(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三章 曜日軍団七変化 三

2007-06-28 20:57:33 | 新転地はお化け屋敷
「いつもは窓から勝手に中へ上がるのだがね」
 成美さんの部屋の前に到着すると、肩の上からチューズデーさんがドアの横の半分ほど開けられた窓を顎で指した。
 間取り的に窓の向こうはキッチンだ。勢い余って醤油の小瓶とか蹴飛ばしたりしないのだろうか? とかって言うか醤油しかなさそうだけど。刺身用のね。
 呼び鈴のボタンを押すとドアの向こうからお馴染みの音が聞こえてきた。電池の入れ替えは忘れられてなかったようだ。まあもう電池を買ったのが三日前になるんだけどね。早いもんだ。
「ん、誰が来たかと思えば日向が一緒だったのか」
「ああ。大吾も呼んでみたのだが、残念ながら断られてしまったよ」
「断られると分かっていて訊いたのだろう? 残念とは妙な話だな」
 猫同士の会話という中々に珍しいものが目の前で繰り広げられる。しかし内容が普通過ぎて、特に新鮮な感じもしなかった。まあ猫同士どころか喋る植物がいたりする時点でもう何でも来いなのだが。
「まあ、入れ」
「うむ」
「お邪魔します」
 そんな訳でチューズデーさんを肩に乗せたままドアを潜る。何だかんだでここももう三度目だ。
 広いなあ、相変わらず。
 つい先日刺身パーティーが執り行われた哀沢家の食卓を囲む僕と成美さん。チューズデーさんはどこなのかと言うと、膝の上です。僕の。この状態でも食卓を囲むって言うのかな。一応僕とほぼ同じ位置にいる訳だし。
「で、どうなのだ哀沢よ」
「何がだ?」
「大吾だよ。まだ背中を借りているだけなのか?」
「『まだ』とは何だ。別に発展性のある事柄でもないだろう」
「これだよ。孝一君も何とか言ってやってくれんかね?」
 開始早々僕にとっては場違いな話。何とかといわれてもその、実際のところどうなのか把握してる訳じゃなくてですね。成美さんも大吾が動物に好かれる体質だから~とかどうとか言ってましたし。だから僕はコメント致しかねます。下手したら首吊る羽目になるかもしれませんしね。
 そう考えてる間「あー」とか「いえ」とか「その」とかぐだぐだ言ってる僕に呆れたのか、チューズデーさんは溜息をつく。諦めてもらえたようなのでこちらも溜息。チューズデーさんのそれとは意味は違うけどね。ふぅ。
 そして哀沢さんとチューズデーさんの猫論議が始まる。議題に猫はあんまり関係ないけどね。
「あのな、哀沢。もうそうやって恥ずかしがるような年でもないのではないかね? 人間で言う中高生ではないのだからな」
「何の事やらさっぱりだな」
「玄関で大吾も誘ったが来なかった、と伝えた時、少なからずがっがりしなかったかね?」
「普段来てる訳でもないのだから、ごく当たり前の事だな。何とも思わんさ」
「じゃあ来て欲しいか来て欲しくないかと言われたらどうだね? あいつを拒むかね?」
「むぅ…………そりゃあさすがに来て欲しくない何て事はないがな、別に怒橋に限った話ではないぞ。他の誰でも来ると言うなら来て欲しいさ」
