本当はポネリーアに住んでみたかった。でも魔族が住むデルモントにも興味が無いとは言い切れなくて、ルビリアナさんの執拗な誘いにより、ついうんと返事を返してしまった。その途端、彼女の紫色の瞳は狂喜の色を纏い、強いて言えば大輪の薔薇がほころぶ様な笑顔を表現してくれたんだ。・・・年相応の喜ぶ姿に、この人の本当の顔は一体どれなんだろうと疑問に思う。
「さっ、もうここには用が無いわっ♪」
ヒョイッと片手で私の体を持ち上げられ、ガウラの近くに寄り意識を集中させる。異常な魔力の高ぶりに、二人の魔族は慌てだした。
「まさかと思うけどルビ姉、俺らを置いて帰るなんて事は――」
「モチのロンッ!可愛い弟とその友1を置いて行くのは、非常に心苦しいトコなんだけどもね〜〜」
「可愛い弟・・・初めて言われましたね」
「その友1・・・」
私の触り心地を確かめながら、白い体に頬ずりしてくる。自然に伸びる手が、自らのキュロットのポケットに突っ込む。手に掴んだ物がチャリンと音を鳴らし、一瞬だけ王様とエヴァディスさんに見せたかと思うと、勢い良くハーティスさんに放り投げた。
「「「!!」」」
パシッと右手に掴んだ鍵を暫く検分して、眉を顰めたハーティスさんがルビリアナさんに問い掛けた。
「これは、もしやこの牢獄の鍵? どうしてこの牢屋の鍵を姉上が?」
王様とエヴァディスさんが驚愕する。何故ならハーティスさんに投げられた物体は、なんとこの絶魔の牢獄の鍵だったからだ。
「ふっふん♪内通者がいるからよん。さて、この牢獄を知っている人物で、尚且つ鍵の存在を知っている者とは誰でしょう!」
金の瞳を見開く。
知ってるヒト?
ルビリアナさんに通じてる人なんて・・・?
「チュウ(悪いな、猫の嬢ちゃん、ガウラのおっさん・・・)」
「ニャ、ニャアア(えっ、ハンス?)」
灰色ネズミのハンスが、私の頭に乗っかりながら謝る。えっ、まさか内通者ってハンスが?!
「ハンス、お前・・・!」
ギリッと歯を食いしばるガウラ。友達だと思っていたのに、裏切ったと思ったのかもしれない。
睨みつけられたハンスは、少しばかりしょげている。
「レプリカを作るのなんて造作も無い事よ。本物があればね・・・ハンスは私の使い魔だから、王宮の鍵を簡単に持ち運び出来たのよ? こんな感じにね」
右手で自らの胸元に手を突っ込み、中から沢山の部屋の鍵をそれぞれの指の間に挟んで見せる。色んな形の鍵がある。もしかして、この王宮の全ての鍵をルビリアナさんは模したの?
沢山の鍵を見せつけられ、エヴァディスさんもライさんも驚きに声が出ないみたいだ。
絶魔の牢獄の鍵を作れるんだ。だったら閉じ込められていた牢屋から脱獄するのもお手のものなんだろう。
「デルモントに帰還する。クロウ家の名の許に門よ開け・・・」
「エヴァディス!!」
「御意!」
ガキィッと剣とメイスのぶつかる音がする。
私を持つ手とは反対の左手で、エヴァディスさんの振り落としを難なく防ぐ辺り、彼女は凄く力持ちだと推定できた。
「お前達が牢獄に現れた時点で、誰がここから逃がすと思う? ライウッド、魔族とリオ、守護獣ガウラを捕縛しろ」
「は、はいっ!」
ルビリアナさんが身動き出来ない内に、王様が下した捕縛命令で、ライさんが私達に近づいて縄で縛りつけようとした時、彼女の形の良い唇は最後まで言葉を発する事に成功した。
「――ダークゲート!!――」
ゴウッ!!
