le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-27~ お衣裳部屋から愛を込めて・・・② ~

2017年06月28日 22時51分26秒 | SS~お衣裳部屋から愛を込めて・・・~


~ お 衣 裳 部 屋 か ら 愛 を 込 め て・・・ ② ~



光彩(こうさい)脱目(だつもく)と言われるほどのその容姿がかすかに歪んだ。
無表情を善しとする精鋭達の中でさえ、感情を持ち合わせていないのではないだろうかと例えられる近衛連隊長の、明らかに困り果てた表情に、副官はほんの少し軍靴の先を進め、
「……隊長……」
我を失うとは珍しいと、ある意味では感心しながらもあくまでも職務に忠実な近衛兵士たらんとする。
どのような美辞麗句も霞んでしまうとさえ言われた直立不動の近衛連隊長。そのオスカルの眉間に皺が寄った。ジェローデルがさらに1歩寄り、
「……ご下問にございます……」
小声で上官に向かって呟いた。

なるほど。先日、王妃は続きはまた今度、と確かに言った。王妃がそう言った事自体はオスカルももちろん忘れるはずがない。いついかなる時にも主の言いつけは絶対だ。
だが。あの時の王妃の言いようは『この話題はもう終わった』という解釈をすれば良いと思っていたオスカルは、明らかに面食らった。

「ね、オスカル……」
周囲に仕える多くの人がこの屈託のない笑顔に“non”と言えなくなってしまうとオスカルも何度となく聞いた事があった。今、まさに自分がその境遇に置かれようとしている。
周囲の誰もが俯いたり、あるいは聞こえない振りをしている。
「何日前だったかしら……言ったでしょ? これからお衣装はあなたのダーツの腕に任せる、と……。まさか忘れたとは言わせませんよ」
確認するかのように、近衛連隊長の顔を覗き込む。
「え……。いえ……しかし……」
言い淀む。いや、明確な拒絶の意思を言えない代わりに、無言の抵抗で王妃に諦めさせようとする。
公式の場での装いを、いやしくも一国の王妃がお遊びで決めるなどオスカルにとってはこの上ない愚行だと感じられた。

「オスカル、分かってちょうだい。来る日も来る日も息吐く間もなく、やれ晩餐だ、次には謁見の時間だと、次々に着替える事を要求されて……。私は本当はもっとゆったりしたローブを纏っていたいのよ。ならば、せめて服を選ぶ苦しみから解放されても良いと思わなくて?」
今現在いわゆるシュミーズドレスを纏っている王妃の口から出てくる言葉とは到底信じがたいが王妃が本気でそう思っている様子はオスカルにも分かった。しかし、やはり、御意と言える内容ではない。
「しかし……。何もダーツで決めようなどせずとも……」
「あら、人生に余興は必要よ。投げた矢がその日の私の装いを決める。誰も何も考えなくすむ。素敵でしょ?」
どういった繋がりからの発言か見当もつかない。果たしてそれを素敵と思う人間が当の王妃の他にいるだろうかと、オスカルは頭を抱えたい気分だった。

ここまで焦る連隊長も見ものだと、ジェローデルが秘かに肩を震わせていた。オスカルはちらりと副官に視線を送ったが、
「そう、例えば、でございます」
王妃の思いつきがいかに無茶な事かを説明しようと試みる。
「このように膨大なローブの中から、場に応じたローブにダーツが当たりましたら良うございましょうが……万が一にも夜会にローブ・モンタント(主に昼会用)にでも矢が刺さりましたらいかがなさいます?」
必死ながら、理屈は通っている。
「あら、それは確かにそうね……」
残念そうに言う王妃の姿に少々気の毒さを感じながらもオスカルはほっと胸を撫で下ろす。ところが王妃はにこやかに、
「それはそれで、お告げに従ったとでも言い張りましょうか」
「とんでもございません」
即答しつつ、オスカルは本格的にめまいを覚える。

