大沼法龍師の言葉

故・大沼法龍師の著作の中から、お気に入りのものを、皆さんに紹介させていただきます。

38紹介状のない紹介状

2007-08-24 12:14:36 | Weblog
 ニューヨークのウールウォース商店が、一名の監督を募集した、世界一の均一商店の監督というのだから希望者は雲来し素晴らしい推薦状を携えた者も多かった。しかるにその商会では大した学歴もなく紹介状もない一青年を採用した。その理由は「あの青年は一葉の紹介状も携えなかったが実は多くの事実上の紹介状を携えていた。彼は部屋を通らんとして先ず足の塵を払い既に通ればその扉を閉じた、注意深い性格が窺われる。席に就こうとした時に跛の老人のいるのを見てこれに席を譲った、親切なことが之で知れる。室に入るや先ず帽子を脱して敏捷にしかも鄭重に自分の問に答えた、丁寧で礼儀正しいことがこれでわかる。自分が故意に床の上に置いた書物を他の者は知らぬ振りしているのに彼はこれを取り上げて机上に置いた。また彼は毫しも先を争わず徐に己の番のくるのを待っていた。その服装は粗末なものであったが、些の塵埃もなく、髪は美しく梳られ、歯は乳の如く白かった。彼がその名を認めた時に見ると爪の先には少しの垢も溜っていなかった、これこそ何者にも勝る紹介状ではあるまいか」社会は有為の青年を望んでいる。国家は前途ある青年に期待している、中等学校専門学校と智的教育は進歩しているかも知れないが徳育の教養は却って退歩してはいないか。国家を益するには社会から、社会を利するには一家から、一家を興すには一身から、一身を立てるには一心から、一心を磨き、精神を鍛錬し、魂を浄化してこそ玲瓏玉の如き人格は築き上げられ、起居進退則に契い、出ては犠牲奉仕の活躍となり社会国家を聖化し得るのである。
                         (「教訓」p44~p46)