「強情だな。何故認めようとしない? せっかく人の姿にしてもらったと言うのに」
「そんな事のためにこの姿になった訳じゃない。わたしは」
「分かっているさ。そうだな、順番が逆か。人の姿になったからこうなったと」
 口を挟む事もできずに「僕はここにいてもよろしいのでしょうか?」とオロオロしていると、ここで成美さんが一息つく。
「ふぅ……今日はやけに絡んでくるじゃないか。どうかしたのか?」
「なに、今回は第三者がいるのでね」
 くるっと僕を振り返る膝の上の黒猫さん。その鮮やかな緑色の目でこちらを一瞥すると、再び成美さんのほうを向き直して続ける。
「お前さんが何かボロを出した時にその証人になってもらえると思ったのさ。失敗だったようだがね」
 それに対して成美さんは腕を組みながら勝ち誇ったかのような微笑を浮かべ、
「ボロなど出んさ。元々が事実無根なのだからな」
 では反対にこちらは悔しがるのかと言うとそうでもなく、
「ふ。まあいいさ。わたしが手を出さなくとも、どうとでもなるであろうからな」
 無駄に熱くならないと言うか余裕があると言うか。成美さんと同じく内面は大人なんだなあ、と少し感心。それと同時にほっと胸を撫で下ろし、
「いやあ、びっくりしました。あのままヒートアップして喧嘩になっちゃうんじゃないかとハラハラしましたよ」
 思わず気が抜けて背中もちょっと丸くなる。すると背中が丸くなった分だけ近付いた黒い後ろ姿がこちらを振り返り、またも緑色の目が僕を見詰めた。
「いやいやそれは済まなかった孝一君。まあしかし、いい年してこのような事で喧嘩にはならぬよ。ただの戯れさ」
「いい年してあんな話を持ちかけること自体どうかと思うぞ」
「ならそうされる前に自分でケリをつけるのだな」
「ふん、まだ言うか。懲りない奴だな」
 話が元に戻るのを嫌ってか、成美さんが席を外して台所へ向かう。何かあっちに用があるかどうかは定かでないが、とにかくチューズデーさんと二人っきりに。
「ま、分からんでもないがね。ただでさえ年に似合わぬ幼い体なのだ。いろいろ不安になる事もあるのだろう」
 僕に言ってるのか独り言なのかは分からないけど、聞いた以上それについて思うところがある訳で。
「いろいろって、例えば何ですかね?」
 するとチューズデーさんは膝の上から僕を見上げ、突然に未知の言語で話し掛けられたとでも言うような素っ頓狂な顔をした。そして尻尾を一くねりさせると、今度は大声で笑い出す。
「ぷはっははははは! いやはや、訊くかねそんな事! これはこれは、ははははは!」
「あのー……」
 膝の上で大爆笑され、どう反応していいのやら模索中。助けて成美さん。
 そのまま暫らく笑い続け、その後ようやく収まってきてひぃひぃ言いながらも息を整えると、
「わたしは今、孝一君の膝の上に位置している」
「はぁ」
 見たまんまですね。それからそれから?
「この位置関係のままわたしがセクシーダイナマイツな人間の女性になったらどうだね?」
 せくしーだいなまいつですか。ちょいと古めかしい表現な気も致しますがそうですねえ。
 ……言わなきゃ駄目ですか? ちょっとすいませんがピー音入れられます? 言っちゃいますよ?
