(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十二章 思い出の人 三

2009-01-29 21:21:16 | 新転地はお化け屋敷
「……で、喋ってる間、普通に正門に向かっちまってるわけだけども」
「いやあ、もしかしたらこっちで待ってるかなって」
「俺なんて本当は自転車置き場にいかなきゃなんだけどなあ、まずは」
 探してまで会うことはないとは言っててもやっぱり、なんて嫌味なことを言おうとしたところ、
「あぁら! 本当に来てくれたわねぇ。先日はどうもぉ、彼女連れ二人組みさぁん」
 なよっとした雰囲気を纏いつつ、にゅるっとした言葉遣い。一度だけ会ったことがあるということも、彼がどんな人だったかも、一度しか会ったことがないというのにハッキリと頭に甦った。しかも一瞬で。
 そしてそれは明くんも同じだったらしく、「あ、鬼ごっこん時の司会の人」と即納得。
「えーと……ああそうそう、音無さんとペアだった人のお兄さん、なんでしたっけ」
 そうです。だから彼は今ここで音無さん異原さんと並んでいて、何の違和感もないのでしょう。どういう経緯で一緒にいるのかまでは分かりませんけど。そして当然のように、異原さんの傍に立っている栞さんの存在には気付いていないようですけど。
「そんなに細かいところまで知ってもらえてるなんて、感激だわ! あの司会を引き受けなかったら接点なんてなかったでしょうにねえ、一回生のコとなんて」
「あー、いえその、印象的だったんで。弟さん……って言っても先輩だけど、あの人と対照的と言うかなんと言うか」
 身長がやや低めで筋骨隆々な弟さんと、身長がやや高めで線の細いお兄さん。対照的と言うより、対照そのもののような気もする。その言葉遣いまで含めて。
 もちろん、同森さんと対比するまでもなくお兄さん個人でも充分に印象的なのは言うまでもないけど。
「あたしに似たいとは思わなかったんでしょうねえ。まあ、身体つきについては生まれ持ったものだったりもするんでしょうけど」
 さりげなく自分を卑下するような言葉ながらも、薄い笑みは絶やさない。人当たりのよさそうな笑みだと言えばその通りなんだけど、しかしこの人が「こういう人」だからなのか、人当たりのよさそうなというその額縁通りに受け止めるのには、やや抵抗があったりなかったり。
「でもまあ、今ここにいてあげない奴の話なんかどうでもいいわね。名前くらいはきちんと名乗っておきましょうか、友人の友人として」
 ここにいないのはごもっとも。しかし、いてあげないとは?
「同森哲郎の兄、同森一貴です。弟とそのお友達ともども、どうぞよろしくね。――ああ、そっちのお名前はもう聞いてるわよ。事情と一緒にね」
 人となりの割には男らしいお名前で。……それはともかく、そしてこっちの名前がもう伝わっているというのならそれもともかくとして、言っておきたいことが一つ。
「あの、鬼ごっこの時に僕とペアだった女の人、本当に彼女とかじゃないですよ?」
 ペアだった女の人とは、つまり成美さんだ。あの鬼ごっこの日にも勘違いされたけどその人は友人の彼女であるわけで、ましてや僕自身にも彼女がいるわけで、ならばこれはきちんと訂正しておかなければならないだろう。しかもその僕の彼女が一貴さんのそのすぐ隣に立ってるんだし。見えていないとは言え。
 でもそこで、栞さんが動く。
「あ、あのね孝一くん、それもさっき一緒に――」
 そしてその声に気付かない一貴さんも動く。
「うふふ、あの時はごめんなさいね。つい早合点しちゃって」
 ……ん? それが分かってるなら、じゃあさっき言ってた「彼女さん」って?
