2003年7月だから、今からもう4年も前になる。その日、用があってパリのある建物の中に入った。そしてその部屋の窓の扉を開け、外の小さな庭を見下ろした時、自分を包んでいるすべてが今までに感じたことのないほど美しく見え、精神が解放されたことを思い出す。フランスに出会って初めて意識的にパリに滞在した時のことである。
寒い雨の日。これからについての想いは一体いつ頃生まれたのだろうか。そんなことを考えている時、4年前のこの光景が頭に浮かんだのだ。その日、その部屋で何人かの人と話をしていた。その中にいた中年女性との会話の中に、これからの芽が含まれていたことに気付く。もし違った道を進む場合にもその芽は自分の中に見つかるはずだ。その道を決めているのは自分なのだが、それ以外の何かが働いているように思えてしようがない。
過去、現在、未来を繋いでいる何かを探そうと思うことなど、そんなにあることではない。雨の日はそんな作業に向いているのかもしれない。