
「何乗せたら楽しいとかそんな訳あるかよ! オレは乗り物前提か!?」
「ああそうだお前は乗り物前提だ。話の主題がそこなのだから仕方ないだろうが」
「だから他のヤツならともかく、実際乗ってるオマエがその話をするなっての!」
「先にわたしをこんなの扱いしたのはお前ではないか」
 周りに一切緊張感を与えない口喧嘩にむしろ場の雰囲気は和み、歩く速度も変わることなくのんびりとしたお散歩ペースのまま。これぞまさに平和。いいねえ。
「やっぱり楽しそうだね。どこに向かってるんだろう?」
 頭の上からものんびりコメント。幸い口喧嘩中の二人の耳にその言葉は届かなかったらしく、僕の頭の上を睨みつける事も無いまま依然として言い争っている。もし聞かれたらと想像すると少々ややこしくなりそうだったので特にサンデーに返事はしない。けども、口には出さずとも心の中では同意する。
 乗られてる事を嫌がってるらしい大吾はしかし、憎まれ口を叩きつつも現在乗ってる成美さんを降ろそうとはしないし、成美さんは成美さんで例の火の玉出してないし。本気で頭にきてるならとっくに僕達全滅してるしね。ロープは無いけど。
「喧嘩するほど仲がいいって、本当だよねー。あの二人見てるといっつも思うよ」
「ですねえ。お互い嫌いあってる訳でもないのに、本当にああなるんだから不思議なもんです」
 前の二人に聞かれないようにそんな話をしつつ、後ろから彼らの仲のよさをじっくり観賞。するとまたしても頭の上からお言葉が。
「仲がいいと喧嘩するの? じゃあ孝一くんと喜坂さんも喧嘩したことあるの?」
『ないない!』
「お散歩楽しいな。ね、ジョン」
「ワンワン!」
 してやられた、と顔を見合わせて苦笑い。
 それから、「この辺周ったらすぐに帰る」筈だった散歩は結構長続きしました。二人が口喧嘩してる間、明らかに「この辺」を逸脱した範囲まで歩いて行っちゃったからね。僕と栞さんはそれについて行っただけ。
 サンデーと同じく、僕も楽しいからいいけどね。もっと喧嘩しなさい、前のお二人。


「えーと、それじゃあ今日は肉じゃがです。家守さんはじゃがいも、栞さんは人参を切ってください。他は僕がやっときますんで」
『おー』
「皮剥き機無いけど大丈夫ですかね?」
「まあさすがにこれくらいなら……ってちょっと、しぃちゃん?」
「よいしょっ、よいしょっ」
「あ、あの栞さん。さっそく頑張ってくれてるところ悪いんですけど皮剥かないと。しかもそんな両手で包丁押さえつけなくても」
「え? あ、人参も皮剥くの? あ、あはは、そーだよねそーだよね。何か食べる時よりごわごわしてて変だなーとは思ってたんだよ」
「が、頑張ってねこーちゃん」
「一層気を引き締めたいと思います」
「目を逸らさないでぇ~!」
『…………』
「だ、だからって二人してじっと見ないでよぉ!」


