PSW研究室

専門職大学院の教員をしてる精神保健福祉士のブログ

精神科クリティカルパス論

2011年08月08日 18時16分33秒 | 精神保健福祉情報

精神科以外の医療領域では「クリティカルパス」が当たり前に使われています。
脳卒中、がん、糖尿病、心筋梗塞の4疾病は、医療計画にそって地域連携クリティカルパスツールを使って医療連携が推進されてきています。

医療コスト抑制のために導入されたクリティカルパスは、今日では診療報酬にも盛り込まれています。
一医療機関内の治療・看護・リハビリテーションの進行管理ツールに止まらず、圏域内の医療・介護・福祉資源を相互に活用する連携のツールとして拡がりつつあります。
疾病によっては、地域での医療の提供と療養・介護生活を支援する連携体制を構築する上で、欠かせないツールになってきています。

同様の動きが、精神疾患の分野でも浸透しつつあります。
うつ病やアルコール依存症の治療場面では、早くからパス化が進んでいます。
統合失調症をはじめとする急性期治療、長期在院患者の退院・地域移行支援等についても、院内の治療・リハビリシステムの中核にパスを据えている病院が増えてきています。

「入院医療中心から地域生活中心へ」という精神保健福祉施策の転換表明も相まって、精神保健医療福祉改革の一環として、精神科領域に地域連携クリティカルパスを早期に導入するべきという主張もあります。



精神科へのパス導入をポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるか、評価は二分されます。
まだ、多くの精神科臨床スタッフは、パスを導入することには批判的ないし懐疑的です。

・医療費抑制という命題を推し進めるための経営手法に飲み込まれる感じ(功利化)
・業務がパターン分類される感じ(類型化)
・患者の個別性が無視される感じ(非個別化)
・治療のオーダーメイド性が侵される感じ(画一化)
・パス中心で記録事務が増える感じ(煩雑化)
・うまくいかない患者が排除される感じ(脱落化)
・効率性が追求されてギスギスした感じ(合理化)
・医師等多職種との連携が組めるわけではない(孤立化)
…などの声が聞かれます。

精神科臨床現場の治療構造を変えるのは確かでしょうが、とにかく、とっつきにくい、イヤな感じ…という印象は拭い去れないようです。
一方で、既にパスを取り入れている病院のスタッフは、等しく、その効果を推奨しています。

・漫然としたルーティン業務を排し、目標が明確な業務の組み立てに変わる(目標化)
・チームでの課題・情報が伝達され共有される(共有化)
・定期的カンファレンスでの討議素材になる(言語化)
・患者・家族への提示により課題や目標の視覚化が可能となり理解を得やすい(可視化)
・類型化できない課題の抽出により、個別支援が豊かになる(個別化)
・他機関との比較が可能となり、臨床実践の自己検証が可能になる(比較化)
…などの声が寄せられています。

パス導入が、院内や地域の機能分化・システム化を牽引するのは確かでしょう。
医療を受ける患者の利益に役立っているかどうかが、評価の基準になるのでしょう。
院外の他機関との連携を促していく地域連携パスには、豊かな可能性とともに、幾多の課題がありそうです。



2010年12月、社団法人日本精神科病院協会は、大きく舵を切りました。
地域医療計画の「4疾患」に精神疾患を加えて「5疾患」とすることを要望しました。
一般医療と精神科医療との連携強化と地域連携を打ち出したのです。

2013年地域医療計画次期見直しに向けて、精神科の扱いが焦点になっています。
精神疾患が、地域医療計画の中に盛り込まれると、大きな変化が生じます。

精神科病院は、医療施設としての診療機能を対外的に明らかにしなければなりません。
さらに、地域医療計画における数値目標を示さなければならなくなります。
一医療機関として、地域連携クリティカルパスを作成しなければなりません。
そして、そのための作成指針を作成しなければならなくなります。

精神科病院の透明化が進み、公開された診療実績により淘汰が進むかも知れません。
今後遠くない時期に、診療報酬に精神科の地域連携パスが導入されることが想定されます。
この時期に、関係者間で多角的な議論を巻き起こせればと考え、本を出しました。

医学書扱いなので、なかなか一般の書店では手にして見ることができませんが。
また、定期刊行雑誌なので、残部が限られていますが。
これから間違いなく、重要な論点になってくるテーマなので、ご一読下さい。


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『精神医療』第4次62号
特集:精神科クリティカルパス論
責任編集:古屋龍太+岩尾俊一郎

◆巻頭言
○精神科クリティカルパスをめぐる論点
古屋龍太 (日本社会事業大学大学院、准教授:編集委員)

◆鼎談
○クリティカルパス導入で精神科は変わるか?
武藤正樹 (国際医療福祉大学、教授)
福田裕典 (厚生労働省社会援護局精神・障害保健課長)
古屋龍太 (日本社会事業大学大学院、准教授:編集委員):司会

◆特集
○精神科クリティカルパス総論
伊藤弘人 (国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所、社会精神保健部長)
○精神科地域連携クリティカルパス開発に向けて
下村裕見子(東京女子医科大学病院、クリニカルパス推進室)
○精神科地域連携パスは可能か
佐藤茂樹 (千葉・成田赤十字病院、精神科部長)
○土佐病院におけるクリニカルパス~過去・現在・未来
須藤康彦 (高知・土佐病院、院長)
○精神科地域連携クリティカルパス論
大石 智 (神奈川・北里大学東病院、医師)、伊藤弘人、下村裕見子、宮岡等
○精神科の知恵と技の伝承ツールとしてのクリティカルパス
佐藤雅美 (精神医学研究所付属東京武蔵野病院、看護)
○医療観察法におけるクリティカルパス
平林直次 (国立精神・神経医療研究センター病院、リハビリテーション部長)
○精神科デイケアにおいてのクリティカルパスの活用について
村上都子 (島根・安来第一病院、精神科デイケアセンタードリーム)
○精神療養病棟における退院支援クリティカルパス
増田圭一、大西知子、浅尾民子、島みゆき (香川・西紋病院、看護部長)
○光風病院で使われているクリニカルパスの現状
岩尾俊一郎(兵庫県立光風病院)、森田亮一

◆連載
○視点(25):
医療観察法「国会報告」について
中島直(多摩あおば病院)
○「引き抜きにくい釘(30)」:
てやんでぇ(Ten Young Days)
塚本千秋(岡山県精神科医療センター)
○「雲に梯子(6)」:
テダば かめ舞いちけ
久場政博(秋田・加藤病院)

◆書評:
○『幻聴の世界~ヒアリング・ヴォイシズ』日本臨床心理学会編
西尾雅明(東北福祉大学)
○『精神科臨床の星影~安克昌、樽味伸、中井久夫、神田橋條治、宮沢賢治をめぐる時間』杉林稔
大塚公一郎(自治医科大学看護学部)
○『自殺の看護』田中美恵子
岡田実(弘前学院大学看護学部)

◆投稿原稿:
○日本の精神医療の変わらなさは何ゆえでしょう~『精神医療の1968年』の「座談会」を読んで
赤松晶子(東京足立病院)

○浜田晋さんを追悼する
広田伊蘇夫(編集委員)

○東日本大震災についての緊急アピール
浅野弘毅、岡崎伸郎(編集委員)

◆編集後記
岩尾俊一郎(編集委員)

【批評社刊、2011年4月10日発行、本体1700円+税】


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