「ふふん」
 猫とは言え今日会ったばかりの女性の前でそんな事言える筈も無くしどろもどろしていると、それを察した黒猫さんは不敵に笑んで見せた。
「だがそう期待させておいて実際は哀沢のような小学生さ。どうだ、がっかりだろう? そういう事だよ」
 がっかり、かどうかは定かでないですけど、思うところは確かに違ってくるでしょうね。慌てふためいてと言うよりは「重いからどいてちょーだーい」みたいな。でもそれはその女の子がただの身内、もしくは知り合いだったりする場合な訳で、ぶっちゃけ大吾も成美さんの事気にしてるよね? だったらがっかりともまた違うんだろうけど………
 まあいいか。深く踏み込むような話じゃないし。
「ところで成美さん、何してるんでしょうね」
 成美さんが向かった台所のほうを見る。そこから微かに物音は聞こえてくるが、ここからでは姿までは見えず、そこにいるという事しか窺い知る事はできない。
 するとチューズデーさんもそちらに視線を移し、それと同時に尻尾をくねり。
「ん、ああ。魚を捌いているのだろうさ。いつも二人で刺身を摘んでいるのだよ」
 最もこの手で「摘む」というのは可笑しな表現ではあるがね、と可愛らしい肉球を見せつけながら苦笑い。
 刺身かぁ。やっぱりチューズデーさんも好きなんだろうな。猫故に。
「今日は三人だからな。残念だが分け前は減ってしまいそうだ」
「ああいえ、お構いなく」
「はは、冗談だよ。たらふく食うのが目的ではないのだからな。それにそういう事は哀沢に言ってくれたまえ。わたしはお出しする側ではなく、お出しされる側なのだから」
「それもそうですね」
「さて、話を元に戻して」
「勘弁してください」
 まあ勘弁してはもらえませんでしたけどね。


 勘弁してもらえないタァイム! が、五分ほど続いたでしょうか。ほぼ聞かされる側に徹していた僕でしたけど、それでも何だか成美さんに申し訳ない気持ちでいっぱいです。
 すると片手に大きめの皿、もう片手に小皿を二つ重ね、その小皿の上に醤油の小瓶を乗せて成美さんが現れました。
 今は成美さんと書いて救世主、もしくはメシアと呼ばせてください。
「お待ちどう。ん、何だ日向。その助かったーみたいな顔は」
「くくく、若いな孝一君。反応が一々面白いぞ」
 その最後の一言でだいたい察しがついたらしく、やれやれと溜息をつきながら皿をそれぞれ配置する成美さん。目の前に置かれた小皿は一つ。もう一つは成美さんの前に。ではこの目の前の小皿は果たして僕が使うものなのかそれともチューズデーさんが使うものなのか?
「さ、食べるか。食べてる間くらいつまらん話は無しにして欲しいものだな」
「分かった分かった大人しくしておこう。刺身抜きなどと言われるのは御免なのでな」
 仕方ないといった様子でそう言うと、チューズデーさんは僕の膝からテーブルに乗り移って大皿の傍へ。って事はこの小皿は僕のか。醤油は付けない派なんですね、チューズデーさん。
『いただきます』
 三人揃って手を合わせる。チューズデーさんもちゃんと合わせる。可愛らしい。
 と思ったらその合わせた手から爪がニョッキリと現れて刺身をグサリ。そのまま手前に引きずると、大皿の隅のほうでかぶり付いた。
 それは皿に刺身を盛り付ける段階から想定されていたらしく、大皿には一隅だけ何も置かれていないスペースが広く取ってあった。つまりそこがチューズデーさんのお食事場。
「何分わたしは猫なものでな。人間のような食い方はできんがご承知頂きたい」
 一切れ食べ終わると、僕から何か言った訳でもないのにチューズデーさんは手をぺろりと舐めながらそう言った。
 ちなみに僕は、つい彼女のお食事シーンに目を奪われてまだ刺身に箸を伸ばしていない。そんな様子がチューズデーさんにこの台詞を言わせたのかも、とちょっと反省。
「いえ、全く構いませんよ」
 コップの水を一気飲みした植物に比べれば、今のは猫の普通な食事風景ですし。むしろ普通に食事した事に驚いたと言いますか。変な先入観は持つもんじゃないですね。
