ぐーぐーぽさぽさ日記

化粧落とさず風呂ガス切らず、
オマエ百までワシャ九十九まで。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

わらしべ長者

2011年08月21日 01時06分27秒 | できごと

この夏、夏バテで痩せました。

ずーっと食欲なくて、なんにも食べたいモンがなかった。

 

でも、日本は四季の国。季節は移ろう。

2日くらい前から、すっかり戻ってきました。私の食欲。

 

しばらく鳴かなかったお腹の虫も、活動開始。

仕事中もお菓子が欠かせません。

でも、おんなじお菓子ばかりでは、口が飽きてしまう。

ん~、、、チョコが食べたい。

で、

こんな手段に出た。

 

私 「誰か、チョコ持ってる人~?」

みんな 「・・・・・(なんちゅう厚かましい)。」

私 「チョコレート持ってませんか~?」

みんな 「・・・・・。」

私 「チョコ持ってる人、私の“雪の宿”とトレードして~。」

みんな 「???(雪の宿?)」

私 「チョコとコレ、トレード~・・・」

 

原くん 「ボク、持ってますよ、チョコ。」

チロルチョコを手のひらに3個並べて、

原くん 「どれがいいですか?」

 

・・・全部くれよ。

 

私 「じゃあ、コレ。」

ミルクチロルを選び、雪の宿と交換。

原くん 「わーい!」

 

しょっぱいの食べた人は甘いの食べたくなるし、甘いの持ってる人はしょっぱいの貰ってウレシ。

give & take 持ちつ持たれつ 助け合い

がんばろう、ニッポン。

 

 

 

Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

日常

2011年08月07日 22時56分59秒 | できごと

皆様、やっとかめだなも。

私、この夏もなんとか生きてます。

 

半年も前に帰国したインド旅行記は・・・諦めます。

思い出せないワケじゃないけど。・・・・・もう、いらんでしょ(笑)。

なんでこんなに、めんどくさがり屋なんだろ。

 

さて、私の生活は相変わらずですよ。

ご覧のように、先日は 水着姿で朝ごはん 食べてました。

             

ナニをやっとるだ、このバカは!・・・とお思いでしょう。

10年前のビキニ(オーストラリアでノリで買ったので派手色)が出てきたので、

「着れるかしゃん?」と思って試着していたら、

チン!って、パンが焼けたので、そのまま朝食タイムに。

ビーチサイドか・・・!

 

誰か横で カゴに蕎麦殻入れて、波の音でも立てててくれたらヨカッタんだけど。

 

 

 

 

Comments (4)
この記事をはてなブックマークに追加

記憶

2011年06月25日 21時58分23秒 | いんど

 

思い出しましょう、思い出しましょう。

次の旅に出るまでには・・・

 

 

 

Comment
この記事をはてなブックマークに追加

父の日

2011年06月19日 11時59分35秒 | できごと

昨日の雨上がりに、パン屋へ。

「食パンは焼かずに食べる派」の父用に、我が家の裏通りにある美味いと評判の

“食パン屋さん”に予約をしました。

私の好きな菓子パン類は一切作っていない、ホント食パン(と少しだけ焼き菓子)だけの

ちっちゃいお店です。

 ←パッケージのかわいいマドレーヌ。

ウチのマンションから、シュッと行ってシュッと行っただけの、ほんと極近く。

で、その道中、「シュッと行った所」にこんな人がいました。

 

         

こりゃ、ヒドい。

こんな探偵では、目立ち過ぎてバレてしまう。

 

 

 

 

Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ニューデリー再び!

