社長ノート

社長が見たこと、聞いたこと、考えたこと、読んだこと、

筆洗 東京新聞

2016-10-31 08:25:52 | 日記
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 貧しい小学生の兄妹。兄がたった一足しかない妹の運動靴をなくしてしまう。ごみを回収するおじさんが間違って、持っていってしまった。イラン映画の「運動靴と赤い金魚」(一九九七年)である。
 兄妹は必死に捜すが見つからない。妹が自分の靴を履いた女の子を学校でたまたま見かける。兄と後をつける。小さな家から、あの靴を履いた女の子がお父さんの手を引いて出てくる。お父さんは目が見えない。兄と妹はどうしたか。靴を返せとは言わなかった。黙って、手をつないで帰ってくる。
 俳優の高倉健さんがこの場面についてかつて語っている。「貧しくて靴を買うお金もない兄妹なのに、それでも他人に優しくする心。それに僕は打たれてしまう」。
 正反対の嘆かわしい話である。国税庁によると、二〇一五事務年度に行った調査の結果、有価証券や不動産の大口所有者、高額所得者らの「富裕層」に指摘した申告漏れ所得は、前同年度比で約32%増の五百十六億円。富裕層対策を強化した効果だそうだが、現在の集計方法となった〇九同年度以降、過去最高である。
 税金によって社会は回っている。そのお金が貧しき人を助けもするが、富裕層に税を渋る傾向があるとすれば、社会の仕組みは成り立たぬ。
 お金はある。されど人や社会のためになる税金は…。あの貧しくも心美しい兄妹ならば、なぜと首をひねるか。

産経抄 産経新聞

2016-10-30 21:24:19 | 日記
   政権の引き締めや活性化を促す好敵手はいないか

 野村克也氏がプロ野球のヤクルト監督に就いて間もない頃、試合でエラーをした野手がベンチに戻ってきた。控えの選手は「ドンマイ、ドンマイ」となじる気配もない。牧歌的なシーンに野村監督が血相を変えた。
 「傷をなめ合うのはアマチュアのやることだ」と(『巨人軍論』)。かりそめにもプロを名乗るなら、ミスへの慰めも頬かぶりも選手を磨く砥石(といし)にはならない。個々の器を鍛えるものは自軍、敵軍を問わぬ好敵手との切磋琢磨(せっさたくま)であり、ベンチや外野席のやじだろう。
 政道に目を光らすべき報道機関は統制下で政府のお先棒を担ぎ、改革派の雑誌は廃刊の憂き目に遭う。インターネット上の言論サイトは閉鎖され、耳に痛いやじは虫の息にある。一党独裁の政府を球団にたとえるのも妙だが、まともなチームなど組めるはずもない。
 中国共産党の中央委員会総会で習近平国家主席が「核心」と位置づけられた。絶対の権威を手にしたということらしい。今後は「反腐敗」と銘打った粛清でさらに政敵を締め付け、国外では威嚇と軍拡に訴え、東・南シナ海で新たな挑発行動に出る可能性もあろう。
 さて、日本の政治は―と書いて思案する。安全保障で手を尽くしてきた安倍晋三政権だが、自民党に「一強」の油断も見える。経済政策でほころびが目立ち、閣僚の不手際も多い。政権の引き締めや活性化を促す好敵手はいないか。エラーをなじるやじは出ないか。
 「V9」時代の巨人には一つのミスにも味方の痛罵が飛んだという。野党が「自民一強」をうがつ好敵手たり得ない以上、個々を磨く砥石は自前で調えるほかない。「ポスト安倍」を掲げて若手が旗を揚げる一驚があってもいい。必要なのは政治のダイナミズムであり鮮度である。