 では気を取り直して僕も一口、と箸を伸ばし、摘み上げたそれを醤油に浸ける。そして口へ……の前にちょっと思う事有り。
「成美さん、この魚って買ってきたものなんですよね?」
「ああ、昨日近くの魚屋でな」
「最初から刺身を買えばよかったんじゃないですか?」
 どっちみち刺身にするんだし。
 すると成美さんは刺身を口へと運び、
「そうすると値段の割に少ないのだ。しかし……んぐっ、魚を丸ごと買ってきて自分で捌けば、安い上に結構な量が食える。ならそうしたほうがいいだろう?」
 途中で飲み込みながら箸をこちらに向ける。
「確かにそれはそうですね」
 捌く手間さえ惜しまなければ、ですが。
 すると早くも三枚目に取り掛かっていたチューズデーさんが口を止めて、
「わたしは丸ごと一匹をそのまま食べてもいいのだがね。人間は食に見た目まで求めるからそんな可笑しなことになるのだ。どうせ生で食うのなら丸かじりも刺身も変わらんとは思わないかね? っと。思わないからこの話になっているのだったな。失敬失敬」
 爪を出していないほうの手でぺんっと額を叩く。
 そりゃまあ分からないでもないですが、人間には辛いんですよ。鱗とか生の内臓とか。ね、成美さ……ってあれ、同意を求めていいのでしょうか。
「思わないと言うかな、生で丸かじりした時の食感はどうも人間の体には合わんらしいのだ。汚い話だが、知らずにそれをやった時は思わず流しに吐き出したぞ」
 よかったようで。んー、つくづく人間ってのはヤワな生き物ですなあ。
「そうなのか? 孝一君」
「ええ。でもまあ、見た目まで求めてるってのも間違ってはいませんよ。それが無いなら結局、鱗と皮剥いで内臓取っちゃえばあとは丸かじりでいいって事になりますし」
 身を降ろさずに皮だけ剥ぐってのが楽かどうかは分からないですけどね。やったことないですし想像するにグロテスクな気がしますし。
 ………んー、でも完全に解体するほうがどう考えても残酷だよね。魚側からしたら。
 ま、いいや。結局食べちゃうし。美味しいからね刺身。
「ところで孝一君、そろそろ刺身が漬け物になってしまうのではないかな」
「へあっ!」
 「へ」の後ろにクエスチョンマークが付くよりも早く事態を理解してしまった結果、なんかこう三分しか戦えない彼らみたいな声に……ゲフンゲフン。
 とにかく、醤油に浸けっぱなしで話し込んだ結果漬け物とまではいかないにしてもちょっと辛めな一枚目。
 そうですまだこれが一枚目なんです。二枚目からはもっと素材の味を味わいたいものですね。
 心の中で再度「いただきます」をした後、二枚目を摘む。やっぱり美味しい。
 口いっぱいに広がる味を堪能していると次の刺身を引っ張りながらチューズデーさんが、
「孝一君、ウェンズデーの事は誰かから聞いたりしているかね?」
「いえ、全く聞いてないです」
「そうか。ならよかった」
「もちろん教えてもらえないんですよね?」
「もちろんだとも」
 ですよねー。もぐもぐ。


「今日は鯵のフライです。と言う訳で魚を捌いてみましょー」
「おー。あれ、しぃちゃんどうしたの? 乗り気じゃない?」
「あ、そういう訳じゃなくてその………触るの怖いな~って」
「大丈夫ですよ。普段手どころか口の中に放り込んでるんですから」
「うー、まあそうなんだけどさ」
「では頑張りましょう! と言ってもやれと言われてホイホイできるものでもないんで僕の真似してください。まな板が二枚しかないので少々狭いですが」
「まあ、仕方ないよね」
「あうう」
「ではまず鱗とぜいごを落としまーす」
「ふんふん」
「ひぃ~」
「終わりました? では次、頭落としまーす」
「これはあっという間だね」
「こ、こっち見ないでぇ……」
「はい、腹開いて内臓取り出しまーす」
「だ、大丈夫? しぃちゃん」
「大……丈……夫…………」


 水曜日。
「あ、孝一くん大吾くん。おはよー」
「おう」
 開いたドアからは栞さん。
 今は昼です。そしてここは清さんの部屋です。何故栞さんが?
