(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十二章 過去形 十一

2013-03-09 21:00:02 | 新転地はお化け屋敷
 小さく笑い、それに合わせて小さく身体を揺らした栞は、すると僕の背中から離れました。これもまた後ろを向いて確認したわけではないのですが、とはいえ足元のタオルを拾って前を隠したのは間違いないでしょう。
 じゃあ僕もそろそろ、ということでシャワーを手に取り、ジョンの身体中を覆う泡を洗い流し始めます。
「お利口さんでした」
「ワフッ」
 思えば露天風呂にはシャワー、というか洗い場からして、設置されているというイメージはあまりなかったりするのですが、どうなんでしょうか。そこらへんも「ここならでは」ということだったりするんでしょうか? まあイメージも何も、露天風呂なんて殆ど入ったことがない僕ではありますが。
 混浴については本当にここだけですし、というのは関係ないんでしょうけど。
 とまあそれはともかく、やることを済ませたのであればついに僕は席を立ち、後ろを振り返るわけです。みんなが待ってくれている――いや僕を待っているというわけではないんでしょうし、みんなとは言ってもやっぱり意識はその半分側にばかり向いているというは否めないんですけど――自分の背後方向を。
 そういえば今まで声にも気付かなかったな、なんて今初めて思う辺り、どれだけジョンに夢中だったかという話ではあるのですが、ともあれみんなは少し離れた位置に集まっていました。これが露天でなければ声が響いてたりしてここまで聞こえてたんでしょうけどね。
「ほら行こ行こ」
 ついついあちらの様子や周囲の状況を観察してしまう僕の手を、栞はぐいぐいと引っ張るのでした。ならば僕はジョンを、といっても今のジョンはリードを付けていないわけですが、しかしそこはさすがといったところ。指示を出すまでもなく静かに後を付いてきてくれるのでした。
「お待たせー」
「おお、やっと来たか日向。それにジョンも」
 これが普段なら軽く手を挙げたりするところなのかもしれませんが、しかし今の栞は僕の手とタオルで両手が塞がっています。間違って挙げたりしたら、なんてつい考えてもしまうわけですが、しかしそれは割と大参事なのですぐに取り下げておきます。
 とまあ、いちいち栞についてあれこれ考えてしまうのは、やはり照れ隠しということなんでしょうけど。
 というわけで栞以外の女性の様子なのですが――男性はいいですよね別に――まずは成美さん。さすがに前にも一度ここへ来ているということもあり、栞と同じくその佇まいは堂々としたものなのでした。大人の身体での参加、ということでいつもならその頭に猫耳が出ているところなのですが、あの非常に長い髪を頭の上で纏めているので、今回はすっかり隠れているのでした。
 次に音無さん。内股がちだったりタオルを両手でしっかり押さえていたりと、先二人のように堂々としている、とまではさすがにいかないご様子。しかし逆に言って目につくのはそれくらいのもので、ならば初めてにしては、といったところではあるのでしょう。
 最後に異原さん。
 なのですが。
「……大丈夫ですか?」
「だだだ大丈夫だわよ!?」
「ははは、まあこの中で一番背が高いしなわたしは」
 思いっきり成美さんを盾にしてらっしゃるのでした。
 立ち方だけはさも平然としているふう、どころかちょっとやり過ぎてタオルを押さえる片手を除けば仁王立ちだったりするのですが、でも誰かと顔を合わせてる時に人の真後ろに位置するのは不自然でしょう、やっぱり。
「なあ由依、そろそろ言っちまうけどよ」
 とここで口宮さん。僕が来たことを契機としたのかどうかは知りませんが、対面してから暫く経っているであろうこのタイミングで、何か言いたいことがあるようです。
「余計エロいぞ」
「はおあっ!?」
「いやだってお前、完全に隠れてて顔しか見えてないとかならまだいいけど、半端に隠れてるからちらっとだけ見えてんだもんよ。太腿とか」
