(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十二章 過去形 十二

2013-03-14 20:59:58 | 新転地はお化け屋敷
 というわけで、ここは意を決することにします。投げ遣り、と言い換えることもできそうな種類の意ではありましたが。
「目立たないって言っても、一回気が付いたら後はやっぱりそうとしか見えなくなるしね。だからこう、なんていうか、身長が伸びたわけでもないのにそう見えるというか、すらっとした印象になったかなあ。ああいやいや、別に今までそう見えてなかったってわけでもないんだけど、より強調されたというか」
 それはつまり太ってたってことか、なんて捉え方はちょっと斜に構え過ぎではあるのでしょうが、でもそんなふうにもなってしまうんですよそりゃ。女性の容姿の話なんて、別にいやらしいとかそういうのを抜きにしても、ちょっとしたことが失礼に当たってしまうわけですし。
「ちょっとショックじゃ」
「なんでお前がショックだよそこで」
 意外な反応をみせた同森さんに、口宮さんがすかさず突っ込みを。さすが異原さんで鍛えられてることはある、ということになるんでしょうか?
 いや、どっちかっていうとあれは異原さんをこそ鍛えてるわけですけども。
「静音を基準に考えとったせいか、初めからそういう印象じゃったんじゃが」
「カルチャーショックってやつか」
「静音は文化じゃないわい」
 こちらもこちらで素早い突っ込みでした。そうですよね、口宮さんが異原さんにちょっかいを出す意図が明らかになったせいか今日は控えめでしたが、元々は同森さんが突っ込み役でしたもんね。
 で、それはそれとして。
 音無さんを基準に考えていたせいか、という話。それはもちろん、なんて言ってしまうとそれこそ失礼に当たってしまうのかもしれませんが、音無さんはややふっくらめの体型をしてらっしゃるのです。
 とはいえ、断じてそれは太っているというわけではないんですけどね。かつての恋に破れた男の視点からしても。
「しかし確かにそうじゃのう。ああして四人固まっているところを見ると、静音は少数派なようじゃな」
「別にそんな区別するほど丸っこいわけでもねーだろ。胸は丸いけど」
 半球状とかじゃないですもんねもう、などと乗ってみせはしませんでしたがそれはともかく、そんな物言いに同森さんはむうと唸ります。
「普段なら軽く小突いてやるところじゃが、今はむしろそういう話をする場なんじゃよな」
「そうそう、これが普通これが普通」
「なんとなく府に落ちんが……」
 まあまあ。
「じゃあまあ名前も出したことだし、次音無の話にするか」
「自分で出して自分で進めるとは。まだ足の話しかしとらんぞ?」
「んなこと言ってもお前、この話してられんの時間制限付きなんだぞ? 急いで進めねえと一人か二人についてだけ喋って終わりになっちまうし」
「それはまあそうなんじゃが」
 異原さんの話が長引くのを嫌った、と考えられなくはないのですが、どうなんでしょうね口宮さん。そうであっても何らおかしくはない場面ではあるわけですが、口宮さんがそうなるかというと疑問符を付けざるを得ないところです。
 とまあそれはともかく、というわけでこの話は女性陣の話し合いが終わるまでとなっております。内容は全く分かりませんが、済んだらこっちと合流するんでしょうしねやっぱり。
 まさか最後までこうして二手に分かれたままとか、と肩透かしどころではない想像をしてしまったところで、音無さんの話に移りましょう。
「まあ胸でけえよな」
「隠れ切れてなかったよな、タオル一枚じゃ」
「顔見えないかな」
 …………。
「兄ちゃん、注目するとこ変じゃねえか?」
「気になるっちゃ気になるけど、今気にするとこじゃねえだろ孝一」
 なんとまあ非難轟々です。
「いやほら、全員で同じ話してもっていう」
 音無さんを話題にするなら一番はそれだ、というのは僕にだって分かってはいますとも。あれほどとなったらもう目が行くのは男に限らないだろうと、男の身ながらそう推定せざるを得ませんとも。
