デートをすることになった。
デートというのは、休みの日に私と水無月が一緒に出かけることだ。それだけだ。
待ち合わせもしないし、特別、何か素敵なことがある訳でもない。
"晩酌"みたいに、"デート"と言う。
私たちの間でだけ伝わる言葉。
「今日あたり夕立が来るかもね」
空を見上げながら水無月が言う。
空気がざわざわしている。
夕立が来る日には、夕立が来るという気配がある。
「傘を忘れて来ちゃったね」
私が言うと、「べつに濡れて帰っても構わないよ」と水無月が返す。
なるほど。
なんてワクワクするアイデアなんだろう。
雨の中を傘もささずに歩けるのは、ティーンエイジャーの特権なのかもしれない。
何かの本で読んだ表現を使って、私はそう納得する。
風船のようにどこかへ飛んで行ってしまいそうな不確かさが、かえって現実に厚みを与えているようだ。
ショウウインドウを覗きながら、店先を冷やかしながら、ふらふらとアーケードを歩く。
信号が赤になって立ち止まる。
いま、二人の身長はほとんど同じだ。
並んでいる姿は他人からはどう見えるだろう。
姉弟か、恋人か、それとも……。
そこまで考えて、私はこっそりほくそ笑む。
透明だった空気の中に、風とか、音とか、水蒸気とか、いろいろなものが混ざり始めた。
そうなるともう春は終わりだ。
さっきまで二人で、公園でクローバーを摘んでいた(なんて子どもじみた遊びなんだろう)。
公園の一角は、広いクローバーのじゅうたんになっていて、柔らかくて、青々とした香りがした。
水無月は膝をついて、さやさやと吹く風になびかないように髪を押さえて、空いた手でクローバーを摘んでいた。
私はそれを黙って見ていた。
こうしていると、誰が姉で、誰が弟で、誰が妹なのか分からなくなる。
私達二人以外のものに価値なんかなくて、世界はただ二人のための入れ物のようだとも感じる。
陽光が、柔らかくうなじをなでる。
私は、こんなことで許されると思っている。
それはずるいことだろうか。
分からないけど。
「行きたい所ある?」と訊いたら、「甘いものが食べたい」と水無月が言った。
「じゃあケーキとかどう?」
最近、女子高生の間で噂になっているケーキやさんがあるのだ。
「最高だね――」
『最高だね』
私は口先でさっきの言葉を繰り返す。
並んだ歩幅の間隔が変わらないように、細心の注意を払う。
二人迷わずに歩くことができるように気を付ける。
「あ、ここ、ここ」
目当てのケーキやさんを見つけて、ドアを開ける。
ちりんちりんとベルが鳴る。
道路に面したテーブル席に、向かい合って座る。
たっぷりとニスを塗った重厚な木のテーブル。
「ここって、フルーツ系がおいしいんだって」
「今日はチーズケーキの気分なんだけど」
そんなことを言いながら、ケーキを注文する。
先にアイスティーが来て、ストローで氷を鳴らす。
水無月はあまり喋らない。
いつものことと言えば、まあそうなんだけど。
「今日嫌だった?」
「ううん。全然。なんで?」
「気にしてないなら、いいんだけど」
「変な皐月」
水無月が何事もないように笑うので、私も何事もなかったのだと思うことにする。
ほどなく、季節の果物のタルトとレアチーズケーキがやってきた。
タルト生地の上に盛られた色とりどりの宝石のようなフルーツは、透明なゼリーに覆われていて、キラキラしていて、遊園地のように幼い色彩だ。
ラズベリーの酸味が口の中に広がる。
「一口あげる」と言って水無月が差し出すスプーンを口で受け取る私は、だけど、『何事もなくはないかな』と思って可笑しくなる。
私達はこれで良かったのだ。
逆でもなくて、同じでもなくて、皐月と水無月がこの関係であることが一番正しいのだと思う。
その日――。
夕立は日が沈んでからやって来た。
遅い時間だったので、無事、雨に濡れることなく帰り着くことができた。
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デートというのは、休みの日に私と水無月が一緒に出かけることだ。それだけだ。
