萬蔵庵―“知的アスリート”を目指すも挫折多き日々―

野球、自転車の旅、山、酒、健康法などを徒然に記載

インドを走る! 第6話 トラブル その1

2007年04月21日 | 自転車の旅「インドを走る!」

 
 三月八日早朝、アグラを発つ。
人口約60万の古都アグラの朝は市場の買い物客や仕事に行く人たちでごった返している。喧騒たる雑踏に柔らかな朝陽が射し、人々の一日が始まり、我々の旅も始まる。不透明な青緑をしたジャムナ河にかかる橋を渡ると、対岸のほとりにうす紅色に染まったタージマハールが見える。実に見事だ。

 アグラを抜けると、また飛行場の滑走路のような真直ぐな道がひたすら飽きる事も無く伸びている。暑さに疲れて木陰で涼を取れば、すぐに人垣で風を止められる。少々機嫌を損ねながら走り出すと、今度はサイケレ(「自転車」の意)集団が々を追ってきて「ヘーイ!ジャパニサイケレ!」と楽しそうに陽気な声で叫ぶ。

 彼らに悪気は無いのだろうが、一緒に並ばれてヒンディ語でいろいろ話されると非常に走りづらい。我々にヒンディ語がわかる筈はないではないか。

 丁度、村落が見えたので、休んでチャイ(紅茶)でも飲もうということになり、チャイ屋を探そうとして「チャイ、チャイ!」と三人で叫んでいると、ものの一分もしないうちに村人に囲まれる。身動きができなくて困っていると、その村の名士らしき人が英語で話かけてきて、この村にはチャイ屋はないので我が家で休んでいけという。自転車の見張りとして召使を一人立ててくれる。

 チャイの他にチャパティやカレーも出て、それをいただきながら話をすると、この村に日本人が来たのはあなた方が最初であるという。村人たちが珍しがって集まってくるのも道理である。

 車や汽車の旅の場合は目的地までの土地を車中からのぞく程度にしか観ることができないが、自転車の旅というのは、目的地に行くまでの土地をも肌で味わえるという利点がある。車や汽車の旅では当然見逃されてしまう村でもひょいと入り込んで「この村に来た最初の日本人である。」などと、コロンブスよろしく国旗を村の入り口にでも立てたくなるような
ことを言われるのである。

 エトヴァーという町の少し手前でのことである。M君の自転車と接触し、縺れ合っているうちに溝へドスン!あえなく前輪のリムがひん曲がる。M君が最寄の村へサイケレ屋さんを捜しに行っている間、タイヤとチューブを外してホイールを見ると悲しいまでに歪んでいる。

 あきらめねばならぬか。

と思った時、泣きたい様な切なさを感じた。途方にくれているとM君がサイケレ屋さんを連れてきてくれた。実直そうなそのサイケレ屋さんは我々や大勢のインド人のやじ馬たちが見守る中、足を使って大体の歪みを取り、そのあとニップル回しで調整し、見事に修復してのけたのである。

 金を払おうとすると金はいらないと言い、どうしても受け取らないので私の三色ボールペンを渡した。その後このホイールで千数百キロを走ったのであるが、スポークが1度折れただけであるから、サイケレ屋さんの技術というのは大したものである。私はそのサイケレ屋さんに最敬礼したい気持ちであった。

 その晩はエトヴァーに泊まったが、翌朝起きると腹の調子がどうも良くない。下痢である。「インドを旅行するものは下痢と発熱は避けられない」とガイドブックには書いてあったが、私の場合、身体のトラブルはこの二週間あまり皆無であった。E・M両君は、頭痛がするの下痢だのと云っては日本から持ってきた薬を飲んでいたが、私の薬入れは、フロントバッグの底で静かに眠っていたのである。

 ところが、この朝起きてみると下痢である。幸いE君もここ数日来の下痢でバテ気味であるので、この日は予定外の休息日にすることにした。私は元来、薬というものが嫌いで、ちょっとした風邪や下痢ぐらいでは飲まないことにしている。そこで「下痢には絶食と大量のお湯を飲むのが一番良い」とのガイドブックの教えに従い、休息日の一日を過ごすことにした。

 翌朝、起きてみると調子が良い。E君も大丈夫だというので出発する。オウレリアまでの70キロの行程である。エトヴァーを出たのが正午過ぎ。一番暑い時期に絶食の身で走るのは非常に辛いが、なんとかビスケットやカンパンでその日は走りきる。

 その晩はオウレリアのレストハウスに泊まる。胃の方が少し良かったのでカレーを食べる。これがどうも良くなかったらしい。この夜は腹痛と蚊の猛攻の為、ほとんど眠れなかった。

 明けて三月十一日の朝、体調すこぶる悪し。胃が痛く、微熱を伴い、走る気が全然しない。しかし、休んでばかりも居られないので、「ビスケットでもかじりながら行けばなんとかなるダロ。」と安易に照りつける太陽の下に飛び出した。

 これが良くなかった。

                          つづく


コメント
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