おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「シリコンバレーから将棋を観る」 梅田望夫

2009年07月15日 | あ行の作家
「シリコンバレーから将棋を観る」梅田望夫著 中央公論新社 (09/07/14読了)

 文句なく、今年読んだ本のナンバーワン! 
 私は、将棋に何の興味もなく…というか、将棋を指したこともなければ、ルールすら知りません。それでも、活字を通じて、未知の世界を覗き見ることができるって、めちゃめちゃ刺激的! (ちなみに、昨年は「磯崎新の都庁」がナンバーワンでした。建築の世界も刺激的でした)

 もともとは仕事の関係で「斜め読みぐらいはしておこうか」という軽い気持ちで読み始めました。

 著者は「指さない将棋ファン」として、その筋では有名な人らしいのですが、私は、「指さない将棋ファン」という言葉すら初耳。

でも、読んでみて、なるほどな-と思いました。野球観戦やサッカー観戦が好きな人が、必ずしも野球観戦やサッカーが上手いわけではない。むしろ、ほとんどの人が何年もボールに触ったこともないのに、ビール片手に「バカヤロー。そんなボール球振るんじゃねぇ~」「どこにパス出してるんだよ!」と偉そうに選手を叱咤激励しているわけです。とすれば、自らは将棋を指さない観戦専門のファンがいてもいいじゃないか-という理屈だそうで、まったく、おっしゃる通りです。

 そして、指さない将棋ファンの目から、現代の将棋事情や親交のある棋士たちの横顔を紹介しているのですが… 私が感動したのは羽生善治という人のスゴさです。
 
 もちろん、将棋に何の興味はなくとも羽生善治という名前ぐらいは知っていたし、若いころから大きなタイトルを取りまくっているめちゃめちゃ強い人という程度の知識もありました。

 でも、羽生善治は、単に、将棋の強い人ではなく、イノベーターというか、革命家だったのです。将棋界の退屈な慣例を排除するために、若い頃から一つ一つ駒を打ち、見事に将棋のありようを変えてしまったそうです。また、自らが研究成果を積極的に著書などで公開し、ファンばかりでなく、対戦相手にも手の内(というか、頭の中)をさらけ出し、それでも勝ってきた。めちゃめちゃ、カッコいいです。

 そして、羽生善治はイノベーターではあるけれど、伝統の破壊者ではないのです。むしろ、過去の棋譜を研究し、死ぬほど勉強し、伝統を踏まえた上で、より将棋が魅力的なものであるために改革すべきことが何なのかを意識的に考えているし、将棋界のリーダーとしての自分の役割を強く自覚しているのですね。

 そして、羽生善治以外に紹介されている棋士の方も、伝統の継承者でありながら、イノベーターでもあり、暗く陰気な世界と勝手に思い込んでいた将棋界が、とっても、キラキラ輝いて見えてきました。

 そして、はたと、私の愛する文楽の世界のことに思い至ってしまいました。
 確かに、素晴らしい伝統の継承者がいっぱい。簑助師匠のような、神が宿る人もいますが、羽生善治のようなイノベーターはいないのかもしれないなぁ。

 伝統は守らなければなりません。しかし、400年の時空を経て、生き残っていくためには、伝統の上にイノベーションは絶対に必要です。それは、芸そのものではなく、観客の引きつけ方であったり、後継者の獲得の仕方なり、経営のための資金確保であったり、もっと工夫の余地があるのかもしれません-そんなことを考えながら、多くのイノベーターが育っている将棋の世界を羨ましく思ったのでした。

 ちなみに、将棋のことは本当に全く何も分からないので、本文中に紹介されてる棋譜戦況はすべて無視して読み進みました。それでも、十分に、面白く、著者の意図が伝わってきました。「指さない将棋ファン」のみならず、将棋に何の興味の無い人にも、ぜひぜひ、おススメしたくなってしまう一冊です。


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