「くそっこんなことして何になる」
俺は素振りをしていた真剣を放り投げた。
銀光をまき散らし床を転がっていく刀。
「くそっくそ」
八つ当たりに道場の壁を蹴る。
幸い今は誰もいない、例えいたってかまうかっ。
苦しい思いをして、体を鍛え、技を磨いて何になる?
幾ら努力したって俺の望みは叶わない。
別に剣の達人になりたい訳じゃない。
大会で優勝して名誉を得たいわけでもない。
ただ、ただ、剣を使って全力で戦って、死にたい。
それだけが望み。
己が積み上げてきた技と知恵、精神力、そして生きようとする意志。
それを最大限に発揮して、戦い。
破れ、死んでいく。
きっと、それならもう悔いなく、陶酔の蜂蜜に浸って死んでいける。
人は生きた以上、死ぬ。
死ぬなら、己の望むがままに。
金持ちになりたいとか、女にもてたいとか、途中経過の望みじゃない。
人生最後の望みで、俺の唯一の望み。
なのに、社会が俺の望みを許さない。
剣を持って、誰かに真剣勝負を挑もうものなら。
相手にされないか、精神病院に入れられる。
仮に果たしても、快楽殺人者のレッテルを貼られてしまい。
残った妹に、社会はどんな迫害をするか、容易に想像が付く。
そうなのが、特に人生に望みのない俺だが、妹妹だけには幸せになって欲しい。
妹は、今では結婚して二児の母、幸せに生活をしている。
なのに俺が望みを果たせば、妹のそんな生活を壊してしまう。
それだけはそれだけは、出来ない。
いっそ妹がいなければと思うが、それは妹の幸せを望むことと反する。
どうすればいいんだ?
物語の世界なら、殺しても誰も文句を言わない絶対悪がいるが、現実にはいない。
ヤクザでさえ、殺せば罪を問われる。
くそ、どっかに人外の魔物はいないのだろうか。
「はっ馬鹿なことを」
如何如何、1人で素振りなんかしていたから籠もってしまったようだ。
今日はもう帰ろう。
俺は、道場の掃除をして戸締まりをすると、帰途についた。
月は煌々と地上を照らしている。
月明かりで輪郭が曖昧になっている今なら何が起こっても不思議じゃない。
人気のない道を歩いていると、あの先の曲がり角から通り魔でも現れないかと期待してしまう。
でも、表れることなく通り過ぎてしまうのが常。
なのに今日は奇跡が起こった。
曲がり角から、くっきりとした輪郭を持った少女が現れた。
少女は黒のドレスを着ている。
なのに、この暗がりの中、闇に溶けることなく、ハッキリと見える。
闇の質が違うんだ。
少女は金髪を靡かせ、俺の方に顔を向ける。
シャープなラインで形成された美しい顔、
闇夜にエメラルドに輝く瞳が見た瞬間、俺の股間に痺れが走った。
こいつは、魔物だ。
「きえーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
気が付いたら、刀を引き抜いていた、どうやったのか記憶にない。
まさに反射で引き抜いていた。
肩越しに振り降ろし、少女の肩目掛けていく刃。
返ってくるは、硬い感触。
見れば少女はいつのまにかレイピアを手に持ち、受け止めていた。
「随分な挨拶ね」
「ふっふ、そうだそうこなくては。
まだ俺は全力を出してない、死力を尽くしてない」
一旦飛び退くと同時に、胴を薙ぎ払った。
空転。
直ぐに飛び込むと同時に、面。
少女は太刀筋を性格に見切り、半身を切って避けた。
「せっかちね、名乗りぐらい上げなさいよ」
「これは失礼した。逃げられると焦っていたようだ。
俺の名は、一文字 隼人。
魔物。悪いが俺の望みを叶えるため、戦って貰う」
「女はみんな魔物。
でも、どうせならリリスって呼ばれたいわ」
この場で、くすっと笑って見せた。
その小悪魔のような可愛い顔に、俺の闘志は萎えるどころか、ますます燃え上がる。
そう、この場で、取り乱すことなく笑ってみせる精神こそ魔物の証。
