浦潮記 其の九 自慢の国産品

2005-07-25 22:52:13 | アジア編

■ウラジオストクで出会ったロシア人達が口を揃えて言ったのは、自国の生産品の著しい偏りの不思議でした。国民に対しても軍事機密は今でも固く守られているのですが、ソ連が崩壊して世界からの情報に制限が無くなって自国と他国を自由に比較できるようになったので、ますます自分の国の民生用工業品が低品質である事がはっきりしてしまいました。町中を走り回る日本の中古車の大群と、日本を出し抜いて家電製品市場を席巻している韓国のLG製品の山を見れば、ロシアの工業生産の歪みと偏りは誰にでも分かります。

■ソ連が崩壊してウラジオストクが厚いベールの陰からその全貌を見せた時、軍港から貿易港に大変身したように見えたのですが、現地では別の動きが有った事を知りました。ロシア人の言う事には今でもウラジオストクには多くの軍事施設が点在していて、そこに所属している人たちの正確な数字は非公開なのだそうですが、ソ連の崩壊時に沢山の軍事専門の技術者や基地で働いていた職員が民生部門に転職したらしいのですが、それには「5年間は市内に留まる事」という命令に従わねばならないという厳しい条件が付けられたそうです。勿論、それぞれの軍事関連施設で働いた頃に知り得た情報を他言しない事も誓わされたでしょう。

■自動車産業が話題になった時に、モスクワで「右ハンドル車の全面禁止」が提案されて騒動になったニュースについても面白い話が聞けました。この提案は、ロシアの自動車産業を保護して育てる目的で出されたのですが、以前にも同じ理由で日本からの中古車輸入を制限したのだそうで、輸入を我慢して数年待った結果、馬鹿みたいに高い値段はそのままで性能はさっぱり良くならないので、国民は呆れるやら怒るやらで、なし崩しに輸入が再会されて中古車というよりも廃車直前の物までが運び込まれて日本車が町に溢れたのだそうです。ですから、モスクワあたりでどんな提案が有っても、沿海州では「現実の状況を見てみろ!」の一言で、誰も真面目に取り上げないのだとも言います。確かに、明日から「右ハンドル車」が走れなくなれば、ウラジオストクは死の町となるでしょう。

■「武器は世界一なのに、まともな自動車が作れない」と、自嘲的に自分の国の奇妙さを嘆くロシア人に、軍事用車両は優れているのだから、どうして乗用車が造れないのかを尋ねると、笑いながら分からないと言います。確かに軍用トラックは頑丈でパワーも有るそうなので、ソ連時代にNHKで放送された番組を思い出してロシア人に話してみました。その番組は米国の軍事衛星が撮ったカマ川沿岸の「カマ自動車」と呼ばれる軍用トラック専門の巨大な新設工場を紹介する内容で、その規模は東京の山手線内よりも広い土地に製造工場が並んでいて、製造能力は驚異的だというものでした。それを聞いたロシア人は、そんな情報まで伝わっていたのかと驚きながら、自分達はカマ自動車は知っているがその工場の事は全然知らないとの事でした。そんな巨大な設備を持っているのに、どうして日本製や韓国製のトラックやバスが走り回っているのだろう?どうやら軍製品はコストと快適さを完全に無視して設計されて製造されるので、市場経済に切り替わったら対応不可能なのでしょう。

■ロシア製の乗用車は有るけれど、ロシア製のバイクは聞いた事が無いなあ、と言うと、ちゃんとロシア製のバイクが有るそうです。「僕は学生時代にロシア製バイクを愛用していた」と言うロシア人の話では、軍用バイクの払い下げ品だったらしく余り扱い易い物ではなかったようです。燃費が悪いのが致命的だったのでしょう。80年代から自動車にはコンピュータ制御機能が不可欠となったので、ロシアはコンピュータ開発で完全に出遅れたので、あらゆる民生品の製造に適応出来なくなったのでしょう。1976(昭和51)年に何の前触れも無く函館空港に、当時の最新鋭機ミグ25戦闘機が緊急着陸してベレンコ中尉が亡命を希望した大事件が起こりましたが、謎の高性能機と言われていた戦闘機の実物が手に入ったと、米軍がすっ飛んで来てバラバラにして調べ上げましたが、漏れて来た情報の中に、電気系統には真空管ばかりが使われているという驚くべき話が有りました。