「オスカル。では、こうしましょう」
だが、敵も心得たもの。王妃は涼しい顔で微笑みながら、
「あなたが来た時にはその日のお天気や目的に合ったローブを女官長がいくつか準備しておきます。その中からあなたの投げたダーツが刺さった物を私は着ることにします」
そう言われ、オスカルは尚も食い下がり王妃に問う。それならば1着を選んで口頭で伝える方が早いのではないか、と。すると、王妃は不思議そうに答えた。
「オスカル、考えてもごらんなさい。あなたの思い描くローブに間違いなく矢が刺さるのは100パーセント?」
「……いえ……」
「でしょ? だから、面白いのよ。いくつかあるローブの中からこれと決めた物にダーツを投げる事が上手にできるかどうかという楽しみも加わるのよ」


「……で。おまえにしては珍しく、お言いつけに従うしかなかった、と……」
ふくれっ面の主の機嫌を更に悪くしてどうするのだと思いながらも、アンドレは帰路の馬車の中、幼馴染に訊いた。
「……ああ……」
斜向かいで腕組みしたまま言葉少なに答え、オスカルはつけ加えた。
「……今日は、ジェローデルを招いた」
「はぁっ? 何で……!?」
思いもしない人物の名が、思いもしない形で出て来て、アンドレは何の飾りもしないストレートな問いを間髪入れずに口にした。
「何で、だと……? 当たり前だろう、考えてもみろ。私だけが道化になるなぞ耐えられん。巻き込んでやった。王妃様に、少佐にもそのお役目をとお願い申し上げ、ご許可いただいた」
「その場で?」
「もちろん! 今日はこれから練習だ。後ろで面白がって笑っていたのだからな、奴は……。私が気づかないとでも思っていたのだろうか」
何やら思い出したたようで、表情がもう一段階険しくなった。
「まあ、客は客だ。軽い食事と……。後はおまえに任せる」
「はぁ……」
溜息を吐き、お気の毒に、と一瞬笑ったが、アンドレは思った。
ジェローデルの心の内は知っている。きっと言いつけられた瞬間には良い気持ちがしなかったであろう。だが、隊長との距離を縮める機会を与えられたと今頃はほくそ笑んでいるに違いない。抜け目ない少佐の事だ、もしかしたらダーツの練習の為の練習でもしてくるのではないだろうかと思いながら、憮然としたまま頬杖を突くオスカルをアンドレは黙って見つめていた。

遊戯室には妙な緊張感が走っていた。
ジェローデルが土産にと持って来たヴァンがアンドレの優雅な手つきで開封される。ブルゴーニュで採れた年代物の赤はそのままデキャントされた。向こう側が透けて見えるほどの淡い赤を眺めながらオスカルが、
「ピノ・ノワール、か……。そういう趣味だったか……」
形ばかりのテイスティングをすませる。
「女性にはお勧めですので……」
何食わぬ顔で答えるジェローデルに一瞬苛立ちの様子を見せたが、オスカルは静かに足を組み、まあ、良いと笑って見せた。

窓際の丸テーブルの上にはチーズやナッツ類と一緒に、グラスに注がれたヴァンが置かれた。
テーブルの後ろ、腰高の縦長の連窓は開け放たれ、カフェカーテンは風に揺れていた。風の強さや方向によってはいつでも窓を閉める事ができるよう、アンドレはそこに待機したまま、ダーツ盤を見つめていた。
ジェローデルが先にスタートラインに盤に対して体を平行、つまり真横を向いて立つ。
「クローズドスタンスとはいかにも遊びを知り尽くしている君らしいね」
意趣返しとでも言わんばかりに茶化すオスカルに、無言のまままず1本目を投げる。
シュッと風を切ったダーツは、右斜め上18点を刺した。それを高得点と見ているのかどうか疑問だが、オスカルは称賛の言葉を投げる。

