(マイナビニュース)
●「見た人にどれほど多くのことを考えさせられるか」
東京都?恵比寿の東京都写真美術館では、8月3日まで「世界報道写真展2014」が開催されている。同展は、オランダ?アムステルダムで設立された「世界報道写真財団(World Press Photo)」が選ぶ、世界最大の規模と権威を誇る年に一度の報道写真コンテスト「世界報道写真コンテスト」の優秀作品を展示するイベントだ。
このたび、同コンテストの一般ニュースの部で1位を受賞した、ゲッティ イメージズ ジャパン所属のフォトグラファー?クリス?マクグラス氏と、同コンテストで審査員を務めたニューズウィーク日本版フォトディレクター?片岡英子氏が、会場内に展示された優秀作品を見ながら、それぞれの作品についての魅力やバックストーリー、撮影現場のようすなどを解説するツアーイベントが開催されたので、その模様をレポートする。
○今年の審査方針は「見た人にどれほど多くのことを考えさせられるか」
最初に片岡氏が紹介したのは、「2014年世界報道写真大賞」で大賞に輝いた、ジョン?スタンマイヤー(米国/ナショナルジオグラフィック誌)による、ジブチ共和国での出稼ぎ労働者の姿を撮影した写真。労働者の通過地点であるジブチの海岸で、近隣ソマリアの安価な微弱電波をとらえて、祖国アフリカに残した家族や親類と辛うじて連絡を取ろうとするようすを彼らのようすを写したものだ。
見た瞬間に大きな衝撃を受けるような写真ではないが、深呼吸をし、写真とじっくり対話するような気持ちで見ていると、「家族愛」や「期待や不安」、「孤独」などが次々に浮かび上がり、見る人が自分の生活や経験と照らし合わせ、被写体の人々の気持ちになって考えることができるというのが、審査員から高い評価を得た理由だという。ちなみに、本年度の審査方針は、ジャーナリズムや写真の美しさもさることながら、「写真の見る人の視点をいかに長く惹きつけられるか」「被写体についてどれほど多くのことを考えさせられるか」に重きを置いたことを明かした。
続いて紹介されたのは「現代社会の問題」の部で組写真1位となった、サラ?ナオミ?ルーコビッツ(米国/タイム誌向け)の家庭内暴力に焦点を当てた6枚の組写真。内輪の犯罪と見なされる家庭内暴力の瞬間を捉えた写真が世に出ることは非常に珍しく、同居するパートナーから暴力を受ける被害者女性(シングルマザー)と目撃者である写真家との信頼関係によって実現したものだと説明した。
●トップアスリートをとらえた特徴的な視点とは?
○スポーツ写真として珍しい撮影方法&アングル
次に、クリス?マクグラス氏がコメンテーターとして登場。同氏は一般ニュースの部で1位を受賞したが、その授賞式会場において、ほかの写真家から作品に隠されたバックストーリーを聞くことができたという。
同氏が最初に紹介したのは「スポーツ?フィーチャー」の部、組写真1位のピーテル?ホルゲション氏(スウェーデン)による作品。陸上女子七種競技の一流選手であるナディア?カサデイ選手が、リンパ腺がんに冒されながらも競技生活の続行を決意するとともに、ホルゲション氏に自身の姿の撮影を依頼したという。同作品には、過酷なトレーニングを続ける様子や化学療法のようすなどが収められている。被写界深度の浅いティルトシフトレンズを用いて、彼女の手術跡や目、足、腕などに焦点を当てていることが特徴的だと述べた。
続いて、「スポーツ?アクション」の部、単写真3位のアル?ベッロ氏(米国/ゲッティ イメージズ)による、全米オープンテニス?男子シングルス4回戦でのノバク?ジョコビッチ選手の写真。これについてマクグラス氏は、夕陽に直接レンズを向けていることと広角レンズを用いていることの2点がスポーツ写真としてはとてもユニークで、かつ報道的だと語った。また、「スポーツ?アクション」の部、組写真3位のクイン?ルーニー氏(オーストラリア/ゲッティ イメージズ)がオーストラリア水泳選手権での3枚の組写真の特徴として「写実的」であることを挙げ、曲線や光を効果的に使ってフォームの美しさを表現していると説明した。
その後、片岡氏が「現代社会の問題」の部、組写真3位のマーカス?ブリースデイル氏(英国/ナショナルジオグラフィック誌)による、捕鯨船に引き上げられるクジラの写真について、諸般の問題で消滅しつつあるノルウェーのクジラ漁の文化的な意味についてのフォーカスの当て方と、その独特なアングルの評価が高かったことを明かした。
