西田一紀 『狂いてさぶらふ』

ある事ない事そんな事

夏の終わり

2017年09月13日 01時49分25秒 | 日記
その夜、何となく思い立って、久しく連絡をとっていなかった友人に連絡をとってみた。

「明日は暇かね?」

そう言ったものの、夜も既に深くなっていたこともあり、別に返事を期待していたわけでもないので、そのまま電気を消して布団を被った。
しかし、次の瞬間には

「よく俺の休みを知っているものだ」

という言葉が返ってきた。


翌日、おやつの時間に我々は落ち合った。
方向音痴な彼の為に、街で一番目立つ場所で待ち合わせたが、そこに迷い込んだ彼が、キョロキョロと僕を探す姿を眺めてやろうと思い、少し離れたところから彼がやって来るのを待った。

横断歩道の向こう側に彼の姿を捉えたので、しめしめという意地悪な気持ちが胸を満たしが、彼は昔と変わらぬ長い脚を持て余したようなよたよた歩きで、こちらの方へと真っ直ぐ歩いてきた。

「ご無沙汰」

なんて事を言い合った時には、時刻は丁度三時であった。


そして我々は少し回り道をして、行きつけの喫茶店へと向かった。
回り道と言えば聞こえはよいが、本当は昔一度だけ立ち寄ったことのある、趣深い喫茶店に彼を連れて行ってやりたくて、覚束ない記憶を頼りに向かってみたのだが、途中で道を見失ってしまったのである。
そんな事はすっかり伏せて、彼にはただ散歩と称して、結局いつもの店の扉をくぐったのである。

ケーキをつつきながら、互いの身の上の話をひとしきり吐き出し終えた時、時計は五時を回った頃であった。
男が素面で話をする時には、小一時間もあれば十分に事足りるのである。
店を出る前に用を足して出てくると、彼は既に会計を済ませていた。

「かたじけない」

と礼を言って我々は別れた。


出会った当時、僕より少し年上の彼は幾分大人に見えたものだが、青春時代のその後に訪れる、人生における夏のような、茹だるような暑い時代を共に過ごした我々には、そんな意識はすっかり薄れてしまっていたが、雑踏に吸い込まれてゆく彼の背中を眺めていたら、心なしか以前よりも凛とした風態であるように思われた。

そして、悲しいと思う事のうち、本当に悲しい事はいったいどれ程あるのだろう、そんな事を考えた。


もう秋は目の前に迫っている。