ぴろ姐の「日々是反省」

菊地裕子がお送りする、人生泣き笑いブログ

美しいコンパスが快感を呼ぶ

2015年06月18日 | レポート(公演など)
 なんという感動だっただろう。
 6月14日の日曜日、北千住のシアター1010でのラファエル・カンパージョ公演「Tres tiempos」。フラメンコ舞踊の劇場公演にこれほど心動かされたのは、本当に久しぶりだった。



 舞台装置も何もないステージに、出演者は踊り手=ラファエル・カンパージョ、ギタリスト=フアン・カンパージョ、歌い手=ヘロモ・セグラの3人だけ。派手な衣装もパーカッションもバイオリンもない。
 しかし、シンプル極まりない編成の彼らが共鳴し合って醸し出すフラメンコの空気の濃密さと気高さは比類なく、静かな幕開きから最後のフィン・デ・フィエスタまで、私は圧倒されっぱなしだった。

 東京公演のプログラムは以下のとおり。

1)ラファエルyヘロモ「マルティネーテyシギリージャ」
2)フアン「ロンデーニャ」
3)ラファエル、フアンyヘロモ「ファルーカ」
4)ヘロモyフアン「マラゲーニャyブレリア」
5)ラファエル、フアンyヘロモ「ベルディアーレスyタンゴス」
6)ラファエル、フアンyヘロモ「ソレア」
フィン・デ・フィエスタ・ポル・ブレリアス

 通常の公演なら、ハイライトはこの曲だと目星がつくものだが、この公演に関しては、特にラファの踊りは全てがハイライト、全てが見どころだったと言ってもいい。
 たとえば幕開き。暗い舞台にラファとヘロモが客席を向いて立っている。ヘロモが静かに歌い出すと、やがてラファの両腕が静かに上がってくる。劇場の空気が徐々に凝縮され、フラメンコに染まっていくのが感じられる。ラファの足音は時に繊細に、時に大胆に、時に巧妙に、しかし何時の時も確実に美しいコンパスを刻みながら、ヘロモの唄に呼応してラファ自身のフラメンコを表現する。
 ここで断っておかなくてはならないのは、「確実に美しいコンパスを刻む」というのは、何もメトロノームのような機械的正確さを言っているわけではない。コンパスには体温が、人の息遣いが必要だ。
 けれどもラファの足音を聞いていると、美しいコンパスであるためには、まず、足音を入れるべき厳密なポイントを寸分たがわず押さえ、なおかつ名人の唄のように自然な息遣いで表現豊かに打たねばならぬのだと思えてくる。一流のフラメンコ舞踊手というものは、かくも肉体をコントロールし、感性の扉を開け放っているものか。そして確実に美しいコンパスが刻まれると、人はこんなにも快感に酔いしれるものか。
 ラファの踊りは私の信じるフラメンコ舞踊そのもので、私は心のうちで「やっぱり、真のフラメンコ舞踊はこんなにも素晴らしい芸術だった!」と何度も叫んだ。
 彼の踊りの振付は非常にシンプルに見える。実は随所に超絶技巧がちりばめられているのだが、ストイックなまでに抑制が効いているため、これ見よがしな風情がない。見るだけの舞踊ではなく、感じるもの、体験するものとしての舞踊がここにある。

 ラファの踊りは全てがハイライトだったと書いたが、いま最も印象に残っている踊りはというと、彼のタンゴだ。
 もう10数年前だと思うが、野村真理子さん主催の公演にラファと妹のアデラが出演した時、インタビューをしたことがあった。その時ラファに、自分が踊るとしたらどの曲が好きかと尋ねたら、最初に「タンゴかな」と答え、その後あわてて他のいくつかの曲種をあげて「どの曲も好きだよ」と言ったので、ははん、おそらく本当はタンゴが一番好きなんだなと思ったのだった。
 今回、そのタンゴを観ることができたわけだが、これが予想を遥かに超えて面白かった。シギリージャの厳しさ、ファルーカの男っぽさとは打って変わり、滑稽味のある振付、楽しげな表情。
 それはまるで、小さい頃から年配者の踊りを見よう見まねで踊ってきたオジサンのようでもあり、彼のフラメンコへの深い思いが感じられる踊りで、私は思わず声に出して笑ったりしながらも、胸の中に熱いものがこみ上げてきて困った。フラメンコは愛と精進だよ、うん。
 この1曲が観られただけでも、この公演に行った甲斐があったとしみじみ思ったが、その後に深いソレアを踊るとは、いったいどれだけ体力があるのだ!

