旅の途中です

別ブログの旅行に関するものを独立させました。全国旅で周りたいんです。まだタイトル決めていません。

中山道歩き 深谷宿

2017-05-15 15:22:46 | 旅行
三日月村を後にして、特に行くあてもなく中山道へ行ってみようと思った。

今回はガイドブックを持ってなかったので、ネットで検索してみて 深谷宿にいってみた。

深谷宿のレンガ作り風の駅を見てみたかった。



なんとまぁ立派な駅。近代日本資本主義の父といわれる渋沢栄一が深谷で最初の機械式レンガ製造工場を作ったということで、深谷はレンガの街らしい。

ガイドブックを持っていなかったが、駅の観光案内所のようなところに行けば深谷宿のマップがある。



最近はどこの宿場でも町興しのために資料を備えているので 助かる。

しかし、5月と言うのに熱い上に 南から強い風が吹いていて日傘の飛ばされるほど。
こういう南風って愛知にはない。

取り敢えず 仲町というところから 京方面に散策。






あまりに熱い上に、お腹もすいてエネルギー切れしてきた。よさそげな茶屋があったので迷わず休憩。

和風のラーメンや 海苔巻き お団子などがどれもこれも美味しそう。

好物のおいなりさんとあんみつを食す。

こちらのおいなりさんは 味付け大きさともかなり得点が高い。丁寧に作ってある。
あんみつも こんなに美味しいのは食べた事がないというくらいおいしかった。

少し休んで エネルギーチャージして元気回復。







深谷宿には造り酒屋が多い。豊富な水が湧いていたことの証拠。

旧中山道宿場界隈は 昭和の商店街がまだ残っているところももう店を閉じたところや、道路もさらに拡幅しようとしているようで、再開発しようとしているのだろうか。

再開発して綺麗になるのはいいけど、観光地化すると、作られた感がでてしまうのが自分的には残念。

履物屋とか石炭屋とか金物屋とか 江戸時代も昭和まで暮らしに密着してた面影もあと何年かで消えてしまう。



西の入り口の常夜灯。
1840年に建てられたもの。1840年といえば、浮世絵の中山道69次が作られた頃じゃありませんか。しかも富士講の人々が建てたとか。富士講といえば、富士山までお参りに行くという当時の旅行のようなもの。深谷宿に住んでいる人々が建てたのでしょうか。どの道を通って富士山までいったのでしょうか。江戸時代中山道が中山道としてあった頃を見てたであろう常夜灯には震えました。とても立派な常夜灯でした。

そのお向かいには

呑龍院

お宮と常夜灯が当時をイメージできる。

しかし、私の中山道歩きも、完歩は難しいだろうと悟りました。
武州は日本橋から戸田の渡しまでは歩いたけど、平野が延々と続く埼玉は歩けそうにない。

私の中山道歩きは宿場を訪れるというよりも、景色や空気感を感じながら歩きたいし。埼玉の宿場から宿場は意外と距離も長い。

やっぱり埼京線からながめたり、主要な宿場を立ち寄ったりで行こうと思った。

しかし、まだまだ先は長い。塩尻峠や和田峠、碓氷峠など今年もまだ行けそうにない。

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