水川青話 by Yuko Kato

時事ネタやエンタテインメントなどの話題を。タイトルは勝海舟の「氷川清話」のもじりです。

・子供を殺された親の運動 イギリスの場合

2004-12-30 20:04:22 | ニュースあれこれ
失われた命をどれほど悼もうとも、法治社会では推定無罪が原則です。大原則です。誘拐容疑を認めてるとか、自宅から少女の所持品押収とか、類似の罪状で起訴歴があるとか、そういう情報は全て警察発で、だからどうだというつもりもないけれども、現時点で奈良の事件について何かを論評するつもりは全くないです。

また奈良の事件が、誘拐殺害事件だったという以外には、どういう性格の犯行だったのか私は知らないので、これから書くイギリスでの事件と同種だと断定するわけでも示唆するわけでもないです。ただ、子供が殺された──という類似項があるのみです。

その上で、イギリスにはこういう運動がある、という話。

2000年7月に当時8歳の少女サラ・ペインちゃんを殺害した男は、幼児性愛の再犯者だった。それを知った両親は、子供に対する性的犯罪の犯歴をもつ人物が出所後どこにいるかの情報を公開するよう、法律改正を求めて運動している。

今年6月には英スコットランドで、8歳のマーク・カミングスくんが、やはり幼児性愛の前歴がある近所の男に殺された。犯人は過去3回、子供に対する性犯罪で有罪となっていて、捜査当局のリストにはとうぜん載っていたが、周りに住む人たちは、犯人の犯歴を知らなかった。

知っていれば、もっと注意できたのに──と親は怒り、やはり法改正を求める運動に乗り出している。

人権上の問題があまりに多くて、実現はかなり難しいだろうなとは思う。サラちゃん事件の直後には、両親の訴えを支持する大衆紙が、全国にいる幼児性愛犯歴者のリストを公表し、すさまじい物議を醸した。英国各地で、犯歴者に対する抗議デモが繰り広げられ、集団リンチにあった犯歴者もいた。しまいには、無関係なのに地域を追い出された人々もいたと明らかになり、デモは収束していった。こうした人権上の問題だけでなく、犯罪者の更生や社会復帰という点からも、犯歴者の所在地情報公開は問題が多すぎる。

ただイギリス(あるいは欧米)では、子供が性犯罪目的で誘拐されたり殺されたりする事件が本当に多くて、犯人が逮捕されてみると同種事件の犯罪歴があったと判明することが本当に多い。だから、子供を守るためには、幼児性愛犯歴者が近所に住んでいるならそのことを知っておく必要があるという気持ちは、気持ちの上では、わかる。

わかるけれども……じゃあ、隣に住んでいる人が幼児性愛の犯歴者だと知ったとして、そこから先はどうするんだろう。どうなるんだろう。警戒をするだけならまだしも、その人物を地域から排除したいって気持ちが抑えがたく湧いてこないだろうか。そうしたとき、自分の中にどす黒い悪意や殺意が沸き上ってくるはずがない、と断言できるほど、人間はどこまでも文明的な存在でいられるのだろうか。

もちろん、子供が繰り返し殺されてしまった後では、文明などという言葉は虚しいばかりだけれども。


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1月6日追記・ 性犯罪者の釈放後の住所公表制度のこと。アメリカのミーガン法について触れなかったのは言葉足らずかと思い直したので、追記します。ミーガン法で検索してもらえればすぐ分かりますが、米国では児童性愛者の犠牲になった7歳少女の名前をとって、クリントン政権下、この法律が連邦法として成立しました(当初は、事件のあったニュージャージー州の州法だった)。

性犯罪で2度有罪となった者は登録し、釈放後10年間は監視する。住所地の州政府は地元警察に通告する義務を負う。州によっては、地元警察が病院や学校、教会などへ通告する義務を負うこともある。また州によってはこの情報のインターネット公開に踏み切っているところも。