 けれど。
「あと僕は高校で一緒になった時に見たこともあるしってことで。あの頃は音無さん、まだ前髪伸ばしてなかったし」
 外見だけで好きになるなんて勿体無いことしたなあ、と少し前にそう痛感させられたばかりではあるのですが、しかし逆に言って、外見だけで好きになれるほどのものがそこにはあったのです。
 あの頃は前髪だけでなく胸も普通だったし、と、言っておかないと勘違いされかねないのに言ってしまうと話が一気にそっち側になってしまう一言を付け加えないといけないのが、辛いところではありますが。
「そうじゃの、あの頃はまだ」
 同森さんはそう言って、けれどそれだけの意味ではないであろう笑みを僕に向けてくるのでした。
「なんだまた兄ちゃんだけ見た感じか。じゃあどうだったんだ? 顔。何年か前のことったって作りがガラッと変わるわけじゃねえだろうし」
「それは……」
 見たことがあるうえで「顔見えないかなあ」なんて言ってしまったところから察してもらえないでしょうか、というのは、やっぱりちょっと無理な相談ということになるのでしょう。
「いや、でもやっぱり顔をどうのこうの言うのはさすがに気乗りしないというか」
「ワシゃあ構わんがのう?」
 と、にやにやしながら同森さん。そうですよね、結果は見えてるようなものですもんね。
 音無さんの顔についてはこれまでにも、今日ここに来てはいませんが明くんにその話をしたことはありました。だったらなんで今回は躊躇うんだという話になるんでしょうけど、そりゃやっぱり今僕達がやっていることが、誤解を恐れずに言えば「品評」だからなのでしょう。
「だそうだぞ兄ちゃん。ほれほれ」
 うう。
「すっごい綺麗でしたよ」
 明くんがこの場にいるわけではないにせよ、その時と同じ評価を下す僕なのでした。
 今回の話は「品評」であるわけで、ならばこれはそれこそ、どれほどぼんやりした表現であっても、厳密な評価ということになるわけです。良い評価ではあるにせよ、格を付けてしまったわけです。人の顔に。
「辛そうに言うもんじゃのう」
 という声掛けにはつい反射的に謝ってしまいそうになりましたが、しかしそうする直前、同森さんが依然として楽しそうな調子であることに気付きました。というか、気付けました。どうやら未だ、デコピンで済む範疇を逸脱してはいないようです。
「へー、ちょっと意外だな」
 安心するやら恐れ多いやらで複雑な気分に陥っていたところ、するとそんな感想を返してきたのは口宮さん。
 すると、それに対して「ちょっと待て」と詰め寄るのは同森さんです。
「静音が綺麗で意外っちゅうのはどういう意味じゃ」
「いやいや、別に悪い意味じゃねえよ。つーか兄ちゃんが良いように言うってのはまあ最初から分かってたしな、この場で顔の話題出した時点で」
 あ、分かられてましたか。
「ほら、音無ってちっこい方だし、さっきも話に出たけどちょっと丸っこかったりもするしで、褒めるにしても『綺麗』よりは『可愛い』かなって思ったからよ」
「ふむ」
 その言い分なら理解できる、ということなのでしょうか、同森さんにストップが掛かりました。
 で、それは僕についても同じことだったりします。可愛い。確かに、全体的なイメージとしてはそちらのほうが似合っているような気がしないでもありません。ただ……。
「それでもやっぱり『綺麗』ですかねえ。いや、何年も前の思い出だから、美化されてたりとかはあるのかもしれませんけど」
「ははは、なるほど在り得るの」
「お前が笑うとこか今の?」
 あ、しまった。記憶ならまだしも思い出って言っちゃった。
 とは思ったのですがしかし、それは直後の同森さんがかっさらっていってくれたので、一安心ということにしておきます。
「丸っこいってのはともかく」
 とここで、それほど関わりがないから話に参加し辛かったということなのか、口数が少なかった大吾がこんなことを。