「ここにいるんでしょう? 日向くんの本当の彼女さん。あたしには残念ながら見えないけど、可愛い人だそうじゃない」
 一貴さんの後ろでは異原さんが、こちらへ向けて手を合わせつつ頭を下げていた。

「結局どうなったんですか? 音無さんを追いかけていった後」
「あー……二限は、サボることになっちゃったわね。ま、まあ、一回くらいどってことないんだけど」
 サボる原因となってしまった音無さんが俯くのを見て慌てた口調になったりしつつ、異原さんが言う。そして続くのは一貴さん。
「そうそう。その程度で問題だったら、異原さんの彼氏なんてねぇ?」
「ちょっと待ってお兄さん! それ、言わないでってさっき!」
「あらあ? 日向くんと日永くんにも駄目なの? てっきりてっちゃんだけの話だと思ってたわあ」
 えーと、急に話が飛びましたね。異原さんの彼氏さん? ぱっと思い浮かぶ顔はありますけど、やっぱりあの人でいいんでしょうか? てっちゃんっていうのは確か、同森さんのことだったと思いますけど。名前、哲郎ですし。
「あのー……?」
 怪訝そうな様子を隠さない明くん。今日の今日まで顔を知っている程度でしかなかった異原さんのそのまた彼氏となると、さすがに話についていけないんだろう。
 すると異原さん、そんな様子の明くんへしばし絶望的な視線を向けた後、溜息とともにがくりと首を垂らしてしまった。
「……その、まあ、極々最近に彼氏ができたのね……」
「極々最近、ですか」
「ええ、まあ。お兄さんに幽霊のことを説明する時、そっちのほうの話にもなっちゃって」
 ということは、大小をさておいても、幽霊の話とその彼氏さんの話は関わりがあると見ていいだろう。異原さんにとって幽霊の話となれば昨日の話は外せないだろうし、何より彼氏ができたのが極々最近。最近ではなく極最近でもなく、極々最近。となればもう、ほぼ確定なのではないだろうか?
 一貴さんへの説明の時にその話をしたというなら、同じ場所にいた栞さんも聞いているだろう。ということで耳打ちでも何でもして尋ねてみようかと思ったその時、
「なんじゃ、こんな所におったか。……なんでまた兄貴まで」
「ちわっす、一貴さん。……で、なんだ? どっか外で食うってか? 食堂にいねえから探したじゃねえか」
 食堂ではない「こんな所」、つまり校門前に集まっている僕達のもとへ、同森さんと口宮さんがご到着。どうやらお昼はいつも一緒だってことだそうで。
 しかし、それについてのあちらの不満を一貴さんは無視。
「さてどうしましょうか異原さん。静音ちゃんはともかくあたしにまで話しておいて、てっちゃんだけ仲間外れっていうのもどうなのかしら?」
 まあ、無視してまで進めるほどに重要な話ではあるんですけどね。
「そうなんですよね……。ああ、本当に軽率だったわ。こうしてじわじわ話す相手が増えていっちゃうんだわ……」
「何の話じゃ? ワシが仲間外れ? 口宮ならまだ分かるが」
「んだとコラ」
「冗談じゃ。で、真面目に何の話なんじゃいな?」

 と、そんな展開を経て。
「日向さんは……あの、お昼ご飯、いいんですか……?」
 普段にも増しておどおど感の増している音無さんから、そんなお気遣い。走って逃げ出す直前に見たのが僕の顔だったことも考えるに、どうやら怖がらせてしまっているらしい。
「うーん、どうするか今悩んでる最中で」
 あの時、そんなにひどい顔をしていたんだろうか? 今はもう責めたりする気持ちは欠片もないんだけど。……「今はもう」ってことは、その瞬間にはあったのかな。やっぱり、少しは。
「あの、孝一くん? もし栞に気を遣ってくれてるんだったら――」
「あはは、そうですね。やっぱり食べることにします」
 栞さんが言いたいことは、その申し訳なさそうな表情を見ただけですぐに分かった。しかしそれを全部言い切らせるのは躊躇われたのでさっさと返事をしつつ、ついでに音無さんに向けたであろうひどい顔が今更ながら気になったので多少無理に笑ったりもしつつ、この場で昼食を取ることを決定。