 月曜日。
「おっす。今日はもう昼飯食ったのか?」
「うん。すぐ出るから待ってて」
 本日は朝一のけたたましい鳴き声もなくぶっちゃけさっき起きたばっかりかつさっき朝ご飯を兼ねた昼ご飯を食べたところですおはようございます204号室住人日向孝一です。あーよく寝過ぎた。ちょっと頭痛いかな。
 マンデーさんは一体何の姿なのやら? さあさあ今日もそれを確かめに清さんの部屋へ行きましょう。植物、ニワトリと来て次は――
「多分裏庭にいるからよ、先にそっち行くぞ」
「あ、うん」
 あれ、清さんの部屋じゃないんだ。裏庭って事は、ジョンと一緒にいるのかな?
 階段を降りて言葉通りにそのまま裏へと直行。そこにはいつものようにまだ犬小屋に繋がれたままのジョンと、
「あら、今日は孝一さん。わたくしがマンデーでございます。サタデーとサンデーがお世話になりました」
 その横に寄り添うように犬。言葉遣いと声質から察するにメスらしい。
「あ、いえこちらこそ」
 礼儀正しくぺこりと頭を下げるマンデーさんに、こちらも釣られて頭を下げる。三日目にして初めてまともな出会いの挨拶ができた。いやはや。
 そのまともなサンデーさんはジョンと並んで座っているが、彼と比べると一回り小さくその白と茶の体毛は触ったらふかふかしていそうなくらい長い。それ故ついつい撫でてみたいという衝動に駆られてしまうがしかし人の、それも女性の声で女性の言葉使いをされると安易に触るのはためらわれた。
 不思議なもんだなあ。喋ってるだけで他は普通の犬と何も違わない筈なのに。
「大吾さんも、今日は。いつもありがとうございます」
 僕にしたのと同じように大吾にも頭を下げる。
「おう」
 対して大吾は口だけで返事。まあ、普通はそんな感じだよね。僕だって誰かに会うたびペコペコしてる訳じゃないし。それでマンデーさんが変って言うつもりもないけどさ。
「もうこのまま散歩に行くの?」
 大吾が彼等に会いに来たという事はお仕事に時間なのであって、と言う事はつまりその可能性が高い。だから何だと言われれば、別に何もないです。僕は今日も暇だし。
「いんや。まずはこれだな」
 どこから取り出したのか、いや最初から持っていたのか、持ち上げられたその手には二種類のブラシが握られていた。
「昨日はサンデーがゴネたから先に散歩に出かけたんだが、いつもはこっちが先なんだよ」
「それで結局帰ったのはどれだけ経ってからでしたっけ? 本当に仲のよろしい事ですわね」
「ワン!」
 即座に突っ込まれ、砂糖入りだと思って飲んだコーヒーがブラックだったかのような顔になる大吾。その心情を反映してブラシを持ち上げていた腕もだらんと情けなく垂れ下がる。ちなみにマンデーさんが言った仲がいいという言葉が誰と誰を指してるのかは言わずもがな。
「今になって文句言うんだったらサンデーにゴネさせなきゃよかっただろうがよ……」
 語尾に今一つ締りがない。これで相手が成美さんだったら逆に張り切るんだろうな。分かりやすいと言うか可愛らしいと言うか。
「あら。別に文句はありませんわよ? それにあの子は人の話なんか聞いてくれませんもの。まあ、あの子の体なんですからあの子の自由に使うのが一番なんですけどね」
 そっか、週に一日しか自由に動けないんだもんね。いい人、もとい、いい犬だなあ。
「その代わりオマエもオマエのやりたいようにやるってか?」
「もちろんですわよ? なのでほら、早く済ませちゃってくださいます?」
 散歩がマンデーさんの趣味ってことかな? みんな散歩が好きなんだなあ。サタデーもサンデーも散歩の時ご機嫌だったし。サタデーは飲み物のせいだったのかもしれないけどね。
「オレの仕事はおまけってか。んじゃほれ孝一、オマエはジョンのほうやってくれ」
「あ、うん。って言っても僕、やり方知らないよ?」
 ブラシの片方を受け取るも、期待の目でこちらを見上げるジョンを前にして困惑する。やっぱり手順があったりするんじゃないのかな。毛を梳くだけとは言え。
「要はジョンのご機嫌を取ればいいんだよ。あんまり力入れずにササッと全身ブラシかけたら、あとは気持ち良さそうにしてるとこやってりゃいいから」
 何気に難しいこと言われてる気もするけどお手柔らかにね、ジョン。
「ワンワン!」
 そうと決まれば早速、ではなくまずは場所替え。大吾によると抜けた毛がゴミになるからだそうです。
 という事で裏からではありますが、
『お邪魔します』
「お仕事ご苦労様です。んっふっふっふ」
 部屋に上がるとすぐ隣には掃除機とゴミ箱、テーブルの上には麦茶が入ったコップが二つ、用意されていた。その準備の良さに、いつもここでやってるんだなと瞬時に把握。まあ家守さんは仕事だから一階で開いてるのこの部屋だけだしね。清さんが留守だったら一昨日サタデーがそうだったようにマンデーさんがこの部屋の鍵預かってるんだろうし。


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