「ちっこくても綺麗なもんは綺麗だと思うぞ、やっぱ」
「めちゃめちゃ説得力あるな」
「さすがじゃの」
 ありがとう大吾。というか、成美さん。
 といったところで、
「音無さんの話になった時のことを考えたら、ここで成美さんの話になるってことでいいんですかね?」
「いいんじゃね?」
「ふう、終わったか」
「あー、成美かー」
 三者三様のお返事を頂くことになりましたが、つまりは満場一致で問題無しということなのでしょう。
 というわけで。
「それこそ綺麗の塊みたいな人ですよね」
「静音を基準にするまでもなくすらっとしとるしのう。背も高いし」
「俺らが言うだけならまだしもナタリーさんまで言ってたもんな、背中が綺麗だったって」
 というわけで音無さんの時の僕のようなノイズが入ることなく、これまた満場一致に近いような感想が三つ出たわけですが、するとここで大吾が抗議の声を上げるのでした。
「いや誰か一人ぐらい胸に触れてくれよ」
 ああ、うん、まあ、そうだよね。触れちゃいけない、みたいな感じに聞こえちゃうよね。あれだけ特徴的なのに一人も言及しないっていうのは。
 大吾ほどではないにせよ成美さんという人物をよく知っている僕は、そう言われたのなら自分から触れにいくのもやぶさかではないのですがしかし、その隣では口宮さんと同森さんが顔を見合わせていました。
 で、二人揃って大吾のほうを向き直ったところ、
「本当にいいのか?」
「そりゃまあ悪く言ったりはせんにしても……」
 というようなことになるからこそ「自分の彼女以外の話をする」というルールを設けてみたわけではあるのですが、しかしそれで万事問題無し、とは、そりゃまあそうもいかないわけで。
「構わねえよ。ていうかあんなルール作ったうえでまだ遠慮されるとか、それこそ泣けるしな」
 その時の大吾が如何に成美さんの胸についての熱い思いを語りたかったか、というのは推し量るに余りあるところでしたが、というのは僕の勝手な想像なのですが、それはともかく。
 そこまで言ってもらえれば、口宮さんと同森さんも踏ん切りはつくわけです。
「まあじゃあ胸の話するけど――ぶっちゃけあれだよな。デカけりゃそりゃあ目は引くけど、小さかったら駄目なのかっつったらそんなことねえよな、男からしたら」
「目立つか目立たないかってだけじゃろうな。今現在惚れとる女のってことになったら――ううむ、さすがにアレな物言いかもしれんが、実際目の前にした時はああだこうだ言ってられんじゃろうしの」
 その「今現在惚れとる女」が音無さんである同森さんが言うと、それは果たして説得力があるということになるのかそれとも逆になるのか、判断に迷うところではありました。
 が、しかしそんな一般的に見てどうだという話はともかく、僕個人において言わせてもらえば、それは実にその通りで。
 この場に相応しい思い出かと言われるとこれまた判断に迷うところではあるのですが、以前、栞と一緒にエロ本を見た時――簡潔に表現してしまうと酷いことになるなこれ――僕は栞にきっぱりとこう言い切っていたのです。「栞のほうが綺麗」と。
 そりゃまああんな本に出てくる女性なんて程度の差こそあれ基本的にバインバインなわけですが、しかしだからといってそれは栞に気を遣っての言葉というわけではなく、偽らざる本音なのでした。
「勘違いされそうな言い方になっちゃうけど」
 一人だけ黙ったままでは、というのもあってのことではあるのですが、そんなふうに考えた僕は自分でも意外なくらい真剣にこんなことを言うのでした。
「成美さんはあのほうがイイよね」
 黙ったままながら、大吾は深く頷いてくれました。
 とはいえしかし、大吾がそんな反応をするであろうことは初めから分かっていたことでもあるのです。猥談、ということになるんでしょうけど、そんな話をしたことがないというわけではなかったりしますしね。
 とはいえ「栞のほうが綺麗」と同じく、これもまた大吾に気を遣っての言葉というわけではありませんでした。さっきも言いましたが、成美さんは「綺麗の塊」なのです。