2011年06月11日 06時17分36秒 | 食べるッ

ブルンッ、ブルルルルルーッ

↑エンジンかかった。 なので、更新。

 

さて昨日、再びニューデリーへ行ってきました。

で、カレー食べて帰ってきました。

 

ん、「ニューデリー」って、

名古屋の人気インド料理屋さんです。ウマかった。

 

カレーのみならず、店構えにも味があります。

壊れた自動ドアには応急措置の取っ手が付けてあるんだけど、

ソレが100均の“タオル掛け(吸盤バージョン)”だったりするから、取れちゃいそうで掴めません。

なので、お客さんが帰る時はできるだけお店の人がドアを閉めについて来ます。

その姿は「より丁寧な接客」に見えるので、好感が持てます(笑)。

 

・・・・・。

次回こそは、インド旅行記のファイナルを・・・(←もういっか?)。

 

 

Comments (6)
この記事をはてなブックマークに追加

わー・・・

2011年06月01日 22時45分59秒 | blog

5月、一日しか更新してないよ・・・。

もう5年もブログ続けてるけど、こんな月は初めてだった。

こんなでもチェックしてくれてる方がたくさんいて、本当に申し訳ない限りです。

やめたんではないです。休んでるだけです。しかも、インドの途中で。

もう、次の旅に出たくなっちゃってるけど。

 

気がノッたら、またエンジンかけますんで。

エンストしんように、気をつけますんで。

 

Comments (4)
この記事をはてなブックマークに追加

生きてます。

2011年05月13日 22時10分26秒 | できごと

皆様。

大変ご無沙汰しておりました。

「再開」とか言った直後から、放置・・・反省。

 

で、久々に我がブログに顔を出したんだけど、ちょっとインドのことは置いといて、

今日あった出来事を話します。

といっても、Twitterで呟ききったので、それをコピペします。

「生きてます。」とは、ご無沙汰していたための挨拶ですが、なんか深い意味を持ってしまいました。

 

今日のお昼、いつものように公園でランチしていると、オジサンが「ここ座ってもいいですか?」と隣にやって来た。
「どうぞー。」と言って放っておいたら、暫くして「ちょっと聞いてもいいですか?」と話しかけてきた。
オジサンの質問はこうだった。
「生きる意味を教えて下さい。」
それと、もう一つ。
「どうしたら死ねますか?」
初めの質問は、難しかったし、人それぞれ違うと思ったので、まず二つ目の質問に答えた。
「誰にでも寿命があるんだから、待ってれば死ねます。」
オジサンといろいろ話した。
一人の命を預けられたような、なんとも重々しく濃いランチタイムになった。
オジサンは「死にたい」と言っていたけど、きっと死ぬ勇気のない人。
ただ、お酒に頼らないと何もできないらしい。
生きていく為に身内に助けを乞うべく頭下げに行く時ですら。
それで毎回門前払いをくらうらしい。
「失敗の原因が定かならソレを直せば?」と思うけど、まぁ、気持ちが解らないでもない。
「わかっちゃいるけどヤメラレナイ」ってのは、お菓子を断てない私にも常だから。
何しろたった1時間のランチタイムに、自転車乗って公園まで来てるので、そうそういつまでもオジサンと話してるワケにもいかず、私は会社に戻ったんだけど、別れ際に“私の生きる意味”を「この先の私の人生に、どんな楽しいコトが起こるか知りたいから」と話した。
「お天気の日は時々ココで食べてます。」と言い残し自転車に乗ると、「ありがとう!」と大きな声で答えたオジサンは笑顔だったから、また会えることでしょう。
Comments (7)
この記事をはてなブックマークに追加

曇りのち晴れ

2011年04月20日 10時08分58秒 | いんど

さて、インド旅行記を再開。

 

やっぱり風邪気味だった私は、デリーに戻った翌日から ゆっくりブラブラと買物がてら街を散策。

ニューデリーにはオフィスビルが立ち並ぶ近代的なエリアもあり、

その中心地となるコンノートプレイスは、イギリス統治時代に造られ

このように 

まるっきりインドらしくない洗練された街並みが広がっているんだけど、

今はかつてのような活気はなく、少し廃れてきているんだそう。

 