■その時は、ロシアの電気技術の遅れを嘲笑する材料でしたが、後になって、核兵器が発生させる強力な電磁波に対して真空管は抜群の耐久性を持っているので、ソ連軍は核戦争の最中に軍事作戦を実行する戦略を持っていたのではないか?と指摘する研究者の話を読んだことがあります。当時、ロシアのスパイが秋葉原で日本の中学生と一緒に電子部品を買い漁っているなどというジョークが実(まこと)しやかに囁かれていましたが、核兵器が爆発すれば瞬時にショートしてダウンしてしまう電子回路を軍事用に使うかどうかを冷静に判断しようとしていたのかも知れません。そう考えると、ウラジオストク市の北に掘り抜かれたという全長50キロメートルの半島横断地下要塞が証明している現実に全面核戦争を覚悟していたソ連軍に対して、同じく核弾頭を持った大陸間弾道弾の直撃によって司令部が壊滅しても複数の代替施設とのネットワークで指令能力を温存しようとしたアメリカが残したインターネット技術が有ったことに気が付きます。

■ウラジオストクの地下要塞はスクラップとなり、市民はインターネットを中毒になるくらいに楽しんでいるのですから、冷戦はソ連側の完敗だったのでしょう。しかし、ロシアとなってからも通常兵器の開発はずっと続いている事を忘れてはならず、カラシニコフ突撃銃は世界中で流通してその総数は誰も分からないと言われています。日本のオウム真理教も武装計画の中心にカラシニコフ突撃銃の大量生産計画が有りました。全天候型のこの名銃は、学歴の無い素人同然だったカラシニコフさんが設計した物で、単純な構造と抜群の耐久性によって世界中のゲリラやテロリストの愛用品となったのですから、同じ要領で民生品を作れば良さそうなものなのですが、どうしたわけか社会主義国は人民の事をぜんぜん考えていない不親切ですぐに壊れるような品物しか作りません。

■ロシアがドイツから受け継いだ大砲の製造技術は世界一ですし、原爆製造競争でもその巨大な破壊力と数で米国を圧倒した事もありました。宇宙開発では米国に先んじて人工衛星も有人飛行も宇宙遊泳も世界初を誇りました。核ミサイルを背負った原子力潜水艦も巨大化させてアメリカをぐるりと取り囲んでしまったのもソ連でした。どうやら、苦境に耐え抜く世界一の能力を持っている民族性を利用して危険で不快な部門だけが発達しているような気がします。特殊部隊の能力も世界一と言われていますし、数学に関する能力の高さも昔からロシアは有名でしたから、インドとの関係を復旧させればコンピュータ・ソフトの部門で発展する潜在力は有るはずです。

■ゴルバチョフ時代に解放された国内のユダヤ人たちが大挙してイスラエルに移住したのですが、社会主義国からの移民は正直なところ、まったく労働力としては使い物になりませんから、受け入れたイスラエル政府は移民の中から研究者を抜き出して研究施設に配属して自由な活動を保証したそうです。その結果が、今のイスラエルのソフト制作能力の高さとなって現れたのですから、ロシアには潜在力は有ることになります。米国の一人勝ちが喧伝されていますが、ロシアは完敗したというわけではなさそうで、欧州と米国の変質に適応するべく新しい軍隊を作っている現実が有ります。但し、スクラップされた古い兵器を核兵器を含めて海外の物騒な連中に売りつけて儲けようとする悪い奴らもいますから、後始末には責任を持って貰わねばなりません。

■ウラジオストクには日本が資金援助している原子力潜水艦の最終処分場も有りますから、その意味でも因縁深い場所なのです。中国海軍の原子力潜水艦の性能と数が座視できない段階に入る前に、日本でも原子力潜水艦の建造に踏み切る可能性は有るのですから、今の内に技術の提携をしておいても良いのではなかろうか?と素人考えをしますが、実際には解体作業を援助しながらしっかり情報収集は進めているのかも知れませんね。油断のならない相手ではありますが、外交は究極の選択の積み重ねですから、ロシアとは喧嘩しないで上手に付き合って行くべきだと思います。ウラジオストクにも日本の新車を購入する富裕層が少しずつ増えているようですから、上手なバーター貿易を工夫する必要が有りそうです。

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