 言ってみれば一つの完成形というやつになるのでしょうか、例えば自由に胸の大きさを変えられるとして――世の中にはそういう手術もあるそうで、ならばあながち荒唐無稽な妄想ということでもないのでしょう――成美さんの胸を大きくするかと言われれば、それには断じて否と返すほかないでしょう。下手をすれば、あんなに綺麗なものをそんな勿体無い、と抗議の声を上げさえするかもしれません。
 僕ですらそうなんですから、大吾なんかは確実にそうすることでしょう。
「あ、頭がこんがらがりそうであります」
 苦しそうな声にそちらを向いてみれば、ウェンズデーが頭を抱えてしまっていました。
 確かにこれは人間特有の、つまりはいつもの「人間は大変だ」という話に分類されはするのでしょう。が、
「分からないってだけならともかくそんな、長々語ったわけでもなし」
 そう、いろいろ長々と考えはしましたが、口にしたのは一言二言程度なのです。
 しかしウェンズデー、心配そうに寄り添ってきたジョンに身体を預けながら――濡れたままなのでいつものようにもふもふはしていませんが――しかしそれでも引き続き苦しそうにこう返してくるのでした。
「何と言いますか、短い言葉の中に大量の何かが含まれているような……」
 なんと見事な図星なのでしょうか。
 というわけで苦笑いを浮かべるほかない僕だったりするのですが、するとそこへ口宮さん。
「名前出たわけじゃねえけど、今までの一人ずつの長さからしてそろそろ次か?」
 どきり。
 なるほど、みんなこうして顔に表れない程度の緊張に襲われていたんでしょうね。
 ということで「次」がもう一人しか残っていない以上、ならばそれは僕の――ではなく栞の話になるわけですが、しかしまあ、若干の緊張こそありはしつつ、けれど嫌というほどのものではないのでした。不安ではありつつ、けれど楽しみでもありつつ、というような。
 しかし僕の場合、その「不安」には、恐らく他三人にはなかったであろう要素が含まれていたりもするのでした。
 というのも栞は、胸が大きかったり、小さかったり、足が長かったり――といったような、際立った特徴というものがないのです。強いて言えばその栗色の髪でしょうが、まあそれは、今回の話題からは若干逸れているような気もしますし。
 けれどもちろん、だからといって他三人に比べて評価が落ちるというわけでない、と言い切れるくらい彼女の容姿に対して自信を持ってはいますし、そしてそこに僕の個人的な感情まで加わるとなれば、そりゃあやっぱり僕の中でのトップは栞ということになるわけですが。飽くまでも僕の中では。
 ……それにしても、個人的な感情はともかく「自信がある」というのは、いくら夫だからって僕が言うようなことなのか、という話ではあるんでしょうけどね。
 ――というようなあれこれを考えている間にも周囲の視線は僕に集まり始め、そしてその口が開き始めるわけですが、しかしその時なのでした。
「おーい」
 栞の声でした。
 見ればこっちを向いて手を振っていて――ええ、まあ、もう前も隠れてはいないわけですが、それについて今更どうこう言いはしないでおきましょう――その呼び掛け方からして、どうやら僕達に「こっちに来い」と言っているようでした。
 タオルを外しているにはしてもそりゃあ、もう片方の腕で隠すことはできたのでしょう。けれどここまで来てそれをするかと言われたら微妙なところで、ならば別に、栞のその振舞いは咎められるようなものではないんだろうな、と。
「話は出来なかったけど」
「もういいよなこれで」
 凝視するなスケベども。
「容姿の話じゃないにせよ、ああいうのもそれはそれで魅力的なんじゃろうな」
 凝視というほどではなく、というかすぐにこちらを向き直してきた同森さんは、そんなふうに言って厭らしくない種類の笑みを浮かべてくるのでした。
「ですね」
 ですけど、最近になって急激にあんな感じになってきた気がするんですよね。とまでは、言いませんでしたけどね。果たしてあれは大好きな人の真似ということなのか、それとも彼女自身の地の姿なのか。
