「受験生のための『世界史B』」 もくじ
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[『パンと見世物』]
このころから、少しずつローマの中での歯車が狂ってきます。
ローマは、戦争をしすぎました。
思い出してください、ローマの主戦力は重装歩兵。
重装歩兵は、本来は農民なのです。
長い間自分の畑を放置して戦争に行ってきて、帰ってきてみると……
畑はすっかり荒れてしまって、もう農業なんてできない。
これは現代でも同じですが、
稼ぐことができなくなった農民は、都市へ出て行きます。
しかし、大きな町に出たからといって、仕事があるわけでもない。
ただ、不思議なことに、彼らは食べ物には困りませんでした。
何故か?
属州です。
イタリア半島以外の征服地のことで、第1回ポエニ戦争で獲得したシチリア(覚えてますか?)が最初の属州になりました。
シチリアって、何で有名でしたっけ?
そうです、穀物の宝庫として有名でした。
ローマは、シチリアから小麦を安く仕入れることができ、そのおかげで、町に出てきたけれど仕事がない人たちも毎日のパンを食べることができたのです。
いいことじゃないか!
って思う人もいるかもしれません。
でも、「べつに働かなくても食っていけるんならそれでええやん」という思いが、さらに農民を没落させていきます。
彼らは毎日、遊んで暮らすようになりました。
コロシアムで、剣奴と猛獣たちの血なまぐさい戦いを見物するのです。
いつしか、中小農民は、「パンと見世物」を要求する遊民と化しました。
彼らは、さらに安いパンを求めて、「もっと戦争しろ、もっと征服しろ」と叫びます。
[騎士階層の没落]
ローマにとって「騎士」がどのようなポジションにあったかは、お話しましたよね?
重装歩兵に頼っていたローマは、騎士(馬に乗って戦います)をあまり重要視していませんでした。
加えて、ローマの征服地が広がり、ローマ人より馬の扱いが上手な民族の騎兵(≒騎士)が容易に手に入るようになり、ローマ国内での騎士の軍事的な意味は失われていきました。
ん?
だから没落したってこと?
ちがいます。
もともと、小さいころから馬でパカパカお庭を散歩できるくらいのお金持ちな家に生まれ育ったおぼっちゃまな騎士たちです。
戦争に参加できなくなったくらいで、困ったりはしません。
その代わり、ローマから属州の徴税を請け負うようになります。
もちろん、農民から税金をもらって全部ローマに納めるほど人のいいやつらじゃありません。
徴税の過程でごっそり私腹を肥やし、ただでさえ裕福な騎士たちはさらに莫大な富を手に入れ、
やがてラティフンディア(大土地所有)をはじめました。
怪獣みたいなこの行動、何かといいますと。
農民から巻き上げたお金で土地を買い占め、そこで奴隷をこき使ったのです。
ひゃっほー!
これでもっとお金がもらえるぜ!
その奴隷はどこから連れてきたのか?
もちろん、ローマが征服した土地ですよね。
彼らは、さらに奴隷を求めて、「もっと戦争しろ、もっと征服しろ」と悪魔のように元老院の耳元でささやきました。
[征服戦争の拡大]
こうして、戦争はさらに拡大しました。
ローマが征服地を広げれば広げるほど、農民は都市に流入。
ローマが征服地を広げれば広げるほど、騎士はボロもうけ。
貧富の差が拡大しますよね。
ローマの共和政は、市民の平等が原則です。
誰もがひとしく政治に参加できなければならないのに、やっぱり、貧しい者とお金持ちじゃ発言力もちがってきますよね。
ローマは、土台から揺らぎはじめたのです。
やがて政治家たちは、伝統的な元老院の支配をまもろうとする閥族派(スラという政治家がリーダー)と、遊民や騎士が支持する平民派(マリウスがリーダー)に分裂し、激しく争いました。
(↑このへんは僕も勉強不足です、すみません!)