 ちなみに「この場」とは、大学の食堂。長机に総勢八名、ずらりと勢揃いなのです。一息ついたら給仕のおばちゃんのもとへ向かうことにはなりますけど。
「……なんかもう、何から何までごめんなさいね……」
 音無さんの件と同じくこちらとしては何とも思っていないものの、すっかりしおれ気味の異原さん。
「喜坂さん、こんな人多い所じゃご飯食べ辛いだろうし」
 先ほどの同森さんへの説明ついでに、ただ幽霊だというだけでなくそういうところの事情も話しておいた。幽霊も必要ではないとは言え食事はするだとか、会話をするくらいなら人目のある所でも大丈夫だけど食事となるとそうもいかない(食器が突然消えたりするし)だとか。なのでそういうお気遣いも頂けるわけですが、でも幽霊どうこうとは別に、今日の栞さんには事情があったのです。
 ――残念だけど栞さんの手料理はまた今度、かな。
「いえいえ、お構いなく。お腹空いたりとかはないですから」
 栞さんだって楽しみにしていた分残念だろうに、異原さんの話に合わせてぱたぱたと手を振ってみせる。幽霊どうこうとは別の事情とは言え、それを説明したら異原さんの表情はますます暗くなるから、ということなんだろう。
「にしても、こんな大人数で飯食うのなんて久しぶりですよ俺」
 話の腰を折るようにして、明くんが切り出した。いや、ここは切り出してくれたと言うべきだろうか。――でも、
「前の土日で旅行に行ったんでしょ? 久しぶりってことは……」
「あれは六人だったしな。こっちのが多いだろ?」
 男子二名に女子四名。確かに六人だけど、そういう問題なんだろうか。
 しかし何はともあれ話の流れは変わったようで、
「前の土日ねえ。うふふ、こっちの二人もその時に――」
「兄貴!」
「かか、一貴さん……!」
 変わった結果、よく分からない話に。と言って、何があったか予想ができないこともないような展開でもあるけど。
「まあまずは、食事の調達からね。うふふふ」

「日向と喜坂、そろそろ帰ってきてもいい頃だと思うのだがなあ」
「ん? こういう時に限って中々散歩に行かないと思ったら、二人を待っていたのかね?」
「――ふ、待ち切れないのか? 珍しくお前が一緒なんだ、賑やかなほうがいいと思ったのだがな」
「くくく、それはそれはお心遣いどうも。あの二人なら誘って断られるということもないだろうからね」
「おい、成美」
「心配するな大吾。自分で言い出したことだ、ちゃんと分かっているさ」
「ん? 何の話かね?」
「気にするな。――まあ、お前用に特別コースなど、考えてみていてな。まだ秘密だが」
「ほほう。すると、さっき大吾を台所に引き込んだあれか。くくく、こそこそと何をしているのかと思っていたが、そんなことだったのかね」
「そんなことって、じゃあどんなの想像してたんだよオマエは。確かに『そんなこと』だけどよ」
「ん? 言っていいのかね? 人間はこういう話を大っぴらに口にするのを好まないと思っていたが」
「止めておけ大吾。どう考えても碌な話ではないぞこれは」
「みてーだな」
「うむ。で、そんなことよりも現状なのだが、どうも大学の二人の帰りが遅い。もしかしたらあちらで何かあったのかもしれんし、もう先に行ってしまうか?」
「わたしは構わないよ。多少、残念でもあるがね」
「そうか、では早速行くとするか。――ところでチューズデー、今回お前がここへ来たのは、大吾が目当てだったよな?」
「ふむ? まあ、その通りだが。なんだ、やはり気を悪くしていたかね?」
「いやいやむしろ逆だ。ならばジョンとナタリーをわたしが引き受けてやろう、とな。特にナタリーはあれで結構なお喋りだから、大吾はそちらにつきっきりになってしまうぞ」
「ふむ、分からんでもないね。お前に貸しを作るのは気が引けるが、話自体には気が乗らないこともない」
