悶茶流的同性愛小説

小説を書く練習のためのブログ。

新作小説「夜明け」第二話。

2014年03月01日 | 新作小説「夜明け」

 水沢シャイン(本名・長門憲武)は、鏡に越しに少女の顔を凝視していた。中途半端に伸ばしたダサい髪、まとまりのない地味な服、地方出身者特有の田舎臭さはあるが、アキラが目をギラつかせながら連れてきたのも頷ける。
「あの……わたしの顔に、何かついてます?」
 シャインは照れ笑いする彼女の顔にますます釘付けになった。表情筋の動き、明瞭な発声ともに、素晴らしい。一般人がこの少女を見てどれだけの評価を下せるだろうか。きっとほとんどの人間が、少しばかり可愛い田舎の娘としか思わないはずだ。だが、シャインとアキラは違う。その優れた審美眼で業界でもトップクラスの美を作り上げてきたのだ。二人はこの無垢な少女にどれほどの価値が秘められているかを一瞬で見抜いていた。
「これは失礼しました。佐々木様、本日はご来店いただきまして、ありがとうございます。当店のヘアメイク担当、水沢シャインと申します。よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
「カットに入る前に、どうぞ、こちらからお好きなお飲み物をお選びください」
 高級な紅茶とハーブティーの名がズラリと並んだメニューを見て、少女は困ったように首を傾げた。
「あの、よくわからないので、普通の……レモンティーください。あっ、あったらでいいです」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 シャインがアキラに目配せすると、アキラは物言いたげな笑みを返し、奥の部屋へ紅茶を取りに行った。
――さてと、本題に入るか。
「佐々木様、大変恐縮ですが、いくつかお聞きしたことがあります。よろしいですか?」
「あっ、はい」
「エステ担当のアキラの話では、佐々木様は現在十八歳で、秋田出身の大学生ということですが、間違いありませんか?」
「はい」
「佐々木様は、ユーノという珍しいお名前ですが、ご両親、ご祖父母に、外国の方がいらっしゃいますか?」
「いえ、いません。純粋な日本人夫婦から生まれたのに、どうして親はわたしにこんな名前つけたのかなって、自分でも恥ずかしいです……」
 「ユーノ様に相応しい、とても美しい響きの名前です。ご両親はセンスがあるんですね」
「ユーノ様って……なんか照れちゃう。さっきから緊張して、手の汗もこんなに」
 ユーノは両手を広げてぱたぱたと左右に振った。
 田舎から出てきたばかりの少女が突然都内の高級マンションに連れてこられたのだ。無理もない。
「どうぞ楽になさってください。わたしも、もう少し崩した喋りにしましょうか?」
「あっ、もう全然。わたしなんかにそんな丁寧に喋ってくれなくていいです。アキラさんみたくタメ口でいいです。タメ口で」
「じゃあ、ユーノって呼ぼうかな」
「いきなり!? あっ、いえ、全然そう呼んでください!」
「かしこまりました」
 ユーノの緊張が和らいだ良いタイミングで、アキラが紅茶を持ってやってきた。
「ユーノちゃん。はい、レモンティー」
「わぁー。いい香り。ありがとうございます」
「心配しなくていいからね。さっき話した通り、フェイシャルエステ、ボディーマッサージ、ヘアメイク、全部タダだから。その代り――」
「カットモデル……ですよね? 本当にわたしなんかでいいんですか?」
「もちろん。だから声かけたの。ユーノちゃん自分で気づいてなさそうだけど、物凄い美人だよ。俺もシャインもびっくりしてるんだから」
「わたしが美人だなんてとんでもない!」
「ほんとよ――ああ、わたしもタメ口で話させてもらうけど、ユーノ、あなた本当に綺麗。今からそうね、三時間。三時間後にもう一度自分の姿をこの鏡で見たとき、あなたがどんな顔をするか、わたし今からそれが楽しみでしょうがないの」
 アキラが鏡にカヴァーをかけた。ここから先はユーノに一切自分の姿を見せないまま作業を進める。
「じゃあまずは、シャインのカットから。そのあとフェイスエステをして、ボディマッサージ。最後にメイクとスタイリングでいいかな」
「決まりね。アキラ、ユーノは少し猫背気味だから治してやって。あたしの方は問題ないから」
「おっけー!」
「あの……」
 ユーノが急にもじもじと身体を動かした。
「なに?」
「シャインさんって、その――オネエ系なんですか?」
 シャインとアキラは声をあげて笑った。


