65
そこに一滴の滴があれば
大河になれる
だから降り続く雨は
いつでも大河になれるのだが
まだ震える手がある
秋を見送る為の手だ
それが小さな手であっても
水の流れの邪魔になる
震える手が去れば
一滴の滴は
心底で大河になれる
五感が聞き耳を立てている
66
するりと足下が滑り足音が転ぶ
この道は綺麗な色が沢山落ちて賑やかだが
その色や声で両の耳が塞がると
転んで怪我をする人が多くなる
転んだ音を治すのは大変な事だ
包帯を巻いても冬色に染まってしまう
しかし秋に戻して治療することはもうできない
だから一歩の踏みだしには慎重さが必要だ
67
六人に一人の子どもの貧困
差し伸べる手は沢山あるのに
どこで躊躇しているのだろうか
良心に従って差し伸べる手は
子どもたちにとって魔法の手となる
私の手もそうであって欲しい
68
旅人はここに留まって冬を制作している
短い時間なのだが集中力がすごい
雨が降り続いたので少し遅れ気味だが
十月の月カレンダーを捲れば
冬が目の前にある筈だ
寡黙な人だ
黙々と荒れた手で秋の蔦から冬を制作していく
小さな悩みは網目の中に隠していく
器用な手つきだ
69
私は店頭に並べられた一匹の魚
お客様は魚の鮮度を見て買う
私の鮮度は他の魚より劣っているから
買うお客様はいない
魚にも魚の年齢がある
魚は年齢が増すごとに旨みも増す
ほれぼれする全身の光沢
私にも年齢はあるが
年齢が増すごとに愚痴っぽくなり鮮度が落ちる
いつも売れ残る私の鮮度
70
台風が去った夜に冬が来た
風に乗って来たのだろう
一晩眠るごとに大きくなっていく
月は弓の形をして
何かを射ようとしているが
花鳥風月という
人が愛してきたものではない筈だ
真下に向かって矢が放たれれば
冬の背中に突き刺さる
そんな冒険を月がする筈はない
もう冬の中にいるのだから