1983年創刊 月刊俳句雑誌「水 煙」 その2

創刊者:高橋信之
編集発行人:高橋正子

作品七句①/2008年1月号

2007-12-06 15:57:57 | 本文
遡上の鮭
志賀たいじ
昃けば色濃き十字架秋空に
引取らる牛に草の香牧閉す
晒し水平らにあふれ十三夜
命継ぐ遡上の鮭は澄む水に
露霜のきらめくときの陽に出逢う
黄落のきらめく風にショパン聴く
穫り終えて秋耕の土黒々と

鎌倉
池田加代子
花すすき山の際まで銀色に
文庫本片手に軽く秋日和
鎌倉のどんぐり色の濃きことよ
露けしや直ぐ置き去りの旅鞄
秋芝の硬さと疲れ足裏に
秋光を斜めに通す蜘蛛の糸
山栗を踏み除けて道できてゆく

亜浪忌
おおにしひろし
草の絮限りなく飛び吾が身にも
桜紅葉の下も桜の紅葉照る
破れ蓮の枯れつつ茎の青保つ
野のいろに染まず野菊の乱れ咲き
空にまだ明るさ残る花芒
亜浪忌の空の明るさ帖に書く
立冬のポテトグラタン作る朝

オランダ旅行
古田けいじ
信州の落葉は青き高みより
聖塔の先にくっきり秋の星
天も地も日本の秋ぞ立山は
オランダ旅行
秋暁に鐘楼白々現れる
甲斐駒と木曽駒繋ぐ秋の雲
信濃行く野菊の紺色鮮やかに
紅葉の山から落ちて滝眞白

藤袴ばかりを
黒谷光子
金色に続く銀色すすき道
この道の先は海らし十三夜
藤袴ばかりをどさと篭に活け
湿原の木道行けば赤とんぼ
ひつじ田のひろびろ青き穂を抱き
鵯の朝を一番高き木に
鶴見たと旅の絵手紙届きけり

稲架解かれ
池田多津子
稲架解かれ川音高く聞こえくる
湾内の船も旗揚げ運動会
さよならの影は左右に秋夕焼
玄関を開けて確かな金木犀
ゆっくりと光満ちゆく十三夜
金木犀の香り静かに降り積もる
からからと軽き糸瓜の種を採る

くしゃみ一つ
守山満樹
日かげれば冷えて今日から十一月
冬らしやくしゃみ一つで茶を啜り
今朝の冬ま近に平成二十年
秋晴れや季節はずれの泥鰌汁
狸飼う家もありけり秋桜
小春日の小屋の狸と瞳を合わせ
季を愛ずる友にもがまな烏瓜

冬立つ日
臼井愛代
波乗りを高く乗せ来る秋の波
まず芒見えその先に大仏も
しっとりと秋耕の土朝の土
秋の波砕ける前の眩しかり
鐘楼の鐘くろぐろと冬立つ日
供花絶えぬ墓のありけり落葉降る
竹林を透いて真直ぐに初冬の日


島の蜜柑
藤田洋子
 生口島
海光へなだるる島の蜜柑照り
一筋のすじ雲そのまま夕焼ける
対岸の樹影あきらか後の月
ラウンジの玻璃一枚の秋の空
文化の日まず文豪の書を開き
微笑みの遺影並びて小春空
朝空に音立てて掃く柿落葉

新米の袋
甲斐ひさこ
新米の袋ずしりと胸に抱く
田鶴いま朝日からめて舞い降りる
高々と啼いてまんまる鶴の空
寝静まるのちの中空月光る
折れ菊の泥を洗いて一輪挿しに
挿し換えて地蔵の小菊黄で満たす
花野風今朝は山越え吹き来たる

鎌研ぐ
宮地ゆうこ
秋冷の川に正しき山の影
この山のこの空が好き鵙猛る
木犀の香りへ朝の窓ひらく
鎌研ぐや草ほととぎす群れて咲き
立冬のまっすぐ受ける朝の水
満天のひかりつながり秋星座
すすき穂の風きらきらと川べりに

冬乾く
碇英一
水仙の有るだけの芽の吹き上がる
冬乾くドロップいつも口中に
木の実落つ小川に深き音立てて
いくつもの袋枯葉ではちきれる
男等は高い窓もつ大掃除
日翳ればストーブ音を高く吹く
手に載せて紅い林檎に星の降る