とても練習やお遊びとは思えないほど淡々と双方が投げ合う。だが、
「立派な台ですね」
ジェローデルは3投目の構えに入っていた腕を一旦下ろし、ヴァンに口をつけようとしていたオスカルに言葉を掛けた。
「ん……?」
言われるままに、部屋のほぼ中央に位置するビリヤードテーブルに目をやる。
「ああ……」
そう言い、後ろのアンドレに視線を送る。説明しろと言う意味である事がアンドレにはすぐ分かった。
「先々代が取り寄せさせましたペンテリコンの大理石だそうでございます」
「ギリシャの?」
ジェローデルが聞いたところでオスカルが口を挟む。
「誠かどうかは知らんがな」
「また、そんな言い方を……」
軽く窘める従者に、はいはいと愛想笑いを返し、オスカルはジェローデルの方に向き直る。
「たまに、価値がわかる御仁にとっては良い物に見えるらしいが、私は台の価値など興味がないからな。玉突きが出来さえすればそれで良い」
「ビリヤードもなさいますか?」
「ああ。……だが、こればかりは、身長の違いもあってあれには敵わん」
アンドレの方を大仰に振り向いて見せる。その振り向かれた側はいい加減にしろと言わんばかりの表情でゆっくりと首を振った。
「そうですか……」
ジェローデルは、ダーツゲームの途中にもかかわらず、ビリヤード台とアンドレを交互に見つめ、
「ぜひ一度お手合わせ願いたいものです」
そう言い、完璧に作り上げらえた笑顔をアンドレに向けた。

「やっぱり、この方が楽だな」
ジェローデルが引き上げた後の遊戯室。
オスカルはそう言いながらやや長い丈のジレを脱ぎ捨て、椅子の背に掛かるように放り投げた。しかし、珍しく選択した黄色はカチンとボタンが背板に当たり、そのまま床に落ちた。アンドレは当然のようにそれを拾い上げると、パンパンと払ってから椅子の背に掛け直す。
「何だって、こんな色?」
本当に珍しい、とアンドレはその真意を確かめずにはいられなかった。
「ん……? おかしいか……」
アンドレはおかしくはない、と微笑んだ。
その黄色は先日トリアノンへの小径で見かけた季節を告げる花々の中にもあった。ヤマブキだ。崇高という花言葉を持つその小さな花をアンドレは思い出していた。

客人を送り出しラフなブラウス1枚になったオスカルは、手にしたバレル(※1)を磨くかのように指先でキュッキュッとこすりながら、
「王妃様の煌びやかなお衣装ばかりを見たせいかな」
少し間を空けて、アンドレの問いに答える。
「私自身、日頃はあれほど派手な色の軍服を着ているのに……。今日、帰ってから着替える時に、なんとなく衣装部屋に入ってみたくなってね」
ふふと、オスカルは思い出して笑った。
「何と! 恐れ多い事だが、王妃様と引けを取らないほどたくさんの服を私も持っているという事が判明した」
「……知らなかったのは、おまえだけだろうね」
冷たい視線を送る幼馴染に、オスカルはわざとらしくコホンと咳払いをしてみせてから、
「……となると、着てやるのもこの服達の為なのかもしれんと思ったわけだ」
「ふ~ん……」
そんな単純な事か、とアンドレはその説明に納得するような仕草を見せた。

本当は、王妃様に刺激されて、さらに奥の部屋のローブを手にしてみたかったんじゃないのか、とアンドレは尚もダーツ盤に向かって腕の素振りを繰り返すオスカルに視線だけで尋ねた。
おそらくジェローデルも気づいたはずだ。持って来たピノ・ノワール。そして、あからさまな発言。ピノ・ノワールは単一の葡萄から絞られその独特の香りはとても甘く、女性に好まれるヴァンである事はアンドレも知っている。
ジェローデルは意図的にそれを持って来た。
最早、アンドレにとって、それは確信だった。

何やら生じたもやもやを振り払うかのように、アンドレは頭を振って深呼吸した。
たかがローブ選び、たかがダーツ遊び、と言い聞かせた。
「オスカル! ひと勝負、どうだ?」
「おっ!」
常日頃なら止めさせる側であるアンドレから勝負を挑まれ、オスカルは目を輝かせる。

