le drapeau~想いのままに・・・

今日の出来事を交えつつ
大好きな“ベルサイユのばら”への
想いを綴っていきます。
感想あり、二次創作あり…

SS-23~ ばあや② ~

2017年03月03日 00時02分45秒 | SS~この掌の行く先にシリーズ~


~ ば あ や ② ~

【やっぱり書いてしまう最初の言い訳です】

THE辻褄合わせ! 本当に、もう収拾つかないので、この状態でUPします。
一旦、いっその事、この話飛ばそうかという思いにも致ったのですが、後の展開を考えると
不可欠とは申しませんが必要ですので……。
申し訳ありません。ざっと目を通していただけるとこれ以上の喜びはございません。



その時、マロン・グラッセの視線はただ一点に集中していた。
次期当主たる敬愛してやまないお嬢様。その横に佇(たたず)む彼女の従僕である孫息子。それは屋敷内では、いやおそらく屋敷の外であろうと、いつでもどこででも見られるごく自然な光景だった。むしろ、二人が一緒でない事の方が不思議なくらいだった。だからマロンは、この時も二人が一緒にいる事に何の違和感も持たなかった。
だが。声を掛けようとした瞬間、マロンの視界に入って来たのは、信じられない……いや、信じたくない場面だった。
お嬢様の腰に置かれた孫息子の大きな手。
人の気配に急いで離れようとしたものの、間に合わず残されてしまった抱擁の後。
悲しいかな、長年培ってきたプロ意識がどんな場面でも平静を装い、持っている物を取り落とす事など決してないマロンは、冷静に場面を分析しようとした。だが、右手に持った小さな燭(しょく)台(だい)が自分でも分かるほどカタカタと音を立てている。
急いで蝋燭の火を噴き消すと、マロンは踵を返し、最近は身体の節々が痛いとぼやいていたのがウソのような機敏さで、今来たばかりの廊下を走り去った。
「ばあや……!」
マロンが心から愛しむお嬢様であるオスカルは、ばあやの後を追いかけようとした。しかし、その腕を孫息子アンドレが掴んで、静かに頭を振った。
「でも!」
尚もオスカルは、その手を振り解こうとするが、更にアンドレは自分の手に力を入れた。
「無駄だよ。おばあちゃんに言い訳は通用しないって事は、とうの昔に分かっている事じゃないか」
「でも……」
オスカルは同じ言葉を2度繰り返し、次の言葉が全く出て来ない事を悟るに至って、自分が動揺していることに初めて気がついた。

だが、やがてアンドレの冷静さがオスカルの心も落ち着かせた。アンドレは、
「とにかく今日はそっとしておいた方が良い。俺も部屋に戻るよ。ちゃんとおばあちゃんの様子は見ておくから。……ゆっくりお休み」
そう言うとオスカルの額にくちづけ、その場を後にし、振り返る事はなかった。

いつもなら、オスカルの部屋の中でしか抱き合う事のない恋人達だった。おばあちゃんが勘ぐっているというアンドレの情報の元、用心もしていたはずだった。
しかし、今日のオスカルは珍しくいつまでもアンドレに、もう少し、と甘えては退室の時刻をズルズルと伸ばさせたあげく、退室するアンドレを追うように廊下まで出て来て、ついに彼に抱きついてしまった。
軍隊という女性としては異質の世界の中での激務に次ぐ激務。男でさえ心労の溜まる毎日の中で、アンドレを唯一の心の支えとして頑張っているオスカルの支えになる事を、アンドレは拒む事など出来るはずもなかった。
深夜、オスカルの部屋を訪ねる事は祖母からきつく止められていたが、仕事の延長となれば、マロンには関知できない領域だ。
明日の確認だよ、と言い孫息子が女主人の部屋の扉を叩いてから、もう数時間経っている。
いくら仕事の話とは言え、もう日付も変わっている。お嬢様にもそろそろ休んでいただかなければ、とマロンは時計ばかりを見つめていた。もしかしたら、アンドレは自分が知らないうちに退室したのかもしれないと思ったマロンだったが、彼の部屋にも、使用人ダイニングのいつもの指定席にも姿がないとなれば、まだオスカルの部屋にいるという事だろうか、とマロンは半信半疑でオスカルの部屋を訪れようとして、信じがたい光景に遭遇してしまった。

孫息子の様子がここ最近変わった事は、何となく気づいていた。
オスカルの部屋からショコラのカップを下げて来た時に、微かにアンドレから薔薇の香りが漂う事があった。アンドレはコロンなど使わない。これは……とマロンは喜んだ。以前から孫息子の苦しい片想いにマロンは心を痛めていた。しかし現実を受け止め、叶わぬ恋に終止符を打ち、侍女の誰かと恋仲になったのだろう。時間の合間を見つけては密かに会い、その移り香を持ったまま屋敷内をうろついているのだ、などと単純に解釈し、少し嬉しくなった。いや、そう思い込もうとしていた。