放鷹の空
野田ゆたか
放鷹の空澄みわたる二条城
去れるもの風の如くに冬に入る
しぐれ雲より冷えゆきぬ京都駅
落葉踏む音も寺苑の一部分
初霜の気配流るる星明り
神の旅こたびも同じ道とおり
亜浪忌や温泉町の紅葉濃

富士高し
多田有花
田はすでに鋤き返されし曼珠沙華
灯台の蔦紅葉して日本海
快晴のきちきちばった高く跳べ
旅終えて目覚めし朝の鰯雲
空広くなって近づく秋の海
トンネルを抜け天高し富士高し
りんご食み蒼空浅間と向かい合う

障子貼る
小川美和
障子貼る今日はそのこと念入りに
濃く淡くコスモスわっと束にする
秋冷に聖書日課のペ-ジ繰る
木犀の香り諸とも花器に挿す
幾百の鴨水に浮きこもごもに
草の穂を揺らし電車の風をきる
木犀の散り果つ雨のかぐわしく

さよならの子ら
堀佐夜子
農小屋に耕運機有り鰯雲
さよならの子ら十三夜の月光に
木犀の香り来る道今朝の道
蜆蝶秋のひかりを惜しむかに
赤帽の小学生ら晩稲田へ
お向かいの柿紅葉美し立ち話
こつこつと靴音急そぐ十三夜


小鳥来る
藤田裕子
三日月へ祭太鼓の勇み音
地に零る木犀金の華やぎを
裏庭に明るき光を小鳥来る
祭果てあとに香を増す金木犀
天高し小諸の空も高からん
昭和の歌しっくり響き秋の夜
秋バラのきりりと香る小さくも

零余子(むかご)炒る
かわな ますみ
あきかぜに槐からから実を鳴らす
秋雲を流しゆるがぬ水平線
土の香を甦らせて零余子炒る
十三夜湯をはや済まし静かなり
後の月明かに街は子の多し
今宵より隣家独りに胡桃割る
 転居の友へ
渡り鳥背の太陽の変りなき

紅葉を踏めば
吉田晃
菊置かれ研究授業のチャイム鳴る
シクラメン囲みて会議始まれり
残る葉に小春の風のゆるく触れ
秋雲の中に巨船の繋がれて
菊並ぶ廊下夕日に磨かれて
菊の香に満ちて聳ゆる古き門
石段の紅葉を踏めば紅葉降る

谷戸坂に
藤田荘二
落ちる日に影を落として鶴来る
鳥啼いて仏の目にも秋深し
十三夜風とひかりを谷戸坂に
朝から夕ただ平らかに秋の雨
桃の実の瑕なく剥けて今日暮れぬ
ほのかにも仏に紅をはぜ紅葉
名月の光たずさえ雲流る

少年ラガー
まえかわをとじ
空稲架に道草の児の鬼ごっこ
若狭への道しるべなり大き稲架
間引菜を小笊に盛りてもらいけり
小鳥来る一木一草起伏せり
声かけて少年ラガーの蹴りつよし
身にしむや札所の長き石階段
体育の日なり新しき帽で立つ

退院
大山 凉
素朴なる友の心の零余子飯
窓枠を溢れゆっくり秋の雲
花梨の実青光りしていびつなり
入り混じる色美しき柿紅葉
退院の踏み出す一歩天高し
秋天に蹴上げる球の白きかな
ICU空は今頃月満ちて

間引菜
あみもとひろこ
大豆干すいま太陽は真上から
間引菜の白き根も水くぐらせる
土寄せて葱植え今日も天高し
明けの色ふふみ露草青深む
稲田原一直線に奈良に入る
朝顔の種採り風の澄みて来し
刈田原どこまでも空遠くなる

桐一葉
竹内よよぎ
桐一葉どこからか来て日に軽し
芒また芒の風に吹かれおり
ヴァイオリンはるばる空に十三夜
波立たぬ岸に溝蕎麦ひとところ
冬立つ日明けの明星極まりぬ
冬に入り海に立つ風深きより
裸木を無音の光満たしゆく