「……少佐は、あまり本気でなさらなかったな」
慎重にダーツを選びながら、アンドレは訊いてみた。オスカルの投げ方や得点にさえ無関心だった先ほどの様子を思い出した。むしろ関心はビリヤードの方に向いていたようだったとアンドレは思った。
「ふん」
オスカルは鼻を鳴らす。
「ローブひとつを選ぶのに、仰々しいというのが奴の本音のようだ」
「おまえも……?」
そう思っているのか、とアンドレは言いつつ、1投目の構えに入った。
「王妃様のお言いつけだ」
オスカルは、アンドレの問いにわざとやや方向違いの答えを出した。

アンドレが投げ終わると、続いてオスカルが構える。何事にも真摯に取り組む性格そのものに真正面から盤に向き合うオープンスタンスだ。アンドレは、そんなオスカルの横に寄り、
「さっき見ていて思った。おまえには、少し横を向くミドルスタンスの方が合う。余計な力を入れずに投げられるはずだ。やってみろ。構えとしては、この方がポピュラーだしな……」
「えっ?」
驚きながらも、言われた通りに構え、放る。
「おっ!!」
力まずともダーツは、綺麗な放物線を描きながら、ブルに向かって飛んで行った。

気を良くしたオスカルはルールなど無視して、そのまま2投目を投げる。
「おまえは、馬鹿馬鹿しいとは思わないのか?」
投げながら喋る。その結果、ダーツは的から大きく外れて壁に突き刺さる。
オスカルの言わんとする事は分かったが、あえてアンドレは何が、と尋ねてみた。オスカルが再度口を開く。
「おまえは……どう思う?」
「俺は……。それに関してどうこう言える立場ではない」
従者として何とも優等生な答えを出し、だが、と続けた。
「おまえがそう決めたなら、従うだけだ。……それに……」
「それに?」
「そう長くは続かないだろう? 気紛れであられる事を毎晩祈るよ」
オスカルは、両手を大きく広げ、
「では……。やはり私はダーツの稽古に勤しむしかないようだな。おまえの祈りを神が聞き入れて下さるまで……」
「……みたいだな。可能な限り、お相手仕(つかまつ)ります」
恭しく腰を曲げるアンドレの顔を見つめ、オスカルはぷっと吹き出した。

≪continuer≫

〇 〇 〇 おれんぢぺこの聞きかじりダーツ講座 〇 〇 〇

※1:ダーツの本体。投げる時にはこの部分を持つ。
ダーツは…先端、矢の部分=チップ  バレル  シャフト(フライトを取り部分)フライト=羽部分、で構成されている。

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SS-27~ お衣裳部屋から愛を込めて・・・① ~

2017年06月22日 23時33分51秒 | SS~お衣裳部屋から愛を込めて・・・~


~ お 衣 裳 部 屋 か ら 愛 を 込 め て・・・ ① ~



オスカルの手から放たれたダーツはまっすぐにボードの中心、ブル(※1)に向かって飛んで行った。
コンッと真ん中にぶつかった後、矢は鈍い音と同時に床に転がった。日頃、感情を表に出すことがない彼女にしては珍しく、胸の前で小さく拳を握りしめた瞬間だった。
「……あ……」
喜びの表情が一転、曇る。

オスカルとは正反対に、テーブル前で寛いだ装いでグラスを揺らしていた幼馴染がにやりと笑った。
「もう、いい加減にしろ……」
首を振り振り呟く。
「いや、まだだ」
オスカルは、新たなダーツを出すように、とその対戦相手に指示すると、対面に腰を下ろした。グラスを取り、よく冷えた琥珀色の液体で喉を潤す。
アンドレは渋々という雰囲気を全面に表し、テーブルを両手で突きゆっくりと立ち上がると、
「何事も研究熱心なのは良い事だが、根を詰めすぎるのは良くない」
言いつつも、キャビネットから新しい矢が入ったケースを持って来る。

