太閤秀吉ある時、黒田如水に次のごとく語った「拙者は草履とりから仕上げてきたのじゃが、草履取りを一心に努めたら足軽に取立てられた。実にありがたいことだと蔭日向なく一生懸命に仕えたら又その上に取立てられ、遂に姫路一城を拝領するに至った。拙者は一職を得れば一職、一官を拝すれば一官、いよいよその職官心頭を離れず、只管それを努めるばかりで今日に至ったのじゃ、外に出世の秘訣も何にもない」如水は畏まって「これは誠によい教を承わった」とて筆記して置いた。いまなお黒田家の家宝として伝えられてある由、今ごろの者は権利だけは恐しく要求しているけれどもそれに対する忠実な義務を果していないのが多い、近来九軌では高商出も帝大出も就職の初めに運転手車掌から実地にやらして見るそうだが、一職に忠実な者は何事にも忠実だが、一職を軽視する者はどんな地位に置かれても満足はし切らない、満足しないから不平を持つ、不平のある者は成功しない、与えられた使命を忠実に果すことがその人を安楽に導くのである。
(「教訓」p19~p20)
(「教訓」p19~p20)