人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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企業内人材育成入門
中原 淳,荒木 淳子,北村 士朗,長岡 健,橋本 諭
ダイヤモンド社

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人材育成こそが企業の、そして日本経済の命運を決する、ということについては、世の中にあまり異論はないのではないだろうか。

  • 中高年齢層がITを使いこなすができ、投資戦略を駆使できたら・・・
  • 中高年齢層が、単なる経験談義ではなくきちんとした理論的裏づけをもって、若年層に対して自らの経験・スキルを、効果的・魅力的に伝達することができたら・・・
  • 中堅層のせめて7割くらい、自分の仕事の改善PDCAを確実に回すことができたら・・・
  • 社員のせめて1割くらい、世界に出て丁々発止することができたら・・・
  • 国民のせめて1割くらい、論理的な議論に自ら参加することができたら・・・
  • ・・・

そして世界の超優良企業では、人材育成施策、そして人材育成部門こそがその競争力の根幹であったということもよく言われることである。

  • IBMは伝統的に「教育産業」と言われ続けてきた。入社から退社まで教育研修がついて回り、教育研修部門は花形であるとされてきた。
  • GEもまた「人材工場」と言われてきた。その中で教育研修はやはり大きな役割を果たした。研修所はリーダー養成所として有名であった。
  • ・・・

しかしながら、多くの日本企業において、人材育成部門の位置づけはついにそのようにはならなかった。もしかしたら、往々にして、人材育成部門ほどその専門性も独自の貢献も認められていない部門はないかもしれない。

人材育成こそが企業の競争力強化の「全て」であるがゆえに、かえって、企業活動のあらゆる場面、あらゆる現場のOJTという聖域の中に人材育成が埋め込まれてしまい、そこからあえて意識的に抽出してプログラム化することは難しくなってしまうのである。それをあえて取り上げて概念化しようとすると、ピーター・センゲの「ラーニングオーガニゼーション」にしても、野中郁次郎教授の「知識創造企業」にしてもそうだと思うのだが、全員にとってのお題目ではあるが現場における具体的なプログラムには落とし込みにくい思想/宗教がかったものになりがちである。


そのような背景を踏まえつつ、

  • もはや、人材育成は「理論的な裏づけなしに、誰もが語れるもの」ではない。

との信念及び前提に基づき、人材育成に関する最新理論をサーベイしながら、その企業内人材育成の現場における実践的意味を明らかにし、ワークプレイスラーニング(仕事の場における仕事と学習の同期化)の確立を展望しているのが、気鋭の教育学者5名による、この「企業内人材育成入門」である。企業内人材育成に関する教科書の決定版といって良いように思う。

これまで企業内人材育成に従事してきた実務家にとっては、これまでの自社の人材育成アプローチの偏りや盲点を見つけることができるものであると思われる。また学者サイドにとっては、各論に陥らずに現場の視点から統合的に考える上で有効なものであると思われる。しかも良いことには、より深く知りたいと思ったら、さらに文献に当たっていくことが容易になっている。


本書で特にユニークなのは、2章(長岡健氏担当部分)で導入されている、学習活動の全体像を把握する「学習モデル」という概念である。それはビジネスの全体像を把握する「ビジネスモデル」の概念を援用したもので、人材育成には(OJTとOffJTの区別に代表される)様々なアプローチがあるということを、それが異なる学習モデルに依拠しているからである、と説明できるようになっている。そして、学習モデルというツールを用いることで、様々なアプローチを統合して人材育成の全体像を描くことができるようになっている。

もっとも本書では、「学習モデル」という概念は、次の4つの代表的な学習モデルを説明することによって外延的に示されているのみであって、

  • 学習転移モデル
  • 経験学習モデル
  • 批判的学習モデル
  • 正統的周辺参加モデル

「学習モデル」という概念の定義、構成要素、一般的な記述法まで踏み込んでいないので、そこは読者が自分で考える必要がある。・・・著者にはまだ本では公開できない考えがあるのかもしれないが・・・皆さんも本書を読まれるにあたっては、「学習モデル」をどう定義、記述したらよいか考えてみてください。私はバランスト・スコアカードを援用してその記述法を想定した。そして、同じ著者による8章のステークホルダー分析の話も、学習モデルの話の続編として読むことができる。この2章と8章が本書において最もユニークで意義があるパートであると思う。


