背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

IN THE BOX【1】

2010年03月06日 11時58分40秒 | 【別冊図書館戦争Ⅰ】以降


ガタン、と揺れがきたとき。地震かと思った。
来る来ると言われて久しい、東海沖地震。あれがとうとうきたのかと。
「!」
「きゃっ!」
 とっさに身構えた手塚と、声を上げた柴崎。
 二人は、図書館内の業務用エレヴェータに偶然乗り合わせた。
 非常ブザーがけたたましく鳴り響き、もう一度大きな揺れがきて。アドレナリンをどっと分泌させた。そして、大きくよろめいた柴崎の腕を、手塚が掴んで支えたところで、視界が突然暗転した。
「な、なに」
 柴崎が、消えた明かりを反射で見上げる。と、同時に赤い警報ランプが点滅しだした。
 そして、ゴゴゴゴ、と不吉な振動を繰り返した後、にエレヴェータは完全に停止した。
 物音一つしない。さっきまで鳴り響いていたブザーも、死んだように止まった。
「……」
「……」
 自然と視線が互いの顔に当てられた。救いを求めるように、状況を見極めるように、切迫した目を向ける。
手塚も柴崎も、息を飲み、強張った表情で凍りついて動けないでいる。
 ほの赤く照らし出された狭い箱。エレヴェータという密室の中に、二人は完全に閉じ込められた。


「あら」
先に乗り込んで「開」のボタンを押したまま乗り手を待っていた柴崎は、それが手塚だと気づいて片方の眉を上げた。
「おう」
 手塚は急いで箱の奥に背を当てた。誰か後から続いて乗ってくるかと思いきや、杞憂に終わった。
 柴崎が「閉」のボタンを押して、二人の目の前で扉が閉まった。
「今日、内勤だっけ」
 癖のない長い髪を背中に滑らせながら、柴崎が訊いてきた。
「そう。書庫づき。先に笠原も行ってる。お前は?」
「上司に言われてお遣い。館長代理がリストアップした書籍を取りに」
「ふうん。冊数、多いのか」
「どうだっけね。ぼちぼちじゃなかったかしら」
 制服のポケットをまさぐって、柴崎は四つ折のメモを取り出した。リストにざっと目を通し、
「十冊前後ってとこかな」
と言う。
「運ぶの、手伝ってやろうか」
「いいの? 助かるけど、あんたも業務があるんでしょ」
「エレヴェータで一往復するぐらいの時間ならあるさ。気にするな」
「助かる。じゃあお願いしようかな。あ、でももしかしてあんた、見返りとか期待してないわよね」
最後に余計なことをくっつけるものだから、手塚は幾分興ざめした。
「お前、そういうこと言うのよせよな。俺じゃなかったら気を悪くするとこだぞ、普通。善意は素直に受け取っておけ」
少し説教をしてやる。と、不満だったのか、かすかに唇を尖らせた。
「だって。あたし今まで男の人から善意だけもらったことないんだもの。いつも見返りもオプションでついてたのよ」
 てか、見返りが目的みたいなのばかりだったんだもの。不本意そうに、そう告げる。
 さもありなん。と納得しかけるのと同時に、手塚は遅まきながら柴崎の表情の根底にある感情に気づいた。
 拗ねている。――のか、これは。もしかして。
 手塚は柴崎の斜め後ろから、彼女をつぶさに観察する。
 一つ言葉を返せば、十にも二十にもなって返ってくるマシンガンのようなこの女が、今回は自分に言われても殊勝にしている。それは、滅多にないことだった。
 なんだ、可愛いじゃないか。
 そう思って、心拍数がにわかに跳ね上がる。
 それに、今、男の人って言ったか。柴崎は。
俺のことを、同期じゃなく男扱いしてくれてるって意味だろうか。そう考えるのは穿ちすぎか。
でも、なんかマジで嬉しいかも。
手塚が緩む口許を隠そうと、手をそこに当てたときだった。
それが、来たのは。