「そ、そんなの前に出たって同じことでしょうが! タオルで前隠してんだし! 太腿全部なんて隠し切れないし!」
「そこらへんはほら、下着と水着の関係っつうか。見た目は大して変わんねえけど、プールで水着見ても別に普通だと思えるだろ? 風呂場でタオルも案外そんなもんだよ」
 それはまあ確かにそうなるのでしょう。でなければ今、タオル一枚という姿の女性四名を前にした僕、もとい僕達は、もっと酷いことになっている筈なのです。詳しく語ったりはもちろんしませんけど。
「――でな、由依。ちょっと衝撃的な話かもしんねえけど」
「な、なによ」
「今のお前、割とちらちら見え隠れしてるくせにタオルだけは完全に隠れてるんだよ。それって俺からしたらどう見えると思う?」
「どうって…………ひゃあおっ!」
 ほんの一瞬だけ考えるような間を取った異原さんは、すると成美さんの背後から勢いよく飛び出すのでした。
 タオル一枚の状態でそのタオルが隠れてしまっている。無論そこから導き出されるものは想像力、というか妄想力の賜物ではあるのでしょうが、さもありなん、でございますとも。
 というわけで異原さんが改めて登場したわけですが、
「あ、ナタリーさんそこにいたんですか」
「はい」
 半端な隠れ方故に立ち位置によって見えたり見えなかったりだったのでしょうが、ともあれそこで初めて異原さんの肩にナタリーさんが乗っていることに気が付くのでした。
「ふふ、綺麗でしたよ成美さんの背中」
「ううむ、背中というのはそんなに褒めたりなんだりするようなところなのだろうか」
 などと疑問を呈したりもしつつ、けれどしっかり嬉しそうな成美さんでもあるのでした。ただなんというか、その疑問の持ち方はその「褒めたりなんだり」を割と頻繁にされてるってことですよね――と、妙な勘繰りはそこらへんにしておきまして。
 ナタリーさん、異原さんの位置が位置だったのでそりゃあそこばかり見えていたことでしょうし、綺麗かそうでないかと言われれば間違いなく綺麗ではあるのでしょう。ただそれより何より、
「なんていうかその……凄い所に身体通してますね」
「一回やってみたかったんですよね。いつもは『服の中に入るのはちょっとどうかな』って思ってたんですけど、これならってことで」
 頭こそ肩の上にあり、ならば「肩の上に乗っている」と表現せざるを得なくはあるのですが、けれどその細長い身体は肩から下へ垂れ、胸の谷間の間へ滑り込んでいたのでした。無論、タオルで隠しているということもあって、その入り口くらいしか見えてはいないわけですが――というか、別に入口じゃないんですけどね。
「思った通り気持ちいいですねえ。あったかくて柔らかくて」
 そりゃ結構なことで。は、ありませんともそりゃもちろん。感触だ何だを語られるのは少々困りものなのです、こっちとしては。
 気を取り直して。
 というか、気を取り直すために。
「湯船行きませんか。冷えちゃいますし」
「ああ、孝さんとジョンだけしっかりお湯被ってるしねえ。あとウェンズデーもだけど」
「自分はこれくらい寒さのうちには入らないでありますので」
「あはは、だよね」
 というわけで、何も適当にでっちあげた口実ではなく本当に冷えを感じている僕なのでした。それが本当の理由ではないというだけです、というのは言わないほうがいいのかもしれませんが。
 僕を除くと、口宮さんが異原さんへの突っ込みに口を開いた以外ではだんまりだった男性陣。もしかしたら御堪能中だったのかな、なんて言ってみてから不安に思ったりもしたのですが、表情を窺う限りではそういうわけでもなかったようで一安心。
 というわけで、ぞろぞろと湯船へ移動を始める僕達一行なのでした。

 その移動中。
 とは言っても浴場の中です、湯船に辿り着くまでそう長々歩かされるわけもなく、というか当然すぐそこなわけですが、けれど実際の時間はともかく、その移動に関しての体感時間は随分長く感じられるのでした。
 というのも、
「やべえ、さすがに」
