~ ア ラ ン (出 会 い の 日 か ら / 最 終 章) ~
『従いましょう、貴女(あなた)の指揮なら……』
天女かと見まごうほどの神々しい貴女の立ち姿に俺は、きっぱりと宣言した。
それは俺の誇りでもあった。
俺達第1班は7月13日のパリ出動のメンバーに選ばれた。
第1及び第4中隊。合計18の班員と副官も含めた将校達をざっと数えると、おおよそ200人近い人数が貴女の直接の指揮の元、パリに向かう。
貴女は、黙ってついてきてくれる兵士はいないのか、と俺達に問い掛けた。
貴女が、パリへ……?
たった200人の兵を率いる為に連隊長自らが指揮を執る、と。
周囲は一瞬ざわつき、そして……沈黙。
俺は言葉を発した。
それは、勿論俺個人の意思だけではなく選出された2個中隊の総意だった。
周りの連中の意見を聞いたわけでもなく、それは俺の気持ちそのものだったが、俺はそれがみんなの一致した意見だと確信していた。
本来なら一兵卒に過ぎない俺が発言するべき場面でない事など当然知ってはいた。
だが。俺は口火を切らずにはいられなかった。
貴女が、俺達と一緒に明日パリに向かう。
それが意味するところ……。
俺達は――。
俺はその意味を知っていたはずなのに……。
「アラン……」
「あっ……」
薄ぼんやりとした意識の中、俺は、また気を失っていたのかと、目覚めた事で自分の失神を確認させられるという失態を繰り返していた。
「少し強い鎮静剤を使ってもらおう」
心底眠りにつく事が出来ない俺を気遣ってベルナールが今にも医者を呼び寄せかねない勢いで立ち上がった。
「ベ……ル……」
腹に力が入らずか細い声しか出ない。ベルナールは振り向き俺の表情を見入ると、言わんとする事を悟ったようだった。
出会ってまだ数日しか経っていないというのに、この同胞は多くを語らずとも俺の意を察してくれた。
あいつと見間違いそうな黒髪のその風貌に、俺は、その横にあの女性(ひと)がいるような気がして、何度も瞬きを繰り返した。
俺のそんな気持ちまでもが分かったようで、頭を振り振り、
「どうせ……眠れないか?」
優しい口調で訊くベルナールに、俺は小さく頷いた。
……強くなりたかったんだ。
お袋や、妹や……。あいつや貴女や……。
みんな、みんな……守りたかったんだ、俺の手で……。
その手段を、貴女は教えてくれた。
『従いましょう、貴女の指揮なら……』
どんなに悔いても悔い足りない時がある。
なぜ止めなかったんだろう、貴女を……。
いや、あの時、あいつを止めてさえいれば……。
とことんまで貴女に従う事が出来たあいつ。そして、フランソワやジャンや……多くの仲間が俺の元からいなくなってしまった。
俺も……。
俺も、あの時、貴女に従う事が出来ていたなら……。
右腕でそっと目頭を隠す。それを反射条件とするかのように、また涙が溢れて来た。
ベルナールが何も言わずに部屋を出て行く気配が伝わって来た。
なぜ、俺だけが生き残ってしまったんだろう……。
もう何度目になるか数える事さえ出来なくなってしまった自問を、俺はまた俺自身に投げ掛ける。
俺の腕の中で旅立って行ったあいつと……貴女……。
もう、今の俺には守るべき人もいなければ、誰かにとって俺が守りの対象にさえならないと言うのに、なぜ俺は、あの日、貴女やあいつから置いてきぼりを食らってしまったのだろう。
「アラン……」
貴女の声が響く。俺は周囲を見渡すが、そこにはもう誰もいない……。
あと何回同じ夢を見たら、良いのだろう。
貴女の呼び声、貴女の黄金に輝く髪、ほんのりと桃色に染まった頬……。あいつの名を呼ぶ貴女にさえときめきを感じてしまう。
その同じ唇が、俺の名を発する。
俺はお決まりのように、めんどくせぇなぁ、と言いながら振り返る。
貴女が笑っている。
その隣で、あいつも一緒に笑っている。
