あたしは首を横に振った。そして、その推測や疑いを振り切るように体に力を入れる。
でも違う!
あたしは剣を手に取らなかった。だって、それ程までに強い気持ちだったから。
だって、違う・・・。
彼の言葉が、蘇る。
――必ず、守ります。
いつも言葉少なめで、必要なこと以外何も言ってくれなかった。
――大丈夫ですから。
あたしの方を向いてくれなかった。
――空。
何も言ってくれなかった。教えてもくれなかった。でも。
――おやすみ。
彼はいつも、いつも・・・。
「さあ、空姫」
「あたしは・・・」
あたしの、望みは・・・。
――足下、気を付けて下さい。
そんなたった一言に、彼の気持ちが含まれていた気がする。ずっと疑っていたけれど、ずっと不安で、そんな事に気付かずにいたけれど。でも、ずっとだ。ずっと。
――こんなもんしかないけど。
そう言ってマフラーをかけてくれた彼。あの時から、本当は最初から、ずっと・・・。
「空姫!」
ずっと、あたしを守ってくれていた。忘れかけていた、その事実。
でも事実はそれだけ。
「彼の・・・」
あたしは思い出した。一番大切で、あたしの中で一番本当のこと。
「願いを、叶えて」
その声は、あたしの声は、小さかった。あたしの迷いと弱さが声に表れた。
その弱さを振り切るように、あたしは手を強く握りしめる。それがあたしの選択なの。あたしはこうしたいの。
「空姫・・・」
魔女の声が聞こえてくる。小さな声で、驚いたように。
詰るようにも聞こえた声。
でも、もう迷わない。
決して揺るぎない程に強い気持ちだったから。たった今、そうなった。
「これが」
あたしは魔女を見ると言った。
「あたしの選択なんです」
その声は強かった。顔を上げたあたしは、真っ直ぐに魔女を見る。もう目を逸らすことはなかった。
そうよ・・・。あたしは彼に助けられた。あたしは彼がいたから生きていられた。彼に救われた、この命。
嘘とか騙されていたとか、そんな事どうでも良い。それが真実でも良い。彼はここまで、あたしを守ってくれた。その事実は変わりない。だから、あたしは彼に。
「・・・ふん」
魔女が鼻を鳴らした。馬鹿にしたような態度が戻ってくる。
彼女の態度は豹変した。それでも、あたしは動じない。あたしの気持ちは、それ程までに強かった。
彼に、少しでも報いたかった・・・。
「こんな短い時間で、何をどうやったら、こんな男の為にそこまで言えるのか聞いてみたいね。馬鹿な女だ。本当に」
魔女は、あたしを歪んだような顔で見ると言う。
あたしは目を逸らした。でも逃げたんじゃない。彼女を見る必要が無くなったからだ。ただ、それだけだ。さっきまでの、あたしとは違う。
馬鹿だと言われても良い。彼の願いが、どんなに下らなくても良い。あたしの気持ちは、もう絶対に動かないから。
そう頑なに思うあたしの耳に、魔女の声が聞こえてきた。
「お前がその男を殺してしまえば、もっとお前が苦しむところを見れたのに。私は心底残念だよ。でも、まあ・・・」
魔女は、そう言って笑った。あたしは驚いて顔を上げる。彼女は、彼を見て言った。
「どちらにしても、もう長くはなさそうだね」
え?
あたしは彼の方に視線を移す。
そのあたしの視線の先で、彼はゆっくりとした動作で膝を折ると床に手を着いた。肩が大きく揺れている。左手から、床に血が滲んでいるのが遠目にもハッキリ分かった。
「・・・え?」
息苦しそうな咳が、彼を襲った。それに耐えきれなかったか、彼は蹲るように倒れてしまう。その体からも血が滲んできた。
何で・・・!?