 口宮さんが小さく呻きました。これまで異原さんに突っ掛かってばかりで何があろうと素っ気ない装いを崩さなかった口宮さんが明らかにうろたえ、僕の肩に手を置きつつけれど自分はそっぽを向きながら、です。
 しかし何が彼をそうさせたかというのは、確認を取るまでもありませんでした。
 湯船への移動を開始した時、大して変わらないとはいえ女性陣のほうがそちらに近い側に立っており、そして何の気なしにそのまま移動を開始したわけですが――。
 そうなると当然、男性陣は女性陣の後ろをついていくことになるわけです。
 そしてこれまた当然、女性陣がタオルで隠しているのは前なわけで、前「だけ」なわけです。ならばどうなるか、というのはもう、もう。
「後ろノーガードなのは気にならねえもんなのか……?」
 と小声でかつ引き続きそっぽを向いたまま、けれどその手は僕の方に掛けられたまま。ならばそれは、僕への問いかけということになるのでしょう。
 そしてもう一つ。それは恐らく、異原さんだけを指した言葉ということでもあるのでしょう。他三名のおし――ではなく、他三名の方々についてはそうあってもおかしくない、というのは分かってるでしょうしね。特に栞なんか、僕を呼びに来た際にはみんなに背を向けていたことになりますし。
 こちらも小声で返します。
「気にしないように頑張ってるってことなんじゃないですかね。ほら、なんか凄い勢いで喋ってますし」
 あとは他三名が先に行ってしまったのに自分だけ男どもの後ろに回るのも、ということだったりもするんでしょうけど、ともあれそういうことなので異原さんの声に意識を向けてみたところ。
「いやあそれにしてもなんか今更ですけど綺麗ですよね露天風呂! あたしあんまり入ったことないんですよね露天風呂! さっきのご飯もすっごい美味しかったし露天風呂はこんなだしいいとこですね露天風呂! じゃなくてこの旅館! 義春くん可愛かったし露天風呂こんなだし! 効能とかあるんですかね!? ってそれ温泉ですよね露天風呂じゃないですよねあはははは!」
 …………。
「『露天』を強調して『混浴』を頭の中から消そうとしてるってことかあれ」
「よく分かりますねそんなこと」
 さすがは彼氏。だてに四六時中異原さんを気遣ってはいない、といったところなのでしょう。
 誰かに何かの名誉があるわけではないのですがそれでも誰かの名誉の為に言わせて頂きますと、今回のこの前後の位置関係というのは本当にたまたまそうなったのであって、男たちの誰かがそれを狙った、というわけではありませんでした。
 狙ってやろうと思えばできないことはなかったんでしょうけど、それにしたって僕は後から合流したわけで、というような抜け駆けはあまりしないようにしておきましょう。
 少なくとも僕の合流から以降、男性陣の中に不審な動きはなかった筈です。女性陣に視線を奪われがちであったことは否めませんが、しかしだからこそ、誰か一人がこっそりと合図や指示のようなものを出していたとしても、他三人にそれを把握する余裕などなかったわけで。
 ――とまあそんなことを言っている間に湯船に到着してしまったりもするわけですが、しかしその前に一つだけ。
 ああして横並びで見ることになると、と言うととんでもなく下種な発想に聞こえてしまいそうな気がするのですが、一応「そういうわけではなく」と注釈を入れておきまして。
 異原さん。そう、そりゃまあ真横で口宮さんにうろたえられている以上はやはり異原さんなのですが、足長いなあ、と。
 もちろん他三人、特に僕より背が高い成美さんなんかと比べたならその身長差から絶対的な足の長さでは下にならざるを得ないわけですが、しかし自身の身長に対する相対的な足の長さでは四人中一番なんじゃないでしょうか? となるとこう、背中側からだけ見ての話とはいえ、スタイルが良く見えたりもするわけで。
 ……これまでも頻繁に会っておきながらどうして今初めて気付いたかというのは、やっぱりその、服を着ている時よりも分かりやすいから、ということになるんでしょうけど。
「足長いですね、とか感想言ったりするのってどうなんでしょうね?」
「俺は別に構わねえけど」