人間社会の枠外。
「ならリリス、尋常に勝負」
刃を返して横に払う。
リリスは、刃の上を飛び越え、頭越しにレイピアを突き込んでくる。
「くっ」
咄嗟に避けた頬を切り裂かれた。
血が頬を流れ、その暖かさが気持ちいい。
「これだ、今こそ、生を実感出来る」
現実世界に真実など何一つ無い。
黒は白、白は黒、その時の都合でどうにでも変わるのが世の中。
ある者は、そうだと割り切り。
ある者は、深く追求しない。
そうやって、この世界と折り合いをつける。
だが今は、そんなことなど必要ない。
生か死かだけ、嘘も誤魔化しもない。
願わくばのこの真実の世界にいたい。
もうここ以外の世界では息もしたくない。
「はああああああ」
必殺の三段突き。
喉心臓鳩尾を狙った突き。
「わんっつ、すりー」
リリスは、わざわざ、とんとんとんと左右にステップして躱す。
優雅にスカートの翻し、ダンスでも踊っている積もりか。
馬鹿にしやがって、せめて一矢報いてやる。
睨み付ける、エメラルドグリーンの瞳。
その瞳には、世間の連中が俺に向ける嘲笑の色はない。
憐れみもない。
ただ、哀しみがあった。
「なぜだ。殺し合いをしているんだぞ。その目は何だ」
「悲しい人。あなたも神の作った条理の世界では生きられない存在。
犬に混じった、狼。似ていても非。
さぞ、苦しかったでしょう」
「やめろ、哀れむな。
俺を憎め、そして俺の唯一の望みを叶えてくれ」
「それは無理、私は人間を愛している。
特にあなたのように足掻く人を愛しているの」
まるで人生を悟った娼婦のように悲しく笑い愛の言葉を吐き出す。
俺は、その言葉に今までにない恐怖を感じた。
背中から汗が一斉に噴き出し、鳥肌が立つ。
こいつは、関わってはいけなかったんだ。
「私が怖い」
かッからだが動かない。
必死に鍛えた体が、こんなときにこそ役に立つはずの身体が。
電池切れのように動かない。
「でも私はあなたを愛している。
だからあなたに望みを叶えるチャンスをあげる。
さあ、あなたの望を強く願いなさい」
おっ俺の望みだと。
それは。
「あなたの常識殺します」
リリスは、すっとレイピアを俺の心臓に突き刺した。
つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
存在する人物団体とは、一切関係ありません。
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「くそっくそ」
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別に剣の達人になりたい訳じゃない。
大会で優勝して名誉を得たいわけでもない。
ただ、ただ、剣を使って全力で戦って、死にたい。
それだけが望み。
己が積み上げてきた技と知恵、精神力、そして生きようとする意志。
それを最大限に発揮して、戦い。
破れ、死んでいく。
きっと、それならもう悔いなく、陶酔の蜂蜜に浸って死んでいける。
人は生きた以上、死ぬ。
死ぬなら、己の望むがままに。
金持ちになりたいとか、女にもてたいとか、途中経過の望みじゃない。
人生最後の望みで、俺の唯一の望み。
なのに、社会が俺の望みを許さない。
剣を持って、誰かに真剣勝負を挑もうものなら。
相手にされないか、精神病院に入れられる。
仮に果たしても、快楽殺人者のレッテルを貼られてしまい。
残った妹に、社会はどんな迫害をするか、容易に想像が付く。
そうなのが、特に人生に望みのない俺だが、妹妹だけには幸せになって欲しい。
妹は、今では結婚して二児の母、幸せに生活をしている。
なのに俺が望みを果たせば、妹のそんな生活を壊してしまう。
それだけはそれだけは、出来ない。
いっそ妹がいなければと思うが、それは妹の幸せを望むことと反する。
どうすればいいんだ?