「はい、はい。――ええ。分かりました。そちらのモニターにはこっちの中が映ってるんですね?」
 フロア表示ボタンの下にある、非常電話を使って管理センターに連絡を入れると担当者がすぐに出た。状況を確認すると、大地震や他の災害が発生したわけではないらしい。相手によると、東京都内でここ数分のうちに体感できるほどの地震は発生していないし、火災の通報も図書館からは出ていない。つまり、今回のは純粋な故障か誤作動だろうと、その担当者は話した。
 純粋な事故ってなんだよ、と手塚は突っ込みたかったが、きっと向こうも動転してるんだろうと流した。
「監視カメラは動いてるわけだ」
「はい。ただ、エレヴェータの制御装置だけがトラブったようで……。大変申し訳ございません。すぐに係の者を現場に遣って、復旧作業をさせますので。今しばらくお時間をいただけますでしょうか」
 恐縮しきった声で、担当者は言った。
 嫌な予感を覚えつつ、手塚は訊いた。
「今しばらくって、どのくらいですか」
「なんとも申せませんが、小一時間程度でしょうか」
 手塚はため息をつく。そんなにかかるのかよ、といってやりたい気持ちだったが、管理センターの担当にいったところで押し問答になるのは見えていた。それよりならメカニック、技術屋を派遣してもらうほうが得策だ。だから、
「急がせてください。できるだけ」
 そう言うしかなかった。
「はい。それはもちろん」
 通話を終えて、柴崎に今のやりとりを伝えると、案の定柴崎は柳眉を吊り上げて険しい顔を作って見せた。
「遅い。一時間もかかったら酸欠になって死んじゃうわ」
「酸素はあるだろ? いくら地階だからって、エレヴェータの中だぜ、ここ」
「そんなの当たり前でしょう。言ってみただけよ。ったくもう、こんなところに足止めなんて頭に来ちゃう。大体あんたもね、もっと早くしろとかなんとか言ってごり押しすればいいのよ」
 怒りの矛先がいきなり自分に向いたので、手塚は心外そうに肩をすくめた。
「言ってなんとかなるなら、とっくに言ってる。まあ、一時間ぐらいで動くんなら御の字だろ。待てば海路のなんとやらだ」
 気長に行こうぜと制服の襟元を緩める。
 電気系統がストップしたせいか、空調が効いておらず、なんだかさっきから蒸し蒸ししていた。
 柴崎は補助電光が照らし出す、青っちろい光の下で、幾分心細げに見えた。もう赤の非常ランプは作動していないが、まだ目の奥に赤い残光がちらついている気がした。
 ためしに携帯を取り出したが、電波が届いていないという表示が出たらしい。仏頂面でポケットに戻した。
「あんたの携帯でもやってみてよ。繋がるかどうか」
と言うので、かぶりを振る。
「俺はもってない。内勤中は私用の携帯所持は禁止だろ」 
 柴崎は、じれったそうにヒールの踵を床に打ちつけた。
「なんだってそう真面目なの、あんたは。そのぐらい融通つけなさいよ」
 完璧な八つ当たりだ。手塚は眉をひそめる。
 いつもの柴崎らしくなかった。苛立ちをあらわにするどころか、こんな風にひとに当り散らすなんて、らしくない。
 怪訝に思って顔を覗き込む。照明が暗いので、自然と目と目を近づける格好となる。
「お前、大丈夫か。様子が変だぞ」
 至近距離に手塚の顔がきたので、思わず柴崎は身を引いた。
「な、何よ。いきなり。びっくりするわね」
「あ、すまん。でも、ほんとに大丈夫か」
 こころなしか、顔色が悪いようだ。緊張のせいかと思ったが、それだけでもないような気もする。
 手塚は、すまんと断って柴崎のおでこに手を添わせた。
「きゃ」
 さっき、エレヴェータが揺れたときと同じような声を上げて、柴崎が竦む。
 とっさに手塚は手を引いた。
「ご、ごめん。具合が悪そうだから。熱でもあるんじゃないかと思って」
 言い訳をする。暗い密室で、不用意に女性に触れるのは失礼だったと後悔した。
 柴崎はしばらく肩の線を硬くして立ったままでいたが、やがて蚊の鳴くような小さい声で何事かを囁いた。
「え?」
 まったく聞こえなかったので、手塚は柴崎の口許に耳を寄せる。
 さっきよりも深刻そうな面持ちで、柴崎は口をきゅっと引き結んでから言った。
「手、握ってくれない。手塚」
「え、」 
 すっと、柴崎のほうから握ってくる。びっくりするほど、冷たい指だった。
 どうした。そう口を開くより先に、喘ぐように柴崎が声を漏らした。
「ごめん。あたし実は、閉所恐怖症なの……。一時間もこの状態だと、真面目にやばいかも、」
 そこで、言葉が途切れた。呼吸が乱れたせいだと、一目で分かった。
 どうしよう。
 目で訴える柴崎。大きな瞳には涙がうっすらと張られている。
 頭で何事かを考える前に、手塚はつないだ柴崎の手をぎゅっと握った。

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2 コメント

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逆だなぁ… (たくねこ)
2010-03-07 01:59:06
柴崎、閉所恐怖症ですか…私は広くて暗いとこがだめです。マンション住まいなのでエレベーターは日常的に使用していますが、うん、とまったらやだな。モニターで監視されているなか、二人がどうするのか、別モニターでウォッチングします(^o^)
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広くて暗いというと、、、 (あだち)
2010-03-07 09:20:03
映画館とか?ですか?たくねこさん
エレベータ停止ネタは好きで、ちょくちょくシチュで使わせてもらっているのですが、実生活でエレベータとまったらやですね。。。なるべく階段使うようにしてますが。汗
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