 それが異原さんの話だというのはすぐに分かってもらえたようで、口宮さんからはなお返事を頂けたのでした。
 しかし直後、げんなりした様子でこんなふうにも。
「どういうわけか普段目立たねえから、逆に横に並んだ奴が短足に見えたりするんだよな……」
 そういう目に遭ったことがあるってことなんでしょうね。

 というわけで、湯船に浸かったわけですが。
 いやあ極楽極楽、という定番かつ不変の思いに囚われてみるのもいいのかもしれませんが、しかしどうもそう言ってはいられない状況というか。
 というのも、湯船に入った途端、何やら女性陣がそれまで以上に固まりだしたのです。おしくらまんじゅうの逆バージョンというか、顔を突き合わせるようにして。
 もちろん他のお客さんもいるわけで、ならば当初からそう話していたように男女問わずタオルを取っ払ってしまっているわけですが、どうもそれが恥ずかしいからというわけではないらしく、何やら熱心に相談をしているようなのでした。
 いや、異原さん、あともしかしたら音無さんも加えた二人は恥ずかしいということもあるのかもしれませんが、少なくとも栞と成美さんは今更そんなことを言い出しそうな雰囲気ではなかったわけですし。
 で、まさかその中に割って入るわけにはいかない僕達男性陣は、ならばあちらほどではないにせよ四人で固まっているのでした。いや、正確には六人なのですが。
「どうしたんでありましょうね?」
「ワウ」
「お前らなら行っても大丈夫だろうし聞いてきてくれねえか?」
「ふうむ……しかし大吾殿、訊いて教えてくれるのであるなら、初めからこちらに向けて話していると思うでありますが」
「まあそうなんだろうけど」
 というわけで正確を期した場合に増加する二人はジョンとウェンズデーなのですが、湯船には入れない、と義春くんにそう伝えてある以上、縁の石の上から会話に参加している状態なのでした。
 ちなみに女性側でも、ナタリーさんが同様の立ち位置――どっちかと言うと寝そべってるんでしょうけど――だったりも。
「まあこっちはこっちで話すことに困ったりはしねえんだしいいだろ別に」
 口宮さんでした。
 ならばそれにとって返すのは同森さんです。
「一応訊くが、その話すことっちゅうのは?」
「そりゃお前」
 口宮さん、視線で女性陣を指してみせるのでした。ですよね、やっぱり。
 などと軽くそう考えていたところ、しかしここで口宮さんの目が今度は僕のほうへ向けられます。
「なあ兄ちゃん?」
「あ、あはは」
 そこでなんで僕なんですか、という話については、既に「足長いですね」とか言っちゃってるからなのでしょう。ならば僕にそれを拒否する権利などありはしないわけでして。
「ただその、そういう話をする前に一つ気になってたことがあるんですけど」
「なんだ?」
 一人だけ苦境に立たされたことに対する抵抗として、といっても口宮さんにそんな追い込むつもりはなかったんでしょうし、大吾と同森さんにはそもそも内容は把握できないんでしょうけど、ともあれここで話を他の人へシフトさせようと試みてみます。
「大吾と同森さんがずっと黙ってたなっていう」
「あー。いやまあ、俺も大したこと言ってねえっちゃ言ってねえんだけどな」
 それは大したこと、つまり女性の容姿について言及したのが今のところ僕ただ一人であるという話なのでしょうが、そこは避けさせて頂いて。
「それにしたって確かに、全くなんも言ってなかったよなお前ら。なんだったんだ? まさか口も開けられねえほど余裕がなかったわけじゃねえだろうし」
 普通に考えれば真っ先に思い付く理由はそれなのですが、しかしまあ口宮さんの言う通り、それはないのではないでしょうか。なんせ彼女持ちである以上、女性に全く免疫がない、なんてことはないんですし。
「いや……」
「それが……」
 すると大吾と同森さん、口にした言葉こそ違えど二人揃って全く調子でお困りの様子なのでした。そして、お互いに視線を交差させてみたりも。果たして、その遠慮がちな視線は一体何を表しているのでしょうか?