ブラブラ歩いていても、なーんか熱っぽく調子が良くなかったので、

あんまり食欲ないけど、ちょっとお茶だけ、、、と、

「United Coffee House」という看板を見つけ、休憩することに。

スタバみたいなとこかと思って店の前まで行ったはいいけど、なんだか重々しいドア。

あれー、ちょっと違うかなぁと不安になりながら入ってみると、案の定・・・

かなり場違いな店だった。  シャンデリアって・・・

ガーン!もう入っちゃったもんねー。

バックパッカーじゃない観光客と金持ちインド人のお客さんしかいない。

私が一番みすぼらしい。。。

メニューはコース料理から載せられてて、もちろん料金もそれなりによぅございます。

おぇー、胃がコワレル。

しょうがないので、一番さっぱりしてそうなサンドイッチと飲み物(何だっけ?)を頼んで、

しばし居心地の悪いランチタイムを取りました。

でも、せっかくだから、帰りに店の前にいた守衛さん(?)をパシャッとな。

最初からこの人いたら、この店入らんかっただろうな。見るからに敷居高そうだもん。

でも、彼はとてもフレンドリーでした。

 

その後は、フラフラしながらも、眩しすぎる太陽に照りつけられクラクラしつつ、

それでも街をブラブラしていたら、露店の並ぶ路地を見つけて入り込みました。

ココは、女性陣がインドの布製品を中心に売っている通り。

インドチックな刺繍モノがわんさとあって、私には目の毒でした。

「マダム、マダム!」とひっきりなしにお声が掛かるから、ドコで足を止めるかが悩みドコロ。

結局、露店でストールを買って、脇にあった別の店で刺し子のバッグもお買い上げ。

タイ、ベトナムに続き、またしてもアジアで鞄を買ってしまった。

だってそのバッグは、欧米マダムが買ってるトコにちょうど居合わせちゃって、

「わー、それイイね。いいチョイスだわ。」と褒めてたら、自分も欲しくなったので。

「同じの、私にもおくれやす。」と言うと、店員さん、違うカラーのを見せてくるもんだから

「彼女と同じのがいいのー!」と奥から出してきてもらって、さらに値引き交渉。

「あの人はこの値段で買ってくれたよ。」 ホントかよ~?

「彼女がその値段で買おうーが、私ゃ安くなきゃ買わん。」 もう一声っ!

で、無事ゲットできた頃にはなんか身体もラクになってきてたりなんかして。。。

やっぱ、買物は楽しー!

 

 

Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

春色

2011年04月12日 16時56分02秒 | 思うこと

 

名古屋では、桜もそろそろ尾張。 、、、もとい、終わり。

ちょっと前まで春はキライだったけど、咲き誇った桜を見ると やっぱり日本っていいなぁ と思う。

私たちが見ている桜は、「cherry blossoms」ではなく、「sakura」だ。

 

 

Comments (4)
この記事をはてなブックマークに追加

続・バラナシ駅

2011年04月07日 20時57分46秒 | いんど

出発予定時刻の30分ほど前になって、ようやく掲示板に到着ホームが表示され、

台湾人の彼女とホームでいろんな話をしながら列車を待ちました。

彼女が売店へバナナを買いに行くと、どこからともなく

スラム暮らしと思われる全身真っ黒に汚れた小さい女の子が2人現れ、

バナナをちょうだいと言って傍を離れません。

彼女は頑なに拒み、それでも2人の女の子はニコニコしながら

なんとかおこぼれにあやかろうと、どうやら特技であるらしい側転を何度も披露して、

「ね、上手でしょ?だからバナナちょうだい。」

「私の方が上手くできる!見てて!」

と競い合うのでした。

インドの人がみんなセーターを着てる中、女の子たちは薄着に裸足。

私もインドに来てから、何度か子供にお金や食べ物をねだられたり、荷物を狙われたりしたけど、

バラナシ駅のホームにいたこの子たちは、私たちの前でずーーっと屈託のない笑顔だったのが

なんだか複雑でもあり、印象的でした。

 