「はは、貸しだとかそんなつもりはないさ。よし、ならばそういうことで。わたしはジョンとナタリーを呼びに行くが、お前と大吾は先に行ってくれていていいぞ。どの道を通るかはさっき決めたからな、台所で」
「気をつけろよ哀沢、今日は楽君が部屋にいるからね。挨拶の成り行き次第では散歩に出られなくなるかもしれないぞ」
「ふ、じゃあ追い付くのが遅い場合はそうなったと思ってくれ。そうならないようには気をつけるが。――それでは、行ってらっしゃいお二人さん」
「む? 哀沢はまだ出ないのかね? ジョンとナタリーを呼びに行くのでは?」
「実体化するために着替えるからさっさと出てくれ、とそういうことだ。リードを引く相手が自分並の大きさというのは、少々格好悪い気がしてな」
「くくく、また妙な見栄を。それにわたしはともかく、今更大吾に着替えを見られてどうということもあるまい?」
「……どうということもあるわ馬鹿者! さっさと出て行け!」

 一貴さんの言うこっちの二人。つまり、音無さんと同森さん。その二人についての話も聞きたいところだったけど、食事中の時間は、栞さんへの他愛のない質問もろもろで潰れていきました。僕や異原さんが栞さんの通訳をする形だったので、周囲の人からすればただの会話だったんでしょうけど。
「ごちそうさまでしたー」
 それぞれが思い思いに持ってきたメニューを堪能し、その中で最も食べるペースが遅かった一貴さんも、ついに両手を合わせる。食べ終わりが遅いからと言って量が多かったというわけでもなく、一皿数十円の小さなおかず数種類とご飯が並んだだけなトレイからゆっくりと食べ物を摘んでいくその様相はどことなく、優雅という単語を連想させるのでした。
「お待たせしちゃってごめんなさいね。あたし、食べるの遅くって。うふふ」
 こういう人なのに。――というか、こういう人だからこそなのかな。
 その「ごめんなさいね」は、少なくとも僕が見た限りでは、この場全体に向けた言葉だった。
 だけどそこで異原さん、「いやあの、待ってなんか。言い出すタイミングが掴めなかったって言うか」とまるで自分にだけ向けられた言葉かのように慌てた反応。しかも一貴さんの台詞との繋がりがイマイチはっきりしない。
 なんて思ったその途端、
「……あー、言い訳にしかならないわねこれじゃあ」
 口調が一転、吐き捨てるように投げ遣りな言い草。しかし聞いている身としては一体何の話なのやらな状態なわけでして、つまり、何がどういうことですか異原さん?
「何が言いてえんだお前? わけ分かんねえぞ」
 異原さんの隣からじろりと見上げる口宮さん。口調は多少乱暴ですが、つまりは僕と同意見のようです。
「あ、ごめん。えーと、その……」
 いつものように何か言い返すかと思ったら、そんなことは無く。
 そしてそれから何かを考えているような数秒の間を置くと、異原さんは突然に立ち上がった。あんまり勢いがよかったもんだから椅子はガタンガタンと音を立て、それなりに賑やかなお昼時の食堂内においてもその一瞬だけ、周囲からの視線を感じたような気がした。
 ――が、その後、一瞬というだけでは済んでくれなくなった。
「ごめんなさい! あたしが軽率でした!」
 大声と言ってしまって差し障りのない声量で謝った異原さんは、それに合わせて深々と頭を下げていた。立ち上がっているのにテーブルへ額が触れそうなくらいに。
「お、おいおい異原、何もこんな所でじゃな。そりゃあさっき事情は聞いたが」
 辺りを窺うようにしつつ、同森さんが止めに入る。
 しかしわざわざそうして窺うまでもなく、そしてもはや視線を感じるというだけの話ではなく、通り過ぎる人や席についている人――とにかく視界に入っている人達の殆どが、僕達の集団の側を向いていた。そのせいなのか同森さんの止め具合もあまり積極的なものとは言えず、そしてそんな具合だったからなのか、
「わ、わたしも……! ごめんなさい、でした……!」
 異原さんとまるで同じ動き、まるで同じ声量で、今度は音無さんが頭を下げてきた。
