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5月の課題本 林京子「祭りの場」

2017-05-05 18:50:27 | ・例会レポ

林京子「祭りの場」
講談社文芸文庫『祭りの場・ギヤマン ビードロ』1988年
などに収録

如何なれば膝ありてわれを接(うけ)しや──長崎での原爆被爆の切実な体験を、叫ばず歌わず、強く抑制された内奥の祈りとして語り、痛切な衝撃と深甚な感銘をもたらす林京子の代表的作品。(Amazon作品紹介 より) 

=例会レポ=

今回は、講師の菊池先生の提案で、第一部を従来どおりの課題本感想披露、第二部を〈原爆〉をテーマにした作品についてのフリートーキングの二部仕立てで行いました。出席者は、男性4名、女性9名の、都合13名でした。

課題本が課題本だけに、会は終始重苦しい雰囲気で進みます。推薦者自身、読み続けることに結構辛いものを感じていましたが、それは参加者の皆さんもそうだったようです。

• 同じような話が連続している。生き残った辛さから書き続けたのか。
• 内容が無残すぎるので、あえて距離を置いて読んだ。作家ならあの時のことを世に伝える必然性はあるだろう。
• 冷静に書かれている。事実に即しているのだろう、描写力・表現力はあると思う。
• 人に読まれる形で伝えること。それは、生き延びた人の使命感、語り部としての使命感。
• 不謹慎とすら思える表現も見受けられるが、それは、その時に何を感じ、どのように行動したのか、体験した人ではないと書けない。
• 文章はドライで、読みやすい。

林京子の作品を初めて読んだ人がほとんどでしたが、各人、いろいろな言葉で感想を語ってくれました。おおむね「読んで良かった」「最後まで夢中になって読んだ」と、好評だったようです。
また、参加者から投げかけられた疑問点をまとめると、

① これは文学作品(物語・小説)なのか?
② 作者は被爆後30年経って何故この作品を書いたのか?

に集約されるようです。

すなわち:

• 淡々と感情を露わにせず書き綴っていく手法。
• 最後まで夢中になって読んだけれど、これを小説と言っていいのだろうか(ノンフィクションみたい)。
• レベルの高いルポルタージュ。重すぎる事実なので「小説」にはできなかったのでは。
• 原爆や戦争、震災をテーマにした作品は何となく批判できない風潮がある。記録として読んだ。
• 原爆に遭っていなかったら作家になっていたのだろうか。作家には、体験したことを書くタイプと、体験していなくても想像力で書くタイプがあると思う。

こうした疑問点について講師の菊池先生からは、

• 叙述スタイルの多様性の問題で、作者は考えてこのスタイルを取っている。実際、その後の作品では変わっていく。
• 30年の歳月の間で、作者の裡でこのテーマは、何度も想起し直され、語り直されてきた。記憶の空白は精神的な外傷であり、空白になって飛んでしまった記憶を埋めていく30年間だったのだろう。被爆直後に書かれた、原民喜『夏の花』、井伏鱒二『黒い雨』と読み比べるのもいいかもしれない。
• 作者はこの作品を、小説として書いている。淡々と書かれていながら、そこには作者の揺るぎない意思が感じられる。

といったまとめがありました。

冒頭にも書きましたが、今回ほど終始重苦しい雰囲気に包まれた例会も珍しいものでした。いっさいのおちゃらけを挟む余地のない課題本もたまにはあっても良いのかもしれませんが、やはり例会はワイワイと賑やかな方が楽しいかなと推薦者は反省しています。

第二部のフリートーキングでは、急な無茶振りにもかかわらず、文学・映画・マンガなのさまざまなジャンルから作品が挙げられました。72年目の終戦記念日を前にして、もう一度、〈原爆〉や〈戦争〉をテーマとした物語に触れてみてはいかがでしょうか。

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