「男同士でちらちらし合ってんなよ気色悪い」
「そういうんじゃなくて」
 まさか異性よりも同性の裸が問題だったか!? なんて冗談はさておくとして――それが問題だったら昼間の風呂の時点で、ですしね――それにはさすがに大吾が反応。となれば続けて、本題についての言及も出てくるわけです。
「なんつーか、最初に誰の話するかっつったらやっぱ、オレの場合なら成美だろ? オマエの場合なら異原サンだし、同森なら音無サンだし」
「まあそうだな。慣らし運転っつうか、いきなり他の人の話からってのはしんどいっちゃしんどいだろうし」
 僕はいきなり異原さんの話でしたけどね。
「で、やっぱ、せっかく話するんだったら良いように言ってやりたくはあるんだけど……そうなるとほら、対極な人に気を遣わざるを得ないっつうか」
 対極。
 話の流れからして、それは成美さんの。
「つまりワシと同じこと考えてたわけじゃな」
 同森さんが気の抜けた調子で溢すように言いました。
 女性としては極端に背が高く、それでいてというかだからこそというか全体的にほっそりしたシルエットで、そして胸についてはほっそりどころではない成美さん。
 一方、極端に、とは言わないまでもあの四人の中で一番背が低く、全体的にふっくらしたシルエットで、そして胸についてはふっくらどころではない音無さん。
 ついでに言えばイメージカラーも白と黒ということになるのかもしれませんが、服や髪、肌まで白一色な成美さんはともかく、音無さんは別に肌まで黒いというわけではないので、それについては今回は別の話ということで。
 ――まあ要するに、大吾も同森さんも「あちらを立てればこちらが立たず」というやつだったのです。状況に合わせるのなら「こちらを立てればあちらが立たず」のほうがしっくりくるのでしょうが。
「ええと、どういうことでありましょうか?」
 詳しく語られずとも把握できたのは僕だけでなく口宮さんも同じようでしたが、けれどウェンズデーには分からなかったようでした。見た目の話なのでその目に同じものが映っているなら、というわけにはいかないようです、やっぱり。
「哲郎が音無の胸がでけえこと自慢したら大吾の嫁さんはどうなるんだっていう話。で、分かるかな」
 口宮さん容赦ねえ。
「なるほど、分かりましたであります。相変わらず人間は大変でありますねえ」
「分かってもらえたのは良かったけど、なんか壮大な分かられ方だな」
 僕と大吾からすればかなり馴染みのある分かられ方なんですけどね。
 と、しかし話は理解できたらしいウェンズデー、それでも言いたいことがあるようで。
「でもご本人はもう気にしていないでありましょう? 成美殿はこれまでさんざん見てきたでありますし、静音殿もいろいろあったようではありますが」
 ぐうの音も出ない、といったところなのでしょう。大吾も同森さんもそんな指摘にはただただ黙り込んでしまうばかりなのでした。
「まああっちよりもこっちに気を遣ってることなんだろうな」
 と、二人の代弁のように返事をしたのは口宮さん。ちなみにその顎の動きからして、「あっち」は女性、つまり成美さんと音無さん、「こっち」は男性、つまり大吾と同森さんを指しているようです。
「本人が気にしてようがしてなかろうが、それを見てるこっちが気に入ってるってのはそりゃまあ間違いねえんだろうし」
「むむむ、難しいようなそうでないような」
 理解出来てしまえばそんなに難しい話でもないのですが、まあしかしそこまでが遠い、ということではあるのでしょう。
 羽をぱたぱたさせながら唸り悶えたウェンズデーは、ヒントを求めてこんな質問を。
