君と歩んできた道

いつかたどり着く未来に、全ての答えはきっと有る筈。

第二章 無言の背中 2

2015年05月22日 | 第二章 無言の背中
 それから再び、無言の旅は続く。さっきの市場で水と食料を仕入れ、あたし達は歩き始めた。人混みを抜けてから温かい肉と野菜が挟まれたパンと水を渡され、それを食べながら止まることなく前進する。

 何をそんなに急いでいるんだろう?

 朝食兼昼食を取りながら、あたしは思った。
 見渡せば、果樹園や放牧場がある広大な土地。そこを突っ切るように作られた長い道。遠く地平線の向こうに、道が消えているように見える。道が遠く遠く伸びて、その先に何があるのか、きっと背の高い彼にも見えない。隣村まではかなりの距離があるのだろう。それで急いでいるのだろうか?

「・・・」

 口をモゴモゴさせながら、あたしは前にいる彼を見上げる。彼の背中は相変わらず何も語らない。あたしはしばらく、その無言の背中を見ていた。

 もしかしたら、立ち止まってあたしと向かい合って食事をとるのが億劫なのかもしれないな・・・。

 彼を見ていて、あたしはそんな事を思った。





 その日の夜、あたし達は隣村に着いた。

 時間の分からないあたしには、どれだけの距離と時間を歩いてきたのかは分からない。まあ結構な距離があったことは間違いないだろう。今日も足が棒のようになっている。

 あたしは思い出していた。今日、新たに自分に刻まれた記憶を。



 続く広大な大地。そこを走る、家畜達や犬の鳴き声。その大地が僅かに赤く染まり始めたと思ったら、あっという間に夜が来た。昨日と同じ暗闇の中。今日は月明かりで彼の背中を追いながら、あたしは何も言わずに歩いていた。

「?」

 その彼の背中が立ち止まる。彼に追い付き横に立って、あたしは小さな吐息を漏らした。
 あたし達の足下に広がる夜景。隣村が見えた。すり鉢状の土地に、民家の光が優しく光を放っている。まるでボウルの中に宝石がちりばめられたような光景に見えた。

 綺麗・・・。

 あたしは疲れを吐き出すように、ため息を付いて思う。

「と・・・」

 待ってよ・・・。

 そんな風に見下ろす夜景に見取れていたあたしの後ろを通って、彼が再び歩き出す。あたしは慌ててそれを追った。

 黙って行かなくても・・・ととと。

 足下の道は、そこを境に割と急な下り坂になった。カーブを描いて村に近付いていく。多分、今日はここで夜を明かすのだろう。

 あたしは彼の背中を見ながら、そんな事を考えていたっけ・・・。




「・・・はぁ・・・」

 あたしは、二日ぶりのベッドに横になって一息ついた。体がスッキリとして温かい。何よりも体を洗えたことが一番有り難かった。
 ここの村についてすぐ彼と共に宿入りし、そして今に至る。勿論、別部屋だ。

 あたしはあっという間に過ぎた、ここ二日間のことを考えていた。目が覚めてから殆どの時間は歩いているだけの二日間。印象に残っていることなんて、ろくになかった。だからあたしは考え始める。
 一体何日これが続くのだろう? どこに向かっているんだろう? あたしはどこまで彼について行くのか。

 横たわったまま、あたしは大きなため息を付いた。そしてすぐにその疑問を頭の中から消去する。
 結局は、まだ答えの出ぬ疑問だ。今は考えるの止めよう。眠れなくなる。

 あたしは、ベッドの横の壁を見た。張りたての時は白かっただろう壁紙が、今は日に焼かれたのか変色している。古い宿だった。けれど掃除は行き届いていて、初日に目覚めた部屋のように、狭く古くても居心地は決して悪くない部屋だ。昨日もゆっくり休めたとはいえ、部屋の中でベッドに寝るのには、やはり敵わない。

 あたしは脱力してベッドに横たわりながら、ずっと壁を見ていた。隣は彼の部屋だ。確認したわけではないが、多分同じ間取りなのだろう。

 彼は、この狭い部屋の中で何をしているんだろう・・・?

 耳の痛くなるような沈黙が、あたしを包み込んだ。その中で、あたしは見えない向こう側を見ようとじっと一点を見つめていた。そして微動だにせず耳を澄ませていた。

 シンとした部屋。薄い壁の向こうから音が聞こえてくることは無かった。



 戻る 目次 次へ 

コメントを投稿