それが……。よりによって、自分の命よりも大切なお嬢様と抱擁している場面に出くわすとは。これは長生きしすぎた自分に対し神が与えた天罰(てんばつ)なのかもしれないなどと、考え自体がもう支離滅裂になってしまっている。
オスカルの腰に置かれたままになっていた手。それは、ごく自然にその位置にあった。一方のオスカルも、当然の事のようにその金髪をアンドレの大きな胸にもたせかけていた。同時に振り返った二人の見開かれた瞳が、イタズラが見つかって雷を落とされる寸前の子供の頃の顔と重なった。

何をどう始末したかも覚えないまま、マロンは自室の寝台にうずくまった。
アンドレから、最近階段の上り下りがきついと言っている、と聞いたオスカルの命令で3階の使用人部屋から1階の客間のひとつに移されてから、既に長い時間が経つ。当初は、
『もったいない事です。お客様用のお部屋をそのような理由で使わせていただくわけにはいきません。ましてや、こんな長生きしすぎた老いぼれの、いつまであるかも分からない命の為にそのような……』
と、マロンは抵抗した。
最早、ジャルジェ家でばあやに逆らえる者など一人もいない。何せ、現主人の乳母として奉公して以来ここに住み、五十余年。執事よりも屋敷内の細部を把握していると言っても過言ではないのだ。それでいて、口も手も良く動く。高齢にもかかわらず、他の使用人達の手本となって、とにかく良く働く。
直接乳を飲ませた現当主も、最愛なる次期当主も、このマロン・グラッセの何をも超越した無償の愛があればこそ、現在の地位に安泰していられるのだと誰もが思っている。

ジャルジェ家があらゆる面において、多少他の貴族社会とは変わった趣の家系であるとは言え、使用人の為に客間を与えるなどとんでもないと、尚も食い下がるマロンに、
『では、こうしよう』
と、オスカルは客間の中でも一番小さい西側の端の部屋の調度品を全てそこから出してしまい、現在ばあやが自室で使っている家具を移動させた。家具の移動と言っても、長年使って来た寝台の他は、テーブルや鏡台、小タンスなどでアンドレと数人の下男が一緒になって行なえば、一時間もかからずに終わる作業だった。そして、
『これで、もうここは客間ではない。ばあやの部屋だ。これで文句もあるまい?』
と、オスカルはにっこりと微笑んだ。
『まだ気に入らぬなら、扉も窓も壁紙も全て入れ替えようか』
などと、ばあやの為になら本当にやりかねないオスカルを、アンドレが慌てて止めた。
マロンは嬉しかった。オスカルのやさしさが本当に嬉しかった。だから、
『おまえまで一緒になって、何事だい!』
と、孫息子に向かって悪態をついた。

更にその夜、マロンはアンドレから胸が詰まる話を聞かされた。
『オスカルのやつ、本当は寝台はそのまま客間の物を使わせたいと言っていたんだ。腰が悪いから、あの硬い寝台は良くないのではないかって……。でも、ばあやの事だ。そんな事をしたら、頑として承知しないだろうから、仕方ないって言って、おばあちゃんの物を持って下りてきたんだよ。部屋だってここじゃなくて、もっと日当たりの良い部屋にしたいって何度も言っていた。この部屋が良いって折衷(せっちゅう)案(あん)に納得させるのに俺がどれだけの努力をしたか、おばあちゃんも少しは分かってくれないかなあ』
『だからって、何だっておまえまで一緒になってこんな企てを……』
『えっ? 俺が断ったら、オスカルは全部自分でやってしまうよ。その方が良かった?』
ニッと笑う孫息子の顔をじっと見つめ、マロンは溜め息をついた。
そうだった。お嬢様であってお嬢様でない次期当主は、長い軍隊生活で培われた習慣のせいか自分の事は自分でしようとする傾向が強い。屋敷の中ででもその風習は変わらず、特に自分の思いつきで行なう事などは、人に頼る事を嫌い、何とか自分の手でやってのけるのだ。勿論、アンドレが内に外にその後始末に奔走(ほんそう)して回っているなど露ほども知らず。
『無計画に、テーブルを運ぼうとして一人でやってみて無理って気づいてから誰かを呼ぶ。次に寝台を……って。やろうとするけど、無理だって気づいて初めて手の空いている者を探すから、当然使用人達は、どこかで自分の時間を割かなきゃならなくなる。それだったら、初めからみんなの時間を調整してもらって短い時間ですませた方がよっぽど効率が良いでしょ』
更に説明を加える孫に、本当にオスカルの全てを把握しているのだと改めて感心したものだった。
あの頃、もう二人は想いを通わせ合っていたのだろうか。
アンドレのオスカルに対する洞察力は、あくまでも数奇な運命を背負わされた次期当主の従僕としての孫息子の役割だと思っていたのに……。