待ち合わせもしないし、特別、何か素敵なことがある訳でもない。
"晩酌"みたいに、"デート"と言う。
私たちの間でだけ伝わる言葉。
「今日あたり夕立が来るかもね」
空を見上げながら水無月が言う。
空気がざわざわしている。
夕立が来る日には、夕立が来るという気配がある。
「傘を忘れて来ちゃったね」
私が言うと、「べつに濡れて帰っても構わないよ」と水無月が返す。
なるほど。
なんてワクワクするアイデアなんだろう。
雨の中を傘もささずに歩けるのは、ティーンエイジャーの特権なのかもしれない。
何かの本で読んだ表現を使って、私はそう納得する。
風船のようにどこかへ飛んで行ってしまいそうな不確かさが、かえって現実に厚みを与えているようだ。
ショウウインドウを覗きながら、店先を冷やかしながら、ふらふらとアーケードを歩く。
信号が赤になって立ち止まる。
いま、二人の身長はほとんど同じだ。
並んでいる姿は他人からはどう見えるだろう。
姉弟か、恋人か、それとも……。
そこまで考えて、私はこっそりほくそ笑む。
透明だった空気の中に、風とか、音とか、水蒸気とか、いろいろなものが混ざり始めた。
そうなるともう春は終わりだ。
さっきまで二人で、公園でクローバーを摘んでいた(なんて子どもじみた遊びなんだろう)。
公園の一角は、広いクローバーのじゅうたんになっていて、柔らかくて、青々とした香りがした。
水無月は膝をついて、さやさやと吹く風になびかないように髪を押さえて、空いた手でクローバーを摘んでいた。
私はそれを黙って見ていた。
こうしていると、誰が姉で、誰が弟で、誰が妹なのか分からなくなる。
私達二人以外のものに価値なんかなくて、世界はただ二人のための入れ物のようだとも感じる。
陽光が、柔らかくうなじをなでる。
私は、こんなことで許されると思っている。
それはずるいことだろうか。
分からないけど。
「行きたい所ある?」と訊いたら、「甘いものが食べたい」と水無月が言った。
「じゃあケーキとかどう?」
最近、女子高生の間で噂になっているケーキやさんがあるのだ。
「最高だね――」
『最高だね』
私は口先でさっきの言葉を繰り返す。
並んだ歩幅の間隔が変わらないように、細心の注意を払う。
二人迷わずに歩くことができるように気を付ける。
「あ、ここ、ここ」
目当てのケーキやさんを見つけて、ドアを開ける。
ちりんちりんとベルが鳴る。
道路に面したテーブル席に、向かい合って座る。
たっぷりとニスを塗った重厚な木のテーブル。
「ここって、フルーツ系がおいしいんだって」
「今日はチーズケーキの気分なんだけど」
そんなことを言いながら、ケーキを注文する。
先にアイスティーが来て、ストローで氷を鳴らす。
水無月はあまり喋らない。
いつものことと言えば、まあそうなんだけど。
「今日嫌だった?」
「ううん。全然。なんで?」
「気にしてないなら、いいんだけど」
「変な皐月」
水無月が何事もないように笑うので、私も何事もなかったのだと思うことにする。
ほどなく、季節の果物のタルトとレアチーズケーキがやってきた。
タルト生地の上に盛られた色とりどりの宝石のようなフルーツは、透明なゼリーに覆われていて、キラキラしていて、遊園地のように幼い色彩だ。
ラズベリーの酸味が口の中に広がる。
「一口あげる」と言って水無月が差し出すスプーンを口で受け取る私は、だけど、『何事もなくはないかな』と思って可笑しくなる。
私達はこれで良かったのだ。
逆でもなくて、同じでもなくて、皐月と水無月がこの関係であることが一番正しいのだと思う。
その日――。
夕立は日が沈んでからやって来た。
遅い時間だったので、無事、雨に濡れることなく帰り着くことができた。
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