***


 今から二十六年前。
 五才のシャインは、鏡に映った自分の顔を眺めていた。
 自分の頬を不思議そうに撫でながら、横で洗濯物を畳んでいた母に尋ねる。
「おかあさん、どうしてぼくのほっぺあかいの?」
 一瞬の沈黙の後、「生まれつきなのよ」と、母は悲しそうに微笑んだ。
 シャインの右頬には大きな痣があった。赤黒い痣は瞼とこめかみにまで広がり、無邪気な幼い顔に悲愴感を漂わせていた。
 成長すると共に、人の視線が恐ろしくなった。いや、怒りだったのかもしれない。自分を見る人の目が、「そんな痣を持って生まれて、可哀想に」そう言っているように思えた。
 あたしは哀れなんかじゃない。赤の他人から同情される筋合いもない。怒りはシャインに生きる力を与えた。子供の頃から大好きだったファッションとヘアメイクを学ぶことに情熱のすべてを注いだ。しかし、美意識が高まれば高まるほど、やはり自らの痣の醜さに打ちひしがれることがあった。レーザー治療を考えたこともあったが、痣の範囲と質からして簡単ではないと思ったし、何より、美容専門校を出てヘアメイクのアシスタントをしていた当時のシャインには、手術を受ける時間もお金もなかった。
 二十五歳で独立し、三年後にはようやく収入も安定してきた。顔の痣は高校生の頃からメイクで隠してきたが、そろそろ治療をと考えていた矢先、アキラに出会った。シャインは今でも時々思い返す。このアキラとの出会いこそが、人生最大の神の恩恵だったのではないかと。


***


 シャインのカットが終わり、寝室をリフォームしたエステルームで、ユーノはアキラのフェイシャルエステを受けていた。
「アキラさんって……その……彼女とか、いるんですか?」
「いないよ。恋人は作らない主義だから」
「えー、どうして?」
「恋人なんか作っちゃったら、人生つまんなくなるだろう。それに、俺は多くの人と関わりたいし、関わった人すべてに幸せになってもらいたいから。いろんな人に出会いたい。恋人一途にやってたらそれもできなくなるじゃん?」
 ユーノは少し残念そうに笑った。
「そうですよね。アキラさんくらい恰好いいと、女の子なんかいくらでも寄ってきますよね」
 閉じていた目を開くと、息のかかりそうな距離にアキラの顔があった。
 凛々しい眉。鋭い切れ長の目。綺麗なラインに整えられた口髭。少しハスキーがかった低めの声。野生の狼のようなワイルドさを持ちながら、アキラにはどこか気品があった。
「ユーノちゃんは彼氏いないの?」
「いないです。わたし、誰とも付き合ったことないから」
「こんな可愛い子ほっとくなんて、ほんっとに見る目ないねえ、最近の男子は」
「アキラさんは……その……例えば――あくまでも、例えばの話ですよ。わたしみたいなのが彼女だったら、どう思います?」
「へ?」
 これはもしや、と思ったとき、シャインが部屋に入ってきた。
「ユーノ、やめときなさい。アキラに惚れるのだけは」
「えっ、いや、あの、わたしそんな、あの――」
「アキラはゲイよ。しかも、あなたと同じ女性」
「え?」
「あのなぁ」
「ごめんなさい。「元」女性よね」
 天井を見つめたまま瞬きを忘れていたユーノが叫んだ。
「ええーーーー!!!」


つづく。