「清サンは出かけてるのか?」
 清さんの部屋の呼び鈴を鳴らして清さんが出ないと言う事はそういう事になるのだろうか。なるんだろうね大吾がそう言うのなら。
「うん」
 ほら。ところで、栞さんが出てきたことに触れないっていうのはよくある事だからなんだろうか。まあとにかく「入って入って」と栞さんにお招きされたので、一歩中へ。
「栞が来た時にはもうウェンズデーしかいなかったの。今日は山に行ったんだって。絵を描きに」
「へー、清さんって絵」
 描くんですねペンギン!?
「…………」
 玄関入ってすぐ、キッチンの辺りから居間のほうを覗くと、居間とキッチンの敷居の上でやけに目がキリッとした水中を飛ぶ鳥類が黙ってこちらを窺っていた。その様子もただ立っているというだけではなくまるで気をつけしているかのようで、誰かが「敬礼!」とか「休め!」とか言おうものなら、ザッ! という効果音とともに即座に実行してくれそうな印象を受ける。
 いや、あくまで印象であって本気でそんな事するとは思ってないけどね。
 訊くまでも無くウェンズデーさんなウェンズデーさんは僕と目が合って少し間を置くと、通れと言わんばかりに踵を返して居間へと入っていく。その方向転換の際にも片足を引き、きっちり百八十度向きを変え、足を戻してから歩き出す、という肩に銃を担いでたりしたら似合いそうなカチカチした動きだった。
「紹介しまーす。この子がウェンズデーでーす」
「初めまして」
 テーブルにつくなり始まった栞さんからの紹介を受けて、僕のほうから一方的な初めまして。向こうは今までと同様、僕の事知ってるからね。
「…………」
 しかしそのウェンズデーさんはテーブルの向かい側からこちらを窺っているだけで、動きを見せない。
 僕、何か変ですか? 顔はちゃんと洗ったし、寝癖はない筈だし。
 そんな心配が見当違いだったというのはすぐに分かったんだけどね。
「もー、恥ずかしがり屋さんなんだから。ほらウェンズデー、返事しなきゃ」
 ああ、つまり先程動きが固かったのも恥ずかしさの余りって事ですか。
 そんな予想も見当違いだったというのはすぐに分かったんだけどね。
「……じ、自分はウェンズデーであります。以後お見知りおきを」
 恥ずかしがり屋である事を抜きにしても元々そういう方だそうで。
 ちなみに名前は最初から知っていたので、得られた情報はウェンズデーさんが男性である、という事だけ。
「こちらこそよろしく。ウェンズデーさん」
「…………」
 また黙ってしまった―――のか会話が終了したのかどっちだろう。何か言いたそうにしてる気はするんだけど。
 そんな予想も今度は当たっていたらしく、テーブルについてからくちばし以外不動だったウェンズデーさんは僅かに視線を上に逸らすと言葉に詰まりながらも早口で、
「けけ、敬称略でお願いするでありますっ!」
 相当さん付けが恥ずかしかったらしい。思わず大吾に「くんを付けるな」とすごまれた時の事を思い出してしまうが、必死さではこちらのほうが断然上だった。そしてその必死さに栞さんが笑みを漏らすが、それがまた恥ずかしくてウェンズデーさ……いやいやノンノン、ウェンズデーの視線がさらに角度を大きくする。そしてその首が痛そうな角度のまま、
「大吾殿!」
 殿!?