 カーテンコールではほぼ全員の観客が彼らをスタンディングオベーションで称えた。フラメンコ以外の何も混じっていない、息の合った3人の素晴らしいステージ。ああ、夢のようだった!
 皆様、ラファエル・カンパージョは今、本当に本当に凄いことになっていますぞ。観られた我々は幸運だった。見逃した方も多々いらっしゃるだろうが、次の機会があれば、ぜひぜひご覧いただきたいと切に思う。どうぞ皆様、常々ネットでフラメンコ情報をご確認くださいまし。

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踊り手必見のフラメンコ・フェスティバル

2013年09月29日 | その他

 昨日、日本フラメンコ協会から、新人公演の講評が載った会員向けの冊子『LAZO(きずな)』が送られてきた。同封されていた諸々の公演チラシの中に、新宿文化センター大ホールで開催される『フラメンコ・フィスティバル・イン・東京〜flamenco flamenco』のものを見つけ、思うところあって、踊りをやっている方に向けて久しぶりに書くかなと当ブログを開いたら、あら、びっくり!本文を1年半ほど更新していないのは自覚していたものの、その代わりTwitterのつぶやきを表示させていたはずなのに、リンクが切れているではないの!
 考えるに、昨年の秋にブログのデザインを変更した際、リンクを再設定しなければならなかったのを、私が気づかずにいたのだろう。てことは、おそらくこの1年、このブログは何の変化もなかったってことだ。それなのに、今でもアクセスしてくださる方々が結構いるようで、申し訳ないやらかたじけないやら。わーん、間抜けでごめんなさい。これからは、もうちょっと本文の更新に努めます!

 ということで、気を取り直して今秋の『フラメンコ・フェスティバル』である。今秋といっても10月12日から3日間なので、もう間近だ。舞踊が中心の公演で、出演は12日がベレン・マジャ&マヌエル・リニャン、13日がイスラエル・ガルバン、14日がロシオ・モリーナ舞踊団という、現代スペインのモダンなフラメンコ舞踊を牽引しているトップスターたちばかり(エバ・ジェルバブエナのみ来年3月)。送られてきたチラシによると今秋の概要は次の通り。


フラメンコ・フェスティバル
flamenco festival in Tokyo
flamenco flamenco

【公演概要】

■10月12日(土) 14:00〜
ベレン・マジャ&マヌエル・リニャン
“Trasmiín (トラスミン) ”
天才舞踊家を父に持つサラブレッドにしてトレンドセッター 8年ぶりの来日

■10月13日(日) 14:00〜
イスラエル・ガルバン
“La Edad De Oro (黄金時代) ”
新境地を切り開く真正フラメンコ

■10月14日(月・祝) 14:00〜
ロシオ・モリーナ舞踊団
“Danzaora (ダンサオーラ) ”
天才的な音感、驚異的な身体能力、そして天性の踊り手としての感性

●公演日程
2013年10月12日(土)~14日(月・祝)14:00開演 (13:30開場)

●会 場
新宿文化センター 大ホール

●入場料金
S席:10,000円
A席:8,500円
3演目セット券(S席):28,000円
※全席指定・税込)
※3演目セット券は、チケットスぺースにて電話予約のみ取扱い

フェスティバル特設サイト
http://www.parco‐play.com/web/play/flamencofestival/
公式ブログ
http://flamencofestivalintokyo.tumblr.com/

●ご予約・お問い合わせ
チケットスぺース 03‐3234‐9999

●チケット取り扱い
・チケットぴあ
0570‐02‐9999(Pコード 429‐103)
http://pia.jp/t/flamenco/
・ローソンチケット
0570‐08‐4003(Lコード33391)
0570‐00‐0407(オペレーター対応10:00~20:00)
http://l‐tike.com/flamenco/
・e+(イープラス)
http://eplus.jp/flamenco/
・新宿文化センター
窓口販売のみ(9~19時 休館日を除く)


 これら一連の公演は、フラメンコ・フェスティバルといっても、ただフラメンコ舞踊を踊るのではなく、それぞれが劇場用の舞踊作品として上演される。その作品の解説に私は興奮しているのである。以下、作品についての記述のみチラシから書き出してみる(原文は志風恭子氏/色字は筆者による)。


◆ベレン&マヌエルの『トラスミン』
 1966年父(巨匠マリオ・マジャ)の公演先のニューヨークで生まれたベレンは、父からフラメンコ舞踊の伝統と類いまれな創造性を受け継いだ。彼女は、90年代の半ば、それまで思いもよらなかった斬新な動きで、若手ニューウェーブの火付け役となる。そして21世紀に入ると、歌い手マイテ・マルティンとの共演を機に、伝統を蘇らせるネオ・クラシックを打ち出し、またもや時流を変えた。(中略)『トラスミン』では、ギターとカンテだけのシンプルな構成で伝統的なフラメンコに徹するが、もちろん独自のひねりは忘れない。

