追いかけて 追いつづけて

オフコース・小田和正が出演した
ラジオ番組、音源や映像をデジタル化
保存するために、記録として始めたブログです。

K-MIX  ALL ABOUT KAZUMASA ODA VOL.2 MY HOME TOWN 

2023-09-15 | ラジオ番組 ( talk ) 



              
               







(1993_12_04) K-MIX 静岡エフエム 

ALL ABOUT KAZUMASA ODA VOL.2 MY HOME TOWN 

パーソナリティー  江坂英香 


01.  ジングル
02.   風の坂道
03.  SPRING SPECIALから 2回目の出演。
04.   またたく星に願いを
05.   Come on
06.   CM
07.  ジングル
08.   曲作り 「渚 ふたりで」 はじめハードなロックの曲だった。
   この曲に8割くらいエネルギーを取られた。
09.   いつか どこかで
10.   CM
11.  ジングル
12.   Yes-No
13.  Yes-Noの歌詞について質問、小田の回答に本気で泣く( 江原 ) 
14.   ラブ・ストーリーは突然に
15.  ジングル
16.  my home town、故郷について。
17.   my home town
18.  CM
19.  ENDING






  K-MIX 久保田克敏の編成制作本部長 ブログ より 簡約 ( 2019/07/27 )


番組テーマは最新アルバム『MY HOME TOWN』の制作テーマに沿って、小田さんの
「MY HOME TOWN」= 横浜について聞く、という正攻法なものを考えていたのですが、
そんな矢先、江坂から「どうしても小田さんに聞いて確かめたいことがある」と告白
されました。それはオフコースの代表曲『Yes-No』に対する彼女が長らく抱えていた
ひとつの疑問でした。

江坂曰く「この曲は男性一人称で歌われているのではなく、『僕』と『君』との
言葉のやり取りを詞にしているように私には思える。
その解釈が正しいのか間違っているのかを本人に直に確認したい。」

普通にこの曲の歌詞を眺めれば、男性一人称単数の歌と思うのが自然で、
それを小田さんに聞いたところで「(君の解釈は)違う。」と一言で片付けられるのが
目に見えていました。ということで一度は彼女にその思いを止まらせようと思ったのですが、
江坂がオフコースの大ファンで、「こんなチャンスなど二度と来ないであろう。」
と思い始めると、何とかそれを小田さんから聞き出してみたい(聞き出させてあげたい)、
という気持ちに私は傾いたのです。そう、「こちらの聞きたいことを聞き出す。」
というのが我々ふたりの、この番組を制作するにあたっての根幹にあったポリシー
だったからです。
そこで江坂には「この質問は敢えて進行フォーマットには書かず、
当日の打ち合わせでも話に出さず、収録途中に君のよいと思ったタイミングで
小田さんにぶつけてくれ。」と話しました。
江坂のその時のキラキラとした目は今でもよく覚えています。

インタビューは順調に進んでいきます。小田さんの話し方はどこか
江戸の落語家のべらんめえ口調を想起させるもので、自分のことを「俺」と言い、
私が持っていた小田さんのイメージは次々と覆されていきます。

自分のことを「俺」と言う小田さんですが、ご承知の通り小田さんの曲の歌詞に登場する
男性一人称単数は『僕』です。多分、この収録の時だったと記憶しているのですが、
この『僕』という一人称単数に話が及びました。その時の小田さんの言葉が
今でもしっかりと私の心の中に残っています。

「俺だって本当は拓郎や陽水みたいに『俺』とか『あたい』とか使ってみたいけど、
俺の声がそれを許さないんだよ。」

特にオフコース時代のアンチは、小田さんが書く詞とその歌声が「女々しい」という
理由でそうだったのだと思います。まぁ、これは例えば『さよなら』という大ヒット曲から
人々が勝手にイメージを膨らめてしまったこと、あるいはタモリさんが
「オフコースのことが嫌いだ」とネタにしていたことなどに、大きな要因があったのだと
思いますが、逆に私は小田さんほど自分の声に自覚的でそれを武器として、
詞も含めどう表現したらよいか?ということを突き詰めて考えた人はいなかったのでは?
と思っています。


閑話休題。

いよいよ、インタビューはその時を迎えました。

小田さんとの距離感が完全に縮まったと感じたであろう江坂が、その前の流れを
ぶった切るように、「今日、小田さんにどうしても聞いておきたいことがあるんです。」
と小田さんに投げ掛けます。小田さんは「何だよ。」と答え、江坂は例の疑問をぶつけます。
「『Yes-No』は男性一人称単数の歌ではなく、男女間の会話で成り立っている歌」説です。
小田さんはそれを聞いて、歌詞を自分で呟いてみます。そして、江坂に何故そう思うのか?
と尋ね、江坂の言い分に耳を傾け、しばらく思いを巡らせているようでした。
そして、こう言ったのです。
「君の気持ちはわからないわけではないけれど、やっぱりそれは「なし」だな。」と。
それを聞いた江坂はというと、涙を流し始め、「えぇ・・・。」とも「あぁ・・・。」
ともつかない声を絞り出しました。おそらく、長年の疑問が解決したという終焉感と、
自分の思いが小田さん本人によって否定されたことへのやるせなさの両方がない交ぜになって
溢れ出したのでしょう。そして、それを見た小田さんはというと急に動揺し、
サブ(スタジオの機材がある側)の私やスタッフの方を向き、困惑とも苦笑とも取れる
表情でこう嘆いたのです。「どうしろって言うんだよ。これは・・・。」
それに対しM氏やF氏はお腹を抱えて大爆笑し始めました。曰く
「小田がインタビューを受けて、こんなに慌てふためくことなんて初めてだ。
最高に面白いものを見せてもらった。久保田君、ここはそのまま『生かし』でね」と。


こうして、小田和正というある種ベールに包まれていたアーティストの「素」の表情を
捉えた番組「ALL ABOUT KAZUMASA ODA ~MY HOME TOWN~ 」は出来上がり、
放送されたのです。そして後日、私はM氏やF氏からこう提案されました。
「また機会を見つけて、このロング・インタビュー企画は続けていこうよ。」
と。その時の江坂と私の喜びと充実感は、筆舌に尽くし難いものがありました。


またこれも余談ですが、江坂英香の名前が小田さんファンの間で知られることになった結果、
極限の妄想、嫉妬状態に陥った狂信的なひとりのファンが、江坂のあらぬ噂を記した怪文書を
全国の放送局にFAXし、それを受け取った人から私宛に連絡がある、という今となっては
笑える出来事もありました。


さて、実際にこの後4回程度、我々が東京に伺って、あるいは小田さんが浜松にいらして
インタビューは収録され、「ALL ABOUT KAZUMASA ODA」はシリーズ化されていきました。






K-MIX ALL ABOUT KAZUMASA ODA  シリーズ  未所有    


1993.00.00 放送   SPRING SPECIAL(1回目 ) 

1994.08.27 放送  「 ALL ABOUT KAZUMASA ODA ~『 風 』~ 」

1996.00.00 放送  「 ALL ABOUT KAZUMASA ODA ~『 LOOKING BACK 』~ 」




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