大沼法龍師の言葉

故・大沼法龍師の著作の中から、お気に入りのものを、皆さんに紹介させていただきます。

45 約束の貴さ

2007-08-25 00:05:58 | Weblog
 有名な歴史家のナピールがある日散歩していると、路傍に貧しい姿の少女が陶器のかけらを持って泣いていた。ナピールが優しく仔細を訊くと、少女の家は親一人子一人で老父が大病なので家主から五合入りの壜を借りて牛乳を買いに行こうとしたところ、落として壊してしまった。家主にどんなに叱られるか知れないと泣いていた。ナピールは憫れに感じてポケットからがま口を出してみたが生憎この貧乏学者は一文も持合せがなかった。「明日の今頃ここへおいで私がその牛乳壜のお金をあげるから」しかしその翌日、五六里離れた町の友人から手紙が来た。それは君の研究の為に保護者となろうという貴族がきたが、午後には帰ってしまうから直に来いと書いてある。しかし貴族に逢いに行けば少女に逢う時間がない。ナピールは友人に返事を書いた「私には今日大事な用件がある失礼だが又の日に頼む」と、そして少女との約束を果した。貴族は一時ナピールは傲慢な奴だと謗ったが、後にそれを知って彼の人格の高潔なのに深く尊敬して後援した。一概には言えない人格者もあるけれども金持ほど怒りっぽい扱いにくい者はない、直に金で人を自由にできると思っている。また金銭の奴隷となって約束を違え節を変ずる者が多いから困るのだ。たとえ自分に不利益なことがあろうとも一旦約束したならば実行しなければならない。
                          (「教訓」p55~p57)