◆イスラエルの『黄金時代』
 早くから正統派舞踊手として頭角を現すが、20代半ばから発表を始めた前衛的な作品群で、才能を開花する。(中略)『ラ・エダー・デ・オロ(黄金時代)』も2005年より上演される彼の代表作の一つ。カンテとギターだけのシンプルな音と共に、19世紀末から20世紀前半にかけての「フラメンコ黄金時代」が生み出した伝統のフラメンコを、彼独特の斬新なタッチで今に蘇らせる。伝統の中に未来を見る珠玉の名作だ。

◆ロシオ・モリーナ舞踊団の『ダンサオーラ』
 天才的な音感、驚異的な身体能力、そして天性の踊り手としての感性。(中略)その巨大な世界がぎゅっと濃縮されたのが今回の公演(略)だ。ダンサオーラとはダンサーとバイラオーラ(フラメンコ舞踊家)を掛けた造語。そのタイトル通り、ロシオはここで、フラメンコであると同時に、それを超えた舞踊家としての可能性を存分に探求する。また、この作品では初めて即興の部分を入れ、毎回、新しいことに挑戦するという。

(引用終わり)


 私はベレンとイスラエルは、何度か生のステージを観ている。ベレンの踊りはモダンな動きにも伝統的な根っこが感じられたことが嬉しかった。イスラエルは予測不可能な動きの中にフラメンコのコンパスが息づいていて、心から楽しめた。ロシオは映画『フラメンコ・フラメンコ』で観ただけだが、モダンなスタイルを身体性の強化で推し進めた美学のありように驚嘆した。若手のマヌエル(ロシオだって若手だけどね)は未見。
 そんな私が、解説の何に興奮したかといえば、ベレンとイスラエルの作品に「伝統」という言葉がジャジャーン!と踊っていたからだ。バックもギターとカンテのみときた。もう、やったね!そうこなくっちゃ!!という感じである。そしてロシオの、飽くまで舞踊性の洗練を目指していると思わせる作品の解説にあった「即興」の2文字!舞台作品で、しかも舞踊団で、即興なんてマジですかっ???もうもう、どれもこれも、なんて楽しみなんだろう!

 けれども、私が踊りをやっている人にこの公演をオススメしたい理由は、それだけではないのだ。
 この夏も恒例の新人公演、怒濤の3日間があった。例年通り、私はバイレソロとバイレ群舞の選考委員を務めて講評を書き、それとは別に、アクースティカの『新人公演応援團』に舞踊出場者全員についてのコメントを書いた。毎年、出場者が舞台から発するエネルギーには圧倒されるが、今年は例年より残念な思いをした人が少なからずいた。目指している方向は間違っていないのに、大劇場での見せ方が上手くないのだ。先生からどれほど学び、スペイン人のクルシージョを沢山受け、スタジオで死ぬほど自主練習したとしても、この劇場での見せ方ばかりは実際の舞台を観て感動したり、実際の舞台を経験して苦労したことがなければ、身に付かないだろう。
 何も大劇場だから派手なことをやれと言っているのではない。その空間をどう使うか、広くか狭くか、濃密にするか軽やかにするか、そんなことは個人の感性や美学の問題だ。肝要なのは、大劇場の空間を肌で感じて自分のものとしてコントロールすることだと私は思う。
 10月に来日する3組は、おそらくそれぞれが全く違う印象を私たちに与えるだろう。それはどれが正解というのではなく、個々が追求しているフラメンコの世界の、現時点でのひとつの到達点なのだと思う。その舞踊はもちろん、彼らの空間の使い方にも、ぜひ着目してほしい。ソロであれ、パレハ(ペア)であれ、群舞であれ、大劇場で感動をもたらすものには、考え抜かれた工夫がある。素晴らしい才能を持った大物スターたちの舞台を、自分の目で観て、体感することは、フラメンコにたずさわる人には特に、得難いものを与えてくれるに違いない。生のステージがもたらすものを感じに、いざ劇場へ!

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渡辺亨が撮る!鎮魂の3.11

2012年03月09日 | その他
※下記の写真展は終了しました。
  ↓↓↓↓↓↓

皆様にお知らせです。

フラメンコの舞台写真でも有名な写真家の渡辺亨さんが、
ネット上(データネット)で5月いっぱい、写真展を開催しています。

宮城発、東北大震災、あれから1年!!
      鎮魂の3.11、宮城出身 渡辺亨が撮る


宮城県登米郡(今は登米市)出身の渡辺さんが、
震災から9ヶ月後の昨年12月、宮城県沿岸部を訪れて撮ったものだそうです。
この大津波の爪痕の記録を、ぜひ、多くの方に見ていただきたいと思います。
PCでは画面下方にコンテンツが並んでいますので、
そちらからご覧ください。

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恒例・新人公演応援團合評に思う(1)

2011年09月10日 | レポート(公演など)

