背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

IN THE BOX【2】

2010年03月07日 09時08分29秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降


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内心、ラッキーと思ってた。
柴崎とここに閉じ込められたことを。もちろん、タイミング悪かったな、足止め食っちまったなと舌打ちしたいのが気持ちの大半を占めていたが。
それでも、心のどこかでこの行幸を喜ぶ自分が居たのは否めない。
「柴崎、上着脱げ。靴も」
 閉所恐怖症だと告白した柴崎に、手塚は言った。
「え?」
「いいから早く。身体を楽にさせたほうがいい」
「だ、だって」
 躊躇する柴崎。手塚はわずかに焦れて語調を強めた。
「恥ずかしがってる場合じゃないだろ。緊急時なんだから」
 後ろめたい気持ちを見破られたくなくて、早口になってしまう。
 柴崎は、う、うん、と頷いて、制服のボタンに手をかけた。手塚はなるべくそれを見ないようにした。あらぬ想像をしてしまいそうだったから。
 衣擦れの音を引いて、柴崎は上を脱いだ。シャツの襟元も緩める。ヒールのついた靴も脱いで揃えた。
 パンストに包まれた足でじかに床に立つ。
 その頃には手塚ももう上着を脱いで敷いていた。
「ここに座れ」
 監視カメラの下に促す。ここなら、死角だろうと思った。
誰かに見られていると思うだけで、緊張を強いられるものだ。柴崎はかすかに戸惑いの色を瞳に浮かべた。
「だって、あんたの制服……」
「いいから言うとおりにしろ」
 有無を言わせない。
 柴崎は仕方なくそろそろと手塚の制服を踏んだ。ごめん、と心で詫びながら。
同僚として申し訳なさが先に立つ。制服は図書館員の誇りだ。足で踏むなど、普段は到底できることではない。けれども手塚は平然とそれをしろという。
 柴崎はそこにしゃがんで膝を抱えた。
 やはり座ると楽だ。制服を脱いで身体を締め付けないようにしたのも功を奏しているみたいだった。さっきまで服の下に不快な汗を掻いていたが、見る見る引いていくのが分かった。
 ほっと息をついて壁に背を預ける。
「ありがと。こうしてると随分いい」
「座ると視点が下りて閉塞感が薄れるからな。しばらくそうしてろ」
 じきにここから出られる。手塚は柴崎を見て安心させるように言った。
「……ねえ、あんたも座って」
 柴崎はぽつんと呟く。
 手塚はシャツの袖を捲り上げていた手を止めた。
「ここに」
 柴崎が隣を指し示す。
 手塚はためらった。
「でも、」
 と言う視線がさまよう。逃げ場のない、エレヴェータの中を。
 今度は柴崎が強く出る番だった。
「座って肩貸してよ。あんたの肩、ちょうどいい厚みなのよね」
 迷っていた気持ちが、その言葉で吹っ切れた。
 手塚はため息をついて、柴崎の隣、自分の上着の端っこに腰を下ろした。肩が触れそうで触れない、上着についた手が触れそうで触れない、微妙な近さだった。
 目のやり場に困る。手塚はしばらく投げ出した自分の足を眺めるとでもなく眺めた。すると、
「……長い脚」
 ふ、と息をつきながら言う柴崎の顔が思いのほか近くにあって、手塚は内心うろたえる。
「お前に言われると、褒められてる気がしないな」
「素直じゃなあい」
 それも、お前に言われたくない。と言いかけて、そういやさっきはやけにストレートに打ち明けたなと思い直す。 
 つまりはそれほど切羽詰った状況だったのだろう。
 そこで、ことりと左肩に重みが。
 柴崎がもたれかかってきた。花の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。シャンプーだろうか。
 手塚は黙って肩を貸した。余計なことを話しかけてはならない気がした。柴崎は目を閉じて、気を鎮めているに違いない。この位置では見えなかったが。
 おかしなことになっちまったな。手塚は天井に視線を移して考えた。
 たまたま乗り合わせたエレヴェータが故障で停まって。一時間も抜け出せないと分かったら、柴崎の様子がおかしくなって。今は互いに寄り添うようにして救出されるのをじっと待っている。
 もしも、この箱に乗り合わせなかったら。柴崎か自分か、どっちかが数分遅れて、一人かあるいは他の誰かと乗り込んでいたら。