「何だ?」
「ひっ、ひひひ、日頃丁寧にお世話をして頂き、感謝するであります!」
「ん。で、そのお世話だが今日は外にするか? 中にするか?」
「天気が良いので外がいいであります」
「よっし。じゃあ準備すっか」
 何をするかは分からないけど大吾は立ち上がり玄関から外へ―――と思ったら靴を持ってきて裏からいそいそと出て行った。
「あれ、何してるんですか?」
 大吾の姿が窓枠から外れて見えなくなったので栞さんに尋ねてみた。ウェンズデーに訊こうかとも思ったけど、困らせるだけのような気がしたので止めておく。
「裏庭にホースがあるよね? あれでタライに水を溜めて、プールにするの」
 なるほど。って事は室内の場合、風呂場でやるのかな。
「ほ、本来なら自分でやるべきなのでありますが大吾殿から許可を得られず……感謝する反面、申し訳なくも思うのであります」
「そんな事ないよー。大吾くん好きでやってるんだし」
 困らせるかと思って質問するのを諦めたけど、ウェンズデー自身から進んで話題に踏み込んできた。こんな彼にそうさせるほど………
 やっぱり好かれてるんだなあ、大吾って。
「本人の目の前でこれ言ったら怒られちゃうんだけどねー」
 そういうところが余計に好かれるのかも知れませんね。隠し方が下手と言いますかバレバレと言いますか。むしろわざとやってる? 訳ないか。
「ん? どうしたのウェンズデー?」
 栞さんの言葉に釣られ改めてウェンズデーのほうを見ると、先程と同じく何か言いたげにそわそわしていた。そして数秒そのままそわそわした後、
「………じ、自分もそろそろ行くであります。おお、お二方はどうされるでありますか?」
「栞も行くよ。孝一くんは?」
「あ、僕も行きます」
 大吾と同じように靴を持って裏へ。もちろん栞さんもね。
 外に出ると、まだ水を溜めている最中らしく水が流れ続けるホース片手に腰をかがめて膝に肘をつく大吾。流れる水の先には大きな水色のタライ。まさに水浴びに相応しい涼しげな色合いだ。寒っ。
 大吾の傍らではジョンがお座りの姿勢でホースから流れる水を大人しく眺めていた。自分も浴びたいなあとか思ってるんだろうか?
「ん、もう来たのか。まだあんまり溜まってねえけど……まあいいや。入れ入れ」
「それではお言葉に甘えるであります」
 短い足を目一杯前に出し、タライへ向かってざっしざっしと少しずつ前進。と言ってもその擬音はイメージで、実際は音なんか殆どしてないけどね。裏庭は一面草生えてるし。
 そしてタライに到達すると縁を跨いで……は無理なので、縁にお腹を引っ掛けて前のめりになり、体ごとタライ内部へ落下。当然ながら、まだ余り溜まっていないとは言え水が跳ねる。
「ワンッ!」
 それを見て興奮したのか、ジョンがタライに飛び込んだ!
「ぬぉ!? ジョジョ、ジョン殿! ちょ、あの、苦しいであります~! みみ水が! 息がバ!」
 いくらタライが大きいとは言え、同じく大きいジョンが入ってしまえば容量はもういっぱいいっぱいだ。そのジョンの体の下敷きになってしまったウェンズデーの姿は全く見えないが、その体の下からくぐもった声の救難信号が。ペンギンと言えど水中で呼吸できる訳ではないんですね。
「何やってんだジョン。水浴びなら好きなだけさせてやっから外出ろ外」
 慌てず騒がずホースをタライの外へと向けてウェンズデーが溺れないようにしつつ、ジョンを退去させる大吾。さすが、見事なお手前で。
「ワフゥ~……」
 一方ジョンは渋々タライから外へ。月曜日に格好いいと思ったらこんな子どもみたいな事もしちゃうのね。ワンパクだなぁ。
「ゲホゲホッ! ……あ~、ビックリしたであります」
 少し水を飲んでしまったらしく体を起こしながら苦しそうに咳をすると、詰まりもしなければ慌てもしない素の声でそう漏らすウェンズデー。でも、
「ウェンズデー、大丈夫?」
「あわ、だだ、大丈夫であります」
 急に話し掛けられればこの通り。口調自体は勇ましいのにね。
「ジョン殿。後で場所を交代するであります」
「ワンッ!」
 通じてる訳じゃないんだろうけどね。
 ……通じてないよね? なんとなく吼え返して、その後状況見てどうするか判断してるだけだよね? さっき大吾に言われるままタライから出たばっかりだけど。


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