ふぅ。
そろそろ部屋の掃除します(笑)
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[『パンと見世物』]
このころから、少しずつローマの中での歯車が狂ってきます。
ローマは、戦争をしすぎました。
思い出してください、ローマの主戦力は重装歩兵。
重装歩兵は、本来は農民なのです。
長い間自分の畑を放置して戦争に行ってきて、帰ってきてみると……
畑はすっかり荒れてしまって、もう農業なんてできない。
これは現代でも同じですが、
稼ぐことができなくなった農民は、都市へ出て行きます。
しかし、大きな町に出たからといって、仕事があるわけでもない。
ただ、不思議なことに、彼らは食べ物には困りませんでした。
何故か?
属州です。
イタリア半島以外の征服地のことで、第1回ポエニ戦争で獲得したシチリア(覚えてますか?)が最初の属州になりました。
シチリアって、何で有名でしたっけ?
そうです、穀物の宝庫として有名でした。
ローマは、シチリアから小麦を安く仕入れることができ、そのおかげで、町に出てきたけれど仕事がない人たちも毎日のパンを食べることができたのです。
いいことじゃないか!
って思う人もいるかもしれません。
でも、「べつに働かなくても食っていけるんならそれでええやん」という思いが、さらに農民を没落させていきます。
彼らは毎日、遊んで暮らすようになりました。
コロシアムで、剣奴と猛獣たちの血なまぐさい戦いを見物するのです。
いつしか、中小農民は、「パンと見世物」を要求する遊民と化しました。
彼らは、さらに安いパンを求めて、「もっと戦争しろ、もっと征服しろ」と叫びます。
[騎士階層の没落]
ローマにとって「騎士」がどのようなポジションにあったかは、お話しましたよね?
重装歩兵に頼っていたローマは、騎士(馬に乗って戦います)をあまり重要視していませんでした。
加えて、ローマの征服地が広がり、ローマ人より馬の扱いが上手な民族の騎兵(≒騎士)が容易に手に入るようになり、ローマ国内での騎士の軍事的な意味は失われていきました。
ん?
だから没落したってこと?
ちがいます。
もともと、小さいころから馬でパカパカお庭を散歩できるくらいのお金持ちな家に生まれ育ったおぼっちゃまな騎士たちです。
戦争に参加できなくなったくらいで、困ったりはしません。
その代わり、ローマから属州の徴税を請け負うようになります。
もちろん、農民から税金をもらって全部ローマに納めるほど人のいいやつらじゃありません。
徴税の過程でごっそり私腹を肥やし、ただでさえ裕福な騎士たちはさらに莫大な富を手に入れ、
やがてラティフンディア(大土地所有)をはじめました。
怪獣みたいなこの行動、何かといいますと。
農民から巻き上げたお金で土地を買い占め、そこで奴隷をこき使ったのです。
ひゃっほー!
これでもっとお金がもらえるぜ!
その奴隷はどこから連れてきたのか?
もちろん、ローマが征服した土地ですよね。
彼らは、さらに奴隷を求めて、「もっと戦争しろ、もっと征服しろ」と悪魔のように元老院の耳元でささやきました。
[征服戦争の拡大]
こうして、戦争はさらに拡大しました。
ローマが征服地を広げれば広げるほど、農民は都市に流入。
ローマが征服地を広げれば広げるほど、騎士はボロもうけ。
貧富の差が拡大しますよね。
ローマの共和政は、市民の平等が原則です。
誰もがひとしく政治に参加できなければならないのに、やっぱり、貧しい者とお金持ちじゃ発言力もちがってきますよね。
ローマは、土台から揺らぎはじめたのです。
やがて政治家たちは、伝統的な元老院の支配をまもろうとする閥族派(スラという政治家がリーダー)と、遊民や騎士が支持する平民派(マリウスがリーダー)に分裂し、激しく争いました。
(↑このへんは僕も勉強不足です、すみません!)
ふぅ。
そろそろ部屋の掃除します(笑)
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