あたしは目を疑った。しかし思い当たる節はいくらだってある。鞭で傷付けられた傷。斬りつけられた肩。それから、もしかしたら犯されているかもしれない熱病。
でもそんなこと、思いもしなかった。彼は何も見せてくれなかったから。
「あ・・・」
「動くんじゃない!」
「!」
彼に向かって走り出そうとするあたしの足を、魔女の声が止めた。まるで魔法にでも掛かったかのように、あたしの足は停止してしまう。
だって・・・。
ここで反抗したら、彼がどうにかなってしまうかもしれない。そう思って。
でも、彼をそのままにしておく自分にも、そしてその足を止めた魔女にも我慢が出来なかった。あたしは魔女を睨み付ける。そして、泣きそうになるのを堪えた。
魔女は憎々しげに、そんなあたしを見ると言う。
「なんだい、その目は。私はお前の望み通り、こいつの望みを叶えてやろうと言っているんだ。有り難く思いな。ま、その望みを叶えたところで、お前は更に不幸を抱え込むだけだろうがな」
「・・・?」
魔女の言葉の意味は、あたしには掴みきれなかった。彼と魔女を、見比べるように視線を動かしたあたしに、魔女は言う。
「記憶を戻してやろう。空姫」
魔女が言った。そしてあたしを指差す。その指先に小さな光が灯った。
「・・・え?」
魔女の光は、どんどん大きくなり、あたしを包み込む。そして光の向こうには、旅の始めに見た乳白色の海が見えた。あたしは空に浮かんでいる。
「・・・?」
しかし、それは以前見た時とは僅かに違っていた。光の線が無数に入っている。
何? あの、光の線は・・・。
あたしは、その海に向かって降下を始めた。どんどん眩しくなってくる。固まったような水面。当たったら痛そうだ。
・・・望み?
降下の速度はどんどん速くなり、あたしは髪の毛が後ろに引っ張られるのを感じた。
それを見ながら、あたしは全く別のことを考えていた。そんな光の線など、凍ったような海など、それにあたってどうなるかなんて、どうでも良かった。
彼の望み。彼の望み。
あたしは目を細めた。海から漏れてくる光が眩しくて。
彼の望み。あたしを連れてきて、彼が叶えて貰おうとした望み・・・。
「記憶が戻ったら、後悔するだろうよ」
魔女の声が聞こえてきた。
そう。彼の望み。それはあたしの記憶を取り戻すという・・・こと?
あたしの記憶。あたしの為? あたしの・・・?
あたしの眼前に、海が迫ってくる。それはやがて光となって、あたしが触れると粉々に砕け散った。
声が聞こえる・・・。
「空。七歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう」
男の人の声と、女の人の声・・・。
「ありがとうー」
思い出した。これは、あたしの・・・七歳の誕生日だ・・・。この時は絵本を貰って、何度も読んで貰ったっけ。
八歳、九歳・・・。あたしの誕生日に、いつも二人の声が優しく響いていた。
「空」
「空・・・」
あたしの誕生日を、祝ってくれる声。特別なことは何もなかったけれど、心の底から祝福してくれる二人の笑顔。嬉しかった。
これは・・・。
「空も、もう十歳ね・・・」
「大きくなったなー」
お父さん、お母さんの・・・声だ・・・。
思い出した。お父さんとお母さんの顔、声。
それから・・・。
「空姫様」
「おはようございます」
「ご機嫌いかがですか? 空姫様」
あたしは、一国の王女ということも・・・。
記憶が、あたしの横を通り過ぎていく。とても速い速度で通り過ぎていくのに、あたしはその全てを見ていた。
十一歳。花が好きなお母さんの横にくっついて、よく庭でお茶をしてた。庭師がよく手入れしててくれてた城庭。いつも綺麗な花が咲いていた。
十二歳。お父さんとお母さんの結婚記念日に何かしたくて、ケーキを作ろうとした。でも手際が悪くて、スポンジは全然膨らまなかった。それを、ニコニコしながら食べてくれた両親。情けないような、嬉しいような。