 どちらにしても歓迎なんですけどね、やっぱり。

 最短距離を歩いていってもよかったのでしょうが、外周を回ってこざるを得ないジョンとウェンズデーのこともあって、僕達四人も湯船をぐるっと半周することに。
 ちなみにその移動の為に立ち上がる際、やっぱり全員腰にタオルを巻くのでした。とはいえそろそろ、「ちらりとすら見えないように」というほど几帳面な動きではなくなってはいたんですけどね。しなくても構わないけどこうしたほうがいいんだろうな、程度だったのでしょう。
 なんせ栞の丸出しっぷりの直後だったこともあって、というのは考え過ぎなのかもしれませんけどね。
「ごめんね、待たせちゃって」
「何の話してたの?」
 僕達を呼んだのが栞であるなら呼ばれた後に始めて声を掛けてきたのも栞であって、ならば、というほど関連があることでもないのかもしれませんが、男性陣で最初に口を開いたのは僕なのでした。
 これまた几帳面ではない動作でタオルを取り払いつつ、呼ばれたその場で適当に腰を下ろし――なんだかんだでそれぞれのカップルで固まっていたこれまでと違って、本当に適当に――てみたところ、栞が浮かべたのは苦笑なのでした。
 そういう顔をする話題だったのか、と内情を曇りがちにしてしまう僕だったのですが、
「ほら、ジョンを洗ってる孝さん呼んだ時に私、後ろから抱き付いたでしょ? あれはどうなのかっていう話になっちゃって」
 杞憂なのでした。そういえば杞憂って「雲が落ちてくるかも」っていう話なんだっけ、と落ちてくるどころか雲散霧消した内情の雲に、そんなどうでもいいことを考えてしまったりも。
「あ、あの、別に非難したとかそういうわけじゃなくてね? 逆にここまで来たらそういうことしてったほうがいいのかなって、そういう話でね?」
 一瞬にして深刻さが消えうせた僕に、けれど深刻な様子でそう話し掛けてきたのは異原さんなのでした。栞と、というか他の女性陣と同じくこちらを向き直してはいるのですが、しかしその姿勢は膝に顔を埋めるようなガッチガチの体育座りで、ある意味タオルより更に強固なガードを形成しているのでした。
 注目されそうなのがその上半身の盾になっている足だなんてことは、露ほども思ってないんでしょうね。
「で、話し合いの結果は?」
 だからといってまさかこの場面で異原さんの足をジロジロ眺めるわけにもいかず、僕は再度栞に尋ねます。栞だったらジロジロ眺めても角が立つことはないですしね、なんて、間違いなくはあるにしてもそこまではしませんけどねそりゃ。
 ともあれ栞の返事ですが、それはとても短いものでした。
「アリで」
「……なんというか」
 結構な時間を取った割には簡潔な、と言おうと思ったのですが、
「ただし、他のお客さんもいるんだから程度は弁えて」
「ああ」
 誰の何を指してそんな話になったのかというのは、言うまでもないのでしょう。なんせ該当する候補が一つしかないのですから。
 それはきっと、栞自身の口を通しているからそんな嫌味ったらしい言い方になっているのであって、実際は栞の気を悪くしないよう配慮して回り道に回り道を重ね、そうしてようやくそれと同じ意味の結論に辿り着いたと、そういうことなんでしょう。非難したとかそういうわけじゃなくて、とのことでしたしね。
 そんなわけで栞は動き辛そうにしており、だったら僕からどうのこうのというのも同じくやり辛かったりするわけで、ならば夫婦揃って他の人達がここからどう動くか観察する姿勢に入ったのですが、
「由依」
 一番に動いたのは口宮さんでした。いや、動いたといっても口だけですが。
 その瞬間の異原さんときたら、身体の震えだけで水音が立つほどだったのですが、しかし驚きが強過ぎたせいで逆に声が出なかったということなのか、
「なによ?」
 一拍置いて初めて出た返事それ自体は、落ち付いた口調ではあるのでした。