「それは例えば、優治殿や孝一殿にも言えるのでありましょうか?」
 たった今口宮さんが口にした、「あっち」や「こっち」といった表現。理解が追い付かない段階では、ならばそれは全ての男女を指したものだと、そう捉えてもおかしくはなかったのでしょう。
 顔を見合わせる僕と口宮さん。
「まあな」
「まあね」
 そりゃあもう。
 という話ではあるのですが、別にこれは色恋に限った話でもないわけで。
「魚が大好きなウェンズデーくん」
「なんでありましょうか?」
「『魚よりも肉のほうが美味しい』って言われたらちょっと悲しくない?」
「……なるほど、そういう話でありましたか」
 別に不味いと貶しまでされずとも、多少の気落ちぐらいは引き起こしてしまえるわけです。成美さんと音無さんで言い換えるなら――ええと、まあ、止めときますけど。
「でも、それを気にしていると何も言えなくなってしまいそうでありますが。滅多にない機会なんでありましょう? なんというか、女性の方々が裸でいる場面というのは」
 なんともさらっと言ってくれるウェンズデーだったのですが、しかし確かにその通りでもあるのです。そりゃあせっかくこういう状況、しかも女性陣がこちらから距離を取ってくれているという好条件まで揃っているなら、男である以上そういう話の一つや二つや十や百くらいはしてみたいものではあるのですが。
「じゃあこうしようぜ」
 口宮さんでした。
「自分の彼女以外について語るんだよ。そうすりゃ別に何言われても残念な感じにゃならねえだろ」
 なるほど。まったく平気、とは言わないにしても、本気で惚れ込んでいる人間が語るのに比べてかなり負担が軽減されるのは間違いなさそうです。

 というわけで。
「由依の足が長えっつう話が出たんだけどよ」
「いきなり自分の彼女について語っとるが」
「俺じゃなくて兄ちゃんだよ、言ったのは。後ろから見てた時にな」
 言いながら肩をぺちぺち叩いてくる口宮さんなのでした。なんせお互い肌が水気たっぷりなので力加減以上のいい音がするわけですが、さらにその音以上にちくちく来るものがあるのでした。
「オレだってそりゃあ全くそっち見なかったってわけじゃねえけど、オマエって案外」
「それ以上は言わないで」
 口宮さんが異原さんの話をしたから仕方なくだったんだよう、なんて泣き事を言ったところで心証は悪くなりこそすれ好転することは有り得なさそうだったので、ならばそれ以上は言いませんでしたけど。
「まあじゃあその話に乗るとしてじゃが、しかしそうなのか? 異原が? 今までそんなふうに思ったことはなかったがの」
「あー、それはマジでそうなんだよ。なんでか目立たねえけど」
 と語る口宮さんは、僕の時にそうだったのと同じくげんなりした様子なのでした。
 が、これまた僕の時と同じくそこからはすぐに立ち直って、
「って俺が言っちまうのはなんかルール破ってるような気がするけど、まあ説明ってことで。今は座り込んじまってるから確認しようもねえしな」
 とその座り込んじまってる人達のほうを向きながら。背中と後頭部だけなら今でも見えるんですけどね、と、「だけ」なんて言ってしまうと他に見たいものがあるみたいな感じになってしまうわけですけど。
 それはともかく、するとここで大吾が僕のほうを向きます。
「で、それを確認したオマエはどうだったんだよ。別に何も、とか言うなよ。話続かねえし」
 言われなくてもそれくらい分かってるけど言われるのはやっぱり辛いよ大吾。


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