開け放した窓の外から雨の匂いが入って来る。同時に裏庭から若い侍女たちの歓声が響いた。厨房の遅番勤務の者達が引き上げる時間のようだ。
そのうちの何人かが遊戯室にまだ灯りがついている事に気づいたらしく、
「オスカルさまかしら?」
深夜に遊戯室に籠っている主家の面子を想像しているらしい会話が風に乗って聞こえて来た。
「最近、ダーツに凝ってらっしゃるじゃない?」
「お茶でも持って行って差し上げた方が良いんじゃない?」
「お茶ぁ? お持ちするならヴァンでしょ」
「遊びに夢中になって、そのままここで休んでしまわれたりしないでしょうね」
「お小さい頃ならまだしも……」
思い思いの発言に、それまでよりも少し落ち着いた年嵩の雰囲気の声がかぶさる。
「オスカルさまがいらっしゃるなら、アンドレも一緒ってことだから……引き上げ時も心配ないわよ」
主任格のジジが戒めるように言っているのが、オスカルの耳にも届いた。
一団の言葉に後押ししてもらったアンドレは気を良くして、ほら見たことかと片眉を上げると、
「オスカル……」
ことりとテーブルにケースを置き、諭すように言う。
「これで終わりにしよう。明日の勤務に差し障るぞ」
「ああ、分かっている」
答えると、オスカルはグラスを空にして、立ち上がった。

「よし、今度は01(※2)だ」
「えっ? 俺も……」
「当たり前だろう? ただ的を狙って投げるだけで何になる? 競わない勝負事などあり得ないだろう」
「いや……。俺は別に戦いを望んじゃいないんだけど……」
答えつつも、ダーツの面白さには魅了されている自覚のあるアンドレは、グラスを片づけかけていた手を止め、慎重にダーツを選び始めた。



煌びやかな宮中の王妃の部屋では幾人かの女官が右往左往しながら、着付けの準備を始めていた。
そんな喧騒とは関係ないとでも言いたげにゆったりと椅子に腰掛け、目の前で片膝を突くオスカルに、王妃は尋ねた。
「……それで……夜明け近くまで二人でダーツに耽っていた、と……?」
「はっ……」
オスカルから数歩下がった位置で同じ姿勢で控える副官が、なるほど眠たげにしていたわけだと納得していることなど気づかずに、オスカルは言葉少なに答えた。

その時オスカルにとっては絶好のタイミングで、王妃は今から召し替えだからと退室を促された。これでひと時は控室で体を休めることができると内心喜びながら、副官を従えてその場を去ろうとしたオスカルを、王妃が引き留めた。
「お待ちなさい、オスカル」
初めての経験ではない為、躊躇なくジェローデル少佐だけが退室したところで、
「先ほどのダーツの話の続きを聞かせてちょうだい」
王妃のそのひと言で、ジェローデルを向こうに追いやったまま重い扉は閉められた。
しかし、その状況は女官長にとっても、むしろ好都合だった。
王族との晩餐が控える中、手順通りに事を運ぶ為には何が何でも手際良く王妃のお召し替えをすませる必要がある。ここでスカルが王妃の話し相手になって気を紛らわせてくれていたら好適だと、顔には出さずに喜んだ。

「続きと申しましても……」
オスカルは御前にもかかわらず、少々憮然とした表情で、
「ダーツの面白さに魅入られてしまい、ここ最近は興に入って従者と共に様々なゲームを楽しんでおります」
愛想もないオスカルの言いように、王妃は笑った。
「オスカル……」
「は……」
「事件や事故の報告ではないのですから、もう少し、何か……」

王妃が言いかけた時、コルセットがぎゅっと締め上げられ、踏ん張っていた両足がぐらりと揺れた。平伏していたオスカルが慌てて立ち上がる。
すると、当然のようにその肘を外側から掴み、
「それにしても……」
王妃は、またもクスリと笑う。
「世界中探し回ってもきっと、一国の王妃の着替えの最中に、その体を支える近衛連隊長などいないでしょうね」
「……申し訳ございません……」
他に言いようなどない。

「王妃様。本日は、どのようなお召し物になさいますか」
「あら、まだだったわね」
慌ただしい日課の中で今の今まで着るローブを決めていなかったことに気づいた。下着は既に着せられている。
王妃は恭しく差し出されるローブの生地とデザインがスケッチされたワードローブブックに視線を移すと、
「そうね……」
着付けの段階に至って衣装を決めるなどという少々間の抜けた状況に、宮中の作法の大半を義務的に行っている王妃は関心なさげに、
「今日は、オスカルに決めてもらってちょうだい」
そう言うと、まだ握りしめていた近衛連隊長の腕から自分の手を離した。
「とんでもございません」
オスカルは即座に断る。