さて、アクースティカのHPに掲載された、新人公演応援團合評の件だ。
(トップページ下方の最新情報から入れます)
ギター、カンテ、バイレ群舞、バイレソロの各部門について、
それぞれ数人ずつの応援團による原稿がすべてアップされている。

私は例によって、バイレ群舞とソロについて書いた。
いつものことながら、バイレは出場者が多く(群舞3組、ソロ65名)、
全員について書くのは、なかなかに骨の折れる作業だった。

しんどいのが分かっていながら、何故、毎年これを引き受けるのか。
それは、ここの「応援團」という姿勢と「合評」というシステムが、
新人公演の出場者に対する自分の思いを吐露するのに、
とてもしっくりくるからだ。


日本のフラメンコ舞踊について、また、それをやろうという人々に対して、
私には個人的な思い入れがある。
フラメンコそのものに対しても、ある。

個人的な思い入れを客観的なレポートの中に入れ込んでしまうと、
これはいかにも鬱陶しいが、
「応援團」という姿勢であれば、多少は許される(と思う)。
また、「合評」というシステムによって、
私の思い入れが他の誰彼の思い入れと並ぶことで、
それぞれの偏りが多少は中和される(と思う)。


私自身、書いている時は他の方々の原稿は目にしていないので、
アップされた合評を読んで、
「へえ、こんな感じ方があるのか」と思ったりする。
感心したり、驚いたりはするけれど、
結局、「でも私はやっぱりこうだな」と思う。
当たり前だ、自分が心底思ったことを書いているのだから。
それに、感じ方や意見が異なる人が書くからこそ、合評の意義がある。

だから、読む方も書かれた方も、
いろんな感じ方や意見があるんだなァぐらいの気持ちで、
斜めにお読みになればよいと思う。
「厳しい」という感想を時々いただくけれども、
この合評は決定的な評価ではなく、ただの讀物なのだ。


とは言いながら、書いた私は「しんけん」である。
いつも、まるっきり「しんけん」に書いている。
吐きそうになったり、胃痛やら頭痛やらを起したりしながら書いている。

こんなことを書いたら、書かれた方が傷つくんじゃないか、
自分の無知がさらけ出されるんじゃないか、
あれを観たすべての人とまったく違う意見なんじゃないか…。
そんな不安がいつも拭えない。

けれども、どうしても書かねばならぬと思ってしまう。
やむにやまれぬ思いが湧いて止まらなくなる。
加部さん(アクースティカの社長)に頼まれたからではなく、
舞台に立つ人々それぞれが、皆、「しんけん」であるからだ。

「私の感じるフラメンコはこれです!」
「私の考えるフラメンコはこれです!」
「私の理想のフラメンコはこれです!」
「私の想像するフラメンコはこれです!」
「これが私です!」

どうであろうと、皆、「しんけん」なのには間違いない。
その「しんけん」さに向かい合った時、適当なことなど書けるわけがない。
だから、あれが愚にもつかぬ文章に見えたとしても、
ひとえに私の「しんけん」さの不器用な表れだとご理解いただきたい。


そういう自分の文章を、しかし、私は恥とは思っていない。
フラメンコについて書く時にはこれしかない、いたしかたない。
そのいたしかたなさをさらけ出す勇気を教えてくれたのは、
ほかならぬフラメンコだったのだから。


続く(2)では、新人公演における評価の基準について書いてみたい。

今日はこれから、セルバンテス文化センター。
“唄うげーじつか”の個展で松丸百合さんのソロを観る予定。
いってきまーす!

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バリの歌舞劇を観に浅草へ行こう!

2011年09月08日 | その他

劇団時代の友人から公演のお知らせ。

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間際のお知らせになってしまいますが、久々にバリの芸能に出演致します。
バリで盛んに上演されている「アルジャ」という歌舞劇(どちらかと言えばドタバタ喜劇)があるのですが、日本では、ほとんど知られていません。
その第一人者であるチャンドリさんという女優さんを招いて、アルジャを始めとした、バリの声の芸能を披露して頂きます。
私は、このアルジャの中のバカ姫お付きの侍女役です。
チャンドリさんとは、異言語漫才を繰り広げる予定。

『踊る声、歌うガムラン』
●東京公演
9/11(日)17:30〜
アサヒ・アートスクエア(浅草スーパードライホール4F)
前売 \3000
当日 \3500

●名古屋公演
9/18(日)17:30〜
千種文化小劇場"ちくさ座"
前売 \3000
当日 \3500

もし、お時間がありましたら、是非足をお運び下さいませ!

………………………………………………………………

友人の公演を観るのは、10数年ぶり。
浅草も大好きだし、早めに行ってウロウロしようかな。
……と、何人かに声をかけたが、皆、都合があわない!
えー。こういうのは一人より複数で行ったほうが楽しいよう。
誰かー、私と浅草デートしてー!


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