君と歩んできた道

いつかたどり着く未来に、全ての答えはきっと有る筈。

第十五章 真実の言い訳 3

2016年03月27日 | 第十五章 真実の言い訳
 あたしは魔女の言葉に、肩の力が抜けるのを感じた。

「・・・じゃあ・・・」

「・・・」

 その言葉に魔女は答えず、あたしに向かって、足を鳴らして歩き始めた。

「・・・?」

 魔女はあたしの横を通り過ぎ、そして陸の前に膝を着く。

「あ・・・」

 あたしが何か言うより先に、魔女は手をかざして陸に何かをした。陸の体の上に、ほんの僅かに浮かぶ透明な膜が出来上がる。そしてそれを見ながら魔女は立ち上がり、言った。

「空姫」

「・・・はい・・・」

 陸のことを聞きたかった。今、どういう状態なのか、彼女なら助けられるのか、ただ、答えが欲しかった。
 けれど彼女は、それを許さない強い口調で、あたしの名を呼んだ。何を置いても先に伝える言葉が有ることを、彼女のその口調から感じる。だからあたしは、何も言えなかった。

「・・・私は、貴女と、彼と」

 そう言って魔女は陸の方を僅かに振り返り、そしてあたしの方を向いた。

「国中の人に、謝らなければなりません」

「・・・」

 その言葉に、あたしはやっと心から安心した。魔女は許してくれたのだ。全てを。

「じゃあ・・・」

 あたしは懇願するように魔女に詰め寄った。

「陸を・・・助けて下さい。お願い・・・」

「・・・」

 その言葉に、魔女は答えずに目を閉じる。その表情に、陸がどんなに危険な状態かを知った。

「魔女様?」

「・・・相当に」

 魔女は、あたしの目をしっかりと見て答えた。

「危険な状態です」

「・・・」

「今は、貴女と話をする為に、彼の周りだけ時間を止めてあります。良くもならない代わりに、悪くもならない」

 あたしは、その魔女の言葉を聞いて、そしてその彼女越しに陸を見た。

「・・・そんな」

 陸の体は、さっきと同じように何か薄い膜に覆われたまま、変わりないように見える。
 変わりない。彼の体は傷付いたままだ・・・!

「・・・早く・・・」

 あたしは魔女の行動を疑った。時間を止められたからって、それが何だというのだろう。一刻も早く、治して欲しいのに・・・!

「だったら早く治して下さい! 話なんてしなくて良いから・・・!」

「空姫」

 魔女は冷淡に言った。そして、あたしの動きを封じるように強い視線であたしの目を見ると、信じられない言葉をぶつけてきた。

「貴女は、帰りなさい」

「・・・え?」

 聞き返しながら、あたしは本能的に拒否していた。ゆっくりと小さく首を振って答える。

「いや・・・です。側にいさせて下さい」

 陸の・・・。

「お願いします! 邪魔しませんから!」

 側にいさせて。
 お願い。それだけで良い。
 他には何も望まないから・・・!

「・・・貴女も」

 魔女は、そんなあたしを見て悲しそうに、辛そうに、小さな声で、でもハッキリとこんな事を言った。

「熱病に、かかっているでしょう?」

「・・・」

 そう言われて、暑くもないのに頬を伝う汗に気付いた。それに従って、息苦しくなってくる呼吸にも。
 いつか経験した動悸にも襲われている。急に、頭が重くなった気がした。