そうこうしていたら、待ちに待った列車が到着し、私たちは乗り込みました。

今度のシートはコンパートメントの下段で、仕切りのない向かい側の席は

上下ともインド人男性だったので、やだなぁ・・・と思ったけど、

実際、長距離列車に十何時間も乗ってると、周りが誰であれどーでもよくなってくる。

その頃からどうも喉の調子が悪くなってきていた私は、乗車中マスクをしていたのだけど、

このマスク姿ってのは インドに限らず外国ではものすごく奇妙な目で見られるので、

もー、周りの乗客の視線がスゴイことになっていました。

 

明け方、トイレに立った私。

インド式はもちろん“しゃがみ型”なので、「よっこらせ。」とやっておりましたところ、

ガチャガチャ・・・

まさか、、、

振り向くと男性が!

尻丸出しの私、咄嗟に出た言葉が

ソーーーリーーー!!

わっはっは。

鍵、閉めたつもりで閉まってなかったのねん。シマッタ、シマッタ。

その後、見られたのはコッチなのに思わず謝ってしまった自分がオカシくてオカシくて、

ニヤニヤ笑いながら用を足してたんだけど、

よう考えると、ドアを開けたら尻丸出しの“マスクマン”が振り返った っていう

その男性の恐怖の方がよっぽどだったんじゃないかって・・・(笑)。

 

夜も明け、4日ぶりにニューデリー駅に戻ってきたのは、予定を5時間近くオーバーしたお昼過ぎでした。

最後の長距離移動にして、初めての大幅ディレイ。

風邪気味だし、さすがにクタクタ。

また重いバックパックを背負って、客引きの声をかわしながらメインバザールを行く。

台湾の彼女と連絡先交換をできぬまま、さよならをしてしまいました。

宿到着後は、またしてもベトナム旅行の時のように

「アカン、こら風邪だ。明日以降のために今日中に治そ。」

と、バタンキューでシャ乱Qだったのに、

やれ、「トイレットペーパーと石鹸持ってきたよ。」だの、「チャイ飲まない?」だの、

若い従業員が何かしら持って部屋を訪ねてくるので、

「えーかげんにせぃ!ほっといてくれ!あん?」

と、再びインド男子に噛みつく始末なのでした。

 

 

 

 

Comment
この記事をはてなブックマークに追加

バラナシ駅

2011年04月05日 23時41分00秒 | いんど

 

バラナシ最終日、駅へ向かう足は やっぱりリクシャーです。

バラナシは細い路地が入り組んだエリアの多い街なので、

オートリクシャーよりサイクルリクシャーが目立ちます。

初めに客引きしてきたリクシャーワーラー(運転手)は若い10代くらいに見える男の子。

30Rs.(約60円)・・・だったかな?覚えてないな。

そのくらいの料金で駅まで と頼んで、走ること10分くらい?(これまた記憶薄。)

だんだんと彼のペダルを漕ぐ力が落ちていきます。

どーした?!・・・と思っていたら、しきりに後ろの車輪の片方を気にして、やがて停まってしまいました。

「壊れた。」

ナヌー!私はそんなに重かったか?