物語の世界なら、殺しても誰も文句を言わない絶対悪がいるが、現実にはいない。
ヤクザでさえ、殺せば罪を問われる。
くそ、どっかに人外の魔物はいないのだろうか。
「はっ馬鹿なことを」
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月明かりで輪郭が曖昧になっている今なら何が起こっても不思議じゃない。
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でも、表れることなく通り過ぎてしまうのが常。
なのに今日は奇跡が起こった。
曲がり角から、くっきりとした輪郭を持った少女が現れた。
少女は黒のドレスを着ている。
なのに、この暗がりの中、闇に溶けることなく、ハッキリと見える。
闇の質が違うんだ。
少女は金髪を靡かせ、俺の方に顔を向ける。
シャープなラインで形成された美しい顔、
闇夜にエメラルドに輝く瞳が見た瞬間、俺の股間に痺れが走った。
こいつは、魔物だ。
「きえーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
気が付いたら、刀を引き抜いていた、どうやったのか記憶にない。
まさに反射で引き抜いていた。
肩越しに振り降ろし、少女の肩目掛けていく刃。
返ってくるは、硬い感触。
見れば少女はいつのまにかレイピアを手に持ち、受け止めていた。
「随分な挨拶ね」
「ふっふ、そうだそうこなくては。
まだ俺は全力を出してない、死力を尽くしてない」
一旦飛び退くと同時に、胴を薙ぎ払った。
空転。
直ぐに飛び込むと同時に、面。
少女は太刀筋を性格に見切り、半身を切って避けた。
「せっかちね、名乗りぐらい上げなさいよ」
「これは失礼した。逃げられると焦っていたようだ。
俺の名は、一文字 隼人。
魔物。悪いが俺の望みを叶えるため、戦って貰う」
「女はみんな魔物。
でも、どうせならリリスって呼ばれたいわ」
この場で、くすっと笑って見せた。
その小悪魔のような可愛い顔に、俺の闘志は萎えるどころか、ますます燃え上がる。
そう、この場で、取り乱すことなく笑ってみせる精神こそ魔物の証。
人間社会の枠外。
「ならリリス、尋常に勝負」
刃を返して横に払う。
リリスは、刃の上を飛び越え、頭越しにレイピアを突き込んでくる。
「くっ」
咄嗟に避けた頬を切り裂かれた。
血が頬を流れ、その暖かさが気持ちいい。
「これだ、今こそ、生を実感出来る」
現実世界に真実など何一つ無い。
黒は白、白は黒、その時の都合でどうにでも変わるのが世の中。
ある者は、そうだと割り切り。
ある者は、深く追求しない。
そうやって、この世界と折り合いをつける。
だが今は、そんなことなど必要ない。
生か死かだけ、嘘も誤魔化しもない。
願わくばのこの真実の世界にいたい。
もうここ以外の世界では息もしたくない。
「はああああああ」
必殺の三段突き。
喉心臓鳩尾を狙った突き。
「わんっつ、すりー」
リリスは、わざわざ、とんとんとんと左右にステップして躱す。
優雅にスカートの翻し、ダンスでも踊っている積もりか。
馬鹿にしやがって、せめて一矢報いてやる。
睨み付ける、エメラルドグリーンの瞳。
その瞳には、世間の連中が俺に向ける嘲笑の色はない。
憐れみもない。
ただ、哀しみがあった。
「なぜだ。殺し合いをしているんだぞ。その目は何だ」
「悲しい人。あなたも神の作った条理の世界では生きられない存在。
犬に混じった、狼。似ていても非。
さぞ、苦しかったでしょう」
「やめろ、哀れむな。
俺を憎め、そして俺の唯一の望みを叶えてくれ」
「それは無理、私は人間を愛している。
特にあなたのように足掻く人を愛しているの」
まるで人生を悟った娼婦のように悲しく笑い愛の言葉を吐き出す。
俺は、その言葉に今までにない恐怖を感じた。
背中から汗が一斉に噴き出し、鳥肌が立つ。
こいつは、関わってはいけなかったんだ。
「私が怖い」
かッからだが動かない。
必死に鍛えた体が、こんなときにこそ役に立つはずの身体が。
電池切れのように動かない。
「でも私はあなたを愛している。
だからあなたに望みを叶えるチャンスをあげる。
さあ、あなたの望を強く願いなさい」
おっ俺の望みだと。
それは。
「あなたの常識殺します」
リリスは、すっとレイピアを俺の心臓に突き刺した。
つづく
このお話は、完全オリジナルのフィクションです。
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