そして、一瞬見つめ合った二人は、そのまま全く同じ仕草で俺に近づいて微笑みかける。
貴女が俺の名を呼ぶ。俺がめんどくせぇなぁと答える……。
そんな他愛のない日々が、もう戻らないなんて……。
「アラン……」
ああ。今度は今際の際のあいつの、とぎれとぎれの呼びかけ。
そうだ……。
俺はあいつのこの言葉を思い出したくなくて……だから眠りたくないのに……。
また、思い出してしまった。
何の迷いもなくあいつの為に走る貴女の背中を呆然と見つめる俺の腕を握り、あいつは言った。
「アラン……。オスカルの事……」
無駄に流れ出るあいつの血で、それ以上石畳を染めたくなかった。
貴女の、その迸(ほとばし)るほどの生命(いのち)の源を、こんな所で断ち切ってしまいたくなんかなかった。
「ああ、分かったから! もう喋るな。直に隊長がおまえの為に水を汲んで戻って来るから……」
「頼んだ……ぞ……」
近づいて来る足音。
その軽快な足音に安心したかのように、俺の腕を握りしめていたあいつの手がぽとりと落ちた。
ふざけるな、と……。
あの時、そんな事請け負えないとあいつを叱咤していたなら、今この瞬間の俺の居場所も違っていたのだろうか……。
割れるコップ。
泣き叫ぶ貴女の声……。
静寂の中、俺の耳の届いた、たったふたつの音……。
あと、いくつの眠れない夜を乗り越えたら、俺は楽になれるのだろう。
どれだけの苦しみに耐えたら、貴女やあいつの待つ場所に行けるのだろう。
……その時。
貴女から褒められる俺でありたいと思う。
貴女の背中が行く先を示している。
あの日。
パリの街中で怒りを爆発させていた貴女と、そんな貴女を見守っていたあいつ。
あの日の二人の背中が……。
金の髪が、紅の軍服が……。
黒髪と、靡(なび)くお仕着せの燕尾が……。
俺の行く先を教えてくれていた。
強くなりたかった、誰よりも。
その手段を、貴女が教えてくれた。
あいつと貴女の命の重みをこの腕に抱えて、俺は生きて行く。
≪fin≫
【あとがき・・・という名の言い訳】
ご訪問ありがとうございます。おれんぢぺこでございます。
7月14日です……。今年は6月にパソコンが壊れ、7月に入った途端、大雨による災害……と、何やら私の中で落ち着かない事が多すぎました。
仕事面でも、毎年8or9月に職場主催の研修会を行うのですが、今年はその主担当も仰せつかっておりまして……つまりは、ストレスマックス⇒妄想も最高潮……なのですが、実は本日UP致しました話の大筋は1年前、『出会いの日から』構想当初からあった物なのです。書き始めた頃には、いわゆる(去年の!)百合忌に最終話をお届けする予定でした。あくまでも、“予定”です。ところが、長々と進展しないままお付き合いいただいた結果、アランの記念日的な日に投稿する事が出来そうにない状況ばかりが続いてしまいました。
でも、やっぱり。シチュエーションは捨てたくないと(6割がた書き終わってもいたし…)思い直した結果、これは、じゃあ、この日でしょ、と逆に思った次第です。
私は『エロイカ』を途中で挫折してしまったので、実はOA亡き後のアランの事をあまり良く知りません。でも、二人が亡くなった後のアランの気持ちって、もしかしたら他の生き残りキャラよりも共感できるかもしれない、などと思っております。そんなわけで、7月14日にもかかわわらず、あえてアラン語りのOAで、今年の3が日終了でございます。
お付き合いありがとうございました。
暑さが厳しい日々です。
朝倉市では復旧作業どころか、まだ多く残る行方不明の方の捜索さえ難航している状況です。一日も早い発見を願うばかりです。
皆様もどうぞ熱中症、食中毒等々ご注意ください。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ。