それでも永山則夫が好きだ(スピンオフ)

無期懲役囚で「とらえなおし」で知られる飯田博久さんや、小松川事件の李珍宇のことを書いたり色々

『沈黙の声』第30号(88年8月25日発行)「死刑廃止運動第1回全国合宿」 (その1)

2017-01-24 02:41:14 | 会報『沈黙の声』(その2)

永山則夫支援者だった武田和夫さんが永山さんから追放された後、武田和夫さんが「風人社」という死刑廃止団体を立ち上げた。その時、発行していた会報『沈黙の声』を冊子にしたもの…の第二弾。

『沈黙の声』の第30号の記事を、以下に載せます。(その1)(その2)(その3)の3つに分けます


 

『沈黙の声』第30号(88年8月25日発行)

「死刑廃止運動第1回全国合宿」

一、 

79年以降闘いつづけられてきた死刑廃止運動は今、全国各地の多くの人々によって、様々な独自性、独創性をもちつつ、とりくまれている。この運動の力強い流れは、直接に死刑攻撃を受けて闘っている死刑囚に向き合い、共に死刑と闘うことを基軸として、形づくられてきた。このかんの死刑確定・執行攻勢に反撃するため、また現在開始されている死刑執行停止法案の全国署名を成功させる為にも、運動がさらに全国的な連携をつよめ、それぞれが独自性をもちながらも死刑廃止運動の一つの大きな流れを形成していく必要があるのではないか。

―このような問題意識から、死刑廃止運動のはじめての全国合宿の試みは、8月20~22日、神奈川県伊勢原市大山の「武田旅館」で、同20、21日に開かれた全国救援活動者交流会と合流しつつ、行なわれた。足かけ3日間の合宿ののべ参加者は43名であった。 

会場は「大山詣り」で有名な大山の山麓、鳥居からバスはさらに急な坂を登って、「社務所入口」で下車する。さらに登るとケーブルが、山腹の阿夫利神社下宮まで通っている。山頂に本宮かおり山全体が社の境内という趣きだ。 午後二時より全国救援者交流会の全体会議。 「死刑廃止全国合宿」はここでは分科会の一つとして主旨説明を行なった。元々別個の企画であり、秋以降の死刑攻撃にそなえて夏季という時期は動かせない為、全国救との合同となったのである。午後五時からの分科会より全国合宿として開始された。       

二、 

まず参加者一人一人が自己紹介をかねて自分の活動状況、死刑廃止への思いを述べる。―死刑廃止の会、麦の会東京定例会、「麦の会通信」読者、死刑囚の支援、共闘者、共同訴訟人、各地で運動にとりくんでいる人…。熊本から、四国松山から、大阪から、神奈川・横浜から、千葉から。 自己紹介のあと、各方面からの情況報告、活動報告がなされた。

 まず死刑廃止の会から全体状況の報告。最高裁の死刑確定判決増加が下級審にも波及し死刑上告審が増えるという悪盾環の中で、更に執行が増えることが懸念される一方、ここ1、2年一審死刑が高裁で減刑になる例がなくなっており、こうした中でていねいに一つ一つの裁判闘争を闘っていく必要性が指摘された。 

次に、麦の会より、この7月4~21日にスイスージュネーブで開かれた国連人権専門委にむけての日本政府報告が、各項目において虚偽にみちたものであり、死刑問題に関しても81~85年のみの死刑確定者数をあげて〝死刑の運用は極めて厳格かつ慎重〟というなど実情をかくしており(「沈黙の声」第29号3P参照)、これに対し廃止の会、麦の会で反論レポートを提出(社党政策審議会経由)、これをケニア、スウェーデン、スリランカの委員がとりあげて追及、最終コメントの中で「死刑判決の驚くべき増加に対する憂慮」が表明された経緯が報告された。

世界的な死刑廃止のすう勢の中で、国際的な人権感覚に訴えていくことは、今後も重要であろう。 次に、獄中死刑囚との共同訴訟として、神奈川みみずの会、Tシャツ訴訟、木村修治氏との共同訴訟(「創」対馬氏)、安島(小山)幸雄氏と養父母の面会実現訴訟が報告された。神奈川みみずの会は87年3月24日の東アジア反日武装戦線への最高裁判決が、たった一名の傍聴人の前で強行された事に対し、傍聴券配布に不備があったとして裁判長伊藤正巳他を提訴。Tシャツ訴訟、木村氏訴訟は、未決時におけるそれぞれ差入れ、面会の制限に対するもので、共同訴訟を通じて確定後の部分的な文通、交流を可能としてきている。 

各地での取りくみの報告は、四国松山、九州福岡。名古屋、大阪からなされた。 松山では、T氏夫妻の精力的な活動により、愛媛県内の住民運動ネットワーク「ひとのわ21」に死刑廃止の訴えが侵透し、7月17日には死刑廃止、拘禁二法、スパイ防止法をテーマに集会を実現、執行停止署名も50~60人のよびかけ人を得ている。 福岡で7月24日に免田栄氏を招いて開かれた、死刑廃止たんぽぽの会主催の集会に参加した熊本の仲間から、同会の獄中の死刑囚に密接した活動が報告された。

また7月19日にはたんぽぽの会、うみの会により対福岡拘交渉も行なわれており、その報告文がコピー配布された。 名古屋からは7月22日の対名古屋拘交渉と同日夜の集会(30名参加)が報告され。一般刑事事件の地元で運動をおこす困難さと、それをのりこえて運動を担う人々が出てきつつある事が話された。 

また直接の報告はないが新潟でも5月22日に中山千夏さんを招いて一八〇人の集まりがもたれたことが「大きな手の中で」(木村修治氏交流誌)所収の手紙により報告された。 大阪では'86年9月、東アジア反日武装戦線への死刑重刑阻止の千人集会を主催した人達を中心に一年間連続講座をもち、今年後半よりまた再開しようとしていること、そして既成概念にとらわれない活動の在り方が紹介された。 

それをうけて話し合う中で、頭だけの「死刑廃止」の訴えでなく、現に生きようとしている死刑囚の仲間の具体的存在、発言をうけとめつつ闘っていかなければならないこと、それをはばみ、死刑囚の現実の在り様を知らなくさせられているのが現状であることが語られた。

(その2)に続く

 

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