車輪が壊れてこれ以上進めんのだと。ほんなら仕方ない。

「じゃ、もうココでいーわ。でも、半分しか走ってないから半分しか払わないよ。」

と、15Rs.(多分)支払うと、困った顔で何か言う。その額じゃ不満なようだ。

「は?アンタ、駅までっつって、途中までしか来てないでしょ?だったら払えないね。」

「だって・・・壊れた・・・」

「そう、壊れた。だから駅まで行けない。アンタは約束を守れなかった。だから払わない!」

ナゼかイラッとした私は、つい強めの口調で必要以上に攻撃してしまった。

すると、そのやりとりを見ていた別のリクシャーワーラー(冒頭写真のオジサン)が、

私が荷物を背負って歩き出した瞬間に、すかさず交渉してくるのでした。

20Rs.(相当記憶に自信ない)で即OKし、乗り換えてまた駅に向かって走る。

そこからでも結構な距離がありました。

到着した頃には、日も沈みかけて、、、

あ~、楽しかったバラナシともおさらばだな。明日はデリーに戻って買物でもして、あっちゅう間に帰国だ。

とセンチになりながら、構内へと入っていきました。

私の乗る予定の列車はなかなか電光掲示板に表示されず、

何度も周りの人や駅員さんに聞きながら、不安な気持ちで待っていました。

かなりの時間・・・。

ホームの入口付近は、たくさんの人が行き来します。

と、その中のあるインド人女性が、私の顔を見て驚いたように近づいてきます。

ナンダナンダ?私、バラナシに知り合いなんていませんけど?

と奇妙に思って、向かってくる彼女をよく見ると、

ぬぁーんと!アグラからバラナシへの行きの列車で一緒だった、あのおばさん(『寝台列車でGO!』参照)でした。

なんて偶然、、、、、

だって、お互いバラナシでの滞在日数も知らなかったし、ましてや帰りの列車の時間帯まで・・・

乗車列車こそ違ったけど、おばさんにはすごく縁を感じて、

いつかまた世界のどこかで再会するんじゃないかと思わずにはいられませんでした。

(そんなコト言ったら、バンコクで会った“ケイ”もそうか。『8子inタイランド/再会編』参照)

おばさんに、列車の表示がなく困っている旨を伝えたけど、やっぱり誰もわからないみたい。

おとなしく駅員さんの言う通り、出発時間が近づくまでドキドキしながら待つことに。

そうすると、また別の人が話しかけてきました。

今度は若い東洋人の女の子。

「#+◎▲@%**・・・」

中国語。

ワタシネ、コーミエテ、ニホンジン アルヨ。チューゴクゴ、ワカラナイ アルヨ。

と説明すると、彼女はとても丁寧に何度も謝ってきた。

ベツニ、イイアルヨ。カオ、ニテル アルネ。

ジンルイ ミナ キョーダイ。トジマリ ヨウジン、ヒノ ヨウジン。

話を聞くと、彼女は台湾人で、このバラナシに留学している。

友達が台湾から訪ねてきて、その友達が帰るので駅まで送ってきたところ、

列車の案内がないので困り、駅員さんに尋ねたら

「向こうで同郷の人も同じ列車を待ってるよ」と教えられ、私に声を掛けた・・・んだそうな。

同郷ではなかったにしろ、彼女の友達と私は同じ列車に乗る予定で、

しかもチケットを見せ合ったところ、なんと座席番号も隣!寝台の上と下だった!!

またまたなーんて奇遇!

なので、その友達と私はその後一緒に列車を待つことになり、

バラナシ在住の彼女は安心して家へ戻って行きました。

めでたし、めでたし。

 

・・・・・って、まだ乗れるかワカラナイので、めでたくないんですけどー。

 

つづく

 

 

 

 

Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

旅立ちの風景

2011年04月01日 21時28分09秒 | いんど

 

火葬場では、なんというか、いろんな思いがありました。

 

オレンジやシルバーの布に巻かれて、マリーゴールドの花飾りを掛けられ、

竹でできた担架に乗せられて次々と遺体が運ばれて来る。

この布や飾りは、その人のカーストによって豪華であったり質素であったりする。

一旦ガンガーの水に浸されるのはみんな同じで、

その後、線香を立てたり、家族が遺体を囲んで記念撮影をするのは人それぞれ。

オプションなんでしょうか?