しかし、王妃は言い出したら聞かない性分である事はオスカルとて知っている。その上、晩餐の始まりまでに時間的な余裕はない。
オスカルは、仕方なく女官が差し出すワードローブブックをぺらぺらと捲りながら、
「恐れながら……」
「何かしら、オスカル……」
窮屈な装いにがんじがらめになる瞬間から猶予を与えられた王妃は涼し気な表情で答える。
「本日、午前中トリアノンへの小径を散策しておりましたら、エーデルワイスが咲き始めてございました」
「まあ!」
生まれ故郷の花の事を告げるオスカルの言葉に、王妃の顔はぱっと輝いた。
「もう咲いていたの!?」
嬉しそうに続ける。だが、その様子を見たオスカルは逆に表情を曇らせ、
「申し訳ありません」
「えっ?」
何を謝っているのかわからない王妃は、不思議そうにオスカルを見つめる。
「あ、いえ……。実は私は花の事に詳しくはございませんで……。供の者がそのように申しておりましたので、つい……」
「あら……」
王妃は肩を竦めて笑う。
「アンドレがそう言ったのなら、間違いないわ。後から案内してちょうだい。私ももう何年も庭先のエーデルワイスなど見ていないわ。良い咲き具合だったら、手折って持ち帰りましょう。もちろん、あなたにも差し上げるわよ、オスカル」
「もったいのうございます……」

言いつつもオスカルは、太さこそ全く違うが、無意識のうちに女官から渡された待ち針をダーツのように持ってしまう。それでは、と呟き、針をエーデルワイスの花の色、淡い白のローブに刺した。本日の晩餐用の召し物として王妃がこのローブを選んだという意味だ。
しかも直接ローブの見本生地に刺すというよりも数センチ手前からスッと放るような状況になってしまった。針の持ち方と言い置き方と言い、夜通し楽しんだダーツの余韻が至る所に残っている事を自覚した。王妃がオスカルに向かって、
「もっと悩むのかと思ったら、なかなか素敵な選択だわ。この季節にもピッタリね」
手放しで褒める。自分の気持ちを代弁するかのようなオスカルの決定に王妃は心の底から満足して微笑んだ。
ここまで澄んだ瞳で見つめられると、さすがのオスカルも気持ちが緩み、ちょっとはにかんだ。
そんなオスカルの脇を通り過ぎ、女官が衣装部屋から持ち出して来たローブに満足した王妃は、大きく頷いた。

着付けは手際良く進む。ポケットを整えパニエをあてがわれる。王妃は大きく深呼吸した。
「オスカル……」
次にはローブに合わせた胸衣を当てられながら、苦し気に顔を歪める。肩が大きく上下する王妃の様子に、後ろで待機していたオスカルが数歩近寄ると、王妃は先ほどと同じようにその腕を掴み腹に力を入れ、恨めし気に、
「あなたも一度ローブを纏ってごらんなさい」
「あ、いえ。私は……」
「ねぇ、オスカル」
「はい」
オスカルの腕を掴む王妃の指先にさっきまでより一層力が入る。いつの間にか胸衣を針で固定された王妃は、
「こうやって自由が奪われていく様を見ていると、ますます嫌になるでしょ。でも、あなたにも気になる殿方が現れたらきっと、ローブの一つでも纏ってその方の注目を浴びたいと思う時が来るかもしれないわ」
予言めいた王妃の言いように、オスカルは曖昧に微笑む。実は自分の意中の人が、王妃の恋人と称される人物であるなど、ここにいる誰が思い至るだろう。

