土日恒例の閖上での作業ですが、昨日も予定の合間をぬっての短時間、そして本日は朝から来客や仮設住宅での作業などで満足出来る作業が出来ませんでした(本当は閖上小学校体育館で位牌清掃する予定だったのですが。残念です)。
花の世話は明日、母と叔母で行ってくれることになったので少し安心したものの、楽しみにしていた閖上での時間がとれずやや不本意な休日となってしまいましたね。
仕事をしている平日、勤務先のビルから太平洋側を見ると遠く荒浜に僅かに残った松林が見えるので「あぁ、せっかく天気がいいんだから閖上に帰りたい」とぼんやり考えてしまいます。
新しい職場は可も無く不可も無くなので大きな不満はありませんが、心はいつも「このままでいいのか」「自分には何が出来るんだろう」という疑問が湧いて来て押さえられなくなる瞬間があります。
だから、本当に週末が来るのが待ち遠しいんです。
(でも、生活の為だから今は感情を押し込めて最低限の生活費を稼がねば、ね)
時間が無く、写真は少ないのですが土曜日の作業の様子を。
花たちは相変わらず順調。
花に気がついた道行く人や車がわざわざ減速して見ていってくれています。
多分、「は?ここで何やっているんだ??」という感じだとは思うのですが。
4月初旬に植えたパンジーもやや元気が無くなってきましたが、その代わりに向日葵の芽が元気に育っています。
向日葵はもう少し増やす予定です。
水門付近の実家の付近に目をやると、自生した花が多数咲いていることに気がつきました。
よくわかりませんが、「ハマナス」の花でしょうか?
水門から春日館の方まで結構な数の花が咲いていました。
旧消防署付近(私が暮らしていた自宅のあった辺り)は、工事が始まっていて立ち入り禁止になっていました。先々週に見に行っておいてよかった。
貞山堀の東側の非居住地域になるゾーンでは至る所で土地の測量が行われています。
この日は特に人数も多く、もの凄い早さで淡々と測量していました。
話し声を聞いていると、どうやら作業している方々は関西方面から来ているようです。
この日も叔母が同行。
震災以降、「閖上の海が憎い」「出来れば行きたくない」と言っていたのに、最近は「今度閖上に行くときは必ず私も連れて行って」と言うようになったので一緒に行くのですが、自宅のあった場所で花の手入れをしながら叔父と従兄弟の思い出話を語るので少々辛いです。
でも、きっといつも一人でいるから、寂しいんだろうし話をすることで少しは気持ちが楽になるのかな。
この日も作業の途中で閖上の方(女性)に声をかけられました。
日和山付近に住んでいたそうで、震災直後から仙台市の四郎丸の娘さんのところに現在まで避難しているという。
旦那さんは津波で犠牲になったそうで、当日の話を聞かせてくれました。
旦那さんは勤務先から自宅に戻りそのまま犠牲になったそうで、「警察から遺体の発見場所を聞いたら、“漁港付近の丘の上でした”と言われたけど、閖上には丘なんてないから多分日和山だと思う」という話で、震災から数日後に日和山で発見されたという。
当日の津波襲来直前、日和山の頂上には結構な人数が避難していたという目撃談もあります。
約6メートル程しかない日和山。
震災後に閖上に初めて行って日和山に登った時、石碑は流され家の屋根や瓦礫が多数頂上にあったので「ここも駄目だったんだ」とは思いましたが、想像するだけで涙が出そうです。
また、その方の知人で同様に旦那さんを亡くされた方は、二人で手を繋いで逃げている途中で津波にのまれたものの最後まで手を離さずに流されたという。しかも、流されている途中で旦那さんが亡くなっている事に気づいて亡骸を引っ張って流れ着いた建物に逃げたという悲しい話も聞かせてくれました。
話を聞かせてくれる方々は本当に辛い現実を、ただ淡々と話をしてくれるのですがどんなに悲しいのだろう。
悲しみの度合いが大き過ぎると、ある意味で冷静に語れるのだろうか。
夫と一人息子を亡くした叔母と、旦那さんを亡くされたその方で暫く話をしていたのですが、別れ際に「あの、とても聞き辛いんですけど」と前置きした上で、「遺族に支払われた義援金は幾らでしたか?」と質問をして来たので、少し驚きつつ訳を伺うと、その方は満額支給されていないことで悩んでいたようです。
私も不勉強で知らなかったのですが、遺族の収入などによって義援金が減額されているんですね。
扶養範囲以上の収入がある場合は通常の半分しか支払われていないとは!
金額がどうだということよりも、「義援金」の意味がおかしいと思うのですが。
一定の収入があるとは言え、一家の大黒柱を亡くしていることに変わりはなく、まして大事な家族を失った上での生活再建への支援の為のはず。
なのに、どういうことなんだろう。
被災した全ての方々が金銭的に困窮しており、家族を亡くして義援金の支給がある世帯へ「おたくは亡くなった人の分の支給があるからいいね」「死んだ家族の義援金で新しい家を建てられるから羨ましい」なんて寒気がするような言葉が口に出てしまう現状を目の当たりにして(事実、実際には被災していない私ですら何度か言われたので)います。
今回、お会いした女性も度々そのように言われるそうで、「皆が思う程私は義援金は貰えていないし、そもそもお金なんかいらないから主人を返して欲しい」と涙を流されていました。
マスコミなどでは殆ど報道されていない、震災後の現実の一つ。
このような人達を救えるのは一体誰なのか、しっかりと考えて欲しい方々が多過ぎます。
国政も地方の行政も政局に目を奪われ、自分の利権や地位を守るのに精一杯な小者ばかりでうんざりです。
名取市の議会も、復興案に今更全員一致で反対って、何?
じゃあ、以前の復興案が議決されたのは何だったの?
身近な問題に真摯に耳を傾ければ、もっと違った展開になっていたはず。
近頃の「生活保護」問題もそうですが、大切な税金を不正に使って平気な顔をしていたり、「大変な想いをしている人の役に立ちたい」という気持ちの結晶である大切な義援金が使途不明だったりという話には心底腹が立ちます。
今日、知人からある情報を聞きました。
閖上の公民館跡の「嵩上げのイメージ」の嵩上げ費用なんですが、あの土盛りだけで費用が約1000万円弱かかっているそうです。
それを聞いた私の姉(数年前まで土木資材の卸や工事施工などを行う会社に勤務していた)が、
「えー!?それボッタクリすぎじゃない!」
と呆れていました。
ここでは詳しく書けないですが、震災直後から聞こえていた一部の人や団体だけが利権を貪り良い思いをするような話は、今後はもっともっと出てくるでしょう。
明日の道筋が見えず孤独の中で苦しむ人と、震災太りをする人。
許せない想いと絶望が募るばかりです。
中村由利子「えがおの日まで」
今夜は、久しぶりにこの曲を聴きたくなりました。