十三歳。今年こそはと思って、コックに頼んで一緒にケーキを作ってもらった。出来るだけ自分で作りたくて、でも生クリームは最後まで泡立てられなかった。二人で両親に届けに行って、二人の嬉しそうな顔が嬉しくて抱き合っちゃったりしたな。
十四歳。本が好きで城の書庫にずっと入り浸ってた。早朝から夜遅くまで本を読みふけっていたら、あたしの姿が見えないって大騒ぎになったこともあった。
十五歳。この年は、あたし一人でケーキを作り上げた。出来たケーキをコックにも上げたら、涙ぐんで美味しいと言ってくれたっけ。
十六歳。あたしに付き人が出来た。白い髪と髭がフワフワしてて、いつもニコニコしている爺。あたしが悪いことしたら怒ってた爺。悲しい時には一緒に泣いてくれた爺。大好きな爺。
十七歳。明るい内だけという約束で、爺と城下町を見に行った。あたしは初めて見る景色に夢中だったけれど、爺は神経質になっちゃって、あたしの側をピッタリくっついていた。そんな爺が可笑しくて、あたしはその後しばらくからかってた。
記憶の中のあたしは、どんどんあたしに近付いてくる。
十八歳。鏡を見ている自分。メイドが化粧をしてくれた。身につけているのは舞踏会用のドレスだ。あたしはこの年に初めて、社交界デビューしたんだ・・・。
「・・・?」
あたしは周囲を見回すように記憶を見た。流れていく記憶。それは自分の意志で、止めることも戻すことも出来る。どんなに細かい場所も、信じられない程鮮明に見える。でも。
彼がいない・・・。
まだ、あたしは今自分が幾つなのか、思い出せない。でも、記憶の中の自分は、確実に今の自分に近付いている。殆ど変わりないほど。なのに彼がいない。
どうして・・・?
あたしは、困惑の中で彼を捜した。どの時代にも、どの記憶にも、彼の姿はない。
何で・・・?
あたしは泣きそうだった。何よりも思い出したかった、彼がいない。
貴方は誰なの・・・?
十九歳。あたしの目の前は、真っ暗になった。
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でも違う!
あたしは剣を手に取らなかった。だって、それ程までに強い気持ちだったから。
だって、違う・・・。
彼の言葉が、蘇る。
――必ず、守ります。
いつも言葉少なめで、必要なこと以外何も言ってくれなかった。
――大丈夫ですから。
あたしの方を向いてくれなかった。
――空。
何も言ってくれなかった。教えてもくれなかった。でも。
――おやすみ。
彼はいつも、いつも・・・。
「さあ、空姫」
「あたしは・・・」
あたしの、望みは・・・。
――足下、気を付けて下さい。
そんなたった一言に、彼の気持ちが含まれていた気がする。ずっと疑っていたけれど、ずっと不安で、そんな事に気付かずにいたけれど。でも、ずっとだ。ずっと。
――こんなもんしかないけど。
そう言ってマフラーをかけてくれた彼。あの時から、本当は最初から、ずっと・・・。
「空姫!」
ずっと、あたしを守ってくれていた。忘れかけていた、その事実。
でも事実はそれだけ。
「彼の・・・」
あたしは思い出した。一番大切で、あたしの中で一番本当のこと。
「願いを、叶えて」
その声は、あたしの声は、小さかった。あたしの迷いと弱さが声に表れた。
その弱さを振り切るように、あたしは手を強く握りしめる。それがあたしの選択なの。あたしはこうしたいの。
「空姫・・・」
魔女の声が聞こえてくる。小さな声で、驚いたように。
詰るようにも聞こえた声。
でも、もう迷わない。
決して揺るぎない程に強い気持ちだったから。たった今、そうなった。
「これが」
あたしは魔女を見ると言った。
「あたしの選択なんです」
その声は強かった。顔を上げたあたしは、真っ直ぐに魔女を見る。もう目を逸らすことはなかった。
そうよ・・・。あたしは彼に助けられた。あたしは彼がいたから生きていられた。彼に救われた、この命。