 魔女は、全てを知った。そして、あたしに言い聞かせる。

「薬が効いているのかもしれない。ここの気温や湿度が幸いしているのかもしれない。気が張って、今は気が付かないのかもしれない、けれど」

 言われれば言われる程、体の不調は自己主張を始めた。それと一緒に陸や、自分に対する絶望が一緒に攻めてきて。
 急に、へたり込みそうになる。

「貴女の体も、もう限界を超えています。早急に対処しなければ、貴女も危険です」

「・・・」

 でも・・・。

 それでも納得出来ずに返事をしなかったあたしに、追い打ちをかけるような魔女の声が聞こえてきた。

「それに空姫。貴女にはやるべき事が他にもあります」

「・・・やるべきこと?」

 聞き返すと、魔女は頷いて言う。

「国王に、この病の報告をすること。そして村を助ける手段を早急に手配することです」

 魔女の、その言葉を聞いた瞬間。

 ここに来る途中の、やせ細った彼女の涙が、必死に患者を診ていた医者の姿が脳裏に浮かんだ。

「・・・あ・・・」

 そう呟くのと同時に、あたしの肺に溜まっていた空気が一気に体外に漏れる音を聞いた。
 辛かったのは、あたしや陸だけじゃない。全ての始まりになった熱病に、今も苦しめられている人達がいる。そう気が付いて、あたしは自分の身勝手さに泣きそうになった。
 この瞬間にも、命を落としている人がいるかもしれない。あたしは、その現実をこの目で見てきた。

 医者は、陸に頭を下げて頼んでいたではないか。「現状を外に伝えて欲しい」と。
 今、それが出来るのは、あたししかいない。あたしだけが出来るのに・・・!

 今は、自分の気持ちを優先している場合じゃない。
 魔女の言う通りだ。あたしには、まだまだやるべき事が残っている。返すべき恩がある。
 なによりも、それを陸も望んでいるだろう。

 そうだ・・・。帰らなきゃ駄目だ。あたし、やることがある・・・。

 あたしは横たわったままの陸を見た。ここに来るまでに、あたしを守ろうと傷だらけになって・・・。
 それだけじゃない。躊躇うことなく病に侵された村に入って、死んでしまった兵達の最後も看取って・・・。

 陸・・・。

 今なら良く分かる。陸は「全て」を守ろうとしていたんだ。きっと。
 傷付いて・・・辛い思いしても、倒れるまで無理してでも、決して何も零さずに・・・。
 だから。

 あたしは、それを繋がなければならない。彼の意志を引き継がなければならない。
 でなきゃ、陸は何のために・・・!

 あたしには、もう反論の言葉など無かった。唇を噛んで小さく頷き、そして心を込めて魔女に言う。

「陸を・・・」

 深く頭を下げた拍子に、涙が零れ落ちた。押しつぶされそうな不安に身を固くして、あたしは必死に言った。

「よろしく、お願いします・・・」

 足下に落ちる涙を隠そうとして、あたしは言葉を続けた。

「どうか・・・助けて下さい・・・」

 泣いている場合じゃない。しっかりしなきゃ。あたしは自分を責めた。
 ここで何も出来なかったら、陸は何のために傷付いたのだろう。

「・・・空姫・・・」

 さっきまでとは違う、魔女の細い声が聞こえた。
 でも、あたしは自分の気持ちを押しつけるのに一生懸命で、答えて貰えるまで安心出来なくて、もう一度言った。

「お願い、します・・・」

 魔女が、あたしを抱き締めた。そして小さな声であたしに囁く。

「辛い思いをさせて、ごめんなさい・・・」

「・・・」

「ごめんなさい・・・」

「・・・っ」

 あたしは、その言葉に首を大きく横に振った。
 涙が止まらなくなった。陸と歩いてきた旅路に、あたしは何が出来ただろう? 無力感が自分を襲う。だからこそ、これからすべきことを、あたしは決して怠らない。

「必ず、彼と一緒に貴女に会いに行きます」

 その言葉だけで十分だった。再び陸に会えるなら、もう望むことなど何もない。
 あたしはやっと、安心した。強張っていた体から力を抜いて、大きく頷く。息を切らしながらも、必死に。

「それまで、空姫も元気で・・・」

 あたしはもう一度大きく頷く。何度も。

 陸に再び会える日に、胸を張っていられるように。
 魔女の腕の中で、あたしはそう誓った。


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