心の自由

被曝を最小限にして命を繋ごう!

<関西>訪問した観光地の空間放射線量測定結果

2012年04月20日 | 日記

 1週間大阪滞在。訪問先(大阪京都兵庫)の空間放射線量測定。

                  単位μSv RADEX RD1503(測定値×0.5で調整)

                                 (東京都健康安全センター草むら 測定同一地点で約2倍を確認)

13日晴れ 7:50東京中野0.07  8:40東京駅こだまホーム0.05  

        13:00新大阪駅こだまホーム0.04

14日曇り 11:00動物園前0.08   11:07通天閣下0.07   12:43難波駅近歩道0.08 

              12:55難波駅地下鉄車内0.04   13:06尼崎駅車内0.05

              13:30 甲子園駅出てすぐコンビ二近歩道0.10   13:44甲子園筋歩道0.07

        14:14阪神甲子園球場ライト0.05 

15日曇り 11:30曽根崎警察署 前0.07   11:42大阪駅JRバスターミナル(屋根あり)0.07

16日曇り 9:02京都駅近くバス車内0.06   9:57仁和寺 駐車場0.05

             10:37金閣学区駐車場0.06   11:20原谷苑内0.07 

       13:50仁和寺12番札所山中0.07

17日晴れ 9:30地下鉄東梅田駅ホーム0.05   9:47天満橋駅出てすぐ歩道0.06

             10:50大阪造幣局 中①0.09   10:55造幣局 中②0.08  

       11:20造幣局出てすぐの歩道0.07

             16:50阪神三宮車中0.05  17:06市営地下鉄三宮ホーム0.05

             17:35運動公園駅近くの車中0.05    17:50ほっともっとフィールド神戸外周0.08

             18:04球場内ライト0.06

20日曇り 16:35東京中野0.07    ( 関西は東京低め地帯とあまり変らない?)


放射線実験恐怖体験記

2012年04月14日 | 日記
放射線実験恐怖体験記   2011年03月30日の日記(再掲載)

大学四年の時、放射線を使った実験を、 初めて入る、
通常の研究室と隔離された、黄色に黒のマークがついた、
<放射線(専用)実験室>でやることになった。

ストマイに放射線でマーカー(目印?)をつけて、 <ストレプトマイシン(抗生物質)について書かれた、米国の論文>を検証することになった。
<どういう条件で、ストマイの何処の箇所で吸着するか否か> を調べた。

卒論で私を指導する(私淑する)山岸三郎教授 ※は、多忙を極めていた。
教授の代わりということで、○○助手と一緒に実験することになった。
助手は、初めての、ものものしい、隔離された、遠くの実験室に私を案内した。
私を残して、何故かあっという間に、頑丈な扉を閉めて帰っていった。

付き添ってくれると思っていたので、突然の事態にうろたえ、混乱する私。
「何故初めての放射線実験で一人なんだ、何が起こったのか?」の言葉が頭を駆け巡り、 足はがくがく、心は震え、頭は恐怖でパニックになった。
  
血気盛んな頃だったから、逃げ出したい恐怖を抑えて、
かろうじて踏みとどまり、震えながら、両足を広げて踏ん張り、
深呼吸をしながら、やっとのことで実験を終了。
当時の詳細は全て、所要時間さえ、記憶からぶっとんだ。

当時、誰にも話したことは、多分ない。それすらも判らない。
胸の奥深くにしまわれていたようだ。
緘口令とかでなく、恐怖からの防衛反応かも知れない。
稀に頭の片隅でぼんやり思い出すことがある、という感じ。

※ http://ci.nii.ac.jp/els/110003648242.pdf?id=ART0004169845&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1308408204&cp=

福島原発での三人の方の被爆事故で、昔の体験が強く引き出された。
私の恐怖体験の地に近い、放医研に入院した三人を、

  「神様、どうか、三人の命を助けて下さい」
   と、日本中で祈るしか、すべはなかった。
   私も祈り続けた。

ご無事で退院されて、本当に良かった。
(これからも後遺症の心配が、案じられるが。)

あの、三人の被爆事故は人災だ。
「専門家が同席して、放射線測定や指導をしたら防げた」と、素人として考える。
私は、この放射線実験恐怖体験(放射線が見えない、無知でわからない、初めて)を味わったからこそ、彼らの苦悩を想像することが出来た。
今は、恐怖体験が出来て良かったと思う。


追加)
 日記を書いてから、学部の同級生4人に読んで貰った。
 皆「一人での放射線実験はしなかった」との事だった。
 私の放射線実験は、後にも先にもこれ一回限りだった。
 恐怖の中身を、誰にも理解(共感)して貰えず、残念であった。  



ジュリー福島を謳う

2012年04月12日 | 動画

ジュリー 【拡散】 ☆国は何を守るの☆世界が見てる福島☆へこたれるな福島☆RT 

”すごくストイックに曲を作り上げるポリシーを持った人。ぜひ聞いてみて!

 


小出先生の動画プレゼントありがとう

2012年04月12日 | 動画

木下黄太氏 より4/8TWで、小出先生出演動画紹介があった。私達へのプレゼント。

☆4/8☆緊急大拡散数十人、多くの人に喜んで貰う。

昨夜のデモで、先生の本(隠される原子力ー核の真実)を出した創史社の人も知らなかった。

出自は明確にしよう!(怒 泥棒は詐欺罪で逮捕)

【拡散】元気になる動画。後者は小出先生も出演。勉強になります。

 

   〇考瓦礫 


心の旅と自由

2012年04月12日 | 日記

図書館で、たまたま手にした一冊の本、<癒やしへの旅> たどりたくて、たどれなかった道が示されていた。

次にこちらを購入した。 数十頁読み始めたら3月11日、東日本大震災、原発事故に遭遇。 落とし穴に陥落する。 心の奥から泉のように湧き上がる想いに、自らが圧倒された。 「他人事なのに、どうしてそんなに泣くの?」家人は不思議がり心配する。

 身体にめまいとゆれを伴う、頭が割れるような不思議な旅が始まった。 時々、本書を読みながら<出逢い>のCDを聴きながら、溢れでる涙を止めないで、 眩暈にこの身を委ね、執着のひとつずつを捨ててゆく。

大宇宙を信じて、心の赴くがままに旅は続く、果てしなく何処までも。

 手に入り始めた自由は、何物にも変えがたい大切な宝物になった。 (2011,11,28日記) 

心の自由を探す旅  ブランドン・ベイズ   http://www.810.co.jp/book/ISBN978-4-89295-652-2.html

出会い~我が心の歌~新垣勉                http://www.amazon.co.jp/%E5%87%BA%E9%80%A2%E3%81%84-%EF%BD%9E%E6%88%91%E3%81%8C%E5%BF%83%E3%81%AE%E6%AD%8C%EF%BD%9E-%E6%96%B0%E5%9E%A3%E5%8B%89/dp/B00006S2ND