嘘とか騙されていたとか、そんな事どうでも良い。それが真実でも良い。彼はここまで、あたしを守ってくれた。その事実は変わりない。だから、あたしは彼に。
「・・・ふん」
魔女が鼻を鳴らした。馬鹿にしたような態度が戻ってくる。
彼女の態度は豹変した。それでも、あたしは動じない。あたしの気持ちは、それ程までに強かった。
彼に、少しでも報いたかった・・・。
「こんな短い時間で、何をどうやったら、こんな男の為にそこまで言えるのか聞いてみたいね。馬鹿な女だ。本当に」
魔女は、あたしを歪んだような顔で見ると言う。
あたしは目を逸らした。でも逃げたんじゃない。彼女を見る必要が無くなったからだ。ただ、それだけだ。さっきまでの、あたしとは違う。
馬鹿だと言われても良い。彼の願いが、どんなに下らなくても良い。あたしの気持ちは、もう絶対に動かないから。
そう頑なに思うあたしの耳に、魔女の声が聞こえてきた。
「お前がその男を殺してしまえば、もっとお前が苦しむところを見れたのに。私は心底残念だよ。でも、まあ・・・」
魔女は、そう言って笑った。あたしは驚いて顔を上げる。彼女は、彼を見て言った。
「どちらにしても、もう長くはなさそうだね」
え?
あたしは彼の方に視線を移す。
そのあたしの視線の先で、彼はゆっくりとした動作で膝を折ると床に手を着いた。肩が大きく揺れている。左手から、床に血が滲んでいるのが遠目にもハッキリ分かった。
「・・・え?」
息苦しそうな咳が、彼を襲った。それに耐えきれなかったか、彼は蹲るように倒れてしまう。その体からも血が滲んできた。
何で・・・!?
あたしは目を疑った。しかし思い当たる節はいくらだってある。鞭で傷付けられた傷。斬りつけられた肩。それから、もしかしたら犯されているかもしれない熱病。
でもそんなこと、思いもしなかった。彼は何も見せてくれなかったから。
「あ・・・」
「動くんじゃない!」
「!」
彼に向かって走り出そうとするあたしの足を、魔女の声が止めた。まるで魔法にでも掛かったかのように、あたしの足は停止してしまう。
だって・・・。
ここで反抗したら、彼がどうにかなってしまうかもしれない。そう思って。
でも、彼をそのままにしておく自分にも、そしてその足を止めた魔女にも我慢が出来なかった。あたしは魔女を睨み付ける。そして、泣きそうになるのを堪えた。
魔女は憎々しげに、そんなあたしを見ると言う。
「なんだい、その目は。私はお前の望み通り、こいつの望みを叶えてやろうと言っているんだ。有り難く思いな。ま、その望みを叶えたところで、お前は更に不幸を抱え込むだけだろうがな」
「・・・?」
魔女の言葉の意味は、あたしには掴みきれなかった。彼と魔女を、見比べるように視線を動かしたあたしに、魔女は言う。
「記憶を戻してやろう。空姫」
魔女が言った。そしてあたしを指差す。その指先に小さな光が灯った。
「・・・え?」
魔女の光は、どんどん大きくなり、あたしを包み込む。そして光の向こうには、旅の始めに見た乳白色の海が見えた。あたしは空に浮かんでいる。
「・・・?」
しかし、それは以前見た時とは僅かに違っていた。光の線が無数に入っている。
何? あの、光の線は・・・。
あたしは、その海に向かって降下を始めた。どんどん眩しくなってくる。固まったような水面。当たったら痛そうだ。
・・・望み?
降下の速度はどんどん速くなり、あたしは髪の毛が後ろに引っ張られるのを感じた。
それを見ながら、あたしは全く別のことを考えていた。そんな光の線など、凍ったような海など、それにあたってどうなるかなんて、どうでも良かった。
彼の望み。彼の望み。
あたしは目を細めた。海から漏れてくる光が眩しくて。
彼の望み。あたしを連れてきて、彼が叶えて貰おうとした望み・・・。
「記憶が戻ったら、後悔するだろうよ」
魔女の声が聞こえてきた。
そう。彼の望み。それはあたしの記憶を取り戻すという・・・こと?
あたしの記憶。あたしの為? あたしの・・・?
あたしの眼前に、海が迫ってくる。それはやがて光となって、あたしが触れると粉々に砕け散った。
声が聞こえる・・・。
「空。七歳の誕生日おめでとう」
「おめでとう」
男の人の声と、女の人の声・・・。
「ありがとうー」
思い出した。これは、あたしの・・・七歳の誕生日だ・・・。この時は絵本を貰って、何度も読んで貰ったっけ。
八歳、九歳・・・。あたしの誕生日に、いつも二人の声が優しく響いていた。
「空」
「空・・・」
あたしの誕生日を、祝ってくれる声。特別なことは何もなかったけれど、心の底から祝福してくれる二人の笑顔。嬉しかった。
これは・・・。
「空も、もう十歳ね・・・」
「大きくなったなー」
お父さん、お母さんの・・・声だ・・・。
思い出した。お父さんとお母さんの顔、声。
それから・・・。
「空姫様」
「おはようございます」
「ご機嫌いかがですか? 空姫様」
あたしは、一国の王女ということも・・・。
記憶が、あたしの横を通り過ぎていく。とても速い速度で通り過ぎていくのに、あたしはその全てを見ていた。
十一歳。花が好きなお母さんの横にくっついて、よく庭でお茶をしてた。庭師がよく手入れしててくれてた城庭。いつも綺麗な花が咲いていた。
十二歳。お父さんとお母さんの結婚記念日に何かしたくて、ケーキを作ろうとした。でも手際が悪くて、スポンジは全然膨らまなかった。それを、ニコニコしながら食べてくれた両親。情けないような、嬉しいような。
十三歳。今年こそはと思って、コックに頼んで一緒にケーキを作ってもらった。出来るだけ自分で作りたくて、でも生クリームは最後まで泡立てられなかった。二人で両親に届けに行って、二人の嬉しそうな顔が嬉しくて抱き合っちゃったりしたな。
十四歳。本が好きで城の書庫にずっと入り浸ってた。早朝から夜遅くまで本を読みふけっていたら、あたしの姿が見えないって大騒ぎになったこともあった。
十五歳。この年は、あたし一人でケーキを作り上げた。出来たケーキをコックにも上げたら、涙ぐんで美味しいと言ってくれたっけ。
十六歳。あたしに付き人が出来た。白い髪と髭がフワフワしてて、いつもニコニコしている爺。あたしが悪いことしたら怒ってた爺。悲しい時には一緒に泣いてくれた爺。大好きな爺。
十七歳。明るい内だけという約束で、爺と城下町を見に行った。あたしは初めて見る景色に夢中だったけれど、爺は神経質になっちゃって、あたしの側をピッタリくっついていた。そんな爺が可笑しくて、あたしはその後しばらくからかってた。
記憶の中のあたしは、どんどんあたしに近付いてくる。
十八歳。鏡を見ている自分。メイドが化粧をしてくれた。身につけているのは舞踏会用のドレスだ。あたしはこの年に初めて、社交界デビューしたんだ・・・。
「・・・?」
あたしは周囲を見回すように記憶を見た。流れていく記憶。それは自分の意志で、止めることも戻すことも出来る。どんなに細かい場所も、信じられない程鮮明に見える。でも。
彼がいない・・・。
まだ、あたしは今自分が幾つなのか、思い出せない。でも、記憶の中の自分は、確実に今の自分に近付いている。殆ど変わりないほど。なのに彼がいない。
どうして・・・?
あたしは、困惑の中で彼を捜した。どの時代にも、どの記憶にも、彼の姿はない。
何で・・・?
あたしは泣きそうだった。何よりも思い出したかった、彼がいない。
貴方は誰なの・・・?
十九歳。あたしの目の前は、真っ暗になった。
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