 そうなってしまうともう同森さんから止めに入ろうという気は抜けてしまったようで、困り果てた顔をしつつも黙って椅子の背もたれに身を任せるのでした。一方で口宮さんは難しい顔をしてはいるものの何を言うでもなく、他方明くんはというと無表情に近く、一貴さんに至ってはうっすらと微笑んでいるようにすら。
 しかし誰がどういう様子でいようと結局、同森さん以降に止めに入る人はいなかったわけで、そうしている間に(何もしていない間にとも言いますが)異原さんと音無さんは、頭を上げていました。と言ってもそこから再度席につく様子はなく、すると音無さん、立ったまま異原さんに声を。
「……いや、わたし『も』じゃなくて……あの、由依さんは……悪くないです……」
「そんなわけないでしょ」
 しかし異原さん、おずおずとながらも自分を庇おうとしている音無さんの意見をばっさり。
「あたしが悪くないんだったら、静音なんてもっと悪くないじゃないの。あの時静音が言ったのは――喜坂さんの前でまた言うのも、アレなんだけど……」
 言いつつ、その申し訳なさそうな横目が栞さんを視界の中心へ捉える。しかし栞さんはそんな異原さんとは正反対な柔らかい笑みで、「大丈夫ですよ」と。
「ありがとう、喜坂さん。――あれは、静音と同じ立場だったら誰でも言っちゃっておかしくないことよ。だから言った本人じゃなくて、そういう状況を作っちゃったあたしが悪い。静音だけが悪いだなんて、そんなことあるわけないでしょう?」
「……でも……でも、わたしがあんなことを言わなければ、由依さんが謝ることはなかったんですし……」
 そんな遣り取り。さっきは機会を逃してしまったけど、これは今からでも止めに入ったほうがいいのではないだろうか、という意見が頭に浮かぶ。なんせ栞さんはまるで気にしていない様子だし、僕だって現在の状況に慌ててしまっているのは否定できないものの、音無さんの発言についてのみを言えば栞さんと同じくだし。
 さて、ぼやぼやしていたらまた機会を逃してしまう、というわけで。
「あの、僕と栞さんはもう、何とも思ってないですから」
「僕と」を付け加える必要があったかどうかは定かではない。でも発言者が僕である以上、付け加えなかったら僕自身はどうなんだという話になってしまいそうな気がしたので、念のために。
 しかしこちらを向いた異原さん、それに音無さんも、それですっきり解決という表情ではなく。
「……取り敢えず、どうぞ座ってください。ちょっと目立っちゃってますしね」
 冗談口調で言ってみたものの、そして二人はすんなり座ってはくれたものの、それでもやっぱりその表情は暗い。ううむ、本当にもう何とも思ってないんだけど。それに後から合流した同森さんと口宮さんへの説明の時も、僕と栞さんのそういう意向はちびちび挟んではいたんだけどなあ。
 事態を動かしてはみたもののさてこれからどうしようか、と無い頭を振り絞ろうとしたその時、
「うーん、やっぱりこういう場は年長者が取り仕切るべきだったり?」
 冗談ぽく発言したばかりの僕が言うのもなんだけど、緊張感なんて欠片も感じさせない口調。一貴さんだった。
「まずは日向くんと喜坂さん。何度も言ってくれてるのにしつこいようだけど、この件に関してはもう何とも思ってないのよね?」
 すると栞さんは考えを差し挟む時間すらとらずに「はい」と頷いた。と言ってもそれが分かるのは僕と明くんと異原さんの三人だけなので、
「思ってないです。栞さんも、そう言ってます」
 と答える。すると一貴さんは「そう、ありがとう」と言いつつも素っ気無く他へ視線を移した。
「で、異原さんと静音ちゃんは、そのことについて謝りたかったのよね?」
「はい」
「……はい……」
「ならもう解決じゃない? 二人ともたった今、はっきりと謝ったじゃないの。自分が悪い、いやいや自分が悪い、なんてのはもう謝罪じゃあないわよ。それは単なる罪の意識の押し売りね。誰も望まないし誰も喜ばないわ、そんなもの」
 身体の性別とまるで合っていないその口調は、これまでと変わらず緊張感の欠片もない。ただ、言われている二人にしてみれば相当に厳しい内容だと思うし、事実、異原さんも音無さんも、何も言い返せないで塞ぎ込むばかりだった。
「異論反論がないならこれでお開きにしたいところよねえ。可愛い女の子には笑顔が一番だと思うのよね、あたしは。――ああそうそう、こんなあたしだけど、異性としての興味は女の子にあるんでよろしくね」
 語尾にハートマークを付けたような発音で急にそんなこと言わないでください。そりゃあ男に興味あるよりは遥かにマシですけど、と言うかそれが普通なんですけど、薄ら寒さが拭えません。「そういう口調を使う男性」としては違和感のない華奢な容姿が余計にそうさせているのでしょうか? もちろん、「男性がそういう口調である」という考え方では違和感ありまくりですけど。
「おい兄貴、喜坂さんが怖がったらどうする。わざわざそういうことを言わんでもいいじゃろうに。既に彼女持ちじゃろが」
 なんですと。
「あら失礼ね。彼女持ちだと異性の興味について語っちゃ駄目なの? だったらてっちゃん、あなただって――」
「それは言わんでもいい! それにワシゃ別に語ってないじゃろ、そんなこと!」
「……あの、哲郎さん……多分もう……無駄なような……」
「そうそう無駄よ、むーだ。それにねえ、てっちゃんももういい年でしょう? その程度、恥ずかしがっててどうするのよ」
「分かっとるわそれくらい! こんな場所で発表するなと言うとるんじゃ!」
 ……そうはならないだろうけど、もしこの二人が喧嘩をしたら。身長面では一貴さんが相当に差をつけていますが、それ以外の体格面では同森さんが圧倒的。一体どうなるんでしょうか? 酷いようですけど、やや興味があったり。――いや、と言うかですね、異原さんが頭を下げた時以上に注目されちゃってるような気がかなり致しますが。
 とここで、そろりそろりと挙手をする人物が一人。
「あのー、すんません」
 明くんでした。
「ああ、ごめんなさいねえ騒がしくって。何かしら? 日永くん」
 騒がしかったのは同森さん側だけとも言えるんですけど、なんてついつい考えてしまうくらいにあっさりと謝罪する一貴さん。しかしそれがむしろ効果的だったようで、同森さんはその逞しい腕を組んでぶすっとしつつも、黙り込んでしまうのでした。
「弟さんのほうに彼女ができた、って話ですか?」
「ええそうよ。兄としても喜ばしいことだわ」
「勘違いだったら謝りますけど――もしかしてその彼女って、こちら?」
 挙がっていた手が形を変え、人差し指を突き出す形状に。そしてその人差し指の先には、
「あ、あの……えっと、……はい……」
 誰だかは言うまでもないですね。真っ黒さんです。頬は赤いようですが。
「おめでとうございます」
「あ、これはご丁寧に……」
 律儀に頭を下げる明くんへ、律儀に頭を下げ返す音無さん。律儀であるがゆえにおかしい行動ではないはずなんだけど、それでもどこか可笑しいのは何なんでしょう。
「ほらほらてっちゃん、静音ちゃんにだけ頭下げさせてないで」
 焚きつける一貴さんに、「ぐぬぅ」と呻く同森さん。しかし言い返すことはできないようで、そのせいかかなり気まずそうではありつつも、明くんへぺこりと頭を下げるのでした。確かに、数日前にちょっと顔を合わせただけの相手にするにしては抵抗がある対応なのかもしれない。
「んふふ。それとね日永くん、さっき言ってた異原さんの彼氏だけど――」
「やー! ちょっと一貴さん、そればっかりはどうかご勘弁を!」
「んだよてめえ、俺が彼氏ってなぁそんなに恥か」
「ぎゃー!」
 直後、プリンのような頭へスパーンと鮮やかな平手打ちが。グーではなくなったようです、少なくとも。


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