そしてマクグラス氏が「自然」の部、組写真1位に輝いたスティーブ?ウィンター氏(米国/ナショナルジオグラフィック誌)がロサンゼルス?グリフィス公園で撮影したクーガー(日本では「ピューマ」と呼ばれる)の写真について、カメラマンがシャッターを押して撮られたのではなく、箱の中に設置したカメラが赤外線センサーに反応して自動的に撮影される装置によって撮影されたものだと説明。また、撮影者から聞いた話として「この装置は1年間ほど設置されていたが、この場所がジョギングコースになっており、ランナーが横切るたびに赤外線センサーに反応してシャッターが押されていた」、「酔っぱらいが写っていた」などの面白いエピソードを紹介し、聴講者を和ませた。
●フィリピンの台風に向けられたフォトグラフィーのまなざし
○台風「ハイエン」が襲った4日後の被災地の惨状と撮影時のエピソード
そしていよいよ、クリス?マクグラス氏(オーストラリア)自身が撮影し、「一般ニュース」の部、組写真1位に輝いた写真について、撮影者本人から詳しい解説がなされた。この写真は、昨年11月に台風「ハイエン」がフィリピン中部のビサヤ地方を襲った4日後に撮影を開始したと明かした。到着時はまさにカオス状態で、水も食料もなく傷ついた人々でごった返していたという。ほとんどの建物が崩壊した写真は、現地住民の協力で4階の窓から撮影したもので、「無残な光景でありながらも、フィリピンらしいカラフルな色合いと夕刻の穏やかな光に溢れていたのが印象的だ」と語った。
また、被災者の背後に虹が架かっている写真について、彼らは避難するために空港で飛行機を待っている人々だと説明。朝、彼らの背後に美しい虹が架かり「希望」を込めてシャッターを押したという。部屋の中に明かりがともる写真について、ろうそく1本の明かりの中で女性が夕食を取っているところだと説明し、「静かな時間」というニュアンスを表現することに注力を注いだことを明かした。がれきの中に人がシルエットでたたずむ写真について、「私はこれまでに自然災害の写真をたくさん撮っているが、こんなシーンを見たのは初めてだ」とした上で、「彼らは助けを求めて待っているのではなく、自分たちで復興しようとがれきを燃やし、掃除をしている。こうしたシーンが各所でみられた」と現地での思い出を語った。
○正反対の2枚の写真が「伝える力」の素晴らしさ
続いて片岡氏が紹介したのは、「日常生活」の部、組写真1位、フレッド?ラモス氏(エルサルバドル/エル?ファロ紙)が撮影した、殺人事件の被害者だと思われる4枚の衣服の写真。殺人が多発しているエルサルバドルの現状を表現するとともに、被害者たちの人生について考えさせられる作品だと述べた。左から右へ服が小さくなるように並んでいることについて、被害者の発見が遅れるたびに彼らの記録や生きた証、事件の手がかりなどが少しずつ薄れていくという物語が潜んでいると説明し、こうした新しい発想が「報道写真」のカテゴリーを広げていると述べた。
最後に、シリアの内戦をテーマにした2組の写真を紹介。まずは「スポットニュース」の部、組写真1位のゴラン?トマセビチ氏(セルビア/ロイター通信)が撮影した、ダマスカス近郊のアインタルマで反体制派の自由シリア軍が政府の検問所を攻撃している写真。これについて片岡氏は、「カメラの向こう側にある戦場の緊迫した現実がストレートに伝わってくる」と感想を述べた。
次に「一般ニュース」の部、単写真1位を受賞したアレッサンドロ?ペンソ氏(イタリア/オンオフ?ピクチャー)による作品について、故郷を奪われた難民たちが、廃校の体育館を利用した狭い避難所のなかで兵士たちと同様に日々戦っているという現状を静寂な写真が語っていると述べた。戦地での惨状をストレートに伝えるのではなく、写真を見た人がそれぞれ観察して読み解いていくことで、難民たちの辛い生活を想像させるものだとし、「写真が伝える力」の素晴らしさを強調し、ツアーを締めくくった。
○海外のニュース報道は、よりインパクトのある写真が要求される
一般ニュース部門で1位を受賞したクリス?マクグラス氏は現在、日本の「ゲッティ イメージズ」の専属フォトグラファーとして活躍している。ゲッティ イメージズ ジャパン 代表取締役 島本久美子氏は、「クリスのような日本の専属フォトグラファーの存在もあり、売り上げは伸びている。海外のニュース報道は文字だけではなく、インパクトのある写真が求められる」とし、「今後もクリスのような力のあるフォトグラファーをさらに増やし、海外でも受け入れられるインパクトのある写真をより多く提供したい」と抱負を語った。