スカートを、そして上着を着せかけられ、慎重に要所要所が針で固定される。スカートが女官の手によって紐で結わえ終わる頃、オスカルは得体の知れない疲れを感じていた。同時に、オンナとは何と大変な生き物なのだと、御前とは思えないほど大胆な感想を持つ自分が不思議でもあった。
王妃は姿見の前まで移動すると、そこに映る自分の華やかさに満足し、
「今日はあまり派手な髪飾りは必要ないわ。胸のリボンとお揃いの髪用のリボンがあったでしょ?」
白いローブ生地の中で、別誂えの小さな黄色いリボンを胸に縦にいくつも並べて当てるようと指示した王妃の頭の中で、その時既に髪飾りも決まっていたのだろう。まさにエーデルワイスそのものだとオスカルは思った。
嬉々として鏡に見入る王妃の様子に微笑みを浮かべながら、今朝アンドレが示した花は間違いなくそれであったと、オスカルは胸を撫で下ろした。

『高貴な白と言われるだけあるなぁ。雨上がりの澄んだ空気の中だと益々美しさが映える』
独り言のように呟くアンドレに、
『何を気取ってるんだ? どこの貴婦人を口説き落とすつもりだ』
オスカルは情緒ある幼馴染の感想に辛辣に対応しあくびを一つする。表面は寸分の隙もない近衛連隊長でありながら、そんな気取らないオスカルの様子に、アンドレは大袈裟に肩を竦めると先になって歩き出す。
おまえにこそ高貴な白はふさわしい、などと言おうものなら、大笑いされるのがオチだろう。アンドレは朝日を背に浴びているオスカルを振り返った。
『急ごう、オスカル。そろそろ戻らねば』

何やかやと言いつつ、互いが負けず嫌いな主従はほぼ徹夜に近い状況で昨日もダーツを楽しんだ。
そんなに翌日に、王妃からいきなり最近何か楽しい事はないかと問われるままに、ダーツに嵌っていると答えてしまった。だが、答えた瞬間にオスカルは王妃が自分もしたいと言い出すのではないかと恐れたが、それは本当に杞憂に終わったようだった。

そんな昨日からの今朝にかけての出来事を振り返りながらオスカルは、胸のリボンを整える王妃の様子を眺めていた。
全ては順調に進む。
女官の一人が髪飾り用のリボンを取りに衣装部屋に行っている間に、王妃がオットマンに足を載せると別の女官が靴のバックルを留める。阿吽の呼吸の連携作業で無駄な時間など全くなく、王妃の完璧な晩餐用の装いは出来上がった。
後は王妃が私室から王の元へと出て行くと同時に自分もそこを去るだけだとオスカルはほっと息を吐く。
直立不動で踵を揃える近衛連隊長の横を通り過ぎようとした時、王妃は言った。

「オスカル、さっきのあなたの様子を見ていて、私、素晴らしい事を思いついたのよ。どんな事だとお思い?」
我が道を行く王妃の思考回路について行けるはずなどなく、
「……どんな事でございましょう?」
半ばおうむ返しにオスカルは尋ねる。王妃は悪戯っ子のように人差し指を顔面で立て、
「これからはお衣装選びを、あなたのダーツの腕に任せましょう!」
「は……?」
これが幼馴染相手の会話なら『ふざけるな、馬鹿野郎』の一言で解決した事柄だ。しかし、相手はオスカルが仕える国母。口が裂けてもそんな言葉を投げつける事が叶うはずもない。
「おふざけもいい加減になさいませ。連隊長もお困りですよ」
代わって女官長がやんわりと注意する。しかし、その顔も心底から諫めている時の表情とは違う。何やら楽しそうだ。
だが、女官長は続けて、お急ぎくださいませ、と加える。
「だって、さっきのあなたはまるでダーツを投げるようにしなやかに、見事に私の気持ちに合ったローブを選んでくれたのですもの……」
王妃は、また最高の笑顔を惜しみなく振りまくと、
「まあ、良いいでしょう。この事は、また今度打ち合わせしましょう」
呆然としたオスカルを残し、王妃はローブの裾を翻すと、部屋を出て行った。

≪continuer≫


〇 〇 〇 おれんぢぺこの聞きかじりダーツ講座 〇 〇 〇


※1:ダーツ盤のど真ん中。最高得点。

※2:ゼロワン。301、501など決められた持ち点を0に近づけていくゲーム。先に持ち点を0ぴったりにした方が勝ち。
0を超えてマイナスになった場合、そのラウンドは終了。オーバー分は次のラウンドのススタート時の持ち点に加算される。
一番早く0にした人の勝利なので、先攻の方が有利。