 

それから、キャンプファイヤーのように薪が組まれたところに乗せられて焼かれる。

妻や夫らしき人が寄り添って泣き崩れているかと思えば、

誰にも付き添われずに独り灰になっていく人もいる。それも人それぞれ。

燃えているすぐ脇では、牛がマリーゴールドの花飾りをムシャムシャ・・・。

 

その風景がその場所ではあまりに日常的であることが、日本人の私にはとんでもなく非日常で、

朝シャワーの後に宿を出てきたのに、鼻を突く独特のニオイと遺体の燃える灰を浴びながら、

ずいぶん永い時間、何人かの最期を見送りました。

 

 

 

 

 

Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

ガンガー遊覧と少年

2011年03月20日 21時07分50秒 | いんど

えーと・・・インドの話は、、、どこまで書いたんだっけ?

そうそう、プージャを見たってトコまでね。

プージャは次の夜もまた行って、別の角度から見ました。

他、バラナシで過ごした写真は 8ko'sPhotostream にて日々UP中でございます。

 

ある朝は、ボートに乗りました。

漕ぎ手は、17歳の彼。 

もう6年もやってるんだって。

写真を撮る私に合わせて、ゆっくりゆっくり川を上る。

時々ケータイからインド音楽を流しては、私が反応しないと気にして切っちゃう。

なので、あえて「音楽かけて。」と頼んだら、ちょっと嬉しそうだった。

それにしてもインド人は、老若男女みんなインド音楽が好きだ。

若者だったら洋楽なんかも聴きそうなのに、みーんなインドの曲や歌が大好きみたい。

 

彼は、私が望んでもいないのにガンガーの対岸にまで連れてってくれようとするので、

う~ん、コレはいろいろサービスしてお金をふんだくるつもりだなー・・・と思いながらも、

とりあえず少しだけのつもりで承諾。意外にも対岸は面白い光景が広がっていて、

 こーんな剃髪中の写真など撮れたりも。

ボート漕ぎの少年は、私を連れて屋台へ。

「食べる?」と言って、自分のと私の分まで支払ってくれた。

少年によると、“ボラー”というスナック。 

何度発音しても「ちがーう!」と正されたけど、カナ表記で一番近いのは“ボラー”だと思う。

米でできた、甘くないドーナツみたいなモノ。ちょっとスパイシー。

もちろん私は後から自分で支払うつもりだったけど、飲食代まで立て替えるとは

コ~レはかなりボラれるなー、とますます警戒。

でも、楽しまないともったいないしね。ココでしかできない経験を優先したい。

 

ガンガー沿いのガートでは、みんな思い思いに洗濯したり、身体洗ったり、お祈りしたり・・・。

本当に「生活の場」って感じ。

 

約束の2時間より前に出発地点に戻ってきたけど、「もういいよ。」って私は降りることにした。

トイレに行きたくなったから(笑)。

ボートがガートに到着すると、少年の兄貴だかボスだかがシャンプー中だった。

 

で、支払い。

初めに交渉した料金を払う。

「サービス・・・」と、少年。

私はスナックとチャイがいくらだったか知らないけど、足りるであろう10Rs.(約20円)を追加して払った。

寂しそうな顔で「これだけ?」と言う少年に、「これだけだよ。」と言い残して私はボートを後に。

・・・・・

追ってこない。

あれ?

もっと要求されると思ったんだけどなー。

そうなると、俄然自分がケチに思えてくる。

そりゃ、もともとの料金が彼らにしてみれば高く取ってるんだろうけど、

17歳の少年が、チップ稼ぐためにあれやこれやとサービスしてみたにも関わらず

飲食代の実費しか貰えなかったって。。。

きっとあのシャンプーしてたボスにもっていかれるんだろうから、少年の手に残るのはチップだけだろうな。

あぁ、もっとあげればヨカッタ。

ベトナムで行ったマッサージも、チップ記入制で相場が分からず、

私が書いた金額に担当の女の子ガックリしてたけど、あの時の記憶が蘇ってきた。

はぁ~、つくづく私はチップケチだ。

 

でも。

ま、次来た時、またあの少年のボートに乗ろう! それでいーや。

 

バラナシは楽しい。

ガンガー、ガート、プージャ、路地裏、寺院の参道・・・

いろんな顔があって、ゴチャゴチャしてて、動物がいっぱいで、うるさくて汚くて。

いっぱい歩いたおかげで、

足が  こんなんです。

さすが、インドのビーサン。

 

 

 

 

Comments (2)
この記事をはてなブックマークに追加

心機一転

2011年03月16日 23時23分30秒 | blog

一週間のご無沙汰でした。 ロッテ歌のアルバム・・・

 

となる前に、更新。

震災のショックでその気にならなかった というのもあるけど、

このgooブログも投稿画面がリニューアルされて使いづらくなったし、

最近Twitterを始めたので、そっちで言いたいコト言っちゃてるっていうのもあって

遠ざかってしまっていました。ふ~、ココまで言い訳。

 

でも、ここらで切り替えて、ブログではやっぱり明るい話題を提供しようと思います。

 

インド・・・行ったんだった。

そう、インド旅行記まだ続けます。

まだネタありますので。

 

というコトで、本日は予告編。

 

 

Comments (4)
この記事をはてなブックマークに追加

地震

2011年03月12日 21時58分14秒 | できごと

地震が起こったその時、私は千葉県にいました。

友人宅を訪ね、午前中一緒に成田山を詣で、鰻を食べ、午後のひと時を過ごした後

東京へ向かうため駅まで車で送ってもらう途中で、震度6の地震に遭遇しました。

前方の車や木々や信号機の強い揺れを見て、「今日は風が強いね~」と言った友人の言葉に

なーんか違和感を感じながらも、地震だと認識するまでに少し時間が掛かりました。

出発が遅れてのことだったので、もし本来乗るべき時間の列車に間に合っていたら、

電車の中で缶詰になるところでした。

生まれて初めて体験した大きな揺れ。

身体が揺れる怖さもさることながら、目の前の光景が何より恐ろしかった。

現実じゃないみたいにビルや車がグラングランと揺れ、ガラスが割れ、道路もひび割れ液状化。

当然、電車は止まり、都内へ移動することはできなくなりました。

運行再開を期待して一旦友人と別れ、改札口まで行ってはみたけど、一向に動く気配なし。

人はドンドン増えていきます。

新宿にホテルを取っていたので、到着遅れる旨の連絡をしようにも携帯が繋がらず、

公衆電話の順番待ちの列に並んでいたところへ友人からメールをもらって、一晩お世話になることに。

なので、ホテルには遅延じゃなくてキャンセルの連絡に変更。

公衆電話、何年振りかに使ったので、つい当時の習慣で10円玉1枚しか入れなかったらすぐ切れた。

成田という場所柄、外国人の姿も多く見かけ、さぞかし不安だろうと案じて止みませんでした。

何度もくる余震に怯えながら、友人宅でずっとテレビの情報に見入っていて

津波の映像に大きいショックを受けました。

一夜明けて今日午前、ようやく電車が動き出したので、再び駅まで送ってもらい、乗り継いで東京駅へ。

もちろん東京での予定は全て取り止めて、乗車率200%くらいののぞみ自由席に乗り

立ったまま名古屋まで無事帰って来ました。

もし私が名古屋で今回の地震を経験していたら、テレビから流れる被災地のあの悲惨な映像を見ても

今ほどの恐怖を覚えなかったろうと思います。

“他人事”じゃなかった今回の地震だけど、自分よりもっともっと酷い被害を被った方々がものすごくいる。

相手が天災だけに、やり場のない悲しみが残ります。

その半面、この窮地にあっての日本人の常識的な振舞いや、

外国を含む他地域からの助け合いをたくさん見聞きして、

「自分さえ助かればいい」という人間の姿が全く見受けられなかったことにとても感銘を受けました。

どうか早く以前の穏やかな日々が戻りますように、祈るのみです。

 

 

Comments (6)
この記事をはてなブックマークに追加