陸は、どうしているんだろう・・・。
爺が出ていった後、空は俯いたままじっとしていた。シンとした広い部屋には、動く者は何も無い。音を発する者もない。そうして時間だけが過ぎていった。
無事なんだろうか・・・。
確かに魔女と約束したとはいえ、陸の状態があまりに悪いことはずっと分かっていた。でも夢で見た陸の背中に希望を見てしまった空は、今現実と向き合うのが余計に辛い。だからこそ、尚更陸のことを考えてしまう。
そして、確認するタイミングも計りかねている。もう、誰かに聞けば答えの出てくる問題なのだろうか? それすらも分からない。だから質問を口から出すのも憚れた。もう一週間。まだ、一週間。魔女からの連絡があったかどうかも微妙な時間だ。
でも、もう「結果」は出ている筈。
彼にもう一度会えるのか。それとも・・・。
空は、その自分の言葉に身を固くした。
その答えを知りたいと思うと同時に、同じくらい聞くのが怖い・・・。
「空」
「!?」
不意に聞こえたその声に、空は勢い良く顔を上げた。そしてドアの方を見る。そこにはドアを開けて部屋に入ってくる二人の男女がいた。
「空」
「体調はどう?」
「・・・」
その二人の声は、空の心にじんわりと染み込んだ。冷たくて仕方の無かった肌に、触れる暖かい真綿のよう。
「・・・お父さん・・・」
急に張りつめていたものが緩んで、空は泣きそうな顔をする。
「お母さん・・・」
両親は我が子を見て、そして回復しつつあることを確かに感じ、笑顔で頷いた。
「陸」
女は呟いた。男に向かって。
「陸・・・」
もう一度呟いた。けれど男はピクリとも動かない。
「心配したわ・・・」
「無事で良かった、本当に」
王と王妃は、空の手を取って言った。
昨日の面会とは違い、二人はゆっくりとベッドの脇に膝を着くと空の顔を覗き込んで言った。昨日の束の間の面会は、空の体調のせいばかりでなく、医者によって終了させられたところもある。
その後は、また気を失うかのように眠りに落ちた。多分薬のせいだとは思うが、空には良く分からない。
その医者も今日は居ない。長時間の面会が許された証拠だ。
「・・・」
空は、出しかけた質問を思わず飲み込んだ。二人の嬉しそうな顔に、もしかしたら不幸を呼んでしまうかも知れない質問をすることに迷いを感じて。
「気分はどうだ? 悪くないか?」
「・・・うん」
自分の回復を心から喜んでくれる両親の笑顔。二人が笑顔なら、自分も嬉しい。
そんな取り戻した幸せを感じれば感じるほど、恐怖は比例して増していく。この幸せから、どん底に落とされるのが怖い。
二人に握られた手の先が、急に冷たくなっていくのを感じた。
怖い・・・。
「ゆっくりで良いから、元気になるのよ・・・」
でも・・・。
「・・・あの・・・」
空は意を決したように言った。二人が自分を気遣ってくれる言葉を無視することに心は痛んだが仕方がない。どうしようもなかった。
これ以上は待てない。
「?」
二人は同時に、不思議そうな顔をした。
「・・・あの」
陸は・・・?
トントン。
「・・・」
息を吸い込んでしまったのが、その差だった。空の耳に、自分の声よりも早く他の音が聞こえてきたのだ。その小さな音は、まるで何かの警告のように鋭く空の脳裏に残った。
「・・・どうぞ」
それがノックの音だと言うことに、空はしばらく気が付かなかった。父親がそう言って立ち上がるのを見て、やっと来客を意識する。
緊張で、指先が完全に冷たくなっていた。空はそれを暖めるように手を組む。
自分の指は、随分細くなっている気がした。そして色も悪い。そんな事を思っている間に、来客は入室して来た。
「失礼します」
「・・・?」
聞き覚えのある声。でも、瞬時に誰か分からなくて空は顔を上げた。
そして驚きに目を丸くすると、彼の名前を思わず呟く。
「凌ちゃん・・・?」
凌はその言葉には答えなかった。空から目を逸らし、まず空の両親と視線を合わせる。そして小さく頷いた。背中を向けたままの両親も、僅かに頷いたような仕草が感じて取れる。時間差はあったものの、まるで示し合わせて来たような様子だ。何かあったのか?
「・・・?」
空は、その二人の後ろで不思議そうな顔をしながら、凌が自分に近付いてくるのを待っていた。
どうしたんだろう? 何だか緊張したような顔をしている?
そんな表情を、どこかで見た気がした。
記憶を失って初めて陸と顔を合わせた時、陸がしていたような硬い表情。
空は何だか緊張して握った手の力を強くした。
大体、どうして凌ちゃんが未だここにいるの?