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マウスが重たい・・・

2017年06月11日 22時30分19秒 | 日記


ご訪問ありがとうございます。おれんぢぺこでございます。
早くも6月も中旬にかかろうかとしております。
5月末に『パソコンがぶっ壊れた』とUPして以降、なかなか電器屋さんに行く時間もなく過ごしておりましたが、本日、何とか新しいパソコンにこのブログの編集ページとメールを掘り起こす作業が終わりました。

7年もの長い間ひとつのパソコンを使い続けていると、なかなか新しい機種に馴染めません。ワイヤレスのマウスは重たいし……、さっきからほんの些細なキーとキーの隙間の違いで笑えるほど妙な変換が並んでいます。あるいは、そのまま投稿してみるのもそれはそれで面白いかも、などと脈絡のない妄想が突っ走っています(笑)



前回のUP内容は殆ど愚痴でしかなかったにもかかわらず、反応いただき、その上心温まるお励ましを多数いただきましてありがとうございました。


>りら様

おっしゃる通り、さっそく慣れない操作で色々やらかしております。
実は、数時間前。直接編集面にてほぼ打ち終わった内容を、何をどうしたのかわからないまま、消去してしまいました。私のガサツさだけが原因ではないような気がしますが、原因がわかりません(;^_^A。

洋梨のパイ、作ってみたいです!! パイ生地は冷凍物を使ったら結構サクサクしていますよね。松の実は、一般に売っているのでしょうか? 私はアーモンド類で代用しますね。
先日のワードローブに関する記事からもヒントをいただきました(勝手に💦)。


>マイエルリンク様

……穴があったら入りたい。なかったら穴掘りから始めたい心境です。
今も昔もこじつけ満載の話ばかりで、既に収拾がつかない状況ですので、本当に今更修正も何もないのですが……。
片目を瞑って読んでやってくださいませ(*ノωノ)


>nasan様

仕事は思ったよりもちゃちゃっと片付いたのですが、何でこのタイミングでって泣きたくなるほど最悪のタイミングでのパソコン崩壊でした(´;ω;`)。

今回買った機種がどのレベルかはわかりませんが、ぶっ壊れたPCと比べても厚みがそうとう違います。時代の流れを、こんなところで痛感しています。


>依久様

ブログ、拝見いたしました。
以前のHPは、もう閉鎖なさったのですか? 現在のブログで以前の作品の再アップのご予定は?
10年位前には多くの素敵なサイト様が稼働なさっていたと聞いております。保管庫として、作品を拝読できるサイト様はいくつかございますが……。いずれも素晴らしい作品ばかりですよね。

そしてそして。拙宅をご紹介いただけるとのありがたいお言葉、嬉しい限りでございます。


>Unknown様

そうなんですね、他にもPCが壊れたサイト様があったとは! 存じませんでした。


>Ritsu様

はい、私にも見えました。兄の顔をして送り出すA君。複雑な感情を押し殺してダンスの相手をしたというのも然りです。
何しろ書き手の技量不足で申し訳なく、今更ながらの言い訳ですが、『黒い瞳』のOAのダンスシーンにはそんな思いも込めているつもりです。


>まことのはたけ様

もうずいぶんと長い間、虫の息状態のPCを酷使していました。炊飯器を買った時にも考えなかったわけではないのです。今思えばあの時一緒にパソコンを替えていたら…と、真っ暗になった画面を見て真っ先に思ったのはそんな事でした。
7年目の鬼門。確かにそうかもしれません。でも、やはりぶっ壊れる前に手を打つべきでした……と、今更ですが、反省中です。


私の住む地方は梅雨に入りました。皆様のお住いの地域はいかがですか?
蒸し暑かったり、妙に肌寒かったりと、しばらくは落ち着かない気候の時期ですね。皆様、どうぞくれぐれもお身体ご自愛くださいませ。
またお時間のある時にお立ち寄りくださいませ。


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