それが……と、マロンは無意識のうちに、また小さく息を吐いた。
いくら寝返りを繰り返しても、今夜は眠れそうにない。こんな夜は、もう長く経験した事がなかった。
いつから? なぜ?
そこにはいない、とんでもない罰当たりな孫に対し、
「大バカ者だよ」
と、声に出してしまう。

部屋の扉がノックされた。返事をしないままだったが扉が開き、静かに足音が近づいて来る。顔を上げなくても訪問者が誰なのかは分かった。
「おばあちゃん、まだ起きてる?」
孫息子の声に、返事をせずに背中を向ける。
アンドレは迷わず祖母の枕辺まで歩を進め、
「ちょっと、良いかな?」
と、更に話しかける。その声の主はマロンがまだ寝付いていない事を確信していた。
「あんな走り方するから、腰の痛みがひどくならなければ良いけどってオスカルが心配していた。様子を見に来たいって言っていたけど俺が止めた。……言い訳はしないよ。おばあちゃんの見た事が全てだ。……じゃあ、おやすみ」
それだけ言い祖母の頬にくちづけを落とし、部屋を出て行く孫息子に、何も言う事ができない自分がいた。気がつくと、頬を一筋の涙が伝っていた。声も出さずに、ただ流れ出て来る物を止める事も忘れていた。

孫息子の秘めた片想いにはかわいそうだと思いながらも、実る事なく時間が解決する物だと思っていた。身の丈に合った娘を嫁にもらい子供でも授かれば、苦しかった恋も想い出に変わるものだと、全ての想いはいつか昇華する物だと信じていた。
その反面、分かっていた事だった気がする。とっくの昔に気づいていた事だったような気がしていた。二人の心の結びつきは、普通の主従のそれとは違うと、どこかで感じていたはずだ。
その前触れと言ってもおかしくないような場面もいくつか思い当たる。つい先日も主の寝室で、なぜか隠すように置かれていたアンドレの両親の形見のペンダントを見つけた。
それについて質した時に言い訳を並べる孫に対し、なぜか追究できなかった。
ただ、認めたくなかった。認めるわけにはいかなかった。どんなに想いを重ねても、身分差という大きな隔たりは埋める事などできない、とマロンは自分に言い聞かせていた。

思考の方向を定める事ができないまま、うつらうつらする中で朝が来ていた。
いつものように、朝の身支度を整え厨房に顔を出す。
そして、中堅核の侍女のチネッテを掴まえると、風邪気味だからと苦しい言い訳をして朝の主人の身支度を委ねた。
「大丈夫なの?」
チネッテは人の良さ丸出しに心の底から心配げな顔を見せる。
「アンドレを呼びましょうか? 無理をしてばあやさんに寝込まれでもしたら裏方の機能は停止してしまうわ。部屋で休んでちょうだい」
と言う。マロンはそのやさしい言葉を聞き、嬉しい反面、このところのもう一つの自分の悩みを再確認した。

ジャルジェ家の使用人はマロンが束ねていると言っても過言ではないのだ。執事のモルガン氏でさえ、最終決定を自分に頼ろうとするところがある。
決定する事は簡単だ。だが、全てがこの老体にかかっている現状が正しいとは言えない。皆が自分に頼っている今の状況を変えなければならないと切に感じていた。自分の命があるうちに……。
それなのに、と新たに生じた悩みに大きく息を吐いた。

アンドレは、いつものように朝の給仕についていた。
身支度を整えたオスカルが朝食の為自分の席に着こうとする。アンドレは背後から椅子を差し入れつつ、
「おばあちゃんは、まだ部屋だ」
手短に、しかしオスカルが一番欲している情報をそっと耳元に告げた。
オスカルは顔だけを後ろに向け、
「具合が悪いのか?」
と、小声で訊く。アンドレは、
「いや。不貞寝(ふてね)だろ」
少々不機嫌にそう答え、下がってしまった。
父も母も一緒に食卓についている手前、オスカルもそれ以上何もできず、とりあえずは朝食を済ませた。

「アンドレ」
出仕の時刻になっている。オスカルは軍服に着替えたアンドレに、
「今日はばあやのそばについていてくれないか?」
と、促してみる。果たしてばあやが納得するはずもないと分かっていながら、そう言わずにはいられなかった。
アンドレは黙って頭(かぶり)を振る。
「無理だよ。あれからひと言も喋ってくれないんだ」
無理やりに作った笑顔が痛い。
「さっきチネッテから聞いた。朝、一度は起きて来たけど風邪気味だと言っておまえの所に行かなかったらしい」
「うん、チネッテもそう言っていた。最近は朝の支度はばあやが来ない事が多くなってきていたから、な。そこは気に留めなかったんだが、まさか引き籠るとは計算外だった」
「おまえも?」
「ああ。逆にものすごく張り切って普段通りに振舞うものだとばかり思っていたから……」
「そうなんだよな、俺もそう思っていた」
オスカルは、眉間に皺を寄せる。
「まさか、本当に具合が悪いんじゃないだろうな」
恋人達は同時に顔を曇らせた。

≪continuer≫

コメント (6)