「わぁっ!」
「クッ!」
私達を取り囲む黒い靄(もや)が現れて、男性二人を思いきり壁側に弾き飛ばす。
その黒い靄の中から姿を現したのは、私の世界のタロットカードでお馴染みの黒山羊の悪魔、バフォメットが現れた。
「グオオオオオッッ!!」
「ニャ、ニャァアァアァッ((とんでもないの出て来たぁ!!))」
「チュウウウウッ((バフォのおっさんが出たぁーー!!))」
「リオ!」
咆哮一つに部屋の中が激しくビリビリ響く。
その激しさに鉄の棒も振動し、落ちそうになった所をハンス共々、ガウラに咄嗟に助けて貰った。ハンスはおずおずと居た堪れない動作をしてたけど、どうやらガウラはハンスを許したみたいだ。
黒山羊の頭からは二本の角と、額には五芒星の痣。血走る目に、口からは悪臭のする激しい息使い、体中の筋肉が隆々し、背中には黒い大きな翼。二メートルは越えるその姿に、一同息を呑む。
「邪魔しないでね? んじゃバフォちゃん、行こっか♪」
返事する変わりに、涎を垂れ流す口から長い下を出し、ベロリとルビリアナさんの上半身を丹念に舐め上げる。そのギラつき欲望にたぎる目は、女であるルビリアナさんを欲する雄の目と化し、既にエヴァディスさんやライさんを視界に留めては居なかった。
愛撫とも見える熱の籠った行為に別段特に気にもしないで、徐々に靄の中へ引き込まれて行く。
「じゃーね、ハーティス、ゼル。ちゃんと生きて帰ってくるのよーー」
「最後まで助けろよっ、ルビ姉のケチッ!!」
「あんな薄情な姉を持つ私が、一番の不幸者ですよね・・・」
私達をデルモントへ移動させるのに邪魔されない様、腕力のあるバフォメットが立ち塞ぎつつ、ガウラとハンスと共に黒い靄の中へ取り込まれて行く。メイスを持つ左手で左右に振り、ルビリアナさんを含めた私達の姿は、完全に牢獄内から居なくなった。
*******
見渡すは小宇宙の如く、星々が煌めく空間に私達は浮かんでいた。
「ニャ、ニャア?(ここは・・・)」
・・・酔いそうだ。天地もクソもあったもんじゃ無い。吐き気がするぅぅ。
「フフッ、リオちゃんは初めてだよね、デルモントを繋ぐ地底トンネルは?」
「地底トンネル?」
ガウラに抱き込まれた状態で、この場を見渡す。赤色、黄色、水色に光る星は、満天の夜空の中に私達が入っているみたいだ。こういうの、私達の世界で言うプラネタリウムにそっくり。
黒山羊の悪魔、バフォメットに横抱きされてるルビリアナさんは、クスリと笑って一緒に眺める。
「デルモントとファインシャートを繋ぐ地底トンネル、“底の知れない深い穴、(アビスロード)”と私達魔族はそう呼んでるわ」
「ニャア(アビスロード?)」
「ここはまだデルモントじゃないから、暗闇をこうして星が照らしてくれてるの。でも太陽が無いと、星が輝く事は無い・・・デルモントには太陽が無いから、星を眺める事も出来ないのよ?」
不条理よね? と力無く訴えるルビリアナさんは、さっき迄のハツラツさが無い。
太陽が無いと、私達人間は生きる事等無理に等しいのは良く分かる。彼女もきっとその事で悩んでいるのかもしれない。だからって、それが人を殺しても良いとは決して言えないが・・・
「リオちゃん、あの光を超えた先が私達の住む“デルモント”よ」
「ニャニャッ!(おおっ、魔族の住む世界?)」
ファインシャートの世界では、ディッセントの王宮とその首都であるポネリーアしか見れなかった。しかもポネリーアは焦げ跡と崩れた瓦礫が多かったせいか、よく分からなくて特徴も掴めなかった。ある意味残念だったんだけど・・・
「ニャ?(あ、あれは!!)」
「デルモントの入口を守る番人、ケルベロスよ。私やバフォちゃんが居れば、絶対に襲わないわ。勿論リオちゃんもね」
そう言われて、ケルちゃんにガウラ共々匂いを嗅がれる。三匹それぞれ顔を近付かれて、ベロリと舐め上げられた。
・・・ファインシャートよりもファンタジー過ぎだろ。
だって頭が三つもあるんだよ!尻尾をブンブン振り回すその仕草は可愛い犬と変わらないが、如何(いかん)せんどうにも巨大すぎる。三つも頭があるから、どの頭で舐めるか喧嘩してるし、そんなバフォちゃんとケルちゃんと共に、ルビリアナさんは全身を舐め倒されていた。
暫く全身を涎で汚されたルビリアナさんが、改めて私達に向き直し丁寧にお辞儀する。
鉄で出来た巨大な門の隙間から紫色の光が溢れ出し、逆光によって彼女の顔がよく見えない。それでも気品溢れる声が私の耳に届き、ガウラと共に現実味の無い世界からの歓迎を受けた。
「太陽の無い、闇に支配された眠れぬ町不夜城、“デルモント”にようこそ。異世界の覇者リオ、その守護獣ガウラ。ルビリアナ・レット・クロウは貴方達を歓迎します」
「ニャ、ニャアアッ(わ、わあああっ)」
「凄い量の紫色だな――こっちの世界は常に魔力で灯しているのか?」
アビスロード(底の知れない深い穴)とデルモントを繋ぐ、出入口らしき巨大な門をルビリアナさんの魔力で押し開き、小高い丘を下りながら全貌を眺める。
一面の闇夜には、ドラゴンらしき飛竜が何匹も優雅に飛び交う。
眼下に広がるばかりの紫色や群青色の光。
紺色の、暗い夜の海には全身は魚だけど、手足が付いている半漁人。
石で出来た四角い建物や三角の屋根には、鶏の代わりに複数のコカトリス。コケコケッと鳴いて、歌でも口ずさんでいるんだろうか?
「ニャアアアッ(何だか楽しそうだね)」
「ああ、違う種類の魔物が仲違いする事無く住むなんて、ファインシャートでは見ない風景だ」
ガウラにしがみ付き、優しく背を撫でられる。
カイナの種族同士では、ガウラを取り戻しに襲撃する位だから仲は良いと思うんだけど。
「貴方達を魔族の王ファランティクス様と、その息子である第一王子ソルトス殿下に紹介したいわ。さあ、行きましょう」
「ニャ!(う、うん!)」
「リオ、城に着いたらオレと二人で愛の巣を早速作ろうな」
「チュウウウッ(頼むから、二人してオイラの事も忘れるなよっ)」
ハンスを私の頭に乗っけて一同、魔力で照らされた鉱石が夜道を照らす、天まで届くお城へ向かいだす―――
<第一部、ファインシャート編 完>
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