 今、こんなふうにこいつに肩を貸してやることもできなかったんだよな。
 普段は気にもかけないことだが、偶然と必然が禍福みたいにいくつも積み重なって今の自分たちがここにこうしている。手塚はそれを実感していた。
「ねえ……何かしゃべって」
 ふと思いついたように柴崎が言った。幾分、声の調子が暗い。
 自分にもたれているせいで、顔は依然見えない。
「何かって、何を」
 手塚はたじろぐ。いきなり振るなと言いたい。けど、言えない。
「何でもいい。気が紛れるようなこと。早く」
 またこの女は無茶を。手塚は苦い顔を作る。
 しかし、無碍にもできず、無理やり頭から捻り出した。
「このエレヴェータって、今どの辺で宙ぶらりんになってるのかな、――ってえ!」
 最後がみっともない悲鳴となったのは、柴崎のせいだった。柴崎が手加減なしでがぶりと手塚の左肩にかじりついたからだ。
 シャツの上からとはいえ、本気で噛まれた。思わず手塚は身を引いた。
「な、何するんだよいきなり」
「こっちの台詞よ! 何なの、その不安を煽ってるとしか思えない言い草は。喧嘩売ってんのあたしに」
「あ、ごめん」
 すっと頭が冷えた。そうか。不適切な話題だったか。今の柴崎には。普通に話のとっかかりのつもりだったのだが。
 柴崎はこめかみを指先で押さえた。目を伏せる。
「頭イタ……。もういい。あんたに気のきいたことを言えって要求したあたしが馬鹿だった」
「どうせ」
 柴崎の言うのも尤もだったので、手塚はむすっと黙り込んだ。
「拗ねるの」
 柴崎はからかいを声に滲ませて言う。
「別に」
「こっども」
ことんとまた小さな頭をもたせかける。気のせいか、口調がさっきよりも和らいできていた。
「俺はどうせ子どもだよ」
「でもあんたの肩は最高にもたれがいがあるのよね。なんででしょう」
自問するように、柴崎が呟く。
それは、褒め言葉か。どきっと脈打つ心臓を、隣の女に悟られはしないかと意識しながら、手塚は言った。
「お前の特等席だからじゃないのか。飲み屋でも、ここでも」
「そうか。そうかもね」
 たまに二人で飲みに出かける。そして、ごくごく稀に柴崎が荒れてからんでくることがある。絡み酒のときは、密着度も高まり、手塚にしなだれかかることもよくあった。
「貸しきりなのね、あんたの肩は」
 微笑んでいるのか、柴崎は詠うような口調で言った。
「具合悪かったら、吐いてもいいぞ」
 手塚が言うと、
「吐かないわよ。潰れて負ぶわれて帰ったときだって、あたし、吐いたことなんてないじゃない」
「そうだけど。今日はさ、非常時だから」
「まさか、あたしがこんなとこで醜態晒すわけないでしょう。一生弱み握られちゃう」
 つんけんしてみせる。けれど手塚は穏やかな声で繰り返した。
「醜態とか言うなよ。弱みとか。吐きたくなったら吐いていいって言っただけだ。他意はない」
 手塚から身を離して、柴崎は彼を見た。
「なんだよ」
 また何か気に障るようなことを言ったか、俺。手塚は自分の言葉を反芻するも、思い当たる節がない。
 すると、柴崎がくしゃっと顔を歪めた。口を真一文字に結び、「……なんか、悔しい」と声を振り絞った。
 泣く? と思って、手塚は焦る。でも柴崎は顔を真っ赤にして何かを堪えながら、
「悔しいわ。あんた、なんか今日カッコいいんだもん」
と続ける。
 そして手塚に言葉を継がせる間も与えず、柴崎は再び手塚の肩に歯を立てた。
 もちろん手加減なしで。
 男の悲鳴が、もう一度狭い密室に無粋に尾を引いた。

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1 コメント

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そうですねぇ (たくねこ)
2010-03-07 21:36:28
映画館まで広ければ、平気ですね。小さい時に、私が昼寝をしている最中に母が雨戸を全部閉めて買い物に行ったんですね。起きた私は真っ暗な家の中に一人だったんです。なので、目が届きそうで届かない広さっていうんでしょうか、そういうとこが駄目です。  人がいたら、なおさら駄目かも…ええ、歯形どころではなく、ボコボコにしそうです…(^^;)
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