また、本書自体が教育研修の理論(インストラクショナルデザイン)を実践し、理想的な教科書を目指して作られている。すなわち、人材育成部門の視点に立って、人材育成プログラムの内容を改良しながらその過程で様々な人材育成理論を学んでいく、という体裁になっている。理論と実践をうまいぐあいにミックスして臨場感のあるストーリーの中に統合することに成功していると思う。本書を読み進めながら、人材育成プログラムの内容をどんどん価値の高いものに改善していけるようになっている。

さて、その一方でなお、本書の議論を通じても、人材育成プログラム全体の企業価値に対する貢献度、そして人材育成プログラム導入の正当性について、説明は難しいのである。言い換えれば、「これら人材育成プログラムの全体がなくなったら会社は回らないか」ということに対する明快な解答は、本書の議論を通じても難しいのである。企業内人材育成がつきあたっている困難は、この一点に集約できるように思われる。このことを先の「学習モデル」で説明すれば、学習モデルをバランスト・スコアカードで表現するとすれば、「財務の視点」に相当する部分が抜け落ちているのである。その点が解決されない限り、企業内人材育成プログラムの本格的導入とワークプレイスラーニングの展開にはたどり着かないであろう。そこから我々の検討が始まる。

◆◆◆
人材育成プログラムを「プログラム」として現場に導入する時、現場にとってそれは必ずコストとして立ち現れる。組織メンバーが時間と関心を「プログラム」に向ける時、メンバーの時間と関心は、実務から離れてしまうからである。

だから、人材育成「プログラム」を導入するためには、次のいずれかが必要である。

  • その「プログラム」参画が、仮に週に半日程度(全体の1/10程度)の時間拠出を求めるものであるとすれば、メンバーがそのプログラムに参加することによって、生産性を最低限1割高める、つまり、アウトプットを1割アップさせるかコストを1割削減することができることに、コミットする必要がある。そうでなければ、プログラム参加のコストを限りなくゼロにまで落とす、すなわち日々の実務の時間を全く阻害しないようにプログラムを設計する必要がある。
  • その上さらに、組織メンバーを参加させるための「きっかけ」が必要である。人間はその時に最優先のことにしか手がつかず、かつ、余程のことがなければルーチンに流れがちであるから、ある瞬間において、そのプログラムへの取組みが最優先事項となり、他のことをやっていても手を止めてそちらに注意を向けるような仕掛けを組み込まなければ、プログラムへの参画は始まらない。


だから、人材育成プログラム導入の成功要因は、導入対象組織の組織メンバーの時間の使い方について予め調査をしておき、組織メンバーの時間のどこに組み入れるか想定し、プログラムに時間と関心を向けることの効率性と正当性を明らかにしておくことにある。例えば、次のような無駄な時間が明らかになっていれば、組み入れる隙と正当性が生まれる。

  • 会議/打ち合わせの時間の長さ
  • 重複した資料を作成する時間の長さ
  • 他のメンバーのアウトプットを待つ待ち時間の長さ
  • 実は利益にならない活動に費やしている時間
  • ・・・

そしてプログラムは、そのための時間をメンバーのスケジュールの中に組み入れさせてしまうことから始めるべきである。ただし、それがうまくいった後にもなお、プログラム参画のための時間を減らすことでさらに生産性を高めよう、という動きが出てくる可能性が高いので、その次の戦略を考えなければならない。プログラム参画を中止するよりも継続した方が生産的である、ということを実証し続ける必要がある。(このための方法については、また後日、紹介の機会を持ちたいと考えています。)



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