「俺がそっち行くのとお前がこっち来るの、どっちがいい?」
 そんな問い掛けに異原さんは改めて周囲の様子を窺うわけですが、そこで何を見るべきだったのかというのはやはり、現状では女性グループと男性グループに集まりが分かれているということなのでしょう。
 口宮さんが女性グループに突入するか、異原さんが男性グループに突入するか。
 いや、別に二人一緒に動けばいいだけの話ではあるのですが、ともあれ口宮さんは異原さんにそのどちらかを選ばせに掛かるのでした。
 異原さんにしたってそれくらいのことが分からないわけではないのでしょうが、しかし口宮さんの意図を汲んでということなのでしょう、
「……あたしがそっち行く」
 と、そう決断なさるのでした。
 ――とはいえこの視線を集めている中で立ち上がるようなことはせず、座ったままずりずり腰をずらしていく、という移動方法ではありましたが。
「笑ってくれていいわよ」
「笑うところがあったらな」
 自分の傍に辿り着き自虐的な物言いをする異原さんを、けれど口宮さんはその頭をぺちぺちと叩きながら迎え入れるのでした。
「まあ、こうなったらあとはくつろぐだけだし」
「そうね」
 二人で横に並んで、それだけ。さっきの栞の話から考えればそれは、程度を弁えて、どころか何もしていないも同然ではあるのでしょうが、けれど異原さん的にはそれが精一杯ということなんでしょうし、だったらそれでよくもあるのでしょう。
「後悔したくねえからってことなら、もうしねえだろ」
「ええ」
 異原さん、だけでなく口宮さんも一緒に、嬉しそうにしてましたしね。
 ――さて。そちらはそれでめでたしめでたしということであっても、行動に出ていない僕達はもちろんまだそういうわけにはいきません。
 というか、今ので行動すべき理由が一つ増えました。単身で男どもの只中に乗り込むという異原さんの勇気は既に示されたわけで、ならばこの状況を維持する必要はありません。あとはもう、一刻も早く散らばってその勇気に報いるべきなのでしょう。
 無論、だからといってなんの意味もなくただこの場を離れるというのはNGです。気を遣われた、なんて余計な情報を抱かせるべきではないんでしょうしね。
「大吾ー」
「なんだー?」
 次に動いたのは成美さんでした。口宮さん達の時に比べやや距離があるせいか、お互い遠くの相手に声を掛ける時の調子なのでした。
「程度を弁えて、という話になったのはさっき日向が言った通りなのだがー、膝の上に座るのはどう扱われるのだー?」
 考え込む大吾なのでした。確かに、微妙なラインではあるのかもしれません。
 考え込む、とはいえそれはそう長い時間を要するものではなかったのですが、しかしその眉間にしわが寄った表情から察するに「太く短く」という種類のものではあったようです。
 大吾、両腕でマルを作ってみせるのでした。
 となれば成美さんが嬉しそうにこちらに移動してくるわけですが、しかし口宮さん達の時とは違い、大吾からもそちらへ歩み寄るのでした。
 そしてこれもまた口宮さん達の時とは違い、ということになるのですが、二人とも立ち上がって移動したのでした。いやまあ距離があったからということでもあるんでしょうけど。
 敢えてその様子を語ったりはしませんとも。ここで語らないで済むようにさっき女性それぞれの話をしたんですから、というのは、たった今思い付いた言い訳なんですけどね。
 とまあそれはともかく、いつものように大吾の膝の上に成美さんが腰を下ろしたところ、
「小さい方の身体なら大丈夫、ってことにしようかとも思ったんだけどな。他の客の目を気にするって意味じゃあ、いちゃついてるってふうには見えねえんだろうし」
 と大吾。すると成美さんは「ん?」と首を傾げてみせるわけです。
「わたしはそれでも良かったぞ?」
「そっちの裸を晒すのは別の意味でマズいっていうか」
 御配慮ありがとうございます!


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