「・・・空」
凌はそんな空の様子に、気付いていても構う様子はなく声をかけた。両親は、まるで二人と二等辺三角形を作るように、間に立っているが間を置いてしまっている。
「・・・?」
空は、離れた両親を見てから凌を見上げた。
何か言いたかった。でも、どういうことなのか分からない内は先手を取れる言葉もない。空は、凌の言葉を待った。
凌は一度唇を噛むと、思い切ったように一気に言った。
「今日は、正式な返事を貰いに来た」
「・・・返事?」
聞き返した空の言葉を、凌は意識的に無視して吐き出すように言葉を続ける。
「急かしてしまうようで申し訳ないけれど、彼が帰ってくる前に空の正直な気持ちを教えて欲しい」
「・・・!?」
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爺が出ていった後、空は俯いたままじっとしていた。シンとした広い部屋には、動く者は何も無い。音を発する者もない。そうして時間だけが過ぎていった。
無事なんだろうか・・・。
確かに魔女と約束したとはいえ、陸の状態があまりに悪いことはずっと分かっていた。でも夢で見た陸の背中に希望を見てしまった空は、今現実と向き合うのが余計に辛い。だからこそ、尚更陸のことを考えてしまう。
そして、確認するタイミングも計りかねている。もう、誰かに聞けば答えの出てくる問題なのだろうか? それすらも分からない。だから質問を口から出すのも憚れた。もう一週間。まだ、一週間。魔女からの連絡があったかどうかも微妙な時間だ。
でも、もう「結果」は出ている筈。
彼にもう一度会えるのか。それとも・・・。
空は、その自分の言葉に身を固くした。
その答えを知りたいと思うと同時に、同じくらい聞くのが怖い・・・。
「空」
「!?」
不意に聞こえたその声に、空は勢い良く顔を上げた。そしてドアの方を見る。そこにはドアを開けて部屋に入ってくる二人の男女がいた。
「空」
「体調はどう?」
「・・・」
その二人の声は、空の心にじんわりと染み込んだ。冷たくて仕方の無かった肌に、触れる暖かい真綿のよう。
「・・・お父さん・・・」
急に張りつめていたものが緩んで、空は泣きそうな顔をする。
「お母さん・・・」
両親は我が子を見て、そして回復しつつあることを確かに感じ、笑顔で頷いた。
「陸」
女は呟いた。男に向かって。
「陸・・・」
もう一度呟いた。けれど男はピクリとも動かない。
「心配したわ・・・」
「無事で良かった、本当に」
王と王妃は、空の手を取って言った。
昨日の面会とは違い、二人はゆっくりとベッドの脇に膝を着くと空の顔を覗き込んで言った。昨日の束の間の面会は、空の体調のせいばかりでなく、医者によって終了させられたところもある。
その後は、また気を失うかのように眠りに落ちた。多分薬のせいだとは思うが、空には良く分からない。
その医者も今日は居ない。長時間の面会が許された証拠だ。
「・・・」
空は、出しかけた質問を思わず飲み込んだ。二人の嬉しそうな顔に、もしかしたら不幸を呼んでしまうかも知れない質問をすることに迷いを感じて。
「気分はどうだ? 悪くないか?」
「・・・うん」
自分の回復を心から喜んでくれる両親の笑顔。二人が笑顔なら、自分も嬉しい。
そんな取り戻した幸せを感じれば感じるほど、恐怖は比例して増していく。この幸せから、どん底に落とされるのが怖い。
二人に握られた手の先が、急に冷たくなっていくのを感じた。
怖い・・・。
「ゆっくりで良いから、元気になるのよ・・・」
でも・・・。
「・・・あの・・・」
空は意を決したように言った。二人が自分を気遣ってくれる言葉を無視することに心は痛んだが仕方がない。どうしようもなかった。
これ以上は待てない。
「?」
二人は同時に、不思議そうな顔をした。
「・・・あの」
陸は・・・?
トントン。
「・・・」
息を吸い込んでしまったのが、その差だった。空の耳に、自分の声よりも早く他の音が聞こえてきたのだ。その小さな音は、まるで何かの警告のように鋭く空の脳裏に残った。
「・・・どうぞ」
それがノックの音だと言うことに、空はしばらく気が付かなかった。父親がそう言って立ち上がるのを見て、やっと来客を意識する。
緊張で、指先が完全に冷たくなっていた。空はそれを暖めるように手を組む。
自分の指は、随分細くなっている気がした。そして色も悪い。そんな事を思っている間に、来客は入室して来た。
「失礼します」
「・・・?」
聞き覚えのある声。でも、瞬時に誰か分からなくて空は顔を上げた。
そして驚きに目を丸くすると、彼の名前を思わず呟く。
「凌ちゃん・・・?」
凌はその言葉には答えなかった。空から目を逸らし、まず空の両親と視線を合わせる。そして小さく頷いた。背中を向けたままの両親も、僅かに頷いたような仕草が感じて取れる。時間差はあったものの、まるで示し合わせて来たような様子だ。何かあったのか?
「・・・?」
空は、その二人の後ろで不思議そうな顔をしながら、凌が自分に近付いてくるのを待っていた。
どうしたんだろう? 何だか緊張したような顔をしている?
そんな表情を、どこかで見た気がした。
記憶を失って初めて陸と顔を合わせた時、陸がしていたような硬い表情。
空は何だか緊張して握った手の力を強くした。
大体、どうして凌ちゃんが未だここにいるの?
「・・・空」
凌はそんな空の様子に、気付いていても構う様子はなく声をかけた。両親は、まるで二人と二等辺三角形を作るように、間に立っているが間を置いてしまっている。
「・・・?」
空は、離れた両親を見てから凌を見上げた。
何か言いたかった。でも、どういうことなのか分からない内は先手を取れる言葉もない。空は、凌の言葉を待った。
凌は一度唇を噛むと、思い切ったように一気に言った。
「今日は、正式な返事を貰いに来た」
「・・・返事?」
聞き返した空の言葉を、凌は意識的に無視して吐き出すように言葉を続ける。
「急かしてしまうようで申し訳ないけれど、彼が帰ってくる前に空の正直な気持ちを教えて欲しい」
「・・・!?」
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