Imaginarry Affairr

Tears sheded like a cherry

小満-1「クローバー」(by皐月)

2010年05月23日 15時46分11秒 | Novel「桜さく、このうららかな堤」
 デートをすることになった。

 デートというのは、休みの日に私と水無月が一緒に出かけることだ。それだけだ。
 待ち合わせもしないし、特別、何か素敵なことがある訳でもない。

 "晩酌"みたいに、"デート"と言う。
 私たちの間でだけ伝わる言葉。

 「今日あたり夕立が来るかもね」
 空を見上げながら水無月が言う。

 空気がざわざわしている。
 夕立が来る日には、夕立が来るという気配がある。

 「傘を忘れて来ちゃったね」
 私が言うと、「べつに濡れて帰っても構わないよ」と水無月が返す。

 なるほど。
 なんてワクワクするアイデアなんだろう。

 雨の中を傘もささずに歩けるのは、ティーンエイジャーの特権なのかもしれない。
 何かの本で読んだ表現を使って、私はそう納得する。

 風船のようにどこかへ飛んで行ってしまいそうな不確かさが、かえって現実に厚みを与えているようだ。
 ショウウインドウを覗きながら、店先を冷やかしながら、ふらふらとアーケードを歩く。

 信号が赤になって立ち止まる。

 いま、二人の身長はほとんど同じだ。
 並んでいる姿は他人からはどう見えるだろう。
 姉弟か、恋人か、それとも……。

 そこまで考えて、私はこっそりほくそ笑む。

 透明だった空気の中に、風とか、音とか、水蒸気とか、いろいろなものが混ざり始めた。
 そうなるともう春は終わりだ。

 さっきまで二人で、公園でクローバーを摘んでいた(なんて子どもじみた遊びなんだろう)。
 公園の一角は、広いクローバーのじゅうたんになっていて、柔らかくて、青々とした香りがした。
 
 水無月は膝をついて、さやさやと吹く風になびかないように髪を押さえて、空いた手でクローバーを摘んでいた。

 私はそれを黙って見ていた。
 
 こうしていると、誰が姉で、誰が弟で、誰が妹なのか分からなくなる。
 私達二人以外のものに価値なんかなくて、世界はただ二人のための入れ物のようだとも感じる。

 陽光が、柔らかくうなじをなでる。
 
 私は、こんなことで許されると思っている。

 それはずるいことだろうか。
 分からないけど。

 「行きたい所ある?」と訊いたら、「甘いものが食べたい」と水無月が言った。

 「じゃあケーキとかどう?」
 最近、女子高生の間で噂になっているケーキやさんがあるのだ。
 
 「最高だね――」

 『最高だね』
 私は口先でさっきの言葉を繰り返す。

 並んだ歩幅の間隔が変わらないように、細心の注意を払う。
 二人迷わずに歩くことができるように気を付ける。

 「あ、ここ、ここ」
 目当てのケーキやさんを見つけて、ドアを開ける。
 ちりんちりんとベルが鳴る。

 道路に面したテーブル席に、向かい合って座る。
 たっぷりとニスを塗った重厚な木のテーブル。
 
 「ここって、フルーツ系がおいしいんだって」
 「今日はチーズケーキの気分なんだけど」
 そんなことを言いながら、ケーキを注文する。
 
 先にアイスティーが来て、ストローで氷を鳴らす。
 水無月はあまり喋らない。
 いつものことと言えば、まあそうなんだけど。

 「今日嫌だった?」
 「ううん。全然。なんで?」
 「気にしてないなら、いいんだけど」
 「変な皐月」 

 水無月が何事もないように笑うので、私も何事もなかったのだと思うことにする。

 ほどなく、季節の果物のタルトとレアチーズケーキがやってきた。
 タルト生地の上に盛られた色とりどりの宝石のようなフルーツは、透明なゼリーに覆われていて、キラキラしていて、遊園地のように幼い色彩だ。
 ラズベリーの酸味が口の中に広がる。

 「一口あげる」と言って水無月が差し出すスプーンを口で受け取る私は、だけど、『何事もなくはないかな』と思って可笑しくなる。

 私達はこれで良かったのだ。
 逆でもなくて、同じでもなくて、皐月と水無月がこの関係であることが一番正しいのだと思う。

 その日――。
 夕立は日が沈んでからやって来た。
 遅い時間だったので、無事、雨に濡れることなく帰り着くことができた。



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